41 / 42
40.天上の楽園
しおりを挟む
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
伯爵との会食を終えたあと、フェンリルは自室で考えをまとめていた。
ーー恐らく、伯爵はローゼリアの誘拐には関与していない。
では、誰が?
そして、ローゼリアの姿で周囲を惑わしているあれは何者なのか……
すると、そこへ問題の人物が訪れた。
ノックの音と入室の許可を求める声がする。声まで、リアそっくりだ。
「………。」
少し悩んだが、ここで避けてもあれがローゼリアの姿を取り続ける限り接触は避けられない。
そう判断したフェンリルは、得体の知れない相手を部屋に招き入れた。
「………フェンリル様?突然、申し訳ありません。屋敷の使用人から『伯爵邸自慢の庭を、婚約者のガーネット公爵と散歩されてみてはどうか』と勧められましたの。伯爵邸の庭は限られた者しか見ることが叶わない、特別な庭なのですって。一緒に行きませんこと?」
上目遣いに甘えてくるそれ。
……外も陽が落ちて薄暗くなっている。視界が悪くなった夜の庭で、自分を襲わせるつもりなのか?
「……それはいいね。では、一緒に行こうか。」
警戒心を抱いたはずなのに、結局は快諾し、それの手を取り庭へ向かうこととなる。
ーーくそっ!!やはり、惑わされてしまう!この不思議な力は何なんだ?!
目が合えば惑わされると気付いてから、なるべく、それと目を合わせないように気をつけている。
おかげで意のままに操られるということはないが、肝心の所で相手の要望に応えなければならないという強迫観念に駆られ、逆らうことができない。
これは大変危険なことだ。
そのうち、この危機感さえ感じなくなるのではないか、とさすがの自分も恐怖を感じる。
(フェンリル・ド・ガーネット!気をしっかりもて!!自分がおかしくなってしまったら、誰が、愛しいリアを救うのだ!?)
ぎゅっと拳を握りしめ、隠し持つ剣に触れる。いざとなればこの懐剣で自らを傷つけて、痛みで正気を保つことを決意した。
そうして、それをエスコートして魔石の放つ光が幻想的で美しい、伯爵邸自慢の庭に着いた。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
『ーーねぇ、ご存じ?コレワ伯爵邸の庭は【天上の楽園】。それは美しいのですって。』
『【天上の楽園】だなんて…さぞ美しいのでしょうねぇ。是非一度、拝見したいものですわ。』
『まぁ!…なら、貴女、伯爵におねだりしてみてはいかが?なんなら、そのまま かの方の婚約者になれば、毎日、その庭を見ることが出来ましてよ?』
『あら、やだ!冗談はおよしになって!!あの方の婚約者なんて、とんでもないっ。』
『ふふっ、ごめんなさい。そうよね、いくら【天上の楽園】が見てみたくても、彼の婚約者なんて、絶対になりたくないわよね。』
ーーあの見た目ですものーー
ーーねぇ?ーー
ーーーほほほ、ふふふーーー
以前、公爵として出席した夜会で聞いたご婦人方の噂話である。
伯爵の酷い言われように、同情したことを覚えている。
しかし、【天上の楽園】と言われるほどの見事な庭か……
草花にそれほど興味はないが、高位貴族として、美しいものは人並みに好きなフェンリルは、この時から伯爵邸の庭には興味があった。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
目的地へ到着すると、目の前に広がる光景に、エスコートしていた手が思わず震えた。
それほど、その庭は素晴らしかった。
フェンリルは、抱いていた警戒心を一瞬忘れ見惚れる。
庭師が手塩にかけて育てたのだろう。
咲き乱れる草花も勿論美しい。
だが、なによりその庭を、現実離れした美しさまで引き上げているのは、【自然発光する魔石】の存在が大きいだろう。
優しい光が、時折、光量や色を変えて光っている。
一貫性の無い光の瞬き。
なのに、庭全体がまるで一つの生き物のような一体感もある。
なにより、この庭へ出た途端、緊張感や警戒心といったものが吹き飛んだ。
ーーこの庭で、悪しきことを出来る者はいないーー
それは本能的に分かるような、不思議な感覚であった。
(【天上の楽園】と言われるのもわかるな。まるで、聖地にいるかのような気分だ。)
フェンリルが目の前の光景に意識を奪われていると、真横から苦しげな呻き声が聞こえてきた。
……苦しんでいるのか?
ローゼリアの見た目をしたそれが、顔をしかめてこれ以上、庭に近付くのを嫌がる素振りを見せる。
……自分から誘ってきたくせに、なぜ嫌がる?
「……どうしたんだ?体調が悪いなら、部屋に戻って休むといい。確かにこの庭は素晴らしいが、また後日、体調の良い時に来たらいいのだから。」
「………いえ…。大丈夫ですわ。」
(とても大丈夫そうには見えないが……まぁ、敵に情けは不要だな。)
「君がそう言うのなら、少しこの素晴らしい庭を散策しようか。」
そう言って、エスコートする手に行き先を示すよう力を入れる。
余程、庭に近付きたくないのか、最初抵抗するようにそれの体が強張るのを感じたが、最後は諦めたようにフェンリルのエスコートに従った。
(さて、どうなることか……)
敵の出方を待つしかないフェンリルは、覚悟を決めて、その清浄な空気に包まれた庭へ向けて足を一歩踏み出したーー
伯爵との会食を終えたあと、フェンリルは自室で考えをまとめていた。
ーー恐らく、伯爵はローゼリアの誘拐には関与していない。
では、誰が?
