嘘から始まる英雄譚 〜風俗大好きハッタリ野郎の俺が、竜佐の英雄と呼ばれるようになるなんて冗談だろ?!〜

平田園

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第一章 魔界の森

第一話  「竜佐と夜明けの王」

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 俺には夢があった。
 それは騎士になること。ただの騎士にじゃない、聖騎士というやつだ。
 この夢は、幼き日に見た聖騎士の凱旋パレードから始まった。鍛え上げられた剣を帯び、重厚な鎧を纏い、颯爽と馬を駆る姿が強烈に眼に焼き付いて、いまでも鮮烈に、そして色鮮やかに俺の中に在り続けている。
 富や名声、絶大な栄誉。民からの信頼と畏怖。すべてを内包した存在。そんな聖騎士が、幼き日の俺にはまばゆい程に輝いて見えた。いや、それは俺だけではないだろう。男なら一度は夢見る憧れの対象と言える。
 俺も憧れを抱いてその目標に上り詰めようとする内の一人。
 ――否、だった、が正しいのかもしれない。
 この理不尽な世界には才能ってモンが嫌でも付いて回った。
 こう見えても俺だって昔は一兵士として戦場を駆け巡っていたことがあったのだ。
 武功を上げ、聖騎士に上り詰めるために必死で戦場を駆け回る日々。そんな時、ある戦場で敵国の聖騎士と不運にも遭遇してしまった。
 仲間が、家族同然の仲間たちが紙くずのように殺されるのを俺は震えて見ていることしかできなかった。――仲間の死体の下に隠れながら。
 震えながら見た光景は圧倒的なまでの蹂躙。敵国の聖騎士はたった一人で俺がいた一個小隊をいともたやすく壊滅させた。
 どうやって生還したのか、いまでも思い出せない。だが、あの聖騎士の姿は今でも脳裏に焼き付いて離れなかった。
 それと同時に自分ではどう足掻いてもあんな風にはなれない、そう思った。

 
「おいッ! マサヒロー!! いつまで休憩してんだ! さっさと仕事戻れやボケナス!!」

 酒場の屋根に寝転び、流れる雲を見つめ、昔の事を思い出しているとそんな声が聞こえてきた。
 この声は酒場のマスター、フリードのものだ。
 あんまり太陽が気持ちいいんで長いことボケっとしちまってたぜ。
 起き上がり軽く伸びをして目の前に広がるシルフヘイムの城下町を見る。

 別に今の生活に不満があるわけじゃない。むしろ、平和で不自由のない、良い生活を送れていると思う。だけど、やっぱりどこか空虚……、からっぽなのだ。
 センチメンタルになりがちな思考を振り払うように煙草に火を着け、紫煙を吐き出す。
 
「おう、コラー!! まじでクビにすんぞ、給料泥棒がー!! さっさと降りてこんかいッ!」

「せっかちなおやっさんだぜ。まったく。へいへーい! いま行きますよっと」

 俺は屋根から飛び降り、華麗に着地し、そのまま酒場の正面扉から入る。

「ただいま休憩終わりました! なにをしやしょう、おやっさん」

「こんガキャぁ。いけしゃあしゃあと。ちっ、てめぇには向上心ってもんがねぇのか。酒場の仕事一つとってもそうだ。いつもてめぇは心ここに非ずって感じで腐抜けてやがる」

「そんなことないっすよ。あ、食材の下拵えまだっすよね。やっときますわ」

 俺はてきぱきと下拵えを始める。
 仕事を始めたとなればおやっさんも仕方ねぇなという感じで鼻を鳴らし自分の持ち場に戻っていく。
 ああ見えて結構、面倒見が良いんだよな。クソみたいに不真面目な俺をいまでも雇っているのが良い証拠だ。
 横目におやっさんを見てみると、愛用している牛刀を研いでいた。その姿はこれからどこかの事務所にかち込むんじゃないかと思わせる出で立ちである。
 体躯は大柄、目算で二メートル。そして、赤子が泣きだす、いや、大人ですら泣き出しそうな強面。どう見ても酒場の店主には見えない。
 散々、酷評しているがこれでも感謝している。俺の恩人でもあるからな。まぁ、父親代わりと言ってしまってもいいだろう。
 そんな感じでたった二人でこの『フリードの酒場』を切り盛りしているわけだ。

 しばらく、食材の下拵えをしているとおやっさんから声をかけられた。

「おい、マサヒロ。下拵え終わったら買い出し行ってこいや」

「うす。もう終わったんですぐ行ってきます」

 包丁やらまな板を片付け、おやっさんから金を受け取り、店を出る。
 大陸の北に位置する我が国、シルフヘイム王国は交易が盛んでとても豊かな国である。人々は活気に溢れ、笑顔が絶えない。そのため太陽の国とも呼ばれている。そんな豊かな国の城下町は今日も賑わっていた。
 商店がずらりとならぶ通りを歩いていると、顔なじみが声をかけてきた。

「マサヒロの兄さんじゃないですか。今日はなにをされているんで? もしよかったらこれからどうです?」

 馬面の男が愛想良く提案してくる。
 こいつは、まぁ、あれだ。俺が良く行く出張風俗の店の男だ。毎週のように行っているので顔を覚えられてしまった。今では一番の常連さんとまで言われている。風俗マスターマサヒロ。ここいらじゃ、ちょいとした有名人で通ってる。あまり名誉ではないのだが……。

「あー、いま仕事中なんだよ。行きたいのは山々なんだけど……、今回はやめとくわ」

「そうなんですか。残念です。今日は新しく入った娘がいるから、お得意様のマサヒロの兄さんに一番に紹介したかったんですがねぇ。はぁ、本当に残念だ。飛び切りの美女なのになぁ……」

 なぬ? 飛び切りの美女? しかも新人……だと……?
 
「ち、チミ。その子はどのくらい可愛いんだね?」

 その男はにやりとスケベな表情を浮かべ、手を揉みだす。

「うへへ。そりゃもう飛び切りの美女ですよ。うちのナンバーワン、エイリズさんいるでしょう? マサヒロの兄さんもよくご指名する。その三倍は固いっすね」

「さ、三倍?!」

 そ、そいつはやべぇ。エイリズは他国からわざわざ買いに来る客がいるほどの美女だ。
 これは風俗マスターとして逃せるわけもない!

「どうです? マサヒロの兄さん。いまなら午前割引もできますし、お安くしときますよ」

「行くぅ!」

 即決だった。抗えるわけもない。エイリズを越える美女となるともはや、伝説の領域になる。俺はその初めての客になれる。これは行く、もといイクしかないでしょう!

「へへ。毎度ありがとうございます。場所はいつもの、『ヌル婆さんの宿』でいいですか?」

「おう、頼むわ」

 ヌル婆さんの宿は俺が出張風俗を利用するときに良く使う宿だ。ヌル婆さんという婆さんが一人で切り盛りしている宿なのだが、なんでも昔はヌル婆さんも風俗嬢をやっていたらしく、いまは現役を退き若手の応援のために俺のような、いやらしいことをしにきた客も宿に入れるんだとか。
 昔はこの国一番の美女で有名な風俗嬢だったらしいが、今では見る影もない。

「じゃあ、すぐ向かわせますんで宿で少々お待ちを」

「あいよー」

 あぁ、たまんねぇ。武者震いしてくるぜ。俺は少し落ち着くために煙草に火をつける。久しぶりのお楽しみということもあって、すでにギンギンである。

「ママぁ。あの人の股間テント張ってるよぉ」

「しっ! 見ちゃダメ! 坊やはあんな大人になっちゃダメよ」

 通りすがりの母子がなにか言っているが今はそんなことどうでもいい。俺は今から国一番であろう美女を抱く。坊やには少し早いが大人になったら風俗に行くことを薦めるよ。
 俺は坊やにウインクして、手を振り宿に向かった。

