29 / 42
29.いざ、コレワ伯爵領へ
しおりを挟むーーローゼリア、こっち、こっちへおいで……
………。
ハッ!…まただわ……。
コレワ伯爵領へ向けて出発してから暫く経つけど、伯爵領に近づくにつれて『妖精の夢渡り』が頻繁になった。
ついには馬車移動でウトウトするだけでも、受信するようになってしまった。
この話は当然、侍女やフェンリルに伝えていて、二人は夢の話をする度に顔色を変えて心配してくれる。…だから、最近は、大した内容ではない時は言わないでおくのだけれど、なぜか、二人にはバレてしまうのだ。
そして、今回もビクついて突然起きたローゼリアの様子に気付かない訳がないのが、ローゼリア付きの侍女である。
ちなみに、フェンリルは少数精鋭の護衛群と共に馬車の外を馬で並走しているが、なぜか、馬車内の様子に気付いて、馬を馬車に近付けてきた。
外から馬車の小窓を開けるようノックされ、開けた途端に心配そうな声がした。
「…リア?また何か夢を見たのか?」
誤魔化すことも難しそうなので、素直に認めるローゼリア。すると、侍女とフェンリルの二人はローゼリアを心配して、さらに速度を上げて先に進むこととなる。
馬車は魔術具が良い仕事をしているため、殆ど揺れることがないから良いが、馬車に並走して走り続けるフェンリル達は相当大変なはずなのに、疲れた素振りを見せない。
さすが、アルジャン王国の誇る騎士達だわ!そして、中でもやっぱりフェル様は別格ねっ
馬車の小窓からチラッと外を覗き見る。
凄まじい速度で景色が流れる中、馬車とほぼ同じ速度で走っているため真横にピタッと止まっているように見えるフェンリル。
上下に弾む馬上で、フェンリルは凛々しい顔で手綱を取っている。表情からは分かり辛いが、額や首筋から褐色の肌の上を流れる汗から、相当過酷な状態なのがうかがえる。
王都を出てから殆ど休まず、馬を変えつつ走り続けているのだから、疲れていて当然なのだが。
それでも、宿につくと涼しい顔でローゼリアをエスコートする余裕まであるのだから、さすが騎士団長様だ。
フェンリルや護衛、馬達の奮闘で、無事、コレワ伯爵領へ辿り着いた。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
時は少し遡り、コレワ伯爵邸の一室に二つの影があった。
「…なにっ!?ガーネット公爵、いや、騎士団長が我が領にくるだとっ!?…そんな知らせは来ていないぞ。なにかの間違いじゃないのか?」
コレワ伯爵家当主、トレイルは肥え太った体の肉を揺らし、唾を吐きながら怒鳴る。
「いいえ、残念ながら、間違いありません。私の手の者が調べましたら、かなり急いでいる様子でこちらへ向かって来ており、明日の午後には到着予定です。」
その返答に、トレイルの脂ぎった顔の色が真っ赤から真っ青に変わる。
「な、な、なんで……まさか、お前達のことが、バレたのか?」
「…そこまでは分かりませんが、当分の間、我々は姿を消して置いた方が無難でしょう。商品管理はお任せしてよろしいですか?」
「ま、まてっ!!あれが見つかっては、私は終わりだ!お前達で引き取って管理しろ!!」
「……仕方ありませんね、今回は特別ですよ?」
……それでは、これで失礼します。
ローブを羽織った怪しい男はその場を去った。
残されたトレイル伯爵はガタガタ震えて指の爪を噛んでいる。
「なぜっ、なぜバレたっ?」
「…旦那様、どうなさいましたの?」
取り乱す彼の背を撫で宥める女がいた。
「あぁ、クリス。お前か…ありがとう、お前のおかげで落ち着いた。」
クスクス。
「旦那様ったら、貴方なら大丈夫ですわ。今までだって、うまくいっていたでしょう?」
クリスの、妻の微笑みを見ていると、自然と心が落ち着いてくる。
「そうだな、お前と出会ってから、私の人生は順調だ。クリスは私の幸運の女神だよ。」
トレイルはウットリと美しい妻の手を撫でる。肌触りの良い弾力のある褐色に興が乗ったのか、トレイルは妻の手を引き抱き寄せる。抱き寄せられたクリスは、クスッと笑うと彼をそのまま受け入れた。
「本当に不思議な女だな、お前は。お前と出会う前の私は、当主を継ぐことなんて無理だと思っていた。それなのに、お前に言われた通りに動くだけで、驚くほど簡単に当主になることができた。」
女の体に手を這わせながら、トレイルは過去を思い出す。
トレイルはコレワ家長子として生まれたが、何をしても上手く熟せず、そのうち生まれた弟に、次期当主の地位を追われた。
彼の両親は貴族らしく、愚図な兄を退け、優秀な弟の肩を持った。トレイルも、貴族に生まれた以上は仕方ないと、冷遇を受け入れていた。
転機が訪れたのはクリスと出会えてすぐのことだった。
