森 go太

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 突然ですが、皆さんはどんなことに「幸せ」を見出すでしょうか。食事をしている時、試合に勝利した時、好きな人と一緒にいる時…。一般的には、このような答えが挙げられるでしょう。しかし、世の中にはそのような「普通のこと」では自身の幸福を満たせない人もいるのです。今回はそんな歪んだ幸福観を持つ人間の話をしたいと思います。是非ご静聴下さい。

 ある秋の昼下がり。町外れにある古いマンションの一室から、痩せ細った少年が1人発見されました。それが…そうですね。仮に「N」とでもしておきましょうか。Nの身体には、恐らく親に付けられたと思われる無数の痣がありました。しかしNはそれを気に留める様子もなく、ただ部屋の隅っこで体育座りをしながら、親の帰りを待ち続けていたのです。自分が親に捨てられたとも知らず。

 Nはその後とある家に養子に入ることとなったのですが、Nはその家の誰にも心を開こうとはしませんでした。Nは部屋の隅っこで体育座りをしながら、毎日毎日、念仏のようにこう呟いていたのです。「おか、ぁ、さ、ん…。おと、さ、ん…。」と。

 そう。Nは両親を愛していたのです。Nは両親から虐待を受けていました。しかし、Nはその行為、暴力という行為は、親からの愛情表現であると解釈していたのです。Nは親から歪んだ感情をぶつけられることによって、自身の観念そのものも歪ませてしまっていたのです。

 そしてその歪みは、ある日取り返しのつかない事件を引き起こすこととなります。それは、Nが学校に通い始めた、9歳頃のことでした。その頃にもなると、Nは人並みの会話は出来るようになっておりました。しかし、元々の陰気な性格もあってか、Nはいじめの対象となりました。Nをいじめていたのは同級生の男子3人で、放課後にNを校舎裏に呼び出しては、殴ったり蹴ったりを繰り返すのです。しかし、傷だらけになっていく身体とは裏腹に、Nの心はどんどん満たされていきます。何故なら、Nにとって暴力は愛情表現の一環であり、信頼の証であったからなのです。Nはもはやその3人のことを、家族同然の大親友のように思っていたのです。

 しかしある日の放課後のことでした。いつもの3人からのお呼び出しが無いので不審がっていると、先生がNの前にやって来ました。そして、Nを職員室に連れて行きました。するとそこには、小さく俯いたいつもの3人がいました。Nはやはり不審に思い、先生に問いただしました。すると先生は、我が物顔でこう言ったのです。

 「N、もう大丈夫だ。こいつらには俺がキツく言っといてやった。もうお前はいじめられる心配もない。身体にそんな痣を作ることもない。これからは安心して学校生活を送るといい。」

 その言葉を聞いた時、私が1番初めに感じたのは、困惑でした。そして、その言葉の意味を改めて理解した時、困惑はみるみるうちに怒りへと変わっていったのです!私は先生を怒鳴りました。今まで出したことの無いような声で怒鳴りました!私の幸福を第3者に阻害された不快感、私の感情が否定された怒り。私はもう訳が分からなくなり、私は先生に飛びかかりました。そして首に手をかけました!これが火事場の馬鹿力とでも言うのでしょうか、私の手にはとてつもない力が込められていました。そして、しばらく怒鳴り声と呻き声が交錯した後…

 先生は動かなくなりました。

 以上が、歪んだ幸福に溺れた少年のどうしようもない末路でした。途中少し取り乱してしまい、申し訳ありませんでした。

 おっと、ちょうど時間が来たようですね。では、行きましょうか。人生の最期に話が出来て楽しかったです。

 それでは、また来世。
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2021.07.12 ユーザー名の登録がありません

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