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カーレルの惨痛
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母はとても病弱な女性だった。そんな病弱な女性が王妃になるなんてと、周囲からかなり婚姻を反対されたそうだ。
だが、父が母を溺愛しており、反対をを押しきって婚姻したほどだった。
そんな二人の間に生まれた私は、弱虫で甘ったれた子供で、いつも体の弱い母がどうにかなってしまうのではないかと不安に思いながら過ごしていた。
私は母に連れられ、よくイーコウ村にある保養地へ行っていた。ここは湯が湧き、それに浸かると病気が治るとされていたからだ。
母はどこか悪くなる度に治癒魔法をかけ回復はしていたものの、その度に体力を奪われ疲弊し日に日に弱っていった。
そんな母を見て私はいつもなにもできずに、ただ泣いてばかりいた。
そして、ついに母が亡くなった。
私は毎日のように泣き暮らし、父も周囲の使用人たちもそんな私にどう接すればよいのかわからないようだった。
そんな中、母と散歩で訪れた思い出の場所でひとり泣いていると、そこにひとりの少女が現れた。
彼女は私になにを言うでもなく、そばにいてくれた。私は久しぶりに触れた温もりにとても癒された。
また会いたいと駄々をこねると、彼女はペンダントをくれた。
屋敷に戻ると、彼女のことを考え以前村で見たことのある少女だったことを思い出す。
そのときの彼女は、健気にも父親の仕事を手伝いひとりでお使いに来ているところだった。
そして心ない村人に『お前は孤児なんだから、もっと役に立つことをしろ!』と罵られていた。
それを思い出した瞬間、あんなふうに人から傷つけられ、それでも優しさを忘れない彼女のその強さに強く惹かれ、私も彼女のように強くなりたいと思った。
それから私は泣くことを止めた。いつか強くなって彼女を迎えに行くために。
そのためには、乗り越えなければならないことが山ほどあった。
彼女は平民である。そんな彼女と一緒になるためには、まず父に認められなければならない。
ただありがたいことに、父自身も周囲の反対を押しきって母を妃にしている。なので、なんとかすれば許しを得られるかもしれなかった。
それにしても、平民の彼女との婚姻は簡単なことではないだろう。
まず、私は彼女の身元を徹底的に調べることから始めた。
彼女の名はジェイドと言った。村での調査によると、ジェイドには魔法を使える素質があるという。
私はそれを利用し、私と同じ国立アロイス魔法学校ノイアルベ校へ入れることにした。
イーコウ村から程近いフィーアタールにも学校があり、本来ならそちらに入学になるはずだったのを無理やり変更させてもらった。
元々寮に入ることになっていたし、それに父親を亡くしたばかりのジェイドをひとりにしてはおけなかった。
あのペンダントはいつか自分の弱さを克服し、思いを伝えられるようになったら着けよう。
そう心に誓い、大切に保管した。
入学式で再開すると、彼女は私のことを覚えてくれていたようで声をかけてきてくれた。
私は情けないことに、数年ぶりに憧れでもあるジェイドに会って想像以上に美しく成長した姿に驚き、返事もまともに返せずに顔を背けてしまった。
それでもジェイドは嫌な顔一つせずに私に微笑みかけた。
こうして周囲は私が王太子だということからいつも遠巻きにしている中、ジェイドだけが変わらず笑顔で私のそばにいてくれた。
ジェイドは父親を亡くしたばかりなのに、明るくいつも笑っていてあまり弱さを見せることもなく、とても感心したのを覚えている。
そうしていつも、隣にいて注意しなればならないことは物怖じせずしっかり注意してくれたし、自分がつらかったことなど隠さずに話してくれた。
ジェイドは私に対する気持ちも素直に伝えてくれていた。
あまりにもストレートなその愛情表現に、私はしばしばどうしてよいかわからず戸惑うほどだった。
