悪役令嬢は救国したいだけなのに、いつの間にか攻略対象と皇帝に溺愛されてました

みゅー

文字の大きさ
154 / 190

第百五十二話 リカオン

「この状況でよくそう思えるものですね。そういえばあの令嬢、僕のことを『そういうキャラですものね』とかなんとか言ってましたが『キャラ』とはなんのことでしょう? お嬢様はわかりますか?」

「キャラクターの省略ですわ。でも彼女が言った『キャラ』が指しているものは、キャラクターの性格というか設定のことでしょうね。あのダチュラの話し方も物語に出てくる主人公に似せていましたもの。物語の主人公もその、抜けているというか天真爛漫なところがあって、可愛らしい女性でしたから。それに、物語の中のリカオンもそういった女性が好みのようでしたわ」

「はぁ? 僕があんな女性を? 僕のことを一体どんな人間だと思っているんだか」

 そう言うとリカオンは本日何度めかのため息をついて、話を続ける。

「なるほど、そう聞くとやっぱりあの令嬢は僕らのことを、ただの登場人物としてしか見ていないのですね」

 アルメリアは椅子に座りながら答える。

「でも正直に言うとその気持ち、わたくしにも少しわかりますの。こんなこと言えば軽蔑されるかもしれませんけれど、わたくし自身もそう思ってしまったことはあるんですの。でもこの世界が現実だと言うことを忘れたことはありませんわ。現にこうしてわたくしたちはこの世界で生きているんですもの」

「そうですね、あの令嬢はなんと言うか、ここは物語の中で、自分が主人公だから自分の思い通りになる。とでも思っているかのような振る舞いでした」

 そこでリカオンは無言になると、アルメリアをじっと見つめ優しく微笑んで訊いた。

「お嬢様は自分がその、悪役令嬢だと気づいたとき絶望しなかったのですか?」

「絶望というよりは、なんとか断罪だけは回避できないかとは思いましたけれど。それよりわたくしにはやらなければならないことがたくさんありましたもの。そんなことで立ち止まってる暇はありませんでしたわ」

 そう言って微笑み返すと付け加える。

「それに、領民や両親、リカオンやみんなが支えてくれて一人ではなかったことはわたくしにとって、とても幸運なことでしたわね」

「お嬢様……」

 そう言うと、リカオンは口を噤んでしまった。

「リカオン?」

 どうしたのかと思い、アルメリアがリカオンを見つめていると、リカオンはしばらくして口を開いた。

「お嬢様、僕はお嬢様が婚姻され王妃になられてもずっとおそばにいたいと思っています。いえ、おそばにいさせてください」

「改まって急に、どうしましたの?」

 そう質問するが、リカオンは真剣な眼差しでアルメリアを見つめたまま、先ほどの質問の返事を待っている。

 確かにアルメリアにとってその申し出はありがたいものだった。オルブライト子爵の冤罪事件以来、リカオンはとても真剣にアルメリアの身の回りのことをこなしてくれているし、それにとても有能だった。
 だが、リカオンはオルブライト家の跡取りである。この先ずっとアルメリアの世話係をさせるわけにはいかなかった。

「そばにいることはかまいませんけれど、わたくしの世話係ではなくオルブライト家の跡取りとして、立派に領地を統治する方がいいと思いますわ。リカオンはとても優秀ですもの、その才能をそのままにするのはもったいないですわ」

 そう答えると、リカオンは首を振った。

「いいえ、それではそばにいることにはなりませんね。僕はお嬢様に忠誠を誓っています。なぜ僕がお嬢様に忠誠を誓ったかわかりますか?」

 思いもよらぬ質問に、アルメリアは戸惑いながら答える。

「あれは……、あんなことがあったあとですもの、わたくしを信頼したということの証ですわよね? それに、なにもずっと忠誠に縛られる必要はないと思いますわ」

 それを聞いて、リカオンは悲しげに微笑むと言った。

「お嬢様を信頼しているのはもちろんですが、そういうことで忠誠を誓ったわけではないのです。忠誠を誓ったことで縛られたのは僕ではなく、お嬢様、貴女の方です。卑怯にも僕は忠誠を誓うことによって貴女との繋がりをもち、貴女が僕から離れられないようにしました」

 アルメリアは驚き大きく目を見開くと、リカオンを見つめた。その反応を見たリカオンは自嘲気味に微笑むと言った。

「忠誠を誓ったと言えば、どんなときでもそばにいられますからね。本当に卑怯な手段でした」

「リカオン……」

 リカオンは、窓の外を眩しそうに見つめながら話を続ける。

「あのとき……、父がありもしない罪でとらえられたあのときです。僕は最初、貴女に言われて嫌々証拠を探すのを手伝いました」

 ちらりとアルメリアを見てリカオンは苦笑した。

「今思い出すだけでも、あの頃の自分が恥ずかしい」

 そして、窓の外に視線を戻すと話を続ける。

「貴女に言われ、嫌々父の冤罪を晴らすために動いているうちに、僕は様々な真実を知りました。そしてあの日、教会本部へ続くあの暗い長い地下道を歩きながら、自己を振り返り己がいかに未熟者だったかと、今までの行いを後悔したのです。僕は無知なくせに全てを知っているような気になり、社交界や派閥やらそんなものを、世界を小馬鹿にしていました。とても浅はかな子どもだったんです」

