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第一話 何でこいつらこんなに美味しそうに食ってんの?
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その日。
学校帰りに何となく思い立っていつもと違う道を選んで歩いて帰ったことが災いしたと言える。
市が運営する小さな野球等のできるグラウンドがあって、そこから飛んできたボールに、俺は気づかなかった。
飛来したボールを、カッコよく避けたりなんていうことは当然できず、見事に俺の即頭部に直撃。
俺はそのまま気を失って倒れた。
グラウンドで野球をしていたチームのコーチだかが救急車を呼んでくれたらしく、俺は近くの病院に運ばれて検査を受けた。
検査の途中辺りで目を覚まして、記憶がはっきりしているか、とか意識はちゃんとしているか、とか色々確認をされたが、その辺は問題がなかった。
親と姉が病院に迎えに来てくれて、鈍臭いだのと文句を言われたが、あればかりはどうにもならなかった様に思う。
CTスキャンとやらの検査がやたらと高額だったと、親に文句を言われたが、愛しの息子が大事なく帰れるって言うんだからそこは喜んでくれても良かったのではないか。
検査結果は特に問題がなく、俺はその日そのまま帰宅できた。
「空太郎、あんた本当気をつけなさいよ?そんな鈍臭いと、いつか本当に大きな事故に遭ったりすることだって考えられるんだから」
帰宅してすぐ、母親からそんなことを言われるが、大きな事故なんて言われてもピンとこない。
「あんた、思春期だしね。エロい妄想でもしながら歩いてたんじゃないの?」
姉がいつもの様に下方向の濡れ衣を俺に着せようとする。
四つほど年上のこの姉は、最近彼氏と別れたとかでやたら俺に絡みたがる。
彼氏よ、何でこいつと別れたのか……俺に絡んでくる様になったのは間違いなくあなたのせいだ。
「あんたと一緒にしないでくれ。俺の頭の中はそういうことばっかりで構成されてるわけじゃない」
活字が好きな俺は、読みかけの本を読みながら姉に切り返す。
姉は俺の頭を抱え、こめかみをぐりぐりとしてきた。
正直さっきボールをぶつけられたばかりということもあって痛い。
「おい、マジで痛いからやめてくれ。あと本が読めない」
「何読書家ぶってんだガキが。いつもみたいにベッドの下の際どい本でも見てろよ」
「そんないつも、俺の中にはない」
ベッドの下に入っているのは際どいものじゃなくて、モロなやつだ。
姉は俺をいじるのに飽きたのか、手を放して自分の部屋に入っていった。
「今日の夕飯、出前でいい?何か疲れちゃった。あんたがボケっとしてるから」
「俺にはどうしようもなかっただろ、あんなの……息子の無事を喜べよ」
「はいはい。でも本当に気をつけなさいよね」
言いながら母はスマホを取り出して夕飯の出前の為に検索を始めた。
食べられれば何でもいい。
そう思って、俺も部屋に戻る。
読みかけの本を読んでいると、丁度食事のシーンだった様で、俺もつられて空腹感を覚えた。
しかし、出前がそんなにすぐ来るはずもないので、仕方なくそのまま読書を続けた。
「おい空太郎?飯来たぞ」
本当に口の悪い姉だ。
見た目は、世間一般で言うところの美人に該当するし、学校でも同級生からは羨望の眼差しで見られたりもする。
紹介してくれなんて言う酔狂なやつまでいるくらいだ。
こんな姉じゃなければ、俺としても喜んで紹介してやろうかと思うのだが、いかんせん下ネタが激しくて口が悪い。
酒癖も悪くてよく絡む。
こんな我が家の恥になりそうな姉を、友達に紹介などしたら深刻なトラウマを与えるだけの結果になる予感しかしない。
反面教師という意味合いでは、俺の為に大いに役に立ってくれているとは思うが。
「今行く」
素っ気無く返事をして、俺は階下に降りる。
姉は既に降りていた様で、ドアを開けると誰もいなかった。
下品なだけじゃなくて薄情でもあるのだと付け加えていいかもしれない。
リビングから漂う、旨そうな嗅覚を刺激する匂い。
この匂いはピザだろうか。
よくネットで食事テロ、とかやってることがあるが、ピザは画像だけではあまり食欲を刺激されない。
やはりピザはこの匂いがあってこそだと俺は思う。
そんなことを考えながら階下に下りて、俺はとんでもない光景を目の当たりにする。
「……は?」
「おい、早くしないとなくなっちまうぞ」
姉が、がつがつととんでもないものを頬張っている。
「う、うんこ?」
「は?お前食事中に何言ってくれてんの?」
姉が手に持っているのは、紛れもなくうんこだった。
それもなかなかのボリュームのうんこ。
