ウーカルの足音

龍槍 椀 

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幕間 その1 ウーカルの仲間達

第五話 ラミア―種 沼毒蛇(ヒュドラー族) レルネーの友誼

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 私の特殊技能として、一度出逢った『モノ』の思念は追える。 そして、ウーカルの思念が毒沼へ続く谷の反対側の断崖絶壁の上に在る事に気が付いた。 本当に会いに来てくれたんだ。 でも…… なぜ、反対側? 訝し気に思いつつ、断崖の上に登る。 人化した姿では、難しいかもしれないけれど、本性ならば、問題は無い。 いつものように、ズリズリと断崖を這い上る。

 彼女の思念は、森の中にあった。 静かに気配を消し、普通獣人や、たとえ魔人であろうと、決して見つけられないだろう【隠形】を身に纏い、何かを観察していた。 よく見ると、それは、大王蜂の巣だった。 成程、アレを如何にかしたいんだな。 人化して足音と気配を消し、そっと彼女の近くに向かう。

 直ぐ傍に近寄り、耳元で彼女だけに聞こえる声で、言葉を紡ぐ。



「根絶やしにするのか? それとも、蜂蜜だけ奪うのか?」



 驚くウーカルに、ニヤリと笑みを投げかけ、言葉と続ける。



「その、なんだ。 私に会いに来てくれたんだろ? 私に向けるウーカルの思念がねぐらに飛んできた。 よくこんな場所まで、来たねウーカル」

「だって…… お友達になりたかったんだもん」

「友達…… ね。 それは、なんとも素敵な響きだ。 でも、良いのかい?」

「レルネーさんが良かったら……」

「なら、レルネーって呼んでほしいな。 あぁ、私自身、とても困惑しているんだが、ウーカルの言葉に嘘が無いのは判る。 判ってしまうんだ」

「ウッ…… そ、そうなの? でも、答えは? あたしが本気なのは判るんでしょ?」

「素敵な提案だね。 私としては是非とも…… お願いしたい」

「うん、じゃぁ そう云う事で!!」


 視線を交わし、小さく頷く私達。 互いに笑みを交わした後、真面目な話をする。 聞かねばならない事が有る。 大協約絡みで、制約が多くあるそんな黒の森ガイアの森。 もし、ウーカルがその制約に反する考え有るのならば、正さねばならない。 これからしようとしているのも、その一つ。 大きな火を使う事は、この森の中では許されない。 だから、聞いたのよ。


「で、どうしたい?」

「えっと…… まぁ、別にぶち殺して巣をぶっ壊す必要も無いしね。 蜂蜜をちょこっともらえたら嬉しいかな」

「そう…… だったら、コレを」



 ほっと、胸を撫で下ろす。 殲滅を目的としないのならば、私の体液が役に立つ。 私がウーカルに差し出したのは、彼女が私に渡した『贈り物』の毒薬ポーション瓶。 



「中身は美味しく頂いた。 身体から出る汁をその中に入れてある」

「汁?」

「人族の云う、汗に近いか。 まぁ、言わずもがな『毒』だ」

「へぇ、そうなんだ。 どんな感じの奴?」

「仮死毒。 即効性。 勿論液体。 まぁ、ウーカル達のいう所の汗だから揮発性はかなりモノ。 更に言えばとても重い」

「成程。 中身をあの穴にぶちまけたら、即効性の毒が霧となって下へ下へ? そんでもって即効性の仮死毒だから、対処不可能…… って感じかな」

「まぁ、そうだ。 後はあの穴に入って、必要な分の蜂蜜を分捕るって事」

「そうだね。 ねぇ、レルネー。 貴女も蜂蜜要る?」

「有れば嬉しいかな」

「じゃぁ、その分も取って来るね」



 地面にピタリと伏せて、耳を押し付けるるウーカル。 地面の中の音を聞き取っているのか。 私は、微細な振動を感じ取れるので、中がどうなっているのは、手に取るように判る。 動きを止めて行く巣の内部の大王蜂の様子がね。



「ありゃりゃ。 凄いねどうも」

「まぁ、苦しむ前に、即仮死するからね。 一刻もしない内に、全滅する。 その状態が五日間くらい続くかな」

「そうなんだ。 凄いね」

「凄いのはウーカルだよ。 私と普通に話していて昏倒すらしないんだもの」

「えへへ、そうかな?」

「その耐毒性、真面目に凄いと思うよ」

「レルネーとお話できるんなら、あたしは嬉しいよ」

「…………な、なんだか、こそば痒いな。 初めてだよ、そんな『言葉』を私が聞いたのは」

「まぁ、友達じゃん。 いいじゃん。 それで」

「……フフフ。 有難う、朋よ」



 一緒に入るかと尋ねられたが、私はそれを謝絶する。 狭い空間で、私と一緒に居れば、ウーカルにどんな影響が出るか判らない。 だから地上で待つと伝えた。 彼女を待つ間、ソワソワしていた。 まるで、何も知らぬ幼子か、愛しい人を待つ乙女の様に。 見聞きし、知識では知っているその感情を自身が心に持てるとは…… 顔が赤くなったり、でも、ヒュドラーである私が、そんなモノを望むことが出来ない事は、百も承知だから、青ざめたり…… きっと、誰かに見られていたら、指を刺され笑われた事だろうな。

 暫くして、ウーカルが帰って来た。



「お帰り」

「ただいま。 はい、コレ。 レルネーの分だよ」



 そう伝えて、水筒を一本差し出された。 そのあまりに自然な会話に、先程迄色々と鬱々と悩んでいた私は、目を真ん丸に開いて困惑して…… そんな感情を投げ捨て、今の倖せを精一杯受け取ろうと、精一杯の笑顔を浮かべて、その水筒を受け取った。



「ウーカル、有難う。 大王蜂蜜ロイヤルゼリーなんて、どのくらい食べてないだろう……」

「まぁ、ね。 甘くて美味しいよね。 あっ、それと、コレ」



 さらに、ウーカルは、『魔法鞄』から、『毒のポーション』を取り出し差し出すの。 腐敗ふはいとか糜爛びらんとか引き起こすモノだと、そう伝えられた。 解毒薬が作れない程、複雑な製法のモノらしく…… 素敵だ。 そっと蓋を持ち上げ、微かに漂う香を嗅ぐと、またもや、頭がクラクラするくらいの、陶酔感に包まれる。



「良いのかい、ウーカル。 コレも素晴らしいものだよ」

「大丈夫?」

「勿論。 いやはや、ウーカルが住んでいる処って、こんな素敵なモノが沢山あるのかい?」

「まぁ、そうね。 偶然…… 出来ちゃう感じかな」

「そりゃ凄いね。 羨ましいよ」

「えぇぇ~~ そうかな。 また、珍しいモノが有れば、持ってくるよ」



 二人して、ウーカルが野営地にしていた岩まで戻る。 眼下に一望出来る毒沼の風景を見ながら、岩に座りその景色を見る。 何処までも寂しい光景が続いている。 シンと静まり返る毒沼の佇まい。 これが私。 誰にも交流を持てなかった、私の姿と重なる。



「ここは、いい場所さ。 でも、こうやって朋と語り合えるのも、とても素敵だね」

「なら、よかった。 ねぇ、レルネー。 また来て良い?」

「歓迎するよ。 でも、下の毒沼には来ない方が良いね。 あそこは普通の生き物にとっては辛い場所だから」

「なら、どうしたらいい?」

「今回みたいに、この岩に座って、私の名を呼べばいい。 レルネー と」

「そうしたら来てくれるの?」

「約束しよう」

「ありがとう!!」



 その日は一日中お話した。 ウーカルの事も随分判った。 夜ごはんの時、ウーカルから又、『矢毒の壺』とやらを差し出したされた。 とっても美味しかった。

 星が一杯の空を眺めながら、二人して岩の上に寝転がって語り合った。 『友朋とも』として。




 ―――― その晩は一緒に眠った。 ホントに、良い一日だった。




 次の朝、まだお日様が出るか出ないかくらいの時間。 二人して起き出して、顔を見合わせ、『おはよう』と挨拶を交わす。 素敵な時間は、まるで光矢のように早い。

 もっと、もっとと、心が叫んでいるのが判る。 でも、やはり、それは出来ない。 これ以上近寄っては…… ウーカルにどんな影響が出るか、判ったもんじゃない。

 眠っていた磐座が、私の形に窪んでいる。 いつもの事。 眠れば意識的に抑えている『毒気』と『瘴気』の漏れは抑えられない。 だから、磐座さえ侵食する。 ウーカルが目を丸くして、私が眠っていた場所を視ていた。 苦い笑みが頬に浮かぶ。 そう、私は毒沼蛇ヒュドラーのレルネー。 どんなに優しくして貰っても、それを受ける資格など無い妖魔なんだ。 磐座に視線を向けているウーカルに、今回は、私から別れの挨拶をする。 



