クソ食らえ!

スカーレット

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第十話 後輩に告白されたら

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「空くん、どういうことなのか説明してもらっていい?」

帰り道では一言も口を利くことなく、真帆は黙々と歩いた。
俺もその後をついて歩く様にして、俺の家までの道のりを行く。
野崎が放った一言は、真帆に多大なダメージを与えたらしく真帆の表情を曇らせるには十分だった様だ。
教室を出る際に一言だけ、空くんの家に行くから、とだけ言って、それ以降口を開くことなく、ただただ真帆は歩き続けた。

「どういうことって……俺にも何が何だか……」
「何で野崎さんが空くんのこと好きになるの?空くん、野崎さんと何かつながりあるの?」
「いやだから……こないだ真帆を追っかけてて、その時にたまたま会っただけだよ。それは見てただろ?」
「じゃあ何で、空くんのこと好きになるの?意味がわからない」
「俺だって訳わからんし……」
「大体ほかの女興味ないって言ってたよね」
「だから、興味ないって」
「じゃあ、野崎さんのこと、ちゃんと決着着けられるんだよね?」
「あ、ああそりゃ……」
「何で言い淀んだの?出来る自信ないんだ?」

真帆が眼前まで迫る。
俺の部屋とは言え、今は家族全員が集合している時間だ。
あまり騒ぐと誰か来るかもしれない。
……あの姉とか。

「お、落ち着け。俺だって意味わからないんだって、本当に。まともに話したのだって、こないだの件が初めてだし」
「空くん、お母さんにも興味あるみたいだったし……私不安なんだよ……」
「そりゃ壮大な勘違いってもんだぞ……」

確かにあの綺麗なお母さんが電マ持って立ってる姿は扇情的で、ぐっとくるものがあったことは認めよう。
だが、それを真帆に言ったら真帆がどんな暴挙に出るかわからない。

「真帆、そんなに疑わしいっていうなら、俺のこと信じられないっていうなら、俺の携帯見ていいから。野崎の連絡先とかも一切入ってないし、潔白だってことはすぐわかると思うぞ」
「…………」

真帆に俺の携帯を手渡す。
すると真帆は受け取るが、なかなか見ようとしない。

「遠慮しなくていいよ。俺が見ていいって言ってるんだ。大体普段からロックなんかもかけてないから普通に見れるはずだぞ」

真帆は携帯を見つめたまま、微動だにしない。
どうしたらいいんだろう。
どうしたら真帆は納得する? 

大体野崎の言うことだって、本気かどうかなんてわかったもんじゃない。
真帆を煽る為だけに、あんなことを言ったとも考えられる。
そう思うと、普通にいいやつのはずの野崎が少し嫌な女なんじゃないかと思えてきてしまう。

「あの、二人とも晩御飯食べるわよね?」

母が俺の部屋のドアをノックしてくる。
なんとまぁ珍しい。
きっと真帆がいるから、エロいことでもしていると思ったんだろうけど。

「あー、食べるよ。真帆、食べるだろ?」
「…………」

軽く頭を縦に振って、俺の携帯を床に置いて真帆は立ち上がった。
俺は今回に限っては何も悪くないはずなのに、罪悪感の様なものを覚える。

「…………」
「…………」
「何か今日は真帆ちゃん元気ないわね。空太郎、何かしたの?」
「いや、何も」
「本当に?あんたのことだから何かしたんでしょ?」
「俺のことだからって何だよ……本当、何もしてねぇっての。さっきまでだって話してただけだし」
「真帆ちゃん、空から何かされたらすぐ言いなよ?」

姉がそう言うと、真帆はポロポロと涙をこぼした。

「!?」
「ま、真帆ちゃん!?」
「おい空!!お前何したんだ?本当のこと言えよ!!」
「いや誤解だっての!本当に何もしてねーって!!」

こうなると男は何もしていなくとも悪いことにされてしまう。
そういう世の中なのだ。
ぐすぐすと鼻をすする真帆を見つめながら、俺は自分の分のうんこを平らげた。

「それは……うーん……空太郎が悪い、とも言えない様な……」
「そうだろ!?だから誤解だって言ったじゃねーか!」

食事を終えて、ここまでの経緯を簡単にだが説明すると、母も姉も納得した様だった。
父だけは、黙って話を聞いている。

「まぁでも、真帆ちゃんのお母さんに欲情するとかちょっと見境なさすぎるわな」
「だから、それも誤解だって言っただろ……」
「あながち誤解でもないんじゃないの?じゃあ何とも思わなかったってことか?」
「いや……それはまぁ……」
「やっぱり!空くんお母さんが気になるんでしょ!」
「何でそうなる。いや、確かに何かこう、考えさせられる光景ではあった。それは認めるよ。だけど、俺は……その」
「何口ごもってんだよ気持ち悪いな。言いたいことはちゃんと口に出して伝えろよ」
「気持ち悪いとか言わないでくれませんかね……」