その裏で私はそんな彼女に釣り合うように、とにかく実力をつける努力を重ねていた。
そうしてジェイドと過ごすうちに、次第に私の感情は憧れや恋といった感情から、愛情へと変化していった。
そう、私は心から彼女を愛するようになっていった。
だが、今すぐにジェイドのことを受け入れてしまえば、民衆になんといわれるかわからない。
だからこのとき、その気持ちを受け入れることができなかった。私は逸る気持ちを抑え、色々な準備を進めた。
まずは、彼女には無事に学校を卒業してもらい、私の横で武功を納めどこかの貴族の養子に入ってもらわなければならなかった。
そうして私のそばに置く必要があり、ジェイドの配属先は王太子の権限で王宮に決めていた。
卒業パーティーの日。私はジェイドと踊ると心に決め、それを楽しみにしていた。
ところがいつまで経ってもジェイドはパーティーに姿を現すことはなかった。
それどころかその翌日もジェイドは私の前に姿を表すことがなかった。あのジェイドがこんなことをするとは思えず、確認するとフィーアタールへ立ったと報告があった。
なぜかジェイドの配属がフィーアタールになってしまっていたからだ。これはのちのちわかったことだが、この件にはミリナの父親であるグリエット伯爵が関与していた。
だがこのときの私はそんなことを知るよしもなく、ただただ唖然とし、目の前が真っ暗になったような感覚を覚えこんなミスをした自分を責めた。
それから一ヶ月、私はがむしゃらに公務をこなし成果をあげ、その間にジェイドの養子先を探し父親に私とジェイドの婚約を認めさせた。
かなり強引な手段も取った。だが、なりふりかまっていられなかったのだ。
そうして、やっとジェイドの気持ちを受け入れられると思い、あのペンダントを身に着けると自らフィーアタールへ向かった。
そのとき、モンスターの群れがフィーアタールへ向かっているのを発見する。
ジェイドになにかあったらと考えると、私は気が気ではなかった。
急いで街の騎士館へ駆けつけると、私に勝手に付いてきた貴族令嬢が私の足を引っ張った。
仕方なく彼女を助けたその瞬間、私は視線の先にジェイドを見つけた。彼女は瓦礫に挟まり逃げられない状況にも拘わらず、私たちに気づくとこう叫んだ。
「逃げて!」
その瞬間上から瓦礫が落ち粉塵にのまれ、その姿は見えなくなった。
あまりのことに私はしばらくその場で立ち尽くした、そして慌てて瓦礫をかき分けジェイドを探した。
すると、ジェイドがいた辺りはかなり広い空間があり、ジェイドはなんとか生き延びたのだとわかった。
そのままジェイドを探しに行きたい衝動に駆られたが、まずは迫り来るモンスターの大群をどうにかしなければならなかった。
街での対応に追われていたところで、街外れで大量のモンスターが発生していると報告を受け、急ぎそちらに向かった。
そこで、目にしたのはモンスターに襲われ瀕死になっているジェイドの姿だった。
彼女はあの崩落からなんとか生き延び、逃れた先でモンスターに襲われたのだろう。
私はジェイドに治癒魔法をかけると、怒りの感情にまかせて周囲にいるモンスターを一掃した。
そうして近くにある保養地のイーコウ村へジェイドを連れていくことにした。
村に向かうと、ジェイドの知り合いだという人物がいたため、彼女にジェイドを預けるともう一度フィーアタールへ戻り後始末をした。
そんなことをしているうちに、ジェイドはイーコウ村から姿を消していた。私は血眼になってジェイドを探した。
そのとき私につきまとっていた貴族令嬢が、自分には特殊な力があると言い出した。
しかも、ジェイドの目的は『スタビライズ』の停止だと言い残して姿を消した。
ジェイドがそんなことをするわけがない。
だが、今のところジェイドがどこへ行ったのか、まったくわからない状況だったので『スタビライズ』を追うことにした。
そうしてホークドライにある『スタビライズ』の前で『スタビライズ』を停止したジェイドに遭遇した。
