『狂人には恋の味が解らない』 -A madman doesn't understand love-

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3.It’s not the love you make. It’s the love you give.

第四十話

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 王都に向かう馬車に乗り継ぎ、ユリウスはぼんやりと夕日を眺めていた。ロンやメアリは今後の話をしている。
 何となく暇を感じ、ユリウスは小さく息をついて傍らで眠るアレクセイを見つめた。

 魔法が使えない。魔法は弱い身を守るためのものだと思っていた。
 よく考えれば、強力な魔法を使えるのは一握りだ。メアリもアレクセイも強い魔法は使えない。では彼らはどうやって身を守っているのだろう、とユリウスは思った。
 アレクセイは剣で魔物と戦う。ロンだって短刀で魔物を仕留める姿を見たことはある。では、メアリさんは?
 そう思えば、彼女は戦っている姿は見たことがなかった。傷ついた人々を治療する姿を思い出す。
 ユリウスは小さく息をついて、眠っているアレクセイの肩に頭をつけた。

「ん……」

 アレクセイの青い瞳が寄り添うユリウスを見つめる。

「すまん。起こした」
「いえ……もう夕方なんですね。見張りの交代ですね」

 目を擦って辺りを見回すアレクセイ。ユリウスは傍らの存在が起きたことで、ほっと息をつく。彼は酷く嬉しそうな顔をして、ユリウスの頬を撫でた。しかし、すぐに彼は困惑した表情を向ける。彼が見つめているのはユリウスの首に巻かれた包帯だ。

「あれ、首を怪我したんですか」
「あ、ああ……寝ている時にちょっと」

 彼は少し考える様子を見せてから、「そう、ですか」と腑に落ちない顔をしている。

「今日、宿についたら一緒の部屋にしてもらいましょう」
「それは」

 ふと思い出す。足元に落ちていた水晶の存在。ユリウスはもしも夢のようになったらと考え、きゅっと口を結んだ。

「だめだ」
「えっ」

 断れると思っていなかったのだろう。アレクセイが酷く驚いた顔を向けてきた。話を聞いていたロンが不思議そうな顔を向けてくる。

「何だ? 痴話喧嘩でもしたのか?」
「はは、ユリウスは私の部屋と一緒さ。私がユリウスと寝るんだ」
「メアリさんっ」

 怒ったアレクセイにメアリは真面目な表情で彼を見つめる。

「定期検査だよ。一応ね」
「それなら……」

 ぐっと言葉をこらえたアレクセイ。ちらっとユリウスを見つめる彼の視線は何でと言いたそうなものだった。ユリウスは何とか表情を誤魔化して、「残念だったな」と勝ち誇った顔を作る。
 彼はむすっと顔をしたが、違和感は感じてなかったようだ。その事にほっとする。しかし、ロンの真面目な表情と瞳にユリウスはびくりとする。彼の射抜くような視線から思わず目を逸らした。
 しかし、すぐに彼は表情を切り替えている。

「なんだ、痴話喧嘩でもしたのかと思ったぞ」
「あはは、今日の夜は私がユリウスを独り占めするんだよ。この子、抱き心地もいいし、髪もふわふわしてるからね。肌もすべすべで羨ましい限りだよ」

 むすっとしたアレクセイの顔。メアリは煽る様に笑っている。わざとやってるだろ、とユリウスは彼女に視線を送る。

「まったくもう」

 アレクセイは拗ねたように呟き、ユリウスはそんな彼を愛おしく思う。
 夕日が落ち、見えてきた王都の街が点々と灯りはじめた頃。
 予定より少し遅れて馬車は王都に入った。遅れた理由としては、ロンが迂回ルートを選択したらしい。理由は定かではない。懐かしい景色にユリウスはただ感嘆する。

「到着したな」
「はい。まずは王に挨拶して……んで、明日は移動か。ユリウスを領地に返してだな」

 ロンは馬車を下りながら、内部にいるメアリに手を差し出した。メアリが彼の手を握り、レンガ道に足をつけた。
 二人の様子を眺めていれば、アレクセイが馬車から降りて手を差し伸べてくる。得意げな視線を感じ、ユリウスは鼻で笑うと手を借りずに降りた。

「ばぁか」
「ユリウスさん」

 むすっとしているアレクセイにユリウスはくすくすと笑う。彼がやがて釣られるように笑うと、「傍から離れないでくださいね」と言う。

「仲がいいな。さてと、まずは王城へ向かうとするか」

 ロンはその様子を見て笑っていた。
 こっそりと身分を隠して歩く王城への道は新鮮だった。誰もがユリウスだと気が付かない。人々が笑って通り過ぎる。
 いつもなら、ユリウスに対して畏怖の表情を向けてくる人たち。
 彼らの笑顔を見ながら、ユリウスは傍らのアレクセイを見る。辺りを警戒しているのか、視線には気が付かない。