 宿に到着して、ヌル婆に一声かける。

「おいっす。ヌル婆元気ぃ? 今日も部屋貸してねー」

「おや、マサヒロかい? あんたも良く来るねぇ。今日はどんな子だい?」

「おう、それがよ。ぐふふ。エイリズっているだろ? あの店に新人が入ったらしくてさ。なんでもエイリズよりも美人さんなんだと。たまんねぇよな」

「ほぇぇ。エイリズよりも美人か。そりゃなかなか良いのぉ。ワシの若い頃と同じくらい良いかもしれんのぉ」

 ほえほえ笑っているせいで、入れ歯が落ちそうになってるぞ、ヌル婆。
 そんな感じで話をしながら、ヌル婆の出してくれたお茶を啜り、待つこと十五分。
 バンっ! と勢い良く宿の扉が開く。
 きたきた、お待ちかね。振り返り扉を開けた奴の顔を見る。
 ……おお、神よ。この世に生まれ落ちたことをこれほど感謝したことはありません。扉の前には絶世の美少女が息を切らせ佇んでいた。
 美女と言うよりかは少々子供っぽい気もするが、若い子大好きなんで無問題。

「やぁやぁ。待ってたよん。ささ、あっちの部屋に行こう。ヌル婆、いつもの部屋空いてるよな?」

「あぁ、空いてるよ。それにしても本当に大当たりだね、こりゃ。楽しんできな」

「おうよ♪」

 俺は宿に入ってきた子の手を取り、奥の部屋に進む。

「え、ちょ、待って、どこに行くの?」

 美少女が話しかけてくる。う~む。この素人っぽい感じが、また堪りませんな。

「どこって部屋だよ? 誰も入って来ないから安心して。俺と君だけさ」

「誰も? ん~、誰もか……。とりあえずは身を隠せそうかな……。うん、わかった。案内してちょうだい」

 なにか良くわからないことを言っているが初めてだから緊張してるのかな。デュフフ。ますます、俺のマイサンが元気になっちゃうぜ!
 手を引き、目的の部屋に到着する。

「さ、入って」

「ありがとう」

 薄暗いムーディーな部屋に入ると、いつも通りの様子で自分の部屋のように心安らぐ。
 まず目に入るのは、部屋のど真ん中にある丸い形の大きなベット。壁には良くわからない、絵画が飾ってある。大きめの鏡がついた化粧台なんかも置かれていて、こういうあたり、ヌル婆の女性らしい気遣いが見て取れる。他の宿屋だとこんな立派な化粧台なんてまず置いていない。
 あとは、部屋の入口を入ってすぐの所にトイレとバスルームが備え付けられているくらい。

「先にシャワーいいよ」

「え、シャワー? 確かに汗は欠いてるけど、臭う?」

「別に臭わないけど、一応最初はシャワーでしょ」

 初めてだから流れがわかってないのかな? 

「そういうもの? でも、確かにべた付いて気持ち悪いし……。ねぇ、ここって本当に人は入って来ないの?」

「あぁ、もちろん。ヌル婆は顔が利くんだ。宿の中じゃ勝手な真似はさせないさ」

「んー、そっかぁ。じゃあ、お言葉に甘えてシャワー借りようかな」

「なんなら一緒にどう?」

 完全にエロ親父のような顔で美少女に提案するのだが――

「ば、馬鹿! そんなことするわけないでしょ! 恥ずかしいじゃない。もう! 変な事言わないで」

 ぷりぷり怒りながらバスルームの中に消えていく美少女。
 初々しさが止まりませんな、ありゃ。
 俺は一旦部屋を出て受付のヌル婆に酒を注文する。今日はあんな可愛い子とヤれるんだ。奮発して高い酒にしよう。
 ヌル婆から高級ワインとグラスを受け取り部屋に戻る。
 ちょうど、美少女がバスルームから出てくる所だった。

「やぁ、さっぱりしたかい?」

「うん。気持ちよかった。でも、ここのバスルームってとっても狭いのね」

 狭い? ごく普通のサイズだと思うが。まぁ、どうでもいいわな。
 俺はグラスをベットのサイドテーブルに置き、ワインを注ぐ。そして美少女にグラスを手渡す。

「ほい、どうぞ。とりあえず乾杯しよう。えーと……。名前なんだっけ」

「あ、ありがとう。私は、ピサ……っつ」

「ん? ピサ? ピサって言うのか?」

「う、うん、そう。ピサです。よく居る名前でしょ?」

「よく居るかはわからねぇけど。まぁ、今日はよろしく。俺はマサヒロね」

「マサヒロ……。変わった名前だね」

「まぁ、確かに。ここら辺では聞かない名前だろうな。俺はこの国生まれじゃないし」

「へぇー。どこの国から来たの?」

 アカン。世間話してる場合じゃない。俺は早くプレイを楽しみたい!