姉はああ言ったが、目をこすろうが違うところを見て再度姉を見ても、何度見直しても姉がうんこを食ってる様にしか見えなかった。
母も、ピザの箱からうんこを手にとっていただきまーす、などと言ってかぶりついている。
「え?あ……え?」
「おい、何だお前、大丈夫か?」
「な、何であんたらうんこ食ってんの?てかピザ屋でそんなもん売ってるとか初耳なんだけど」
「空太郎?いい加減にしないと怒るわよ?」
「いや、だって今まさに食ってんじゃん、うんこ!」
「空太郎!!」
母親がテーブルを叩き、姉が思わずビクっとした。
当然俺もビクッとする。
「あんた、頭打っておかしくなったんじゃないの?もう今日はあんたご飯抜き!せっかくのピザをあんな……」
「え、ええ?」
「あーあ、下ネタも程ほどにしろってあれほど……」
「あんたが言うな……」
目の前の光景が信じられず、更には母に大激怒されて俺はすごすごと部屋に戻った。
何がうんこよ全く、とか、チーズの匂いが似てたのかね、なんて言ってる声が聞こえる。
いや、お前ら確かにうんこ食ってたから。
誰がどう見てもそれうんこだから。
うんこを鷲づかみにして頬張るなんてレベル高い真似、俺にはできない。
とんでもないものを見せられた俺は、部屋でテレビでも見ようとリモコンを手に取った。
『いやぁ、この食感、たまらないですね。見てくださいこのお肉!こんなに大きい!そして油が甘いんですよ~』
テレビでリポーターが、箸で丼からうんこを掴み出して、口に入れていた。
何だこの番組……。
丼からうんこを箸で掴んで、勢い良くすすっている。
その様子をワイプで見ている芸能人から、ため息が漏れる。
『いや、マジで旨そうですね。これは是非食べてみたい』
最近人気のイケメン俳優と思われる人物までも、うんこを見て旨そうなどと言っている。
どうなってるんだ?
『今日はですね、スタジオのみなさんにも召し上がって頂けます!お願いしま~す!!』
司会の若い女性アナウンサーが呼びかけると、待機していたのだろう料理人が、人数分の丼を用意する。
ま、まさか。
次の瞬間、熱々の鍋から大量のうんこがざるに開けられ、料理人が勢いよく湯切りをする。
茹でうんこ……だと……?
『ああ、この香り……たまらないですねぇ』
『では、熱々のうちにいただきましょう!!』
スタジオは大盛り上がりの様だった。
見ていて気分が悪くなって、俺はテレビを消してリモコンを放り投げた。
どうなってるんだ?
異世界にでもきたのか俺は。
うんこうんこ言い過ぎて、うんこがゲシュタルト崩壊し始めている。
しかし、こんな露骨なうんこネタで喜べるほど俺は幼くない。
うんこで喜べるのなんて、せいぜい小学生までだろう。
あんなに笑顔でうんこを食べる文化がこの国に浸透していたなんて、さすがに知らなかった。
というか何で我が家でまでうんこを食べてるのか。
翌朝。
ひどい空腹感に起こされた。
時計を見るとまだ朝六時過ぎだった。
いつの間にか眠ってしまっていたらしく、制服のズボンがしわになっていた。
母はまだ怒っているだろうか。
でも、実際にうんこを食ってるところなんか見せられたら……当然の反応な気がする。
俺がおかしいのだろうか。
寝起きということもあって俺はムラっときてしまい、シャワーでも浴びるかと思っていたのだが考えを改める。
昨夜姉が言っていた秘蔵の本をベッドの下から取り出して、自家発電でもしてすっきりしようと本を広げた。
そういえば、女の人はあんなフランクフルトやアイスキャンデーみたいにしゃぶったりしてるが、そういう味なのだろうか。
セルフも友人ので試すのも、さすがに度胸はない。
くだらないことを考えたな、と思ったが、俺はそのことをすぐに後悔した。
何故なら、本の中で綺麗な女の人が男の股間から生えたうんこを口に含んでいたからだ。
「なん……だと……」
慌ててほかのページをめくるが、どれも大事なところにうんこを入れたり、口に含んだり手に握ったりという超絶マニアックなプレイに興じているページへと変貌している。
当然のごとく俺の相棒はしゅん、としてしまい、うんともすんとも言わなくなった。
よし、シャワー浴びよう。
「空太郎……あんた今日も病院行きなさい」
「おはようの前にそれかよ……」
「心配して言ってるんでしょうが!」
「まぁまぁ母さん」
声のした方を見ると、父が新聞片手にうんこにかじりついている。
皿にはうんこがもう一個乗っていて、父はそれを美味しそうに食べていた。
「…………」
「空太郎、聞いてるの?」
「あ、ああ……とりあえず昨夜風呂入り損ねたから、シャワー浴びてくる……」
「ちょっと!話はまだ……もう!!」
母が後ろで地団駄踏んでいるのを無視して、俺はさっさと浴室へ。
シャワーを浴びながら考える。
俺は一体どうしてしまったのか。
俺がおかしいのか?
