転生したらチートすぎて逆に怖い

至宝里清

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1巻

1-2

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      ◆


「だれも、いない……?」

 そんな風に過保護な家族たちに囲まれる毎日。
 だけど久しぶりに静かな日ができた。
 ふむ、暇だな。いつも家族が集まる談話室のソファで、私はごろりと転がった。
 いつもなら家族の誰かしらが家にいて構ってくれるんだけど、今日はみんないない。いや、まあそれが普通なんだけどね? だって両親は働いているし双子のお兄様たちにも学校があるんだから。
 いつもはまだ学校に通っていないジュール兄様が遊んでくれるけど、今日は何かの大会に行っているらしい。
 お庭に出れば少しは退屈しのぎになると思うんだけど、外出はおろか、実質自宅のはずのお庭でさえ家族が過保護すぎて許してくれない。――精神年齢は成人だから、さすがにおままごとなんてできないし。
 そのままごろごろしていたらふと頭の上に影が落ちてきた。

「暇そうだな? お嬢」


「ゲイル……」

 目の前に立っていたのはゲイル。この人もなかなかのイケメンさんだ。お父様が綺麗系ならゲイルはワイルド系。おひげはないけど、あっても違和感はないような顔立ちをしている。
 ゲイルはお父様の直属の部下でオルニスのエース――いわゆる暗殺者として勤めているらしい。とはいえ私にはすごく優しいし、可愛がってくれる。
 今も暇そうな私を見て少し考えるように首を傾げた後、ぽんと手を打ってこう言ってくれた。

「よし、カイン様に王宮まで資料を持ってくるように言われてるけど一緒に行くか?」
「いく!」

 思わず寝転がっていたソファから飛び起きる。
 これはチャンス! 異世界の町並みとか気になってたんだよね! ゲイルと一緒なら安全面は問題ないだろうし。
 私の専属メイドのリリアに許可を取りに行けば、ゲイルの説得もあって心配しながらも許してくれた。
 やったね! 初めてのお出かけ、楽しみだなあ。


「わぁ! おみせがいっぱい!」
「ここは王都。国の中心部で人が多いからな」

 馬車に乗って屋敷の外に出て、街の中で降ろしてもらう。
 カラフルな建物が立ち並んでいて、人もたくさんいる。活気に溢れた街に私は思わず目を輝かせた。そのにぎやかさは地球での繁華街に似ているけれど、歩いている人たちの服装がファンタジーだ。
 それに文字や、食べ物、街の匂い。そんなものがどこか違う。
 その中でも一際お花のようないい香りがしたお店があった。

「ゲイル、あれはー?」

 小さな緑と黄色の建物。深緑色の屋根がどこか大人っぽい雰囲気だ。
 ショーウィンドウには小さな箱と綺麗な小袋が数種類置いてある。
 ゲイルはちらりとお店に視線を送る。

「ん? ……茶葉の専門店だな。ちょうどいい。差し入れに買ってくか」
「おちゃ! かってくー!」

 なるほど、お茶だったのか。私が頷くと、ゲイルは私を連れてお店に向かった。
 店内には色とりどりの箱が積まれている。優しそうなお姉さんがいくつか中身を見せてくれた。

「わあ!」

 一気に花の匂いが強くなる。フレーバーティーとかハーブティーが近いのかな? 紅茶っぽい茶葉にお花が入っているようなものもある。うーんお父様はこの頃忙しそうだし、疲れが取れそうなのがいいな。
 お姉さんとゲイルにも手伝ってもらってお茶を選んで、また馬車に乗って王宮に到着した。
 王宮はとっても大きい。ゲイルが言うには使用人寮が男女二棟ずつに騎士団、魔術師団、獣騎士団それぞれに棟が三つずつあるそうだ。それにもちろん王族の居住空間や庭園もあって……はぐれたら大変なことになりそう。
 あまりの王宮の広さに驚き、ゲイルの足にしがみつく。するとなにかぞわぞわする感覚が、周囲にたくさんあることに気づいた。なんだろうこれ。
 気持ち悪くて、思わずゲイルにぎゅっと抱きつく。
 ゲイルは私の異変に気が付いたのか、私を抱え上げて、顔をのぞきこんだ。

「お嬢? どうした?」
「なんかへん……」
「体調崩しちまったか? 医務室いくか?」
「だいじょぶ、おとーしゃまのとこ……」

 そう言ってみたものの、身体がぞわぞわするのは止まらない。せめて原因を探ろうと目をつぶって集中する。するとたくさんある気持ち悪い感じの中に、三つほっとするものがあった。一つは近い――というか隣だ。もしかしてゲイルだろうか?
 そして、もう一つが近づいてくる。じゃあこの感覚は――と思いながらぱっと目を開けると、そこにいたのはお父様だった。焦ったような顔で手を伸ばされる。