『スタビライズ』はなんのために存在しているかわからないが、それでもきっとこの世界にとって、重要な物であることには違いなかった。
ジェイドはそれを停止してしまったのだ。
きっとこれにはなにかわけがあるに違いない。
私がそう思っていても、国王やスペランツァ教、ヘルヴィーゼ国の者は黙っていないだろう。
とにかくすぐにでもジェイドを確保し、その理由を訊かなければならなかった。
『スタビライズ』に行けばジェイドに会える。だが、ジェイドは行動が早くいつも私たちの先を行っていた。
どうにかしなければ、そう思っていたとき私の元に『ジェイド』の研究者を名乗る者が現れた。
彼の名はオオハラと言った。
オオハラは以前からずっと『ジェイド』の研究をしているとのことで、話を聞くと私たちが知らないこともよく知っていた。
そして、彼は『スタビライズ』はこのままだと暴走する恐れがあり、ジェイドがそれを止めようとしているのではないかと言った。
やはり、こんなことをするのには理由があったのだ。
そんなとき、ホークドライで『スタビライズ』を停止させていたジェイドを見た者たちが、その姿がとても神秘的だったと言い始めた。
その話が市井にも伝わると、瞬く間にジェイドが神の使いではないかと囁かれるようになった。
それも当然で、『スタビライズ』を停止させることなど、常人にはできることではないからだ。
さらにはスペランツァ教の中ではジェイドを崇めようとする動きが高まった。
そうした市井や他の国々との調節をしたり、『ジェイド』のことを調べながら、なんとか私がフルシュタットへ到着したとき、それは起きた。
突然滝の向こうの『スタビライズ』の周辺に結界が張られたのだ。それと同時にこの世界からジェイドの気配が消えた。
私はジェイドになにかあったのだと考え、ありとあらゆる手段を用いてその結界内部に入ろうと試みたが、どうやってもその結界を破ることはできなかった。
オオハラ曰く、あの結界は『ジェイド』の防衛反応ではないかとのことだった。
ところがそのとき、その意見に異を唱える者が現れた。卒業式からやたら私に付きまとっていた婚約者候補の貴族令嬢だった。
「その結界を張ったのは私です。ジェイドにその役を任されてやりました」
彼女はそう言った。だが、私は彼女が結界を張ったという事実よりも、彼女がジェイドのペンダントをしていることに驚いた。
「確か君はグリエット伯爵令嬢の……」
「ミリナといいます」
「そうか。ところでそのペンダントは?」
私がそう尋ねると、ミリナは嬉しそうにこう言った。
「小さいころからの私の宝物なんです!」
その一言で、私はミリナがジェイドになにかしたのだと確信した。
考えてみれば、途中まであんなにも私に執着していたのに、イーコウ村でジェイドが消えてから自分に特殊な能力があるとか変なことを言いだし、ミリナは突然どこかへ消えた。
あのころにジェイドにもミリナにもなにかがあったのではないかと思う。
それに、万が一でもミリナがあのペンダントを独自に入手することはできない。
なぜならあのペンダントは、特別な魔法がかけられている稀少な鉱物でできており、それはジェイドの育ての親エクトルにしかできない技巧だったからだ。
しかもエクトルは、その宝石で魔具しか作らなかった。
ただ、自分の愛娘であるジェイドにだけペンダントを作ったのだ。
私はミリナに微笑むと言った。
「そうか、私も同じものを持っている」
そうやってミリナに近づき、あらゆる機関と連携して彼女を監視することにした。
もちろん、ミリナの言うことはまったく信用していなかったが、表面上は信じたふりをした。
そして影ではオオハラの言った『ジェイド』の防衛反応だと仮定して動いた。
そんなときオオハラはこんな仮説を立てた。
「もしかすると、なにかしらの理由で最後の『スタビライズ』の結界内にいるかもしれません。彼女は『ジェイド』にとって特別な存在ですから」
私はその言葉に希望を託した。
それからは、ミリナを監視しつつ私はひたすらジェイドを探し続けていた。
このころ、今までサイデュームとは付かず離れずの距離を保っていた隣国のヘルヴィーゼ国首相のニクラス・ブックが私に水面下で接触を図ってきた。
この状況下で、接触をしてくるということはジェイドについて話があるに違いない。もしかしたら、ジェイドを見つけ次第引き渡せと言われる恐れもあり、私は彼に対して身構えた。
ところが、ニクラスは思ってもいないことを提案してきた。
「私もジェイドを探したい。勘違いするな、私は彼女を傷つける意思はない。その証拠に、我が国の技術提供をしよう。その変わりに、そちらにいるオオハラの知っている情報がほしい」
「信じられないな」
私はそう言ってブック首相の提案を無視しようとした。ところが、ニクラスは部下に書類を持ってこさせ私に見せた。
その用紙に書かれていた内容は、大まかに言えばブック首相が今言った内容と、今後は国交を回復しさらにジェイドを探すために協定を結ぶという条約だった。
さらに驚いたことに、この条約にはすでにティヴァサ国が加盟していた。
顔を上げ思わずニクラスの顔を見つめると、ニクラスは不適な笑みを浮かべた。
「これで私が本気だということが伝わったかな?」
私はそれでも疑い、隅々までその条約を読む。だが、どこにもサイデューム国が不利になるようなことは書かれていなかった。
「ブック首相、ひとつ質問がある」
「なにかな? 答えられる範囲でなら答えるが」
「なぜそこまでしてジェイドを?」
「君もわかっているんだろう? ジェイドはそうまでしてでも探すに値する、得難い人物だということを」
私は首を横にふる。
「ブック首相、あなたがジェイドを利用する目的で探しているなら……」
すると、ニクラスは私を鋭い眼差しで睨み付けた。
「ゲスな勘繰りをしないでもらいたい。私は彼女の人格のことを差して言っている」
「ジェイドと会ったことが?」
「そうだ。そのときのことまで君にペラペラと話すつもりはないがな」
私はそれで納得した。二人の間でなにかあったのだろう。彼女は周囲の者の人生観すら変えてしまう、そんな人物だ。
とはいえ、そう簡単に信じるほど私もお人好しではない。
「わかった。だが、まずそちらから技術提供をしてもらい、この条約の内容を実現してからオオハラの情報をそちらに渡そう。それでもいいか?」
「もちろんだ。実は技術提供や諸々の準備はすでにできてる。とにかく一秒でも早くジェイドに会いたい」
「それは私も同じだ。では早急に話を進めよう」
そうして、ジェイドというひとりの女性のお陰で、百年以上続いていたヘルヴィーゼ国との緊張状態が緩和されることとなった。
これだけでも、ジェイドがいかにすごい女性であるかということがわかる。
ブック首相は口だけではなく、実際に素早く動きあっという間に条約の条件を満たした。当然サイデューム国もそれに合わせて対応した。
そして私は思いがけずニクラスと共にジェイドについて数ヶ月やり取りし、ときに行動を共にすることになった。
それにティヴァサ国の協力もあって、ミリナをそちらで監視してもらうことができた。
そんなとき、オオハラが慌てて私の元へやって来て言った。
「ジェイドが召喚されるようです」
私は意味がわからず、とにかくオオハラに説明を求めた。
そして驚きの事実を知る。ジェイドは『ジェイド』のシステムの一つであること、そして『ジェイド』によりジェイドの予備である存在が召喚されるのだという。
システムだろうが予備だろうが、私はなによりジェイドに会えることが嬉しかった。
オオハラによって、正確な日時も場所もわかっていたので私はジェイドが召喚されるそのときを待った。
そして、オオハラと共にその場に赴くとはたして彼女はそこへ現れた。少し雰囲気が違うが、彼女はジェイドに生き写しだった。
それから二週間、彼女は目覚めなかった。
早く目覚めて欲しい。
私は初めて神に祈った。その願いが通じたのか、彼女が目覚めたとの連絡が入り私は彼女の元へ走った。
