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第一章

第四話

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 第五皇子であるエルに成り代わった名無しの何でも屋。そんな自分が誰にも気づかれずに一週間が経過。
 ついに孤児院に行く日がやってきた。
 どうしていくことにしたのかと聞かれれば、悪評高い本物のエルが戻ってきた時に少しでも評判を良くしてやろうと思ったから。
 自分の仕事でもあり、ある意味、成り代わりを依頼してきたレイジのためでもある。
 ふと、じっと見つめる視線を感じ、エルは傍に控えていたレイジを見た。

「なんだよ?」
「いえ、本当に行くのかと思いまして」
「そう言っただろ」

 小さく息をついて、仕事用具が入っている腰に回すバックをつける。

「戻って来た時に少しでも評判良くしておいた方が、仕事をした感があっていいだろ。別に関わりなく、壁になるぐらいでいい。寄付金は持っただろ。後は設備を見るぐらいでいいんだ」
「寄付金の準備は大丈夫です。寄付金が控えめにして、浮かせた金額を計上いるのはこの項目に書かれた設備を入れるためですか?」
「ああ。孤児院なら、子供ぐらいいるだろ。子供のための設備を整えてやれば、少しは過ごしやすさや将来も変わってくる」

 表情の変わらない騎士にそう伝えてやれば、彼は「なるほど……」と言って黙り込む。

「行くぞ」

 髪を縛りなおし、一本に束ねたそれから手を離した。






 名無しであり、今は名前を得た名無し――エルが見つめるレンガ道。
 乗っている馬車が時折揺れる。山上の城から降りて、街に近づいていけば、次第に道が悪くなっていった。
 王都カルマ。光と闇を作り出したレンガ街の海岸沿いの街。

「なあ、この街の格差をどう思う?」

 エルがレイジに尋ねる。視線の先にあるものは寂れた雰囲気を持つレンガの家々。
 時折、人の姿があるが、馬車の姿を見かけるとすぐに姿を晦ませてしまう。

「そうですね。山側の街並みはとても豊かです。魔石の採掘が関係しているのでしょうが、海側に近づくと資源が乏しく、生活は厳しいものです」
「俺はこの辺で育ったんだ」

 街並みを眺め、つい先日までうろうろとしていた場所を眺める。
 一週間も経てば、貴族生活にも板がついてきた。もちろん、自分自身が元貴族だったという事もある。

「その割にはとてもマナーは良いようですが。本当は記憶喪失で済まそうと思っていたのです」
「そこはスルーしてくれると嬉しいんだがな」
「貴方の生まれは良家だったのでしょうね」

 レイジは表情を変えずに淡々と言う。しかし、目は少し寂しさを感じる。

「そういえば、これから行く孤児院は何ていう……」
「サマリー孤児院です。女神サマリーの信者が建てたとされる場所です」
「そうかい」

 小さく息をつけば、レイジは小首を傾げた。

「何か嫌な理由が?」
「別に何でもねぇよ」

 レイジは何か言いたそうな顔をしたが、彼が動きを止める。

「ん、どうした?」
「いえ。どうやら、ついたようです」

 彼の声と同時に馬車が止まった。
 馬車が開き、レイジが颯爽と降りていく。俺も後に続き降りれば、白い日差しが一瞬視界を奪う。
 その先に広がったのは孤児院だった。一階建ての馬車が前に七台も止まれば窮屈に感じてしまいそうな場所だった。
 先に到着していたのだろう。第二皇子と第六王女がこちらの存在に気が付いて、ゆっくりと近づいてきた。

「本当に来た……」
「こら、そういうことを言ってはいけないよ」

 第二皇子と確かメルディとかいう第六王女だ。
 メルディは一瞬ふくれっ面を作ったが、第二皇子に諭され、こちらにぺこりとお辞儀した。

「すまないね。馬車を別にしてしまって」
「別に気にしてないです」

 はっきりと告げれば、彼は少しだけ驚いた顔を見せた。

「ハウリア様。こちら、エル様が用意した寄付金です。一緒にお渡しください」
「すまないね。エルもありがとう」
「いえ」

 後は壁になるだけだとそっぽを向く。

「ほら、メルディにエル。行くよ」
「はい、兄様!」

 第二皇子――ハウリアとメルディが歩き出す。
 傍には騎士や使用人の姿もあり、やはり王族なのだなとエルはぼんやりと思った。
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