十七年生きてきて、こんなことは初めてだった。
というかこんな経験したやつがいるなら、是非とも俺の前に名乗り出てきてもらいたい。
シャワーから上がって、制服に着替える。
ズボンのしわは……もういいや。
「今日はそのまま学校に行くのね?」
心配そうに母が俺を見る。
母よ、俺は頭がおかしくなったわけでは断じてない。
おかしいのは世界の方だ。
絶対そうだ。
「ああ、そうだな」
ぶっきらぼうに答える。
まだ何か言いたそうな母に、鬱陶しいと言いたげな視線を向ける。
「ご飯は……?」
「…………」
父は既に食事を終えている様だった。
茶を飲んでいるらしく、テレビのニュースに視線が釘付けになっている。
「いや、いらない。ちょっと部屋戻るわ」
まだ時間があったので、ひとまず学校へ行く支度をしておこう。
階段を上がったところで姉とすれ違ったが、挨拶もせず部屋に入った。
「何だあいつ……?」
姉の舌打ちが聞こえた気がしたが、無視する。
必要教材を鞄に入れて、財布の中身を確認した。
昼飯くらいは食えるか。
昨日の晩から何も口にしていないが、食欲がなくてそれどころじゃない。
テレビをつけてベッドに腰をかける。
朝のニュースの時間で、どのチャンネルもニュース番組ばかりだ。
たまにグルメコーナーなどあるが、今日ばかりは美味しそうなどとは思える気がしない。
『さて、昨日発覚した○○商事の粉飾決済の話題ですが……』
粉飾決済……糞食決済……だと……。
もうダメだ、俺の頭がおかしいのだと思われても文句は言えない気がする。
どいつもこいつもスカトロの世界……。
俺はテレビのコンセントを乱暴に抜き、鞄を持って家を出た。
普段よりも三十分くらい早くついてしまい、手持ち無沙汰になった。
まだ誰もきていない教室で、一人机に伏せる。
そして気分が少し落ち着いてくると、急激に空腹が目を覚ました。
「あれ?れんくん、早いね」
女子の声がしてそちらを見ると、クラスメイトの結城さんが俺に声をかけた様だった。
ひどい空腹で頭がぼーっとしていたのだが、一気に意識が覚醒するのを覚える。
「あ、ああおはよう。目が覚めちゃったから、早くきてみた」
まさか昨日のことを語る訳にもいかず、俺は適当な言い訳をする。
結城さんは何かと俺を……いや、俺だけじゃないんだけど、気にかけてくれる。
優しくて天使みたいな子だ。
顔だって個人的にはそれなりに可愛い部類だと思う。
「何かすごい顔色だけど、大丈夫?包帯も何だか痛そうだし……甘いもの食べる?」
そう言って結城さんが鞄から何やら出そうとする。
甘いもの……甘いもの!?
いけない、結城さんの手にうんこが握られるところなんか、俺は見たくない。
「あ、ま、待って!大丈夫!!こんなに俺元気だから!!」
俺は誤魔化す様にその場でスクワットなどしてみせる。
正直死にそうなくらいフラフラしててもおかしくないが、思い人の前で無様は晒せない。
「そ、そう?れんくん、今日は何か様子が変だね。熱とかないの?」
「ないない。っていうか、熱なかったらほら、俺死人だから!」
一気にまくしたてて結城さんに反論の隙を与えない様にする。
保健室に連れて行かれたりしたら、病院に行けとか言われるに決まっている。
ちなみに、れんくん、というのは俺の苗字が長いから、みんなれん、と呼ぶ。
彼女は俺にくん付けで呼んでくれるので、れんくん、というわけだ。
苗字は、日本にどれだけいるのだろう、連雲港という。
……苗字にまでうんこ。
この世界はどれだけうんこが好きなんだ?
しかも連続うんこ。
いや、うんこが連なってるのかもしれない。
どうでもいいわ、そんなこと。
「れんくん……?」
「はっ。ああ、とにかく大丈夫、ノープロブレムだ」
結城さんにサムズアップして見せ、さて授業授業とか口走りながら教科書やノートを開く。
心配そうな顔はそのままに、結城さんが席に戻って、パラパラと他のクラスメイトもやってきた。
ぐぎゅごごおおぉぉお……。
轟く様な音が教室にこだまする、二時間目の英語の授業中。
轟く様な音の正体はそう、俺の腹。
こんな時に鳴らなくても……空気読めよ胃袋……。
「誰だ、こんな時間に腹鳴らしてるやつは」
英語の担当教諭が、クラス内を見回した。
「俺です」
とか名乗り出ても良かったのだが、また結城さんに心配をかけるのも気が引ける。
「れんの腹だと思います!」
後ろの席の友人、笠原が早速俺を売りやがった。
「何だ、連雲港。飯食ってきてないのか」
「あ、いえ、その……」
「何か顔色悪いな。保健室行くか?」
教師の口からそんな言葉を聞かされるなんて思っていなかった俺は、思い切り首を振って拒否する。
「大丈夫です、単なる空腹です」
「もしかしてお前、家が大変なのか?」
「は?」
先生はどうやら、壮大な誤解をしている。
うちはそんなにというか普通に食べていけるだけの稼ぎを父親が確保している。
姉だってうちの恥になりそうな人間ではあるが、大学を来年卒業できる予定だ。
「経済事情とか、こんなとこで聞く話じゃないが……」
「あ、いえ本当、そういうんじゃないので……」
思わぬところで注目を浴びてしまい、哀れみの視線まで浴びせられる。
今日は厄日か何かだろうか。
結局みんなの視線に耐えられず、俺は保健室へ行くことにした。
先生がポケットマネーから千円札を出そうとしたので、丁重に辞退する。
お金ならちゃんと持ってます、と財布まで見せた。
保健室の先生にちょっと貧血気味で、と言って休ませてもらうことになった。
昼まではこれで何とか時間が潰せるだろう。
ベッドに入って、空腹に耐えながら目を瞑っていると段々眠気が襲ってきて、俺はそのまま眠りこんだ。
夢も見ないで目を覚ましたのは、四時間目の授業が終わるであろう時間の少し前だった。
まだ寝起きだからか腹の虫が騒がないのがせめてもの救いだ。
「少し顔色よくなったみたいね。大丈夫?」
保健室の先生が俺の顔を見る。
「ダメだよ、ちゃんと食べないと」
「はぁ……」
そんなこと言ったって、出てくるものが全部うんこなんじゃ、さすがに手を出すのは憚られる。
とりあえず、あれから通算二回も寝たんだし、まともになっていることを願って俺は学食へ行くことにした。
そこで、またしても俺は壮絶な光景を目にする。
うんこを求め、うんこに群がる人、人、人。
押し合いへし合い、とにかくみんなうんこを求め、手にして席につく。
注文は、ラーメン一つ、とか焼きそば一つ、とか言ってるのに、出てくるものは全部うんこだ。
カレー一つ、とか言って出てきたのがうんこだった時は卒倒しそうになった。
「あ、れんくんだ。もう大丈夫なの?」
このタイミングで……。
結城さんも、お腹すいたよね~なんて言いながら食堂へやってきた。
「あ、そうだれんくん、一緒に食べる?そうしよう?」
「あ、いや俺は……」
「いいからいいから。私、カレーにしよっかな」
カレーにしよっかな、の部分にやたらエコーがかかって聞こえたのは気のせいだろうか。
この世界は狂っている。
こんなにいい子に、カレーだよ、って言いながらうんこを食わせようとするんだから。
「ダメだ、結城さん」
「え?何が?カレー、嫌い?」
「違う……あれはカレーなんかじゃ……うっ!?」
急にめまいがして、俺はその場に倒れこんだ。
周りがキャーキャー言っている。
結城さんも、れんくん!?とか言いながら必死で俺を揺さぶっていた。
そこで、俺の意識は途絶えた。
「精神的な何かかと思いますが……脳波には異常がありませんし、何か幻覚でも見たのかもしれませんね」
野太い男の声がして、目が覚めた。
腕には点滴が刺されている。
どうやらここは病院の一室の様だった。
「そうですか……」
「心配なら、一晩泊まっていかれますか?」
野太い男は白衣を着ていた。
医者なのだろう。
しかし、入院など冗談じゃない。
退屈で死んでしまう。
「あ、俺……大丈夫なので、帰らせてください」
「空太郎!?本当に大丈夫なの!?」
母親が今までにないほど狼狽している。
こんな母を見たのは初めてだ。
「連雲港さん、お子さんはこう仰ってますが」
「ですけど……」
「母さん、大丈夫だから」
医者にこれまでのことを全部話すと、うんこを食べるなんてあり得ないと言われた。
心のどこかでわかってはいた。
おかしいのは俺の方なんだと。
みんな普通のものを食べているし、君の目にはそれがうんこに見えるのかもしれないが、君だって食べたらちゃんと味も匂いも風味もするはずだと何度も念を押され、必ず帰ってから何か食べる様にと釘を刺された。
母と二人で、病院からの家路につく。
母はずっと心配そうに俺を見ていた。
俺はもう、空腹でフラフラしていたが、何とか点滴の栄養で気力だけで歩いている。
見た目はうんこでも、ちゃんと食べ物。
医者のその言葉を、頭の中で反芻した。
「母さん、頼みがあるんだ」
「何?何でも言いなさい」
事情も知らずに昨日怒鳴りつけたことを気にしているのか、母は俺を腫れ物の様に扱った。
「学校には、このこと内緒にしてほしい」
「そんなの、言えるわけないでじゃない……」
母は頭を抱える。
それはそうだろう。
一見したら息子の頭がおかしくなった、としか言えない様な現象。
俺だって、未だにこの現実を受け入れられていない。
急遽、とてつもない空腹感が俺を支配した。
立っていられないほどの痛烈な空腹感。
見た目はうんこでも、ちゃんと食べ物。
その言葉が頭の中で響く。
ふと地面を見やると、そこにはうんこがふたつ、転がっていた。
ちゃんと、食べ物。
ぼそりと呟き、俺はそれを手に取る。
「そ、空太郎!?ちょっと何してるの!!」
母が半狂乱で俺を抑えにかかるが、俺はそれを振り切り、手にしたうんこを口に含んだ。
外はかりっと、中はぐにゃ……おヴぉえ……。
俺は胃液とそのうんこを吐き出し、そのまま気を失った。
結局母が泣きながら救急車を呼んで、病院にとんぼ返りすることになった。
胃の洗浄と、二日の入院を余儀なくされ、見舞いにきた姉からは糞食決済とあだ名をつけられて死ぬほど笑いの種にされた。
学校帰りに何となく思い立っていつもと違う道を選んで歩いて帰ったことが災いしたと言える。
市が運営する小さな野球等のできるグラウンドがあって、そこから飛んできたボールに、俺は気づかなかった。
飛来したボールを、カッコよく避けたりなんていうことは当然できず、見事に俺の即頭部に直撃。
俺はそのまま気を失って倒れた。
グラウンドで野球をしていたチームのコーチだかが救急車を呼んでくれたらしく、俺は近くの病院に運ばれて検査を受けた。
検査の途中辺りで目を覚まして、記憶がはっきりしているか、とか意識はちゃんとしているか、とか色々確認をされたが、その辺は問題がなかった。
親と姉が病院に迎えに来てくれて、鈍臭いだのと文句を言われたが、あればかりはどうにもならなかった様に思う。
CTスキャンとやらの検査がやたらと高額だったと、親に文句を言われたが、愛しの息子が大事なく帰れるって言うんだからそこは喜んでくれても良かったのではないか。
検査結果は特に問題がなく、俺はその日そのまま帰宅できた。
「空太郎、あんた本当気をつけなさいよ?そんな鈍臭いと、いつか本当に大きな事故に遭ったりすることだって考えられるんだから」
帰宅してすぐ、母親からそんなことを言われるが、大きな事故なんて言われてもピンとこない。
「あんた、思春期だしね。エロい妄想でもしながら歩いてたんじゃないの?」
姉がいつもの様に下方向の濡れ衣を俺に着せようとする。
四つほど年上のこの姉は、最近彼氏と別れたとかでやたら俺に絡みたがる。
彼氏よ、何でこいつと別れたのか……俺に絡んでくる様になったのは間違いなくあなたのせいだ。
「あんたと一緒にしないでくれ。俺の頭の中はそういうことばっかりで構成されてるわけじゃない」
活字が好きな俺は、読みかけの本を読みながら姉に切り返す。
姉は俺の頭を抱え、こめかみをぐりぐりとしてきた。
正直さっきボールをぶつけられたばかりということもあって痛い。
「おい、マジで痛いからやめてくれ。あと本が読めない」
「何読書家ぶってんだガキが。いつもみたいにベッドの下の際どい本でも見てろよ」
「そんないつも、俺の中にはない」
ベッドの下に入っているのは際どいものじゃなくて、モロなやつだ。
姉は俺をいじるのに飽きたのか、手を放して自分の部屋に入っていった。
「今日の夕飯、出前でいい?何か疲れちゃった。あんたがボケっとしてるから」
「俺にはどうしようもなかっただろ、あんなの……息子の無事を喜べよ」
「はいはい。でも本当に気をつけなさいよね」
言いながら母はスマホを取り出して夕飯の出前の為に検索を始めた。
食べられれば何でもいい。
そう思って、俺も部屋に戻る。
読みかけの本を読んでいると、丁度食事のシーンだった様で、俺もつられて空腹感を覚えた。
しかし、出前がそんなにすぐ来るはずもないので、仕方なくそのまま読書を続けた。
「おい空太郎?飯来たぞ」
本当に口の悪い姉だ。
見た目は、世間一般で言うところの美人に該当するし、学校でも同級生からは羨望の眼差しで見られたりもする。
紹介してくれなんて言う酔狂なやつまでいるくらいだ。
こんな姉じゃなければ、俺としても喜んで紹介してやろうかと思うのだが、いかんせん下ネタが激しくて口が悪い。
酒癖も悪くてよく絡む。
こんな我が家の恥になりそうな姉を、友達に紹介などしたら深刻なトラウマを与えるだけの結果になる予感しかしない。
反面教師という意味合いでは、俺の為に大いに役に立ってくれているとは思うが。
「今行く」
素っ気無く返事をして、俺は階下に降りる。
姉は既に降りていた様で、ドアを開けると誰もいなかった。
下品なだけじゃなくて薄情でもあるのだと付け加えていいかもしれない。
リビングから漂う、旨そうな嗅覚を刺激する匂い。
この匂いはピザだろうか。
よくネットで食事テロ、とかやってることがあるが、ピザは画像だけではあまり食欲を刺激されない。
やはりピザはこの匂いがあってこそだと俺は思う。
そんなことを考えながら階下に下りて、俺はとんでもない光景を目の当たりにする。
「……は?」
「おい、早くしないとなくなっちまうぞ」
姉が、がつがつととんでもないものを頬張っている。
「う、うんこ?」
「は?お前食事中に何言ってくれてんの?」
姉が手に持っているのは、紛れもなくうんこだった。
それもなかなかのボリュームのうんこ。
姉はああ言ったが、目をこすろうが違うところを見て再度姉を見ても、何度見直しても姉がうんこを食ってる様にしか見えなかった。
母も、ピザの箱からうんこを手にとっていただきまーす、などと言ってかぶりついている。
「え?あ……え?」
「おい、何だお前、大丈夫か?」
「な、何であんたらうんこ食ってんの?てかピザ屋でそんなもん売ってるとか初耳なんだけど」
「空太郎?いい加減にしないと怒るわよ?」
「いや、だって今まさに食ってんじゃん、うんこ!」
「空太郎!!」
母親がテーブルを叩き、姉が思わずビクっとした。
当然俺もビクッとする。
「あんた、頭打っておかしくなったんじゃないの?もう今日はあんたご飯抜き!せっかくのピザをあんな……」
「え、ええ?」
「あーあ、下ネタも程ほどにしろってあれほど……」
「あんたが言うな……」
目の前の光景が信じられず、更には母に大激怒されて俺はすごすごと部屋に戻った。
何がうんこよ全く、とか、チーズの匂いが似てたのかね、なんて言ってる声が聞こえる。
いや、お前ら確かにうんこ食ってたから。
誰がどう見てもそれうんこだから。
うんこを鷲づかみにして頬張るなんてレベル高い真似、俺にはできない。
とんでもないものを見せられた俺は、部屋でテレビでも見ようとリモコンを手に取った。
『いやぁ、この食感、たまらないですね。見てくださいこのお肉!こんなに大きい!そして油が甘いんですよ~』
テレビでリポーターが、箸で丼からうんこを掴み出して、口に入れていた。
何だこの番組……。
丼からうんこを箸で掴んで、勢い良くすすっている。
その様子をワイプで見ている芸能人から、ため息が漏れる。
『いや、マジで旨そうですね。これは是非食べてみたい』
最近人気のイケメン俳優と思われる人物までも、うんこを見て旨そうなどと言っている。
どうなってるんだ?