部屋へ行くと、彼女は驚いた顔で私を見つめていた。
彼女の名は翡翠と言った。
だが、父が母を溺愛しており、反対をを押しきって婚姻したほどだった。
そんな二人の間に生まれた私は、弱虫で甘ったれた子供で、いつも体の弱い母がどうにかなってしまうのではないかと不安に思いながら過ごしていた。
私は母に連れられ、よくイーコウ村にある保養地へ行っていた。ここは湯が湧き、それに浸かると病気が治るとされていたからだ。
母はどこか悪くなる度に治癒魔法をかけ回復はしていたものの、その度に体力を奪われ疲弊し日に日に弱っていった。
そんな母を見て私はいつもなにもできずに、ただ泣いてばかりいた。
そして、ついに母が亡くなった。
私は毎日のように泣き暮らし、父も周囲の使用人たちもそんな私にどう接すればよいのかわからないようだった。
そんな中、母と散歩で訪れた思い出の場所でひとり泣いていると、そこにひとりの少女が現れた。
彼女は私になにを言うでもなく、そばにいてくれた。私は久しぶりに触れた温もりにとても癒された。
また会いたいと駄々をこねると、彼女はペンダントをくれた。
屋敷に戻ると、彼女のことを考え以前村で見たことのある少女だったことを思い出す。
そのときの彼女は、健気にも父親の仕事を手伝いひとりでお使いに来ているところだった。
そして心ない村人に『お前は孤児なんだから、もっと役に立つことをしろ!』と罵られていた。
それを思い出した瞬間、あんなふうに人から傷つけられ、それでも優しさを忘れない彼女のその強さに強く惹かれ、私も彼女のように強くなりたいと思った。
それから私は泣くことを止めた。いつか強くなって彼女を迎えに行くために。
そのためには、乗り越えなければならないことが山ほどあった。
彼女は平民である。そんな彼女と一緒になるためには、まず父に認められなければならない。
ただありがたいことに、父自身も周囲の反対を押しきって母を妃にしている。なので、なんとかすれば許しを得られるかもしれなかった。
それにしても、平民の彼女との婚姻は簡単なことではないだろう。
まず、私は彼女の身元を徹底的に調べることから始めた。
彼女の名はジェイドと言った。村での調査によると、ジェイドには魔法を使える素質があるという。
私はそれを利用し、私と同じ国立アロイス魔法学校ノイアルベ校へ入れることにした。
イーコウ村から程近いフィーアタールにも学校があり、本来ならそちらに入学になるはずだったのを無理やり変更させてもらった。
元々寮に入ることになっていたし、それに父親を亡くしたばかりのジェイドをひとりにしてはおけなかった。
あのペンダントはいつか自分の弱さを克服し、思いを伝えられるようになったら着けよう。
そう心に誓い、大切に保管した。
入学式で再開すると、彼女は私のことを覚えてくれていたようで声をかけてきてくれた。
私は情けないことに、数年ぶりに憧れでもあるジェイドに会って想像以上に美しく成長した姿に驚き、返事もまともに返せずに顔を背けてしまった。
それでもジェイドは嫌な顔一つせずに私に微笑みかけた。
こうして周囲は私が王太子だということからいつも遠巻きにしている中、ジェイドだけが変わらず笑顔で私のそばにいてくれた。
ジェイドは父親を亡くしたばかりなのに、明るくいつも笑っていてあまり弱さを見せることもなく、とても感心したのを覚えている。
そうしていつも、隣にいて注意しなればならないことは物怖じせずしっかり注意してくれたし、自分がつらかったことなど隠さずに話してくれた。
ジェイドは私に対する気持ちも素直に伝えてくれていた。
あまりにもストレートなその愛情表現に、私はしばしばどうしてよいかわからず戸惑うほどだった。
その裏で私はそんな彼女に釣り合うように、とにかく実力をつける努力を重ねていた。
そうしてジェイドと過ごすうちに、次第に私の感情は憧れや恋といった感情から、愛情へと変化していった。
そう、私は心から彼女を愛するようになっていった。
だが、今すぐにジェイドのことを受け入れてしまえば、民衆になんといわれるかわからない。
だからこのとき、その気持ちを受け入れることができなかった。私は逸る気持ちを抑え、色々な準備を進めた。
まずは、彼女には無事に学校を卒業してもらい、私の横で武功を納めどこかの貴族の養子に入ってもらわなければならなかった。
そうして私のそばに置く必要があり、ジェイドの配属先は王太子の権限で王宮に決めていた。
卒業パーティーの日。私はジェイドと踊ると心に決め、それを楽しみにしていた。
ところがいつまで経ってもジェイドはパーティーに姿を現すことはなかった。
それどころかその翌日もジェイドは私の前に姿を表すことがなかった。あのジェイドがこんなことをするとは思えず、確認するとフィーアタールへ立ったと報告があった。
なぜかジェイドの配属がフィーアタールになってしまっていたからだ。これはのちのちわかったことだが、この件にはミリナの父親であるグリエット伯爵が関与していた。
だがこのときの私はそんなことを知るよしもなく、ただただ唖然とし、目の前が真っ暗になったような感覚を覚えこんなミスをした自分を責めた。
それから一ヶ月、私はがむしゃらに公務をこなし成果をあげ、その間にジェイドの養子先を探し父親に私とジェイドの婚約を認めさせた。
かなり強引な手段も取った。だが、なりふりかまっていられなかったのだ。
そうして、やっとジェイドの気持ちを受け入れられると思い、あのペンダントを身に着けると自らフィーアタールへ向かった。
そのとき、モンスターの群れがフィーアタールへ向かっているのを発見する。
ジェイドになにかあったらと考えると、私は気が気ではなかった。
急いで街の騎士館へ駆けつけると、私に勝手に付いてきた貴族令嬢が私の足を引っ張った。
仕方なく彼女を助けたその瞬間、私は視線の先にジェイドを見つけた。彼女は瓦礫に挟まり逃げられない状況にも拘わらず、私たちに気づくとこう叫んだ。
「逃げて!」
その瞬間上から瓦礫が落ち粉塵にのまれ、その姿は見えなくなった。
あまりのことに私はしばらくその場で立ち尽くした、そして慌てて瓦礫をかき分けジェイドを探した。
すると、ジェイドがいた辺りはかなり広い空間があり、ジェイドはなんとか生き延びたのだとわかった。
そのままジェイドを探しに行きたい衝動に駆られたが、まずは迫り来るモンスターの大群をどうにかしなければならなかった。
街での対応に追われていたところで、街外れで大量のモンスターが発生していると報告を受け、急ぎそちらに向かった。
そこで、目にしたのはモンスターに襲われ瀕死になっているジェイドの姿だった。
彼女はあの崩落からなんとか生き延び、逃れた先でモンスターに襲われたのだろう。
私はジェイドに治癒魔法をかけると、怒りの感情にまかせて周囲にいるモンスターを一掃した。
そうして近くにある保養地のイーコウ村へジェイドを連れていくことにした。
村に向かうと、ジェイドの知り合いだという人物がいたため、彼女にジェイドを預けるともう一度フィーアタールへ戻り後始末をした。
そんなことをしているうちに、ジェイドはイーコウ村から姿を消していた。私は血眼になってジェイドを探した。
そのとき私につきまとっていた貴族令嬢が、自分には特殊な力があると言い出した。
しかも、ジェイドの目的は『スタビライズ』の停止だと言い残して姿を消した。
ジェイドがそんなことをするわけがない。
だが、今のところジェイドがどこへ行ったのか、まったくわからない状況だったので『スタビライズ』を追うことにした。
そうしてホークドライにある『スタビライズ』の前で『スタビライズ』を停止したジェイドに遭遇した。
『スタビライズ』はなんのために存在しているかわからないが、それでもきっとこの世界にとって、重要な物であることには違いなかった。
ジェイドはそれを停止してしまったのだ。
きっとこれにはなにかわけがあるに違いない。
