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 シーディは大広間でユニシスと二人きりとなった。

「シーディ、先日の組紐のことだが、スンから話は聞いた。私はお前を誤解してしまっていたようだ。改めて謝罪したい。すまなかった」

 そう言ってユニシスが頭を下げるので、シーディは慌てた。

「陛下、頭を上げてください。陛下の立場上疑っても仕方のないことだったと思います」

 シーディがそう答えると、ユニシスは頭を上げてシーディに微笑んだ。

「許してくれるのか? ありがとう」

 そうしてしばらく沈黙が続いた。ユニシスはゆっくりとシーディに近づき、シーディの手を取った。

「私は、シャンディと私のシーディ以外には誰も愛さない、いや、誰も愛せないと思っていた。だが私は今、お前を愛し始めている。だからこそ、お前が裏切っているかもしれないと思った時、とても動揺してしまった。だからあれは完全な八つ当たりだな。本当に悪かった」

 シーディは驚いてユニシスを見上げた。じっと見つめるユニシスの瞳をシーディも見つめ返すと言った。

「本当に、私がいけなかったのです。傷つけるようなことをしてしまいましたから」

「いや、私が悪い」

「いいえ、違います」

「いや、私が悪い」

「いいえ」

 そこで二人無言になると、しばらくして声を出して笑い合った。そこでユニシスが口を開く。

「シーディ」

「はい」

「できればお前には後宮に残って、私のそばにいてほしい」

 シーディはしばらく考えた。後宮に残っても自分はいずれ死んでしまう運命である。責任感の強いユニシスはまた傷つくことになるかもしれない。

 それに、以前と同じように飽きられてしまったら? 

 次は大人しく自分から身を引くことはできないだろう。あの時のあの判断は身を引き裂かれるような気持ちだった。もう二度とあんなにつらい思いはしたくない。

 次にそうなった時、シーディは嫌がるユニシスに追いすがり捨てないでと泣き叫んでしまうかもしれない。

 ならば、そんな深みにはまってしまう前にここを去るべきだろう。

 それに村に帰れば、愛する家族に見守られながら最期を迎えられる。それだけでも十分幸せだった。

 シーディは意を決して答える。

「陛下、申し訳ありません。私には村に残してきた家族がいます。家族との平和な生活が私にはかけがえのないものなのです」

「そうか」

 そう答えるとユニシスは一瞬つらそうな顔をしたが、微笑むとそっとシーディの手を離した。そして、シーディに背を向ける。その背中に向かってシーディは頭を下げた。

「本当に申し訳ありません」

 ユニシスは振り返らずに言った。

「いい、わかった。もう行け」

 シーディはもう一度頭を下げると、その場を後にした。




 翌日、候補たちはスエイン以外それぞれの家に帰されることになった。

 タイレルは今回の悪事に荷担してはいなかったものの、スエインと一緒に行動しシーディを侮辱したと言うことで今後宮廷への立ち入り禁止、父親には選定の候補に入れないという決定が下された。

 選定候補に入らないということは、絶対に位を得られないことを意味している。タイレルは宮廷でシーディを侮辱したことを後々まで後悔するだろう。

 サイは本当にすべてに関心がなかったようで、一度廊下ですれ違った時にシーディに声をかけてきた。

「お互いに巻き込まれて災難だったわね。お疲れ様」

 それだけ言うと、さっさと故郷へ帰っていった。

 シーディも翌日には村に帰ることになり、リンは最後の最後まで泣きじゃくってシーディを抱きしめ離れたくないと言った。

「この三ヶ月本当に楽しかったですぅ。うぐっ! シーディ様が帰ってしまわれるなんてぇ! 嫌でずぅ~」

「リン、いつか私の村に遊びにきて。その時は妹や弟がきっと出迎えてくれるはずよ?」

 その言葉にさらにリンは声を上げて泣き始めた。シーディはしばらくリンを抱きしめ、その背中をさすった。

「なんだ? 今生の別れじゃあるまいし。コジ村なら、私がユニシスに馬車を借りていつでも連れてってやるから泣くな」

 そう言われて、リンは顔を上げてスンの方へ向き直ると言った。

「でもぉ、シーディ様は……」

 リンに病気のことを暴露されそうだと思ったシーディは、慌てて言った。

「スン姉さん! 本当に色々お世話になりました。ありがとうございます」

「そうだな、なかなか私も楽しかった。ところで、ユニシスの奴は来てないのか?」

 シーディは苦笑する。来るはずがないからだ。そんなシーディを見て、スンも苦笑する。

「なんだ、またケンカか? ユニシスのやつもしょうがないな。連れてくるか?」

 シーディは慌てて答える。

「いいんです、陛下もお忙しい方ですし仕方ありません」

「そうか、ならいいが」

 シーディはスンの手を取った。

「本当に色々ありがとうございました。ここでお会いして、お話できて一緒にみんなで過ごせたことを私はずっと忘れません」

「そうか。私も少し寂しくなるな」

 そんな二人の会話を横で聞いていたリンがまた泣き始める。スンはリンの頭を撫でた。

「では行きましょう」

 後ろからリューリに声をかけられ、シーディはスンとリンに手を振り馬車に乗り込んだ。二人はいつまでも手を振ってお見送りしてくれた。





 村に帰ると家族が盛大に出迎えてくれた。そんな家族に病気のことを話すのはつらかったが、最初は両親に話しタオとサーシャには折を見て話すことにした。

 シーディは動けなくなるまではなるべく普通に生活していたいとお願いして、家のことも率先してやった。そんなシーディの意思を尊重し、両親ともいつも通りに接してくれていた。

「シーディ、もう水瓶に水がないみたい」

 ジャコウにそう言われたシーディは、水を汲みに外に出た。

 この日はとても夕焼けが美しく、それを眺めながらゆっくりと歩く。

 沢に着くと背負っていた水瓶を地面に下ろし、鼻唄を歌いながら沢で屈んだところで、横からその手を掴まれる。

 シーディが慌てて見上げると、そこにはユニシスがいた。

 なぜここに?!

 驚きながらも、咄嗟に地面に膝を突くと頭を下げる。

「いらっしゃるとは知りませんでした。申し訳ございません」

 ユニシスはそんなシーディを無理やり立たせて言った。

「シーディか?」

 質問の意図がわからず、ユニシスはどうしてしまったのだろうかと困惑しながら答える。

「はい? あの、そうですが……」

 するとユニシスはシーディの両肩を掴む。

「そうではない、お前は私のシーディか?」

「あの、仰っている意味がわかりません」

 ユニシスはシーディの肩から手を離すと、がっかりした顔をした。

「そうか、わかった。すまない」

 なにをしに来たのだろう? まさか自分を追いかけて来たのだろうか?

 そんなことを考えながらユニシスを見つめていると、ユニシスは力なく微笑んで言った。

「もしかしたらと思ったのだが、何も起こらない。やはり違っていたようだ」

 そんな悲しそうな顔をするユニシスを見て、胸が締め付けられるような気持ちになった。

 今すぐにでも『私は本当は牡丹なのです。貴女のシーディなのです!』と叫んでしまいそうなのをぐっとこらえる。

 ユニシスはじっと見つめるシーディから視線を逸らし、こちらに背を向けた。シーディはユニシスへの気持ちを断ち切るように言った。

「ユン様、もう暗くなりますからお気をつけてお帰りください。さようなら」

 そして、シーディもユニシスに背を向け水瓶を掴んだ。
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