『狂人には恋の味が解らない』 -A madman doesn't understand love-

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2.Born to sin.

第二十六話

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 アレクセイはデッキへ飛び出そうとしたユリウスを捕まえて、自分の腕の中に収めた。彼は不貞腐れたが、アレクセイの顔を見て諦めたようだ。抵抗がなくなったことを確認し、そのまま二人でデッキに出る。晴れていた空はいつしか霧が広がり、船の行く手を塞いでいた。
 メアリが状況を確認しようと望遠鏡で前方を眺めている。そんな彼女の傍にアレクセイは駆け寄った。

「メアリさん! 海賊は!?」
「アレクセイとユリウスかい。今、海賊が聖道教会の船にちょっかい出してるよ。まだこっちには気が付いていないのが幸いだねぇ」

 ほら、あそこと指さした所。前方の海はいつの間にか霧がかかっており、遠くには大きな船の影が見えていた。

「この海域に出ると霧が出るから、魔の三角入江も言われてるんだ。海賊もでやすい地帯でね」

 ユリウスはメアリから望遠鏡を借りて、影の方を探る様に見つめている。

「聖道の船がジグザグ走行をしているあたり、海賊船は小さいみたいだな。攻撃を受けているのをけん制しているのか、それとも、波で小型船を近づけないようにしているのか。それか、どちらもか」
「あんた、そこまで分かるのかい」

 メアリが驚いたようにユリウスを見る。彼は望遠鏡をメアリに返すと、「別に」とだけ応えた。

「おーい、あんたら足早いな」
「ロン、ちょっと船の速度を落とそう。ここにいたら、私たちの船も危ない。助けてあげたいが、これは無理そうだ」
「悪いが、囮になってもらわねぇと……おっとっ!?」

 船が突然何かにぶつかり、デッキにいた人々が近くにあったものにしがみついた。

「なんだ!?」
「ロンさん! 氷が!」
「氷ぃ!? もうグスタン国に氷はないはず……」

 ロンが慌てて望遠鏡で船底を見つめた。

「なんじゃこりゃ!」

 アレクセイも下を見て、絶句した。海が凍り付いている。
 先々は見渡す限りの氷の海。

「あの子だ」

 ユリウスがいつの間にかアレクセイの隣にいた。メアリから借りたのか、望遠鏡で前方を見つめている。

「まさか……」

 傍にいたユリウスがアレクセイに望遠鏡を渡す。そこから覗けば、海上には女の子が一人佇んでいた。鎖を解かれ、人形の瞳のまま海賊船をまるごと凍らせていた。海賊たちも船の上で氷結し、思わずアレクセイは口元を抑えた。

「離れるぞ」

 ユリウスがメアリに指示をする。茫然としている彼女だったが、彼の言葉を聞いてはっとしたようだ。

「しかし」
「でも、どうやって!?」

 叫んだロンが凍り付いた海を棒で叩くが、壊れる事はない。ユリウスは掌に魔力を込め、炎の塊を両手に作り上げる。そして、それを海に叩きつけた。
 轟音と共に二つの水柱が立ち上げる。唖然とするロンやメアリ、そして船の従業員。
 炎が一瞬にして周りの氷を溶かした。船には傷一つついておらず、ロンは「嘘だろ……」と海を眺めていた。氷がパキパキと音をたて、広範囲にかけて大きく裂けた。

「メアリさん! 行きましょう!」
「あ、ああ! 船を動かしな! 距離を取れ!」

 慌ただしく従業員が動く。

「ヨーソロー! おもーかーじ!」

 ロンの叫びと同時に、従業員が「おもーかーじ!」と復唱し、船の上が慌ただしくなる。
 専門用語が飛び交い、ロンが「もどーせー!」と叫んだ。アレクセイは船が大きく揺れ始めた事に気が付き、ユリウスを支えた。少しだけ不安そうな表情とぶつかる。

「アレクセイ」
「大丈夫です。傍に居ますから」

 メアリはユリウスの状態に気が付き、「アレクセイ、ユリウス! あんたたちはここに居な!」と叫び、ロンの傍にいって何やら話をしている。彼らは方角を示しながら、どこへ向かうか話しているらしい。
 アレクセイは望遠鏡をのぞいていたが、ある事に気が付いた。

「あ……」
「どうした?」
「海賊が」

 生き延びていたらしい海賊が見えた。男が女の子を剣で突き刺す。ふらりと傾き、女の子はユリウスが割った海の中に落ちていった。
 アレクセイは思わず目を逸らした。しかし、すぐにまた辺りを確認する。
 海賊はすぐに撃ち殺され、亡骸が海に落とされた。
 落ちた女の子の救助は始まっていないようだった。聖道教会の人々は助けようとはしない。ただ、黙って海の中を見つめている。
 しかし、彼らをかきわけ、海に飛び込んだものがいた。神官の衣装を脱ぎ捨てた聖道教会の者。彼はすぐに女の子を救いあげて、腕に抱きいれた。しかし、すぐに女の子は他の神官たちに回収される。
 すぐに回復を施され、心配される間もなく、鎖に繋がれた。隣でいつの間にか望遠鏡でそれを見ているユリウスがいた。

「まるで、道具だな」

 ユリウスが悔し気に呟く。アレクセイは頷いた。

「あの子も同じ人間なのに」

 ゆっくりと船の航路が変更されていく最中、船が離れていき、少しずつ安心した様子を見せた。アレクセイやユリウスも部屋に戻って休むように促され、船は警戒態勢が解かれていく。
 そんな中、ぴたりとユリウスが動きを止めた。何かを考えるような表情をして、すぐにはっとした表情を見せた。彼は背後を振り返り、目を大きく見開いた。まるで、見てはいけないものを見てしまったような顔。アレクセイは彼の傍に駆け寄った。

「ユリウスさん?」

 アレクセイが声をかけると同時にユリウスは勢いよく背後を振り叫んだ。

「その海賊船は囮だ! 伏せろ!」

 瞬間、大きな轟音が鳴り響いた。
 視界は白。まるで、大きな流星のようなものが海を直線状に走る。誰もが目を大きく見開きしゃがみこんだ。悲鳴をあげる者もいたが、それは轟音にかき消される。
 光が何事も無かったように過ぎ去った後、大きく船が揺れ、風が船を帆を激しくはためかせた。音が過ぎ去り、誰もがゆっくりと起き上がる。

「な、なんだよ。今のは」

 従業員、メアリ、ロン。彼らをはじめとし、アレクセイやユリウスも音の方へ駆け寄る。音が消えた方角を見た。霧はまるで強い風が通ったようにぽっかりと直線状に晴れていた。
 望遠鏡でアレクセイが轟音を最初に響かせた方向を眺めれば、大きな海賊船が見えた。

「なんですか……あれは」
「対魔導兵器か? かなりの距離があったはずだが」

 そう言ったロンが引きつった笑みで中央から真っ二つになった聖道教会の船を見つめる。旗は先ほどの攻撃で燃え尽きたのか、微かに残った旗の破片が風でなびいていた。誰もが絶句し、答える者はいない。 
 アレクセイが望遠鏡で内部の様子を見れば、何人もの負傷者の姿が見えた。中には息絶えている人の様子も伺える。船尾は沈んでいき、怪我をした者が海に落ちていく様子も伺えた。

「メアリ、どうする!?」とロン。
「次の攻撃は!?」

 メアリは叫びながら、後方に見える海賊船を望遠鏡で覗いた。ユリウスも同じように確認し、眉を顰めた。

「船は停止しているみたいだな。砲弾がずれないように船を固定しているのか?」
「恐らくはな。対魔導兵器はチャージ時間が必要だ。次もう一度攻撃するとすれば三十分後だ。下手すれば、俺たちも攻撃に巻き込まれる。それまでにここを離れるぞ」

 ロンが小さく舌打ちをし、船回りの様子を確認している。メアリは俯きながら、苦虫を潰した表情をする。

「ロン、アレクセイ、すまないが」
「言うと思いました。ロンさん、ユリウスさんを見ていてください」
「は?」

 ロンが何を言っているんだと言わんばかりにアレクセイを見た。恐らく、今のやり取りで内容の全容を理解したのはメアリ、アレクセイ、ユリウスだけだろう。

「俺も行く。俺だけ除け者にするな」

 ユリウスは小さく息をついた。彼はすぐにライフジャケットをメアリとアレクセイに投げつけた。

「ユリウスさんは病み上がりでしょう」
「傍にいるって言ったのはどこのどいつだ。俺を置いていくつもりか」
「それは」
「嘘はつかないでくれ。お前は俺の傍にいるんだろう?」

 ユリウスの真剣な表情に折れたアレクセイは頷いた。

「わかりました。絶対に離れないでください」

 そう伝えれば、彼は嬉しそうにほほ笑む。

「なんだい、ユリウスも来てくれるのかい」
「あれを防御できる術があんたらにはないからな」

 つまりとメアリは驚いた顔を見せる。ユリウスは「行くぞ」とライフジャケットを羽織る。

「おいおい! メアリ!」
「ロン! 十分だけ待っておくれ! あのままにはできない! 私たちが戻らなかったら、あんたらだけでここを離れてくれ」

 メアリの真剣な言葉にロンは片手で顔を抑えて、「あー、もう! ここで三人だけ行かせたら、俺たちの立場がないだろ!」と彼もライフジャケットを着こんだ。その様子に誰もが頷き合い、ライフジャケットやヘルメットの準備を始めた。

「行くぞ、野郎ども!」

 ロンの号令に従業員が答える。
 その様子をほくそ笑んでいたユリウスが右手に熱気、左手に冷気を纏わせ、その魔力の塊を後方に向けて投げつけた。海水が勢いよく蒸発と氷結を繰り返し、後方一面は深い霧に覆われる。

「これで暫く向こうからは見えない。ここら海流は向かい風を生む。効果は継続するようにしているから、あの船がここを通過するまでは時間稼ぎになる」

 茫然とするメアリにユリウスが「行くぞ」と声をかけた。

「あ、ああ! みんな、すまない!」
「人命救助優先だ! 面舵いっぱい!」

 メアリとロンの指示で船に号令がかかり、大破した船に向けて動き出す。

「時間はないぞ! 急げよ!」

 従業員やロンは慌ただしく、「ヒトゴー」「もどーせ!」など誰もが口々に号令を叫ぶ。細かな指示を受け、船が右へ左へ。氷の山を避けて船は前進していく。時折、ユリウスが炎魔法で氷を壊していった。
 やがて、船は轟沈しつつある船に向かって進んでいった。
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