 王城にたどり着けば、ユリウスの思った通り開門はしてもらえなかった。ロンが何度か勲章を見せているが、門兵は首を左右に振るだけ。
 ユリウスは彼の肩を叩き下がらせた。二人の兵士は不思議そうな顔をして、ユリウスの顔を覗き込んでくる。
 ユリウスは小さく息をつくと、帽子を取った。白い髪が兵士たちの目に留まり、はっと驚きに変わる。

「兄……エリック兄上に会わせてくれ。ユリウス・イア・アリメストが帰還したと伝えたらわかる」

 空気がざわりと変わる。すると、アレクセイがそっと帽子を再度かぶせてきた。

「護衛騎士のアレクセイです。ユリウス様のことは内密にお願いします」

 二人の兵士が敬礼をし、その内一人が城の中に駆けて行った。ほっとするユリウスの肩に手を置いたのはロンだ。

「ありがとな。俺も用事があって助かったよ」
「いえ」

 すぐに中へ招待された。
 久しぶりに歩く城。パーティでアレクセイと王城で会った日が遠く感じる。廊下を歩いていくと、ふとバラ園が見えた。そこには見覚えのある姿があった。金色の髪に青い瞳。記憶の中より少し老けた姿。
 目を見開くユリウスは口を結ぶと兵士たちの後を追った。
 兄はすぐに出迎えてくれた。金色の髪にエメラルドグリーンの瞳。兄は変わらず元気なようだった。しかし、彼は酷く心配そうな顔をしており、慌てたようにユリウスに駆け寄って来る。

「ユリウス! 君は何を考えて、この数か月いなくなったんだ!? 怪我や病気はしていないか!?」

 それを制したのはアレクセイだった。

「申し訳ございません。領地のワイン工場の建設のために理解ある土地へ学びに行っておりました。私だけと伝えていたつもりが、ユリウス様も共に行きたいとのことで、ご同行させてしまいました」

 アレクセイは陳謝し、深々と頭を下げている。聞いたことのない言葉だ。王族に嘘を述べるなど、とユリウスは思う。

「そうか……無事ならそれでいい。ユリウスの我儘は今に始まった事はないか。しかし、領主として無断で外出するなど本来あってはいけないことだ。ユリウスに一週間、領地での謹慎を言い渡す」
「はい」

 兄が心配している、と思いつつ彼を見つめる。彼はやれやれと言わんばかりに額を抑え、ユリウスの視線に気が付くとほほ笑んでいた。

「本当に心配ばかりかける弟だ」

 戦場へ送り出した兄、帰ってきたと安心する兄。
 果たして、どちらが本当の兄だろうかとユリウスはぼんやりと考えていた。

「九歳になる時も、お前が志願したと聞いて酷く驚いたよ」
「えっ」

 思わず声をあげてしまう。彼は不思議そうに小首を傾げている。

「それは」
「キースがいくら戻すように言っても聞かなかったと。何か策があるのだろうと言っていた。本当に心配したものだ。お前が戦況をひっくり返したと聞いて驚いたよ。無事に帰ってくれてよかった」
「待ってください……兄上たちが命じたのではないのですか? 俺が邪魔だからと、激戦地に送ったのではないのですか」

 声が震えないか心配だった。何とか誤魔化せたこと、言いきれたことにユリウスはほっとする。

「え? 俺がそんなことを?」

 兄の驚く顔。ユリウスは茫然としてしまう。

「そんなことを言ったのは誰だ? 俺がいつユリウスにそんな酷い命令を伝えた?」

 とぼけている様子はない。彼は眉をひそめていた。

「二人の兄からの命だと……俺はそう聞いて」
「そんな命令は出していない。戦況と国内の情勢が落ち着くまで、安全な領地で療養させようと進言したぐらいだ。それは……」

 彼は何かを考える様に顎に手をあてている。そして、黙って兄を見つめるユリウスに気が付いたらしい。彼は固まっているユリウスに手を伸ばす。ぎょっとするユリウスに気が付いた彼はそっと手をひっこめた。
 彼は自分の手と怯えてしまったユリウスを見て、少し悔しそうな顔をする。

「そうか……その件は私に調査させてくれ。父上も亡くなり、もう一人の弟であるキースの行方が分からない。大臣たちにも相談をしてみようと思う」

 ユリウスは小さく頷いた。彼に何と話しかけていいのかわからなかった。

「今日は遅い。ユリウスとアレクセイ、そして付き添いの二人は休んでくれ」
「エリック王」

 声をかけたのはロンだった。彼は床に膝をつけ、「不敬なのは承知で発言を許してほしい」と頭を深く下げた。

「よろしい。大事な弟の友人だろう」

 大事な、とつけるエリック。ユリウスは何とも言えない気持ちになってしまう。

「俺はローウェン・ド・サンドロス。ナートン国第三皇子。親愛を込めて、ロンと呼んでほしい」

 誰もが驚いた顔をロンへ向ける。ただ、ユリウスだけは違う。やはりと言う表情をしたまま、事の成り行きを見守っていた。
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