そして、ローゼリアの姿で周囲を惑わしているあれは何者なのか……
すると、そこへ問題の人物が訪れた。
ノックの音と入室の許可を求める声がする。声まで、リアそっくりだ。
「………。」
少し悩んだが、ここで避けてもあれがローゼリアの姿を取り続ける限り接触は避けられない。
そう判断したフェンリルは、得体の知れない相手を部屋に招き入れた。
「………フェンリル様?突然、申し訳ありません。屋敷の使用人から『伯爵邸自慢の庭を、婚約者のガーネット公爵と散歩されてみてはどうか』と勧められましたの。伯爵邸の庭は限られた者しか見ることが叶わない、特別な庭なのですって。一緒に行きませんこと?」
上目遣いに甘えてくるそれ。
……外も陽が落ちて薄暗くなっている。視界が悪くなった夜の庭で、自分を襲わせるつもりなのか?
「……それはいいね。では、一緒に行こうか。」
警戒心を抱いたはずなのに、結局は快諾し、それの手を取り庭へ向かうこととなる。
ーーくそっ!!やはり、惑わされてしまう!この不思議な力は何なんだ?!
目が合えば惑わされると気付いてから、なるべく、それと目を合わせないように気をつけている。
おかげで意のままに操られるということはないが、肝心の所で相手の要望に応えなければならないという強迫観念に駆られ、逆らうことができない。
これは大変危険なことだ。
そのうち、この危機感さえ感じなくなるのではないか、とさすがの自分も恐怖を感じる。
(フェンリル・ド・ガーネット!気をしっかりもて!!自分がおかしくなってしまったら、誰が、愛しいリアを救うのだ!?)
ぎゅっと拳を握りしめ、隠し持つ剣に触れる。いざとなればこの懐剣で自らを傷つけて、痛みで正気を保つことを決意した。
そうして、それをエスコートして魔石の放つ光が幻想的で美しい、伯爵邸自慢の庭に着いた。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
『ーーねぇ、ご存じ?コレワ伯爵邸の庭は【天上の楽園】。それは美しいのですって。』
『【天上の楽園】だなんて…さぞ美しいのでしょうねぇ。是非一度、拝見したいものですわ。』
『まぁ!…なら、貴女、伯爵におねだりしてみてはいかが?なんなら、そのまま かの方の婚約者になれば、毎日、その庭を見ることが出来ましてよ?』
『あら、やだ!冗談はおよしになって!!あの方の婚約者なんて、とんでもないっ。』
『ふふっ、ごめんなさい。そうよね、いくら【天上の楽園】が見てみたくても、彼の婚約者なんて、絶対になりたくないわよね。』
ーーあの見た目ですものーー
ーーねぇ?ーー
ーーーほほほ、ふふふーーー
以前、公爵として出席した夜会で聞いたご婦人方の噂話である。
伯爵の酷い言われように、同情したことを覚えている。
しかし、【天上の楽園】と言われるほどの見事な庭か……
草花にそれほど興味はないが、高位貴族として、美しいものは人並みに好きなフェンリルは、この時から伯爵邸の庭には興味があった。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
目的地へ到着すると、目の前に広がる光景に、エスコートしていた手が思わず震えた。
それほど、その庭は素晴らしかった。
フェンリルは、抱いていた警戒心を一瞬忘れ見惚れる。
庭師が手塩にかけて育てたのだろう。
咲き乱れる草花も勿論美しい。
だが、なによりその庭を、現実離れした美しさまで引き上げているのは、【自然発光する魔石】の存在が大きいだろう。
優しい光が、時折、光量や色を変えて光っている。
一貫性の無い光の瞬き。
なのに、庭全体がまるで一つの生き物のような一体感もある。
なにより、この庭へ出た途端、緊張感や警戒心といったものが吹き飛んだ。
ーーこの庭で、悪しきことを出来る者はいないーー
それは本能的に分かるような、不思議な感覚であった。
(【天上の楽園】と言われるのもわかるな。まるで、聖地にいるかのような気分だ。)
フェンリルが目の前の光景に意識を奪われていると、真横から苦しげな呻き声が聞こえてきた。
……苦しんでいるのか?
ローゼリアの見た目をしたそれが、顔をしかめてこれ以上、庭に近付くのを嫌がる素振りを見せる。
……自分から誘ってきたくせに、なぜ嫌がる?
「……どうしたんだ?体調が悪いなら、部屋に戻って休むといい。確かにこの庭は素晴らしいが、また後日、体調の良い時に来たらいいのだから。」
「………いえ…。大丈夫ですわ。」
(とても大丈夫そうには見えないが……まぁ、敵に情けは不要だな。)
「君がそう言うのなら、少しこの素晴らしい庭を散策しようか。」
そう言って、エスコートする手に行き先を示すよう力を入れる。
余程、庭に近付きたくないのか、最初抵抗するようにそれの体が強張るのを感じたが、最後は諦めたようにフェンリルのエスコートに従った。
(さて、どうなることか……)
敵の出方を待つしかないフェンリルは、覚悟を決めて、その清浄な空気に包まれた庭へ向けて足を一歩踏み出したーー
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
93
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる