猫と珈琲と死神

コネリー

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貧乏くじの雑誌記者

惨劇の夜

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六月十一日 金曜日 午前九時

 『霊能力者殺人事件』の捜査本部内は、朝から慌ただしい空気に包まれていた。
 猫矢ノアのマンションから、事件発生時のものと思われる音声データが残されたICレコーダーが発見されたのだ。

 応接室のテーブルの裏面に、客には見えないように張り付けられており、中にはカウンセリングの際の会話が録音されていた。
 捜査本部では、レコーダーは第三者が仕掛けたものではなく、猫矢本人が設置しカウンセリングの内容をメモ代わりに録音していたとみている。

 レコーダー内のデータは、猫矢が停止するのを忘れていたのか、事件当日の午後ニ時からずっと録音状態になっており、非常に小さな音ではあったが事件発生時の音声も記録されていた。



ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー

【レコーダーの音声記録】
午後七時二十分
 (カチャカチャとガラスや陶器の当たる音)
午後七時二十三分
 (シューというポットの音)
午後七時二十五分
 (猫の鳴き声)
午後七時三十分
 インターホンのチャイム
 (エントランスではなく玄関のもの)
 猫矢の声「あら? 玄関のチャイムが?」
 (パタパタと、スリッパの足音)
 猫矢の声「はいはい、いらっしゃいませ」
 (施錠を解除する音)
 (ドアを開ける音)
 猫矢の声「あら? 誰かと思ったら、あなた……ウッ!」
 (人が倒れる音)
 (ドアの閉まる音)
 (走り去る足音)
 ・
 ・
 ・(無音)
 ・
 ・
午後九時五十八分
 (ドアを開ける音)
 女性の声「キ、キャーーッ!」
 女性の声「血、血が……死んでる……?」
 女性の声「警察……警察……」
 (ドアの閉まる音)

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー



 聞き込みから戻った富澤は、志摩のパソコンから流れるレコーダーの音声を聴きながら、いつにも増して深いしわを眉間に寄せていた。
 すでに音声を聴いていた志摩は、隣でその様子を見ながら、あの眉間のしわに十円玉くらいなら挟めそうだな、などと考えていた。

「顔見知りの犯行、だな……」

「ええ、本部でもその見方を強めています。七時半に予約を入れていた客が猫矢の知る人物であり、犯人の可能性が極めて高いです」

 猫矢が「誰かと思ったらーー」という反応を示していることから、少なくとも彼女と面識のある人物が、玄関先に現れたものという推測が成り立つ。

「その裏付けとして、ホームページの管理人から七時半に予約を入れていた客の氏名と連絡先を聞く事ができたのですが、偽名とフリーメールを使っていました」

「初めから殺すつもりで、予約を入れたというわけか」

「おそらく。ホームページの管理人も事情聴取に応じていただく予定です。そちらはセッティングができ次第お知らせします」

「よし、それじゃ、そろそろ行くか」

 富澤と志摩は捜査本部の会議室を後にして、取り調べ室へと向かった。
 猫矢の取材記事を掲載した雑誌『週刊リアル』の記者が、参考人として聴取に応じているのだ。
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