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第三章

第二十三話

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「アンダーカバーって?」
「魔法使いが使う偵察用の生き物だよ。レイナよくやった」

 エルが素直に褒めれば、レイナは嬉しそうにえっへんと胸を張る。そして、エルは懐から魔法瓶を一つ取り出すと、砂と化したアンダーカバーへ液体を数滴零した。まるで、砂が水を吸った時のように、色が濃くなったかと思えば、粘土のような状態へ変わった。その塊から、ふわりともやのようなものが漂う。

「これは?」
「可視化された魔力。この魔法薬は魔力を可視化するんだ。レイナ、ついてきてくれるか?」
「はい、もちろん!」

 二人で魔力の素を辿っていく。部屋を出て、廊下を歩く。すれ違う人々は「エル皇子だ」と囁く。昔ほど、陰口を言われることはない。しかし、誰もが好奇心の視線を送って来る。居心地が良いものではない。
 やがて、たどり着いた場所は医務室前だった。
 エルとレイナが顔を見合わせる。レイナが意を決したように扉に手をかけた。

「おい」
「大丈夫です。お薬を取りに来たと伝えますから」

 ウインクで返され、その度胸の強さにエルは驚きつつも頷いた。
 レイナは扉をノックして開けた。その先に居たのは見覚えのある金髪の少女だった。エメラルドグリーンの目が大きく見開かれる。朝方見かけた顔に、エルはあっと驚く。
 彼女は薬草を調合しているのか、二人に気が付くと驚いた表情を作る。

「すみません。お薬を貰いに来たのですが」
「わ、わわわ!?」

 顔を真っ赤にして机下に隠れる。レイナはその行動を怪しいと思ったのか、ツカツカと彼女の傍に近寄り、顔を覗き込んだ。

「レティシア様?」
「すすすみません! 悪気はなかったんです!」

 エルが室内に入り込み、ぐるりと辺りを見回した。医務室と呼ぶよりも、どちらかというと教会関連の部屋と言った方がしっくりくるかもしれない。正面入ってすぐ、奥に飾られた十字架。
 そして、祈りの場と思われる中央部。その片隅には棚が並び、薬草などが陳列していた。肝心のレティシアと呼ばれた少女は入ってすぐの机下に隠れてしまっているわけだが。
 その机の上にはショートケーキがおかれており、恐らく食べている途中だったのだろう。
 レイナとレティシアの机下での攻防で、激しくケーキが揺れていた。

「どうして、あんな真似を?」
「すすすみません! 出来心だったんです!」
「はぁ?」

 エルが素っ頓狂な声をあげる。レティシアは更に顔を赤くして、机の下に入ってしまった。レイナがなんとか引きずり出そうとするが、彼女は出てくることがない。

「ほら、エル皇子の部屋をどうして監視したのか教えてください」
「え?」

 監視という言葉に机の下から顔を出すレティシア。彼女は困惑しているようだった。そこで、エルははっとする。

「あんたじゃない?」
「えっと、監視とは……私が?」
「エル皇子の部屋に虫を放ったのは?」
「ええと、私がこっそりケーキをつまみ食いしたことではなく?」
「え」

 エルとレイナの声が重なった。レティシアは体制を整えると、こほんとわざとらしく咳ばらいを一つ。
 そして、堂々と胸を張った。いまだに顔がほんのりと赤い。

「わ、私は聖女という肩書のため、本来ならこういった物を食べたりはしませんが……頂き物となれば、話は別なのです」
「気にしなくていいと思いますが」
「いえ、やっぱり聖女は人の見本でなくてはいけません」
「それが、隠れてケーキを食べる理由か」
「うわああああ」

 レティシアは頭を抱えてまた机の下へ入り込んだ。

「大丈夫ですよ! たとえ、レティシア様が隠れてこっそりケーキを食べていたり、イケメン男性を見てよだれをたらしていたとしても、私のレティシア様の像が壊れることはありません!」
「どうして、魔導アイドル歌手のハルキ様をしっているんですかぁ!?」
「えっと、メイドの事情ですかね? 部屋掃除をしたら、出てきます。でも、大丈夫ですよ! こっそり、握手会とかに行ってることは内緒にしますから!」
「もうやだぁああ!」

 レティシアが悲鳴を上げる。レイナが気にせずに、机から引きずりだそうとする。
 エルはやれやれと肩をすくめて、この部屋に充満するアンダーカバーの気配にため息をついた。
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