『狂人には恋の味が解らない』 -A madman doesn't understand love-

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3.It’s not the love you make. It’s the love you give.

第三十七話

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 喫茶店を出た後。
 アレクセイは屋台で鶏肉が串にささったものを購入し、ユリウスに差し出してきた。雨が入らないようにテントが貼られた屋台前。
 鶏肉はしっかりと火が入り、どうやらタレが絡まれているようだ。
 鳥串を見つめる困ったようにユリウス。ユリウスをアレクセイは見守っている。アレクセイは手本と言わんばかりに棒がでている下の方を手に持ち、棒の上についた鶏肉を豪快に食べる。
 彼は咀嚼して、ごくんと飲み込んだ。

「ユリウスさんも食べてみてください。どうぞ」
「ああ」

 その様にユリウスは感嘆し、差し出されたそれを恐る恐ると手に取る。
 アレクセイは優しい表情でユリウスを見つめている。鶏肉を口元に運び、ぱくりと上の方だけかぶりついた。

「ん……」
「どうですか?」

 熱いが、食べれないことはない。噛めば肉汁が溢れ、舌にはしょっぱさと甘さが絡まりつく。
 食べたことが無い味だった。そして、それをごくんと飲み込む。

「しょっぱいけど、なんかあまい?」

 その一言でアレクセイは破顔した。
 しょっぱい。あまい。熱い。でも、不思議な味。
 アレクセイが来る前なら、絶対分からなかった味だとぼんやりと考え込んでいたユリウス。
 アレクセイがユリウスの両頬に両手を添え 、ぐにぐにと頬をさすってくる。むぐむぐと声をあげれば、彼はくすりと笑って手を離してくれた。
 最後に抱きしめられ、ユリウスはかっと頬に熱が集まるのを感じた。

「な、なんだよ!」
「いえ、嬉しいだけなんです。帰ったら、みんなでパーティしましょう。ユリウスさんのためのパーティです。おいしいものをたくさん食べて、飲んで。あと、貴方がよく食べていたベリーの味もきちんとわかってもらえたら嬉しいです」
「そういえば、ここに来てからそんなにベリー食べてなかったな」
「はい。俺が眠っていたユリウスさんに食べさせてたぐらいですね」

 ユリウスは目を見開き、目の前の存在を見つめる。
 彼は優しい笑みを携えており、やっとユリウスを放してくれた。固まっていたユリウスだったが、アレクセイが鳥串をもう一本差し出してきたことで、ふはと笑い声をもらす。

「どうぞ」
「そんな一度に何本も食べれないって」
「それが、いけるんですよね。がぶっとどうぞ」
「しょうもねぇやつ」

 差し出された鳥串を受け取り、同じようにぱくりと食べた。
 今度はパリパリとしており、ユリウスは驚いたようにアレクセイを見る。
 彼は悪戯が成功したような顔をしており、ユリウスは「なんだこれ」と物を見た。差し出されたのは鶏皮を焼いた物だった。

「ね、何本でもいけそうでしょう? 食べることって不思議だと思いませんか?」

 アレクセイはとても嬉しそうだった。ユリウスは過去に目の前の彼がもりもり食べている姿を何度も目撃している。
 彼が食べることが好きな理由が分かった気がし、小さく頷いた。

「昔、お前がこれでもかってぐらい口にものを詰め込んで食べていたからな。理由がわかった気もする」
「そんなに詰め込んでました?」
「ああ。びっくりするぐらい」

 アレクセイは困ったなと呟き、頭を片手でかいた。そして、ユリウスの視線に気がつくと照れたように笑う。その姿を見ていたユリウスはつられて笑った。

「なあ、今度お前が好きなラム肉が食べたい」
「わかりました。美味しいものを選びますね」
「楽しみにしてるぞ」
「そうだ。これをお返ししておきます」

 アレクセイがカバンから一冊のノートを取り出した。ユリウスが思わず声を出した。

「一体どこで!?」
「はい。見つけてしまいました。机の下に隠していたでしょう? たまたま見つけたので、持ってきました」

 誰にも見つからないようにと隠していたユリウスの青いノートだった。自分の好きなものを書いていた、アレクセイから貰った大切なノート。
 ノートを受け取り、ユリウスはアレクセイを見た。彼は優しい眼差しのまま。そこで、ユリウスははっとする。