クリスは市井の生まれではあるが、美しく知性溢れる素晴らしい女性だった。貴族とはいえ醜く肥え太った自分のことを、平民の女や娼婦ですらも厭うのに、彼女だけは違った。
優しく美しいクリスに恋をするのは当然で、どうせ廃嫡される身ならばと、彼女との恋に溺れた。
暫く二人きりの時間を楽しんでいると、彼女が突然言うのだ。
「トレイル様?近々どこかへ行かれますか?」
「ん?よく分かったね。今度、親戚の祝い事があってね。家族で招待されている。君と離れるのは辛いけど、行かないわけにはいかなくてね…」
そう返した私に、彼女は悲しげな顔をして「トレイル様、行かないで」と言った。最初は私と同じで、恋人と離れることを嫌がっているのだと思っていたが、理由を聞くと『妖精の夢渡り』で私と離れるなと告げられたそうだ。
私は、不在中にクリスに何かあっては困ると思い、親戚には適当な理由をつけて欠席する旨手紙を書いた。
家族からは責められたが、結局、もともと私などいてもいなくても構わない彼らは、自分達だけで旅立って行った。
……そして、旅の途中に大嵐に遭い、家族は皆、帰らぬ人となったのだ。
その後、一人残され途方に暮れた私を、影で支え続けたクリス。彼女に紹介された先程の男にも手伝ってもらい、どうにか当主として仕事をこなす事が出来た。
最近は、多少後ろ暗い仕事も携わっているが、このくらいはどこの領地でも隠れてやっていることだ。そう彼女も、男も言っていた。
領民のため、妻クリスのためにも、私はここで捕まるわけにはいかない!
クリスと戯れていると、落ち込んでいた気分が上がってきた。
「クリス、私はお前をただ一人の妻として愛している。しかし、貴族は平民の女を正妻として娶ることはできん。甚だ不本意だが、お前の事を奴らに問われれば、妾として紹介することになるかもしれん。お前には不自由な思いをさせてしまうが、耐えてくれるか?」
「旦那様、心得ております。私も王宮からの者達が去るまでは、なるべく姿を見せないように致します。」
妻は微笑み、そして彼女もトレイルの元を離れた。
…待っていてくれ、クリス。私が奴らをすぐに追い返してみせるからな!
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
契約破棄された聖女は帰りますけど
基本二度寝
恋愛
「聖女エルディーナ!あなたとの婚約を破棄する」
「…かしこまりました」
王太子から婚約破棄を宣言され、聖女は自身の従者と目を合わせ、頷く。
では、と身を翻す聖女を訝しげに王太子は見つめた。
「…何故理由を聞かない」
※短編(勢い)
逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子
ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。
(その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!)
期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜
具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、
前世の記憶を取り戻す。
前世は日本の女子学生。
家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、
息苦しい毎日を過ごしていた。
ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。
転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。
女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。
だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、
横暴さを誇るのが「普通」だった。
けれどベアトリーチェは違う。
前世で身につけた「空気を読む力」と、
本を愛する静かな心を持っていた。
そんな彼女には二人の婚約者がいる。
――父違いの、血を分けた兄たち。
彼らは溺愛どころではなく、
「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。
ベアトリーチェは戸惑いながらも、
この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。
※表紙はAI画像です
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる