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第百五十二話 リカオン
「この状況でよくそう思えるものですね。そういえばあの令嬢、僕のことを『そういうキャラですものね』とかなんとか言ってましたが『キャラ』とはなんのことでしょう? お嬢様はわかりますか?」
「キャラクターの省略ですわ。でも彼女が言った『キャラ』が指しているものは、キャラクターの性格というか設定のことでしょうね。あのダチュラの話し方も物語に出てくる主人公に似せていましたもの。物語の主人公もその、抜けているというか天真爛漫なところがあって、可愛らしい女性でしたから。それに、物語の中のリカオンもそういった女性が好みのようでしたわ」
「はぁ? 僕があんな女性を? 僕のことを一体どんな人間だと思っているんだか」
そう言うとリカオンは本日何度めかのため息をついて、話を続ける。
「なるほど、そう聞くとやっぱりあの令嬢は僕らのことを、ただの登場人物としてしか見ていないのですね」
アルメリアは椅子に座りながら答える。
「でも正直に言うとその気持ち、私にも少しわかりますの。こんなこと言えば軽蔑されるかもしれませんけれど、私自身もそう思ってしまったことはあるんですの。でもこの世界が現実だと言うことを忘れたことはありませんわ。現にこうして私たちはこの世界で生きているんですもの」
「そうですね、あの令嬢はなんと言うか、ここは物語の中で、自分が主人公だから自分の思い通りになる。とでも思っているかのような振る舞いでした」
そこでリカオンは無言になると、アルメリアをじっと見つめ優しく微笑んで訊いた。
「お嬢様は自分がその、悪役令嬢だと気づいたとき絶望しなかったのですか?」
「絶望というよりは、なんとか断罪だけは回避できないかとは思いましたけれど。それより私にはやらなければならないことがたくさんありましたもの。そんなことで立ち止まってる暇はありませんでしたわ」
そう言って微笑み返すと付け加える。
「それに、領民や両親、リカオンやみんなが支えてくれて一人ではなかったことは私にとって、とても幸運なことでしたわね」
「お嬢様……」
そう言うと、リカオンは口を噤んでしまった。
「リカオン?」
どうしたのかと思い、アルメリアがリカオンを見つめていると、リカオンはしばらくして口を開いた。
「お嬢様、僕はお嬢様が婚姻され王妃になられてもずっとおそばにいたいと思っています。いえ、おそばにいさせてください」
「改まって急に、どうしましたの?」
そう質問するが、リカオンは真剣な眼差しでアルメリアを見つめたまま、先ほどの質問の返事を待っている。
確かにアルメリアにとってその申し出はありがたいものだった。オルブライト子爵の冤罪事件以来、リカオンはとても真剣にアルメリアの身の回りのことをこなしてくれているし、それにとても有能だった。
だが、リカオンはオルブライト家の跡取りである。この先ずっとアルメリアの世話係をさせるわけにはいかなかった。
「そばにいることはかまいませんけれど、私の世話係ではなくオルブライト家の跡取りとして、立派に領地を統治する方がいいと思いますわ。リカオンはとても優秀ですもの、その才能をそのままにするのはもったいないですわ」
そう答えると、リカオンは首を振った。
「いいえ、それではそばにいることにはなりませんね。僕はお嬢様に忠誠を誓っています。なぜ僕がお嬢様に忠誠を誓ったかわかりますか?」
思いもよらぬ質問に、アルメリアは戸惑いながら答える。
「あれは……、あんなことがあったあとですもの、私を信頼したということの証ですわよね? それに、なにもずっと忠誠に縛られる必要はないと思いますわ」
それを聞いて、リカオンは悲しげに微笑むと言った。
「お嬢様を信頼しているのはもちろんですが、そういうことで忠誠を誓ったわけではないのです。忠誠を誓ったことで縛られたのは僕ではなく、お嬢様、貴女の方です。卑怯にも僕は忠誠を誓うことによって貴女との繋がりをもち、貴女が僕から離れられないようにしました」