やっぱり家族に話す様なことじゃなかったかも、なんて後悔するが後の祭りだ。

「ああ、もう、わかったよ。俺は真帆のことで手いっぱいだし、真帆のことで頭いっぱいなの!!」
「そんな曖昧な言い方じゃ納得できないもん……」
「何でだよ!?俺結構頑張ったぞ!?家族の前でこれ以上のこと言えとかどんな拷問なわけ!?」
「結婚式だって家族の前で愛を誓ったりキスしたりするじゃん」
「あれはそういうものだからだろ?今結婚式じゃねぇし」
「結婚式じゃなかったら、そういうの一切言ってくれないの?」
「言ったよね!?俺ちゃんと言ったよね!?」
「いやぁ、あれじゃ真帆ちゃんが鬱陶しくて頭いっぱい、とかに聞こえなくもない」
「おい、余計なこと言うなっての……」
「そうなんだ!?私鬱陶しいんだ!?」
「だぁから違うって言ってんだろ!?」
「何で怒るの!?」
「さすがにここまで言われたら怒るわ!!」

段々と収集がつかなくなってくる。
正直こんな食後の家族の前で愛を語れとか言われても、正直なところ俺にそんな余裕などあるはずがない。
それに昨夜寝ていないせいもあってか、気が短くなっている気がしなくもない。
こんな状態で無理難題ふっかけられたら、割と取り返しのつかないことになりそうで怖い。

「なぁ、真帆……お前眠いんじゃないか?俺も眠いけど」
「ああ?眠いってまさかお前ら……」

しまった、と思うがもう遅い。
ジト目で姉と母が俺を見る。
何で俺だけ……。

「眠くないもん」
「いや、そんなはず……」
「お前らさかりすぎだろ……どんだけ仲良しなわけ?」
「い、いやそれはまぁいいんだっての!」
「いやいや、よくねーだろ……そんな疲れた状態の真帆ちゃん泣かせるとかお前かなり最低だぞ」
「くっ……と、とにかく明日も学校あるんだし、さすがに……」
「学校はちゃんと行くもん。でも、野崎さんに会いたくない」
「そんなこと言ったって委員会は仕方ないだろ。今から辞退しますったってもう無理だぞ」
「…………」

とりあえず、今のままの真帆を家に帰らせるのは危険だということで今夜また真帆はうちに泊まることになった。
姉の部屋は相変わらず片付いていない為、俺の部屋で寝てもらうわけだが。

「空くん、野崎さんと口利かないでって言ったら従ってくれる?」
「それは、委員会でってことか?それとも、委員会の外での話か?」
「どっちも」
「委員会中はプライベートとは違うからな、それは無理、とはっきり言っとくぞ。公私混同はするべきじゃないからな」
「じゃあ、終わった後とかでいい」
「それなら……でも、あんまり人を傷つける様なのはなぁ……」
「じゃあ私は傷つけていいんだ?」
「真帆が傷つく理由がわからないんだけど。俺、野崎の味方とかした覚えないぞ?」
「だって、野崎さんが本気でアプローチしてきたりしたら、空くん揺れたりしそうだし」
「するかどうかもわからないことに怯えてても仕方ないと思うのは俺だけか?」
「じゃあ空くんは、私がほかの男の子に告白とかされても何とも思わない?」
「それは……」

思うに決まってる。
俺の真帆に何してんだ、ってなって最悪殴り掛かる自信もある。
最終的に返り討ちに遭うところまで想像できる。

「そういうことなんだって。私が見てないところで言われた、とかならまた違ったのかもしれないけど……」
「……それは、ごめんとしか言えない。俺にはどうにもできなかったと思うけど……」
「空くん、私だけを好きでいてくれる?」
「当たり前だろ。何をいまさら……」
「子供ができたり、私がおばさんになったとしても?」
「そんなことで嫌いになるなら、最初から好きになんかならない方がよくないか?」
「じゃあ……野崎さんの前でキスして、って言ってもしてくれる?」
「うーん……基本的には、するかもしれない。ただ、あれが煽りだったなら、って前提は必要かもな。万一本気で言ってるんだったら最悪自殺もののトラウマだろ……」
「しないと別れるって言ったら?」
「難しい話になってきたな……けどさ、そんなことしたらお前まで悪者になっちゃうじゃん。そういうの、俺だけでいいんだけど」
「はぁ!?何でそうなるの?私だって空くん一人に罪かぶせるのなんか嫌だもん。嫌われるなら一緒がいいよ」

そう言って真帆は俺の腕を掴む。
この件に関しては完全に野崎のアクション待ちな状態なので、正直こちらから何かするというのは違う気がする。

「じゃあ、真帆はどうしたら満足なんだ?俺にできる限りのことはするけど、あんまり無茶なのはさすがに不可能だぞ」
「どうしたらか……どうなったら満足なんだろうね……誰にもじゃまされないのが一番だけど……ね……」

真帆に心配をかけないのが一番なのかもしれないが、人間誰しも少なからず人に心配や迷惑をかけて生きている。
そう考えると一概にこれが、っていうのはなくなってくる。
真帆が寝落ちしてしまった様なので、俺も眠気に身を任せて眠ることにした。

翌朝、真帆は昨夜よりも幾分顔色を良くして目を覚ました。

「昨夜はお騒がせしましてごめんなさい」
「いいのよ、はっきりしない空太郎も悪いんだから」
「え、俺悪いの?」
「あんたがもっとしゃきっとしてたらあんなことにはなってないでしょ……」

何だか理不尽だ。
とは言っても、真帆が昨夜みたいに泣いたりするのはちょっと普通じゃない。
ここは涙を呑んで納得した上で解決策を、と思うが具体的なことは何も浮かんでこない。

二人で登校する間、真帆はぴったりくっついて歩いているが、何も喋らない。
しかし何処か意味深な笑みを浮かべてたまにこちらに微笑みかけてくる。

昼食を食べるときも一緒に食べよう、と言ったっきり黙々と食事に勤しんでいて、雑談の類は一切なかった。
正直静かすぎて何か不気味だ。
そして放課後、今日も委員会はある。

進捗は普段通り、おおむね良好。
追加でほしい資材があるという団体があったので、それについては可能な限りで手配すると約束をする。


「野崎さん、ちょっといい?」

委員会終了後、真帆が野崎に先制攻撃をしかける。
アクションを起こすのを待つよりも、こっちからアクションを起こさせようというのだろうか。

「何でしょう?昨日のことですか?」
「うん。ここじゃちょっとあれだから、ついてきて」

何故か俺まで手を引っ張られて、真帆と野崎の後を歩く。
学校の裏庭の様だ。

「昨日のこと、本気なの?空くんと、どうにかなりたいの?」
「まぁ……本気ですかね。一体どうしたんです?」
「どうしたか、なんてのはいいの。空くんと、どうしたいの?」
「どうしたい、ってそんなの決まってるじゃないですか。好きなんだから、付き合ったりしたいと思ってますよ」
「おい、本当にそう思ってるのか?別に俺とお前、接点なかったよな?」
「委員会っていう接点があるじゃないですか」
「そうは言うけど、俺ほとんど何もしてないんだぞ?大体のことは真帆がやっちゃったんだから」
「そうですけど、そのすごい結城先輩をものにしたれん先輩も十分すごいと思いますよ」
「なら、ちゃんと告白して。それで、空くんに決めてもらおう?」
「は?今ここでかよ?」
「そうだよ。それが最善だと思う。私はどんな結果になっても恨んだりしないから」
「ええ……さすがにそれはちょっと恥ずかしいんですけど……」

それはそうだろう。
思春期の多感な時期でもあるJKがよりによって、彼女持ちの男にその彼女の前で告白しなくちゃならないなんて。
俺が野崎の立場でも躊躇すると思う。

「できないの?なら野崎さんの思いはその程度ってことでいい?それならすぐにでもあきらめてほしいんだけど」
「い、言い分はわかりますけど……」
「真帆、さすがにそれはちょっと……」
「空くんはどっちの味方なの?」
「いや、この際どっちってのは違わないか?」

真帆はきっと、俺に真帆以外の彼女がいたとしても俺に告白するくらい何てことないんだろうな。
けどそれは真帆の持つ度胸であるとか、思いの強さによるものが大きいんだろうから、同じものを野崎に求めるのは少し違う気がする。

「できないんだったら、空くんにちょっかいかけるのはやめてほしい。できるんだったら、今ここで見守るから」

いつになく真剣な真帆の表情に、俺は何も言えなくなった。
野崎も固唾を呑んで真帆を見ている。

「……わかりました。れん先輩」
「あ、はい」
「私、先輩のこと好きになっちゃいました。結城先輩が好きで、結城先輩と付き合ってるのも重々承知はしていますが、それでも私と付き合ってほしいです」
「えっと……」
「どうしたの?空くん、返事しないの?」
「いや……ごめん、野崎。俺、真帆が大事なんだ。多分これから先もそうそう変わるもんじゃないと思う。お前の気持ちは素直にうれしい。だけど、それに応えてやることはできない」
「まぁ、わかってはいましたけど……これ結構きっついですね……」
「…………」

苦渋の表情に歪む野崎の顔。
それを見ているとなんだか可哀想に思えてくるが、ここで情けを出すのは違う。
さすがにそれは俺にもわかった。

「わかりました、諦めます。れん先輩、本当に結城先輩のこと愛してそうだし。ただ、一個だけいいですか?」
「空くんに直接何かする、って言うんでなかったら、いいよ」
「しませんよ……」

良かった。
自分だけ、結城さんと幸せになろうだなんて!!とか言われて包丁でも振り回されたらどうしようかと思った。
まぁそもそも俺は野崎とそういう関係ではないし、そんな心配はさすがにないだろうけど。

「お二人がエッチしてるとこ、見せて下さい。直接じゃなくていいんで。それですっぱりと諦めますから」

俺も真帆も顔を見合わせて固まる。
何言ってるんだこいつは。
何かを堪える様に笑う野崎。

野崎の意図が掴めなくて、真帆も俺もただ戸惑うばかりだった。
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