「中、見たか?」
「え?」
「ノートの中身見たのか?」

 アレクセイは照れたように頷いた。ユリウスは片手で顔を抑えて、「勝手に見んな」と熱の篭った顔を隠そうとする。
 しかし、すぐに小さく息をついて、目の前の存在を見つめた。

「俺がバカみたいじゃねぇか」

 その一言にアレクセイは小さく笑う。そして、そっとユリウスに近づくと、触れるだけのキスを頬にした。固まるユリウスと、離れて微笑むアレクセイ。

「好きになる感情って不思議ですよね。たまらなく、愛おしくなる」

 何が起こったのかようやく理解したユリウス。しかし、行動を起こす前にアレクセイがユリウスを抱きしめていた。

「本当にお前って意味わかんねぇ」

 赤面した顔を隠すように、ユリウスは口元をほころばせるしか出来なかった。










 買い物を終え、二人はロンとメアリのいる宿へ戻る。雨は一向に止む気配を見せず、ただひたすらに雨音を響かせていた。灰色の空からすぐに宿の中に戻ると、ロンとメアリはすぐに笑顔で出迎えてくれた。

「おお、早かったな」
「はい。戻りました。ロンさん、一つ聞きたいことが」
「ん? どうした、ユリウス」
「ルートを変えたいんです。そのまま正面ルートと思ったんですが、気になることがあって」
「わかった。どのルートでも楽しそうだしな」

 ロンがころころと笑う。ユリウスはほっと胸を撫でおろした。
 アレクセイにタオルを渡していたメアリが、ユリウスの方にやってきて、帽子や服をチェックしている。

「アレクセイがユリウスを見立ててくれたのかい?」
「はい。俺はどうにもファッションはダメみたいで」
「ファッションは慣れだからねぇ。うんうん、いいじゃないかい」

 ユリウスはちらっとアレクセイを見る。コンスタンに言われた一言が大きかったのか、彼はぼんやりとしている様子が見られる。

「アレクセイ」
「はい?」
「タオル貸せ」
「わっ!?」

 奪ったタオルを彼の頭に被せて、がしがしと拭いてやる。最初こそ慌てふためいた彼だったが、今はされるがままだ。
 彼は椅子に腰を下ろし、ユリウスがやりやすいようにしてくれていた。

「ユリウスさんって、とても優しく拭いてくれますよね」
「もう少し強いほうがいいか?」
「いえ、ちょうどいいんです」

 彼がふわっと笑った。優しい彼の表情にユリウスは呆気に取られて、照れを悟られぬように目を逸らした。すると、ロンとメアリのにやけ顔とぶつかった。

「うっ」
「どうしました?」
「いや、なんでもない」

 全てわかっているような二人の顔にユリウスはアレクセイの背中へと撃沈する。メアリの笑い声とロンが笑いを押し殺す声。ユリウスは顔に熱が集まるのを感じ、逃げ場のない気持ちに、目の前のアレクセイの背中を「終わった」と言って軽く叩いた。

「さて、そろそろ出発とするか。海からの陸移動で疲れるとは思うけれど、よろしく頼むぞ」

 ロンが選んでくれたのは四人乗りのそこそこ良い馬車だった。
 カラカラと音を響かせ、舗道されたレンガ道を馬車は進んでいく。長く降り続いた雨も街を抜ける頃にはすっかり止んでいた。

「え、コンスタンと会ったのか」
「はい。情報が洩れていると助言を貰った。念のために迂回ルートを。鵜呑みにするのはどうかとは思ったのですが、急な変更をすみません」
「いや、普段兵器として人と一歩隔てているあいつが警告してくれるなんてな。お前、意外と好かれたな」
「いつ後ろから撃たれるかわかったもんじゃない」

 ユリウスが小さく息をついた。隣のアレクセイは夜の見守りのため、今は静かに眠りについていた。
 気が付けば、彼の頭がユリウスの肩に乗っかっており、少し恥ずかしくもある。

「それと、ロンさんの名前がローウェンだということを初めて知りました」
「言ってなかったっけ?」

 ユリウスが頷けば、彼は笑った。

「ロンは昔から説明不足ってよく言われてたからねぇ」とメアリが笑う。

「とりあえず、次の街についたら、関門が待ってる。そこから、アルター国の首都への移動となるぞ」
「俺が二人の移動手続きを」
「いや、俺に良い考えがあるんだ。大船に乗った気持ちで任せてくれ」

 彼は歌うように言う。ユリウスとメアリはきょとんとし、彼を見つめるしか出来なかった。
 
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