「ま、まぁ、それはピロートークにとっておこうぜ。とりあえず乾杯しよう」

「ピロー……? よくわかんないけど、乾杯」

 チンっとグラスを軽く合わせ、グラスを煽る。くぅ~。んまい! 
 
「ぶほっ」

 吹き出す声が聞えたと同時にピサが俺の顔面にワインを吹きかけてきた。
 これは……新しいサービスかな?

「ご、ご、ごめん! なんかこのジュース変な味がして……」

「ジュース? 違うぞ。これはワイン。酒だ」

「へ? お酒? これが……。へぇ、こんな味なんだ。変な味」

 楽しそうに匂いをクンクン嗅いでは、うへぇ、と顔をしかめていた。
 なんだ、酒飲んだことなかったのか。余程の貧乏人に違いない。その割には高級な服着てるんだけどな。店から貸してもらったのか?
 俺はワインでびしょ濡れになってしまったのでシャワーを浴びることにした。

「じゃあ、俺もシャワー浴びてくんね。適当に寛いでて」

「はーい。いってらっしゃい」

 鼻歌交じりにシャワーを浴びる。よーく洗わないと失礼だからな。ケツの穴まで丁寧に洗わなくては。……おっと、下の毛も処理しておくか。初めての子にあまり不快な思いはさせてはいけない。紳士としての嗜みである。
 ぱぱっとシャワーと処理を終え、部屋に戻る。もちろんすっぽんぽんで。

「あ、おかえ……り? え? ……裸?」

 ん? ピサが固まっている? 視線は俺のマイサンに釘づけで。
 おいおい、照れるじゃあないかい。そんなに見つめられたらよぉ。
 俺は、ベットに座るピサに歩み寄り、ゆっくりと隣に腰を下ろす。そして、目を瞑り、唇を突き出してピサに迫る。

「ひっ! い、いやあああああああああ!」

「ぶへぇ!」

 一瞬、なにが起きたのか理解できなかったがどうやらぶん殴られたみたいだ。

「痛いっ! なんだよピサ! 早くプレイしようよ!」

「プレイ? なにを言ってるの? そんなことより早く服を着て! 私初めて見ちゃった……。あわわ……」

 ――なぁんかおかしくねぇか?

「あのー、ピサさん。あなたって出張風俗の紹介でここに来たんだよね?」

「出張? 風俗? なによそれ。全然知らない! あぁん、もう! いいから早く服を着て!」

 俺は一旦腰にタオルを巻き、ベットの上に正座をし、考える。
 まさか、もしかして、――人違い?
 その時、コンコンと部屋をノックする音が聞こえてきた。ピサは何故か身構えて部屋の扉を睨む。

「ちょっと待ってて。見てくる」

 俺は部屋の鍵を開け、扉を開く。
 そこには、ヌル婆と見知らぬ顔の長い女が立っていた。

「あぁ、マサヒロ。あのなぁ、この子が店の紹介でマサヒロを探してるって言うんだけど」

「どーもー。新人のヒヒンです。今回が初めてのお仕事だけど、頑張っちゃうぞ、きゃるん」

 うわぁ……。なんか強烈なの来た。ていうか、これが美女? 三倍だぁ? 三倍なのは顔の長さじゃねーか! 馬みたいな面しやがって。なんだ、馬界ではこのブサイクが美女扱いなのか?
 すると、背中をちょんちょんとピサに突かれる。

「あの、ごめんなさい。私なにか迷惑かけちゃってる?」

 上目遣いでそう尋ねてくるピサはなんだか少し寂しげだった。
 マイサンもすっかり大人しくなってしまっている。はぁ、金はもったいないが仕方ない。

「今日はこの子とするって決めたから。バフンちゃんだっけ? 悪いけど、帰ってくれ。店にはあとで俺から説明するから。それとコレ。お詫びと言っちゃなんだが受け取ってくれ」

 俺は少し多めに金を握らせた。

「なんでぇ?! しましょうよ!! 溜まってんのよこっちは!」

「はいはい。落ち着きな、ヒヒン。あっちで婆さんの話相手になっておくれ」

 ヌル婆にぐいぐい押され、受付のほうに追いやられる馬面女。ヌル婆は振り返りウインクして、任せなと合図を送ってくる。
 ありがてぇ、感謝するぜヌル婆さん。あとで肩たたきでもしてやらにゃいかんな。

「あの、本当に大丈夫?」

「あぁ、わりぃ。とりあえず中入るか」

 部屋に戻り、お互いベットに正座し向かい合う。

「ピサ。とんだ勘違いをしてた、すんません!」

 俺は勢い良く頭を下げ、謝罪する。

「え、そんな。顔を上げてよ、マサヒロ。なんか私こそ邪魔しちゃったみたいで……」

「とんでもない。むしろ助かった!」

 あんな馬面女はまじ勘弁なんで。あの店行ったら苦情入れなきゃな。

「んで、ピサはただの宿泊客だったのか? だったらすまないことをしちまった」

「宿泊ってわけじゃなくて……。ちょっと追われてて」

「お、追われてる?!」

 なんか一気に雲行きが怪しくなった。大丈夫なのかこの子?

「追われてるって、罪人なのか?」

「ち、違う! 罪人じゃない。じゃないけど、とにかく追われてるの……」

 なにか事情があるようだ。詮索して欲しくなさそうだし、深くは聞かないが、どうしたもんかね。
 途方に暮れていると、ピサのお腹からぐぅ~、と、可愛らしい音が鳴る。

「ま、マサヒロ。お、お腹鳴ってるよ!」

「ぷぷーッ! ピサちゃん、お腹減ってるのかなぁー?」

「ち、違う! 私じゃない! 私じゃないから!」

 顔を真っ赤にし布団の中に隠れてしまった。布団の中からまたしても、ぐぅ~、と音が鳴る。布団がバタバタと動きピサが悶えているようだった。面白い奴。
 しょうがない。なにか持ってきてやるか。

「ちょっと待ってな、ピサ」

 部屋を出て、そ~っと受付を見る。馬面女が酒をばかばか飲みヌル婆に泣きながら愚痴っている。

「私はさぁ、いっつも悪い男に引っかかるの! ねぇ、お婆ちゃん! 男なんて馬鹿ばっかりよねぇ?!」

「うんうん、そうだねぇ。ヒヒン。あんたは良い子だよ。大丈夫さ。きっといい男が見つかるさね」

 なんか人生相談室みたいになってる。
 すると、ヌル婆と目が合い机の下で指をちょいちょい動かしている。
 台所の方を指さしているようだ。多分、自由に使って良いってことだろ。なにからなにまですまねぇな。
 俺は手を合わせ、ヌル婆に感謝の気持ちを伝える。
 台所にいき、適当に物色する。パンとハムと野菜があったのでそれを使わせてもらうことにした。
 どれ、酒場仕込みの腕をちょいと見せてやるかい。俺は手早く具材を切り、サンドイッチを作った。あとは、飲み物。酒はダメだから、オレンジジュースでいいか。
 それらをお盆に乗せ、部屋に戻る。
 ベットの上には、体だけ布団でくるまり、顔だけだしているピサが座って待っていた。