アルメリアは驚き大きく目を見開くと、リカオンを見つめた。その反応を見たリカオンは自嘲気味に微笑むと言った。
「忠誠を誓ったと言えば、どんなときでもそばにいられますからね。本当に卑怯な手段でした」
「リカオン……」
リカオンは、窓の外を眩しそうに見つめながら話を続ける。
「あのとき……、父がありもしない罪でとらえられたあのときです。僕は最初、貴女に言われて嫌々証拠を探すのを手伝いました」
ちらりとアルメリアを見てリカオンは苦笑した。
「今思い出すだけでも、あの頃の自分が恥ずかしい」
そして、窓の外に視線を戻すと話を続ける。
「貴女に言われ、嫌々父の冤罪を晴らすために動いているうちに、僕は様々な真実を知りました。そしてあの日、教会本部へ続くあの暗い長い地下道を歩きながら、自己を振り返り己がいかに未熟者だったかと、今までの行いを後悔したのです。僕は無知なくせに全てを知っているような気になり、社交界や派閥やらそんなものを、世界を小馬鹿にしていました。とても浅はかな子どもだったんです」
そう言うとアルメリアを真っ直ぐ見つめた。
「そんな僕を導いてくれたのは貴女でした。貴女がいてくれたから僕は己の愚かさに気づけた」
アルメリアもリカオンを真っ直ぐに見つめ返す。
「いいえ、リカオンならいずれは自分で気づくことができたはずですわ」
リカオンはそんなアルメリアから視線を外した。
「そうかもしれません。ですが、後で気がついたとしてもそれでは大切なものを失っていたでしょう。貴女のお陰で僕は家族の暖かさを知り、大切なものを失わずにすんだのです」
そう言うとしばらく無言になった。そして、なにかを決意したような顔をすると、ゆっくりアルメリアに向き直り、今度は瞳の奥を覗き込むようにじっと見つめた。
「そして気がついたんです。お嬢様を心から愛している自分に。そして思ったのです、お嬢様は僕の全てなのだと。だからずっとそばにいて、貴女を守ると決めました。こんな僕では貴女には不釣り合いだし、振り向いてもらえないこともわかっていたんです」
「キャラクターの省略ですわ。でも彼女が言った『キャラ』が指しているものは、キャラクターの性格というか設定のことでしょうね。あのダチュラの話し方も物語に出てくる主人公に似せていましたもの。物語の主人公もその、抜けているというか天真爛漫なところがあって、可愛らしい女性でしたから。それに、物語の中のリカオンもそういった女性が好みのようでしたわ」
「はぁ? 僕があんな女性を? 僕のことを一体どんな人間だと思っているんだか」
そう言うとリカオンは本日何度めかのため息をついて、話を続ける。
「なるほど、そう聞くとやっぱりあの令嬢は僕らのことを、ただの登場人物としてしか見ていないのですね」
アルメリアは椅子に座りながら答える。
「でも正直に言うとその気持ち、私にも少しわかりますの。こんなこと言えば軽蔑されるかもしれませんけれど、私自身もそう思ってしまったことはあるんですの。でもこの世界が現実だと言うことを忘れたことはありませんわ。現にこうして私たちはこの世界で生きているんですもの」
「そうですね、あの令嬢はなんと言うか、ここは物語の中で、自分が主人公だから自分の思い通りになる。とでも思っているかのような振る舞いでした」
そこでリカオンは無言になると、アルメリアをじっと見つめ優しく微笑んで訊いた。
「お嬢様は自分がその、悪役令嬢だと気づいたとき絶望しなかったのですか?」
「絶望というよりは、なんとか断罪だけは回避できないかとは思いましたけれど。それより私にはやらなければならないことがたくさんありましたもの。そんなことで立ち止まってる暇はありませんでしたわ」
そう言って微笑み返すと付け加える。
「それに、領民や両親、リカオンやみんなが支えてくれて一人ではなかったことは私にとって、とても幸運なことでしたわね」
「お嬢様……」
そう言うと、リカオンは口を噤んでしまった。
「リカオン?」
どうしたのかと思い、アルメリアがリカオンを見つめていると、リカオンはしばらくして口を開いた。
「お嬢様、僕はお嬢様が婚姻され王妃になられてもずっとおそばにいたいと思っています。いえ、おそばにいさせてください」
「改まって急に、どうしましたの?」
そう質問するが、リカオンは真剣な眼差しでアルメリアを見つめたまま、先ほどの質問の返事を待っている。
確かにアルメリアにとってその申し出はありがたいものだった。オルブライト子爵の冤罪事件以来、リカオンはとても真剣にアルメリアの身の回りのことをこなしてくれているし、それにとても有能だった。
だが、リカオンはオルブライト家の跡取りである。この先ずっとアルメリアの世話係をさせるわけにはいかなかった。
「そばにいることはかまいませんけれど、私の世話係ではなくオルブライト家の跡取りとして、立派に領地を統治する方がいいと思いますわ。リカオンはとても優秀ですもの、その才能をそのままにするのはもったいないですわ」
そう答えると、リカオンは首を振った。
「いいえ、それではそばにいることにはなりませんね。僕はお嬢様に忠誠を誓っています。なぜ僕がお嬢様に忠誠を誓ったかわかりますか?」
思いもよらぬ質問に、アルメリアは戸惑いながら答える。
「あれは……、あんなことがあったあとですもの、私を信頼したということの証ですわよね? それに、なにもずっと忠誠に縛られる必要はないと思いますわ」
それを聞いて、リカオンは悲しげに微笑むと言った。
「お嬢様を信頼しているのはもちろんですが、そういうことで忠誠を誓ったわけではないのです。忠誠を誓ったことで縛られたのは僕ではなく、お嬢様、貴女の方です。卑怯にも僕は忠誠を誓うことによって貴女との繋がりをもち、貴女が僕から離れられないようにしました」
アルメリアは驚き大きく目を見開くと、リカオンを見つめた。その反応を見たリカオンは自嘲気味に微笑むと言った。
「忠誠を誓ったと言えば、どんなときでもそばにいられますからね。本当に卑怯な手段でした」
「リカオン……」
リカオンは、窓の外を眩しそうに見つめながら話を続ける。
「あのとき……、父がありもしない罪でとらえられたあのときです。僕は最初、貴女に言われて嫌々証拠を探すのを手伝いました」
ちらりとアルメリアを見てリカオンは苦笑した。
「今思い出すだけでも、あの頃の自分が恥ずかしい」
そして、窓の外に視線を戻すと話を続ける。
「貴女に言われ、嫌々父の冤罪を晴らすために動いているうちに、僕は様々な真実を知りました。そしてあの日、教会本部へ続くあの暗い長い地下道を歩きながら、自己を振り返り己がいかに未熟者だったかと、今までの行いを後悔したのです。僕は無知なくせに全てを知っているような気になり、社交界や派閥やらそんなものを、世界を小馬鹿にしていました。とても浅はかな子どもだったんです」
そう言うとアルメリアを真っ直ぐ見つめた。
「そんな僕を導いてくれたのは貴女でした。貴女がいてくれたから僕は己の愚かさに気づけた」
アルメリアもリカオンを真っ直ぐに見つめ返す。
「いいえ、リカオンならいずれは自分で気づくことができたはずですわ」
リカオンはそんなアルメリアから視線を外した。
「そうかもしれません。ですが、後で気がついたとしてもそれでは大切なものを失っていたでしょう。貴女のお陰で僕は家族の暖かさを知り、大切なものを失わずにすんだのです」
そう言うとしばらく無言になった。そして、なにかを決意したような顔をすると、ゆっくりアルメリアに向き直り、今度は瞳の奥を覗き込むようにじっと見つめた。
「そして気がついたんです。お嬢様を心から愛している自分に。そして思ったのです、お嬢様は僕の全てなのだと。だからずっとそばにいて、貴女を守ると決めました。こんな僕では貴女には不釣り合いだし、振り向いてもらえないこともわかっていたんです」
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