猫と珈琲と死神

コネリー

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受難のTVディレクター

続克明②

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五月二十六日 水曜日 午後六時

 フロアディレクターが本番スタートの合図を出し、番組の収録が始まった。
 三台のカメラが玉響、猫矢、そしてスタジオ全体をそのレンズに捉えるべく構えられた。
 スタジオの観覧席には女性の一般客が百名ほど入れられ、猫矢の登場を待ち受けている。

「さあ! 始まりました”玉響伸也のゆらりとおしゃべり”。今日のゲストは、不思議な力で相談者の悩みを解決するという人気の霊能力者、猫矢ノアさんです!」

 パチパチパチパチーー

 拍手と共にスタジオ中央のカーテンが開き、静々と猫矢が登場する。

「こんばんは、猫矢と申します」

 シックなフォーマルドレスに身を包んだ彼女がゆっくりと一礼すると、観客席からは歓声が巻き起こった。
 着席を促され、猫矢はゲスト席に腰を下ろし、玉響をじっと見つめた。

「ようこそ、いらっしゃいました。今日はこの玉響が色々とお話しを聞かせていただいて、猫矢さんの素顔に迫りたいと思います」

わたくしこの番組大好きなので、毎回観ていますわ。どうか、お手柔らかにお願いしますね」

 続はスタジオ中央に配置されたカメラの後ろに立ち、二人の会話を見守っていた。
 リハーサルの時の険悪なムードからは想像できないほど、玉響は饒舌に番組を進行していく。
 流石は百戦錬磨の俳優だ。



 リハーサルに三十分も遅刻して現れた猫矢は、悪びれたそぶりなど一切見せることはなかった。
 それどころか、スタジオに入るや否や

「ふーん……スタジオってこうなってるんだぁ。写真を撮ってもよろしいかしら?」

 などと、ピリついた空気など余所に写真を撮りまくり、まるで見学に来た観光客気分だった。
 続は爆発寸前の玉響を必死になだめ、大急ぎでカメラリハーサルを済ませたのだ。



「ーーではまず、猫矢さんは『守護霊との対話』という一風変わったカウンセリングで人気を集めているそうですね」

「ええ、わたくし子供の頃から霊感が強くて、人の後ろにのようなものが見えていたんです。ある時、そのもやからメッセージを受け取れることに気付いて……」

 霊感はおろか、金縛りにあった経験すらない猫矢なのだが、見事に霊能力者を演じている。

「へぇー、実に興味深いですね」

 その後も、守護霊との対話やそれにまつわるエピソードなどを玉響が言葉巧みに聞き出し、猫矢も真っ赤な嘘でそれに応じた。
 番組収録は順調に進み、続の不安は杞憂に終わりそうだった。
 スタジオが十分に盛り上がったところで、フロアディレクターはADにトーク終了の合図を出すよう指示した。



 ところがーー

「それじゃあ、俺もその守護霊とやらを見てもらおうかな」

 合図を待たずして、玉響がそんなことを言いだした。
 スタジオを包んでいた和やかな空気は、玉響のこの一言によって一変することとなる。

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