「そんなモノの横に無防備で寝ているウーカルの方が、ある意味強者と云えるね。 全く、貴女は規格外なんだから。 ……それじゃぁね。 楽しかった」

「アイアイ。 あたしも楽しかったよ。 見送るね」

「……うん。 でね、最後に私、ウーカルに見て貰いたいの」

「へっ? 何を?」

「人化を解くわ。 私、本来の姿を見せておきたいの。 お友達って言ってくれた貴女。 でも、本来の姿を見れば、気が変わるかもしれない。 妖魔の本性よ。 一緒にお話出来た一日は、私の宝物。 これから先もって思うのだけど、本性を知って貰わないと、なんだか嘘をついているみたいで、胸につかえるモノがるの」

「アイアイ。 本性って? ラミア―種って事は蛇人族?」

「ちょっと違う。 だから、崖の端で人化を解くわ」




 私は一つ、決断・・を 心に宿していたんだ。 嫌われるか怖れらるか…… 彼女は人化した私しか見た事は無い。 だけど、それは違うと感じていたんだ。 私はヒュドラー。 妖魔ヒュドラーなんだ。 大好きなウーカルが不用意に近寄って、もしその身を害したなんてなれば、私は私を許せそうにない……

 だから、彼女には、私を見せておいて、近寄らないように警告を与えたいんだ。 もし、これで、ウーカルが二度と来なくなっても…… 私は、星空の下彼女と語り合ったその思い出だけで…… 十分、倖せだったんだ。 


 その筈なんだ…… 心が張り裂けそうなんだが、それを無理やり抑える。


 崖の近く立つと、身体からボワッって毒気が噴出したのは人化を解くときの特徴。 白煙が周囲に広がり、それを朝の風が毒沼の方に吹き飛ばした。 出現するのは、首が三つある蛇体の私。 頭と顔が付いているのは中央の一本だけ。

 ウーカルは見上げる様にその顔を見た。 私は私の黄金色の一対の目でウーカルを見下ろしていた。

 ヌラヌラと妖しく濡れる鱗に覆われた太い胴体は、群青色に近い紫。 近似種のラミア―種って云う蛇人族の人は、下半身が蛇、上半身が人族という姿で、ヒュドラーの私とは全く違う。 正に妖魔の正体という訳だ。 この姿を見て、恐れぬモノは居ない。 いない筈だった。 真っ直ぐに見つめるウーカルの赤い瞳は、恐れることも無く、私を見詰めている。

 ――― えっ? 想定していない事態に、私の方が混乱する。



「この世界の生き物とは言えない様なこの身体を見ても、ウーカルは驚かないんだね」

「だって…… レヌレーはレヌレーでしょ? それに、妖魔だって最初に云ってたじゃん。 なら、容姿が特別なのも頷けるもの。 でしょ?」

「……ほんとに貴女は、物怖じしない、お馬鹿さんね」

「うん。 よく、みんなにボケ兎って云われているよ♪」



 ニカッって笑うウーカル。 浮きたつ心。 ウーカルは、ウーカルだった。 緊張に口が渇きすぎて、先が二つに分かれている舌がの出入りが止まらない…… 心の中の想いを口に出して、彼女に伝える。 そう、伝えてしまったの。



「ウーカルがウーカルで良かった。 気を付けて帰るんだよ。 それじゃね」

「アイアイ。 また来るねッ!!」



 大きく手を振って、『さようなら』の、ご挨拶をくれたウーカル。

 巨大な三本首の蛇たる『わたし』は、一つ頭を下げた後、断崖の方に大きく跳ねた。





 黄金色の一対の目から、止めども無く流れ落ちる涙を…… 






            見せないように、早く、早くと……








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