『今日はですね、スタジオのみなさんにも召し上がって頂けます!お願いしま~す!!』
司会の若い女性アナウンサーが呼びかけると、待機していたのだろう料理人が、人数分の丼を用意する。
ま、まさか。
次の瞬間、熱々の鍋から大量のうんこがざるに開けられ、料理人が勢いよく湯切りをする。
茹でうんこ……だと……?
『ああ、この香り……たまらないですねぇ』
『では、熱々のうちにいただきましょう!!』
スタジオは大盛り上がりの様だった。
見ていて気分が悪くなって、俺はテレビを消してリモコンを放り投げた。
どうなってるんだ?
異世界にでもきたのか俺は。
うんこうんこ言い過ぎて、うんこがゲシュタルト崩壊し始めている。
しかし、こんな露骨なうんこネタで喜べるほど俺は幼くない。
うんこで喜べるのなんて、せいぜい小学生までだろう。
あんなに笑顔でうんこを食べる文化がこの国に浸透していたなんて、さすがに知らなかった。
というか何で我が家でまでうんこを食べてるのか。
翌朝。
ひどい空腹感に起こされた。
時計を見るとまだ朝六時過ぎだった。
いつの間にか眠ってしまっていたらしく、制服のズボンがしわになっていた。
母はまだ怒っているだろうか。
でも、実際にうんこを食ってるところなんか見せられたら……当然の反応な気がする。
俺がおかしいのだろうか。
寝起きということもあって俺はムラっときてしまい、シャワーでも浴びるかと思っていたのだが考えを改める。
昨夜姉が言っていた秘蔵の本をベッドの下から取り出して、自家発電でもしてすっきりしようと本を広げた。
そういえば、女の人はあんなフランクフルトやアイスキャンデーみたいにしゃぶったりしてるが、そういう味なのだろうか。
セルフも友人ので試すのも、さすがに度胸はない。
くだらないことを考えたな、と思ったが、俺はそのことをすぐに後悔した。
何故なら、本の中で綺麗な女の人が男の股間から生えたうんこを口に含んでいたからだ。
「なん……だと……」
慌ててほかのページをめくるが、どれも大事なところにうんこを入れたり、口に含んだり手に握ったりという超絶マニアックなプレイに興じているページへと変貌している。
当然のごとく俺の相棒はしゅん、としてしまい、うんともすんとも言わなくなった。
よし、シャワー浴びよう。
「空太郎……あんた今日も病院行きなさい」
「おはようの前にそれかよ……」
「心配して言ってるんでしょうが!」
「まぁまぁ母さん」
声のした方を見ると、父が新聞片手にうんこにかじりついている。
皿にはうんこがもう一個乗っていて、父はそれを美味しそうに食べていた。
「…………」
「空太郎、聞いてるの?」
「あ、ああ……とりあえず昨夜風呂入り損ねたから、シャワー浴びてくる……」
「ちょっと!話はまだ……もう!!」
母が後ろで地団駄踏んでいるのを無視して、俺はさっさと浴室へ。
シャワーを浴びながら考える。
俺は一体どうしてしまったのか。
俺がおかしいのか?
十七年生きてきて、こんなことは初めてだった。
というかこんな経験したやつがいるなら、是非とも俺の前に名乗り出てきてもらいたい。
シャワーから上がって、制服に着替える。
ズボンのしわは……もういいや。
「今日はそのまま学校に行くのね?」
心配そうに母が俺を見る。
母よ、俺は頭がおかしくなったわけでは断じてない。
おかしいのは世界の方だ。
絶対そうだ。
「ああ、そうだな」
ぶっきらぼうに答える。
まだ何か言いたそうな母に、鬱陶しいと言いたげな視線を向ける。
「ご飯は……?」
「…………」
父は既に食事を終えている様だった。
茶を飲んでいるらしく、テレビのニュースに視線が釘付けになっている。
「いや、いらない。ちょっと部屋戻るわ」
まだ時間があったので、ひとまず学校へ行く支度をしておこう。
階段を上がったところで姉とすれ違ったが、挨拶もせず部屋に入った。
「何だあいつ……?」
姉の舌打ちが聞こえた気がしたが、無視する。
必要教材を鞄に入れて、財布の中身を確認した。
昼飯くらいは食えるか。
昨日の晩から何も口にしていないが、食欲がなくてそれどころじゃない。
テレビをつけてベッドに腰をかける。
朝のニュースの時間で、どのチャンネルもニュース番組ばかりだ。
たまにグルメコーナーなどあるが、今日ばかりは美味しそうなどとは思える気がしない。
『さて、昨日発覚した○○商事の粉飾決済の話題ですが……』
粉飾決済……糞食決済……だと……。
もうダメだ、俺の頭がおかしいのだと思われても文句は言えない気がする。
どいつもこいつもスカトロの世界……。
俺はテレビのコンセントを乱暴に抜き、鞄を持って家を出た。
普段よりも三十分くらい早くついてしまい、手持ち無沙汰になった。
まだ誰もきていない教室で、一人机に伏せる。
そして気分が少し落ち着いてくると、急激に空腹が目を覚ました。
「あれ?れんくん、早いね」
女子の声がしてそちらを見ると、クラスメイトの結城さんが俺に声をかけた様だった。
ひどい空腹で頭がぼーっとしていたのだが、一気に意識が覚醒するのを覚える。
「あ、ああおはよう。目が覚めちゃったから、早くきてみた」
まさか昨日のことを語る訳にもいかず、俺は適当な言い訳をする。
結城さんは何かと俺を……いや、俺だけじゃないんだけど、気にかけてくれる。
優しくて天使みたいな子だ。
顔だって個人的にはそれなりに可愛い部類だと思う。
「何かすごい顔色だけど、大丈夫?包帯も何だか痛そうだし……甘いもの食べる?」
そう言って結城さんが鞄から何やら出そうとする。
甘いもの……甘いもの!?
いけない、結城さんの手にうんこが握られるところなんか、俺は見たくない。
「あ、ま、待って!大丈夫!!こんなに俺元気だから!!」
俺は誤魔化す様にその場でスクワットなどしてみせる。
正直死にそうなくらいフラフラしててもおかしくないが、思い人の前で無様は晒せない。
「そ、そう?れんくん、今日は何か様子が変だね。熱とかないの?」
「ないない。っていうか、熱なかったらほら、俺死人だから!」
一気にまくしたてて結城さんに反論の隙を与えない様にする。
保健室に連れて行かれたりしたら、病院に行けとか言われるに決まっている。
ちなみに、れんくん、というのは俺の苗字が長いから、みんなれん、と呼ぶ。
彼女は俺にくん付けで呼んでくれるので、れんくん、というわけだ。
苗字は、日本にどれだけいるのだろう、連雲港という。
……苗字にまでうんこ。
この世界はどれだけうんこが好きなんだ?
しかも連続うんこ。
いや、うんこが連なってるのかもしれない。
どうでもいいわ、そんなこと。
「れんくん……?」
「はっ。ああ、とにかく大丈夫、ノープロブレムだ」
結城さんにサムズアップして見せ、さて授業授業とか口走りながら教科書やノートを開く。
心配そうな顔はそのままに、結城さんが席に戻って、パラパラと他のクラスメイトもやってきた。
ぐぎゅごごおおぉぉお……。
轟く様な音が教室にこだまする、二時間目の英語の授業中。
轟く様な音の正体はそう、俺の腹。
こんな時に鳴らなくても……空気読めよ胃袋……。
「誰だ、こんな時間に腹鳴らしてるやつは」
英語の担当教諭が、クラス内を見回した。
「俺です」
とか名乗り出ても良かったのだが、また結城さんに心配をかけるのも気が引ける。
「れんの腹だと思います!」
後ろの席の友人、笠原が早速俺を売りやがった。
「何だ、連雲港。飯食ってきてないのか」
「あ、いえ、その……」
「何か顔色悪いな。保健室行くか?」
教師の口からそんな言葉を聞かされるなんて思っていなかった俺は、思い切り首を振って拒否する。
「大丈夫です、単なる空腹です」
「もしかしてお前、家が大変なのか?」
「は?」
先生はどうやら、壮大な誤解をしている。
うちはそんなにというか普通に食べていけるだけの稼ぎを父親が確保している。
姉だってうちの恥になりそうな人間ではあるが、大学を来年卒業できる予定だ。
「経済事情とか、こんなとこで聞く話じゃないが……」
「あ、いえ本当、そういうんじゃないので……」