私がそう思っていても、国王やスペランツァ教、ヘルヴィーゼ国の者は黙っていないだろう。
とにかくすぐにでもジェイドを確保し、その理由を訊かなければならなかった。
『スタビライズ』に行けばジェイドに会える。だが、ジェイドは行動が早くいつも私たちの先を行っていた。
どうにかしなければ、そう思っていたとき私の元に『ジェイド』の研究者を名乗る者が現れた。
彼の名はオオハラと言った。
オオハラは以前からずっと『ジェイド』の研究をしているとのことで、話を聞くと私たちが知らないこともよく知っていた。
そして、彼は『スタビライズ』はこのままだと暴走する恐れがあり、ジェイドがそれを止めようとしているのではないかと言った。
やはり、こんなことをするのには理由があったのだ。
そんなとき、ホークドライで『スタビライズ』を停止させていたジェイドを見た者たちが、その姿がとても神秘的だったと言い始めた。
その話が市井にも伝わると、瞬く間にジェイドが神の使いではないかと囁かれるようになった。
それも当然で、『スタビライズ』を停止させることなど、常人にはできることではないからだ。
さらにはスペランツァ教の中ではジェイドを崇めようとする動きが高まった。
そうした市井や他の国々との調節をしたり、『ジェイド』のことを調べながら、なんとか私がフルシュタットへ到着したとき、それは起きた。
突然滝の向こうの『スタビライズ』の周辺に結界が張られたのだ。それと同時にこの世界からジェイドの気配が消えた。
私はジェイドになにかあったのだと考え、ありとあらゆる手段を用いてその結界内部に入ろうと試みたが、どうやってもその結界を破ることはできなかった。
オオハラ曰く、あの結界は『ジェイド』の防衛反応ではないかとのことだった。
ところがそのとき、その意見に異を唱える者が現れた。卒業式からやたら私に付きまとっていた婚約者候補の貴族令嬢だった。
「その結界を張ったのは私です。ジェイドにその役を任されてやりました」
彼女はそう言った。だが、私は彼女が結界を張ったという事実よりも、彼女がジェイドのペンダントをしていることに驚いた。
「確か君はグリエット伯爵令嬢の……」
「ミリナといいます」
「そうか。ところでそのペンダントは?」
私がそう尋ねると、ミリナは嬉しそうにこう言った。
「小さいころからの私の宝物なんです!」
その一言で、私はミリナがジェイドになにかしたのだと確信した。
考えてみれば、途中まであんなにも私に執着していたのに、イーコウ村でジェイドが消えてから自分に特殊な能力があるとか変なことを言いだし、ミリナは突然どこかへ消えた。
あのころにジェイドにもミリナにもなにかがあったのではないかと思う。
それに、万が一でもミリナがあのペンダントを独自に入手することはできない。
なぜならあのペンダントは、特別な魔法がかけられている稀少な鉱物でできており、それはジェイドの育ての親エクトルにしかできない技巧だったからだ。
しかもエクトルは、その宝石で魔具しか作らなかった。
ただ、自分の愛娘であるジェイドにだけペンダントを作ったのだ。
私はミリナに微笑むと言った。
「そうか、私も同じものを持っている」
そうやってミリナに近づき、あらゆる機関と連携して彼女を監視することにした。
もちろん、ミリナの言うことはまったく信用していなかったが、表面上は信じたふりをした。
そして影ではオオハラの言った『ジェイド』の防衛反応だと仮定して動いた。
そんなときオオハラはこんな仮説を立てた。
「もしかすると、なにかしらの理由で最後の『スタビライズ』の結界内にいるかもしれません。彼女は『ジェイド』にとって特別な存在ですから」
私はその言葉に希望を託した。
それからは、ミリナを監視しつつ私はひたすらジェイドを探し続けていた。
このころ、今までサイデュームとは付かず離れずの距離を保っていた隣国のヘルヴィーゼ国首相のニクラス・ブックが私に水面下で接触を図ってきた。