「はい、お待ちどおさん。たいしたもんじゃないけど、食い物とオレンジジュース」

「ん、ありがとう」

 少し照れた様子で布団から出てきてサンドイッチを手に取るピサ。
 パクっと口にする。食べた途端に表情に花が咲く。

「ん~! これ美味しいね! 町で売っているもの?」

「いや、さっき俺が作った」

「マサヒロが? すごい! これ、ホントに美味しいよ」

 満面の笑みでサンドイッチを食べるピサ。作った身としてはこれ以上ないくらい嬉しいことだ。
 あっという間に食べ終わり、幸せそうな顔でお腹をさするピサ。

「はいよ、ジュース」

「ありがとう、なんかこんなに良くしてもらっちゃって……」

「では、さっきの続きなんかどう?」

「ば、バカ! 恥ずかしいからそういうこと言わないで!」

 ピサは顔を真っ赤にしていた。
 顔のほてりを冷ますようにオレンジジュースの飲み、一息ついている。
 腹がいっぱいになったからか、今度はあくびをするピサ。

「なんだ、眠いのか? だったら寝てていいぞ」

「むっ。なんかへんなことする気でしょ?」

「アホ。寝てる女の子襲うほどゲスじゃねぇよ。多分」

「多分って言ったー! 狼! 変態! エロ魔人!」

「あぁ、わかったわかった。部屋から出とくからゆっくり寝ろよ」

「うそうそ、冗談。部屋にいて。寝る前に、お話ししよう。町のこととか聞いてみたい」

「町? そんなの聞いてどうすんだ?」

「いいからぁ。なんでもいいからお話しして」

 ピサは布団に潜り込み、すでに話を聞く体制に入っている。おとぎ話を聞く子供じゃあるまいし。俺は苦笑し、ベットに腰掛け仕方なく話し始める。
 町で流行ってるレストランの話から始まり、俺が酒場で働いてるとか、マスターのフリードはどう見ても堅気には見えないとか、それから良く行く酒場の姉ちゃんに振られた話なんかをしてやった。
 ピサは俺のくだらない話を一生懸命聞いてくれていた。それに釣られ俺もさらに色々なことを話す。すると、すぅすぅ、と、静かな寝息が聞こえてきた。
 どうやら話を聞いているうちに寝てしまったようだ。
 寝顔を見てみると、本当にあどけない顔をしている。妹はいないが、きっと妹がいたらこんな感じなんだろうか。俺はワインを飲みながらそんなことを思っていた。

――――
 
 「マサヒロ。マサヒロや。起きな。いつまで寝てんだい」

 「ん、お、おうぅ」

 目覚めるとピサが婆さんになっていた。ってそんなわきゃねぇ。ヌル婆が俺の肩を揺らし起こしてくれたみたいだ。

「ヌル婆? ピサは?」

「ピサ? あの可愛らしい子かい? あの子ならさっき帰ったよ。あんたによろしく伝えてくれって言われたさね」

 そうか。いつの間にか俺も寝ちまったみたいだ。
 ピサはもう帰ってしまったのか。どこに住んでるか聞いとけば良かった。ま、この国に住んでるなら、またいつか会うこともあるだろう。
 俺はあくびをしながら、ヌル婆に話し掛ける。

「ふぁああ。ヌル婆今日は悪かったな。迷惑かけちまったろ」

「気にすんなよぉ。ヒヒンももう帰らしたから、あんたもそろそろ帰んな」

「おう。今度はなんかお土産持ってくるわ。んじゃ、またねー」

「はいよ~。またねぇ」

 俺は宿を出て、大きく伸びをする。
 辺りはすっかり暗くなっていた。懐から煙草を取り出し、火を付け、夜の町を歩く。
 すっかり晩飯時のようで、レストランやら酒場から愉快そうな声が聞えてくる。今日もこの国が平和な証拠だ。
 歩いているとフリードの酒場に着く。中からはゲラゲラと下品な笑い声がやかましいくらい聞こえてくる。マスターのフリードのガラが悪いせいか、この酒場の客は相当ガラが悪い。
 今日も真面目に働くとするか、と気を吐き酒場の裏手、従業員用の扉を開け中に入る。と、そこには――――
 般若?! じゃねー、おやっさんか。ビビらせやがって。なにをそんな恐い顔をして……あっ。

「あ、あのですね、おやっさん。……今日もかっくいいすね!」

「こんのボケナスがァァァ!!」

「ほげぇッ!!」

 案の定、お遣いを忘れサボっていた俺は、おやっさんにボコボコにされたのであった。
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