 そう言うとアルメリアを真っ直ぐ見つめた。

「そんな僕を導いてくれたのは貴女でした。貴女がいてくれたから僕は己の愚かさに気づけた」

 アルメリアもリカオンを真っ直ぐに見つめ返す。

「いいえ、リカオンならいずれは自分で気づくことができたはずですわ」

 リカオンはそんなアルメリアから視線を外した。

「そうかもしれません。ですが、後で気がついたとしてもそれでは大切なものを失っていたでしょう。貴女のお陰で僕は家族の暖かさを知り、大切なものを失わずにすんだのです」

 そう言うとしばらく無言になった。そして、なにかを決意したような顔をすると、ゆっくりアルメリアに向き直り、今度は瞳の奥を覗き込むようにじっと見つめた。

「そして気がついたんです。お嬢様を心から愛している自分に。そして思ったのです、お嬢様は僕の全てなのだと。だからずっとそばにいて、貴女を守ると決めました。こんな僕では貴女には不釣り合いだし、振り向いてもらえないこともわかっていたんです」

あなたにおすすめの小説

『お前の針仕事など誰でもできる』——なら社交界のドレスの裏地を、めくってごらんなさい

歩人
ファンタジー
「地味な針仕事しかできない令嬢は要らない」——公爵家の嫡男にそう言い渡された伯爵令嬢ティナは、 裁縫道具だけを持って屋敷を出た。その翌週、社交界が凍りつく。王妃の夜会服も、公爵令嬢の舞踏会 ドレスも、第一王女の外交用ローブも——仕立てた職人が消えたのだ。しかもティナが十年かけて縫った 全てのドレスの裏地には、二重縫いで隠された署名が残されていて——。 辺境の小さな仕立て屋で穏やかに暮らすティナの元に、王都から使者がやってくる。

拝啓~私に婚約破棄を宣告した公爵様へ~

岡暁舟
恋愛
公爵様に宣言された婚約破棄……。あなたは正気ですか?そうですか。ならば、私も全力で行きましょう。全力で!!!

異世界に逃げたシングルマザー経理は、定時退勤だけは譲れない

木風
恋愛
DV夫から一歳の娘を抱えて逃げた鈴木優子は、光に飲まれて異世界の王宮へ転移してしまう。 生きるために差し出した武器は簿記と経理経験――崩壊寸前の王宮会計を『複式簿記』で立て直すことに。 ただし譲れない条件はひとつ、「午後五時の定時退勤」。娘の迎えが最優先だからだ。 その姿勢に、なぜか若き国王ヴィクトルが毎日経理室へ通い始めて――仕事と子育ての先に、家族の形が芽吹いていく。

ねえ、テレジア。君も愛人を囲って構わない。

夏目
恋愛
愛している王子が愛人を連れてきた。私も愛人をつくっていいと言われた。私は、あなたが好きなのに。 (小説家になろう様にも投稿しています)

【完結】今さら執着されても困ります

リリー
恋愛
「これから先も、俺が愛するのは彼女だけだ。君と結婚してからも、彼女を手放す気はない」 婚約者・リアムが寝室に連れ込んでいたのは、見知らぬ美しい女だった―― アンドレセン公爵令嬢のユリアナは、「呪われた子」として忌み嫌われながらも、政略結婚によりクロシェード公爵家の嫡男・リアムと婚約し、彼の屋敷に移り住んだ。 いつか家族になれると信じて献身的に尽くすが、リアムの隣にはいつも、彼の幼馴染であり愛人のアリスがいた。 蔑まれ、無視され、愛人の引き立て役として扱われる日々。 ある舞踏会の日、衆前で辱めを受けたユリアナの中で、何かがプツリと切れる。 「わかりました。もう、愛される努力はやめにします」 ユリアナがリアムへの関心を捨て、心を閉ざしたその夜。彼女は庭園で、謎めいた美しい青年・フィンレイと出会う。 彼との出会いが、凍りついていたユリアナの人生を劇的に変えていく。 一方、急に素っ気なくなったユリアナに、リアムは焦りと歪んだ執着を抱き始める。 ・全体的に暗い内容です。 ・注意喚起を含む章は※を付けています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

断罪中、味方が多すぎて王子が孤立している件について

夏乃みのり
恋愛
バーンスタイン伯爵家の令嬢ラミリアは、魔力も剣の才能もない「ごく普通」の地味な女性。 ある日のパーティーで、婚約者であるジェラルド第二王子から「地味で無能で嫉妬深い」と罵られ、身に覚えのない罪で婚約破棄を突きつけられてしまう。 しかし、断罪劇は予想外の展開へ。

【完結】「元カノが忘れられないんでしょう?」と身を引いた瞬間、爽やか彼氏の執着スイッチが入りました

恋せよ恋
恋愛
「元カノが忘れられないなら、私が身を引くわくべきよね」 交際一周年、愛するザックに告げた決別の言葉。 でも、彼は悲しむどころか、見たこともない 暗い瞳で私を追い詰めた。 「僕を捨てる? 逃げられると思っているの、アン」 私の知る爽やかな王子の仮面が剥がれ落ち、 隠されていた狂おしいほどの独占欲が牙を剥く。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!