思わぬところで注目を浴びてしまい、哀れみの視線まで浴びせられる。
今日は厄日か何かだろうか。
結局みんなの視線に耐えられず、俺は保健室へ行くことにした。
先生がポケットマネーから千円札を出そうとしたので、丁重に辞退する。
お金ならちゃんと持ってます、と財布まで見せた。
保健室の先生にちょっと貧血気味で、と言って休ませてもらうことになった。
昼まではこれで何とか時間が潰せるだろう。
ベッドに入って、空腹に耐えながら目を瞑っていると段々眠気が襲ってきて、俺はそのまま眠りこんだ。
夢も見ないで目を覚ましたのは、四時間目の授業が終わるであろう時間の少し前だった。
まだ寝起きだからか腹の虫が騒がないのがせめてもの救いだ。
「少し顔色よくなったみたいね。大丈夫?」
保健室の先生が俺の顔を見る。
「ダメだよ、ちゃんと食べないと」
「はぁ……」
そんなこと言ったって、出てくるものが全部うんこなんじゃ、さすがに手を出すのは憚られる。
とりあえず、あれから通算二回も寝たんだし、まともになっていることを願って俺は学食へ行くことにした。
そこで、またしても俺は壮絶な光景を目にする。
うんこを求め、うんこに群がる人、人、人。
押し合いへし合い、とにかくみんなうんこを求め、手にして席につく。
注文は、ラーメン一つ、とか焼きそば一つ、とか言ってるのに、出てくるものは全部うんこだ。
カレー一つ、とか言って出てきたのがうんこだった時は卒倒しそうになった。
「あ、れんくんだ。もう大丈夫なの?」
このタイミングで……。
結城さんも、お腹すいたよね~なんて言いながら食堂へやってきた。
「あ、そうだれんくん、一緒に食べる?そうしよう?」
「あ、いや俺は……」
「いいからいいから。私、カレーにしよっかな」
カレーにしよっかな、の部分にやたらエコーがかかって聞こえたのは気のせいだろうか。
この世界は狂っている。
こんなにいい子に、カレーだよ、って言いながらうんこを食わせようとするんだから。
「ダメだ、結城さん」
「え?何が?カレー、嫌い?」
「違う……あれはカレーなんかじゃ……うっ!?」
急にめまいがして、俺はその場に倒れこんだ。
周りがキャーキャー言っている。
結城さんも、れんくん!?とか言いながら必死で俺を揺さぶっていた。
そこで、俺の意識は途絶えた。
「精神的な何かかと思いますが……脳波には異常がありませんし、何か幻覚でも見たのかもしれませんね」
野太い男の声がして、目が覚めた。
腕には点滴が刺されている。
どうやらここは病院の一室の様だった。
「そうですか……」
「心配なら、一晩泊まっていかれますか?」
野太い男は白衣を着ていた。
医者なのだろう。
しかし、入院など冗談じゃない。
退屈で死んでしまう。
「あ、俺……大丈夫なので、帰らせてください」
「空太郎!?本当に大丈夫なの!?」
母親が今までにないほど狼狽している。
こんな母を見たのは初めてだ。
「連雲港さん、お子さんはこう仰ってますが」
「ですけど……」
「母さん、大丈夫だから」
医者にこれまでのことを全部話すと、うんこを食べるなんてあり得ないと言われた。
心のどこかでわかってはいた。
おかしいのは俺の方なんだと。
みんな普通のものを食べているし、君の目にはそれがうんこに見えるのかもしれないが、君だって食べたらちゃんと味も匂いも風味もするはずだと何度も念を押され、必ず帰ってから何か食べる様にと釘を刺された。
母と二人で、病院からの家路につく。
母はずっと心配そうに俺を見ていた。
俺はもう、空腹でフラフラしていたが、何とか点滴の栄養で気力だけで歩いている。
見た目はうんこでも、ちゃんと食べ物。
医者のその言葉を、頭の中で反芻した。
「母さん、頼みがあるんだ」
「何?何でも言いなさい」
事情も知らずに昨日怒鳴りつけたことを気にしているのか、母は俺を腫れ物の様に扱った。
「学校には、このこと内緒にしてほしい」
「そんなの、言えるわけないでじゃない……」
母は頭を抱える。
それはそうだろう。
一見したら息子の頭がおかしくなった、としか言えない様な現象。
俺だって、未だにこの現実を受け入れられていない。
急遽、とてつもない空腹感が俺を支配した。
立っていられないほどの痛烈な空腹感。
見た目はうんこでも、ちゃんと食べ物。
その言葉が頭の中で響く。
ふと地面を見やると、そこにはうんこがふたつ、転がっていた。
ちゃんと、食べ物。
ぼそりと呟き、俺はそれを手に取る。
「そ、空太郎!?ちょっと何してるの!!」
母が半狂乱で俺を抑えにかかるが、俺はそれを振り切り、手にしたうんこを口に含んだ。
外はかりっと、中はぐにゃ……おヴぉえ……。
俺は胃液とそのうんこを吐き出し、そのまま気を失った。
結局母が泣きながら救急車を呼んで、病院にとんぼ返りすることになった。
胃の洗浄と、二日の入院を余儀なくされ、見舞いにきた姉からは糞食決済とあだ名をつけられて死ぬほど笑いの種にされた。
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