この状況下で、接触をしてくるということはジェイドについて話があるに違いない。もしかしたら、ジェイドを見つけ次第引き渡せと言われる恐れもあり、私は彼に対して身構えた。
ところが、ニクラスは思ってもいないことを提案してきた。
「私もジェイドを探したい。勘違いするな、私は彼女を傷つける意思はない。その証拠に、我が国の技術提供をしよう。その変わりに、そちらにいるオオハラの知っている情報がほしい」
「信じられないな」
私はそう言ってブック首相の提案を無視しようとした。ところが、ニクラスは部下に書類を持ってこさせ私に見せた。
その用紙に書かれていた内容は、大まかに言えばブック首相が今言った内容と、今後は国交を回復しさらにジェイドを探すために協定を結ぶという条約だった。
さらに驚いたことに、この条約にはすでにティヴァサ国が加盟していた。
顔を上げ思わずニクラスの顔を見つめると、ニクラスは不適な笑みを浮かべた。
「これで私が本気だということが伝わったかな?」
私はそれでも疑い、隅々までその条約を読む。だが、どこにもサイデューム国が不利になるようなことは書かれていなかった。
「ブック首相、ひとつ質問がある」
「なにかな? 答えられる範囲でなら答えるが」
「なぜそこまでしてジェイドを?」
「君もわかっているんだろう? ジェイドはそうまでしてでも探すに値する、得難い人物だということを」
私は首を横にふる。
「ブック首相、あなたがジェイドを利用する目的で探しているなら……」
すると、ニクラスは私を鋭い眼差しで睨み付けた。
「ゲスな勘繰りをしないでもらいたい。私は彼女の人格のことを差して言っている」
「ジェイドと会ったことが?」
「そうだ。そのときのことまで君にペラペラと話すつもりはないがな」
私はそれで納得した。二人の間でなにかあったのだろう。彼女は周囲の者の人生観すら変えてしまう、そんな人物だ。
とはいえ、そう簡単に信じるほど私もお人好しではない。
「わかった。だが、まずそちらから技術提供をしてもらい、この条約の内容を実現してからオオハラの情報をそちらに渡そう。それでもいいか?」
「もちろんだ。実は技術提供や諸々の準備はすでにできてる。とにかく一秒でも早くジェイドに会いたい」
「それは私も同じだ。では早急に話を進めよう」
そうして、ジェイドというひとりの女性のお陰で、百年以上続いていたヘルヴィーゼ国との緊張状態が緩和されることとなった。
これだけでも、ジェイドがいかにすごい女性であるかということがわかる。
ブック首相は口だけではなく、実際に素早く動きあっという間に条約の条件を満たした。当然サイデューム国もそれに合わせて対応した。
そして私は思いがけずニクラスと共にジェイドについて数ヶ月やり取りし、ときに行動を共にすることになった。
それにティヴァサ国の協力もあって、ミリナをそちらで監視してもらうことができた。
そんなとき、オオハラが慌てて私の元へやって来て言った。
「ジェイドが召喚されるようです」
私は意味がわからず、とにかくオオハラに説明を求めた。
そして驚きの事実を知る。ジェイドは『ジェイド』のシステムの一つであること、そして『ジェイド』によりジェイドの予備である存在が召喚されるのだという。
システムだろうが予備だろうが、私はなによりジェイドに会えることが嬉しかった。
オオハラによって、正確な日時も場所もわかっていたので私はジェイドが召喚されるそのときを待った。
そして、オオハラと共にその場に赴くとはたして彼女はそこへ現れた。少し雰囲気が違うが、彼女はジェイドに生き写しだった。
それから二週間、彼女は目覚めなかった。
早く目覚めて欲しい。
私は初めて神に祈った。その願いが通じたのか、彼女が目覚めたとの連絡が入り私は彼女の元へ走った。
部屋へ行くと、彼女は驚いた顔で私を見つめていた。
彼女の名は翡翠と言った。
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