「フィル……?」
「おとーしゃま……? っふぇ、おとーしゃまあ!」

 なんだか無性にお父様に近づきたくて、ゲイルの腕から降りようと体をよじる。
 ぞわぞわしていたものが身体中に広がって気持ち悪い。こわい。
 いやいやと首を振る私をゲイルから受け取り、お父様が背中をポンポンしてくれる。けれど私の涙は止まらなかった。

「ふぇ、うぇ、うぇえん!」

 私が降りたあとのゲイルが気まずそうに頬を掻くのが見えた。

「カイン様、これが頼まれたやつ。あと、お嬢が選んだ差し入れなんですが……。その感じじゃお嬢はカイン様から離れないと思うので、俺が運んでおきますね」
「ひっく、げいりゅ、ごめんねぇぇ……!」
「あーあー、泣くな泣くな。大丈夫だぞ。先に帰って待ってるからな?」

 ポンポンと私の頭を撫でてゲイルは帰っていく。お父様と二人になってもぞわぞわした感じが治まる気配はない。
 いやだ、気持ち悪い……なんなんだろうこれ?


 お父様は私を抱っこして、王宮内の仮眠室に運んでくれた。お父様は私をベッドに降ろそうとしたけど、私はお父様から離れるのが嫌で腕にしがみついてしまう。

「大丈夫ですよ。お父様はここにいますからね。ぎゅーってしてますからね」

 するとお父様は言葉通りに私をぎゅっとしたままベッドに一緒に横になってくれた。
 もぞもぞとお父様の胸のなかで丸くなる。お父様の腕の中は安心できて、ぞわぞわする感じも少し遠のいた気がする。
 そんな私の様子を見て、お父様はどこかに連絡をしているようだった。
 少しするとお母様の声が聞こえた。ちらっと見るとお父様は電話のような魔道具を耳に当てている。それから二人がお話をしているのが聞こえた。どうやらお父様は私の症状を魔力酔いだと考えたらしく、医療と魔術に通じるお母様を呼んだようだった。
 でもおかしい、魔力は五歳にならないと感じることはできないはず。それなのにまだ三歳の私が魔力酔いするなんてありうるんだろうか。そんなことを考えているうちにまぶたが重くなった。
 しばらくうとうととしていると再び何かが近づいてくるのを感じる。
 目を開けるのと同時に、バンッと大きな音を立てて扉が開いた。
 お父様の胸から少し顔を出す。そこにいたのはお母様だった。

「おかーしゃま……」
「フィル! 苦いかもしれないけど、これを舐めて」

 お母様が私の口に入れたのは茶色くて丸いラムネみたいなものだった。
 すっごく苦い。漢方みたいな味がする。それでもなんとか舐めきると、お父様とお母様がえらいえらいと撫でてくれた。すると気持ち悪かったのもだんだんと落ち着いてくる。そして泣き疲れたのか眠気が襲ってくる。

「この子は愛護者なのかもしれないわ」

 そんなお母様の声が遠くに聞こえる。愛護者? なんだろうそれ。でもお母様悲しそう。良くないことなのかな……。聞きたかったけれど私は眠ってしまった。


 それからもう一度目覚めると家だった。
 そしてなんと次の日から本格的な外出禁止令が発動された。五歳になって魔力鑑定が終わるまで外出はもちろんのこと、我が家のメイドや執事以外の人との接触は禁止とお母様に言われた。
 やっぱり夢うつつで聞いた愛護者というのが問題らしい。
 では愛護者とは何かというと、魔力が膨大で精霊に愛される人のことだそうだ。
 お母様によると私の体内にある魔力が体の中に収まりきらず、周囲の知らない人間の魔力を感じ取ったことで起きたものらしい。
 本来は五歳になるまで魔力は感じ取れないけれど、私の場合は多すぎる魔力が溢れて他の人の魔力に影響されるのだそうだ。
 家族や小さいときから一緒の使用人たちは大丈夫なのだけど、他の人の魔力は初めて感じるものだったせいで、酔って体調を崩したとか。ううん、誰からも愛されるっていうお願いのせいでこんなことになるなんて。
 いや外出禁止令自体は問題ない。今までの生活と似たようなものだから。ただ……

「フィルー」
「あれ? ここにいると思うんだけど」

 問題なのはこれだ。兄様たちがさらに過保護になった。
 それ自体はまだいいんだけど、勉強や仕事を後回しにして私の部屋に来るのが問題だ。
 私のために自分のやるべきことを後回しにしてほしくない。
 目をうるうるさせて、私のせいで兄様たちが悪い子になっちゃったって両親に言いつけてみたのにな……
 私のことを探し回っている兄様たちの前に行く。

「リーべにいしゃま、エルにいしゃま。きょうはがくえんってやくしょく!」

 そう、あまりにも私を優先するから、昨日約束させた。家を出る時間はとっくに過ぎている。これは確実に遅刻だ。ならば私がとる行動は一つ。

「にーしゃまたちが、がくえんにいくまでフィルはおへやからでません! ゲイルー!」

 そうしてゲイルを呼んだ瞬間、私は気づけば自室に帰ってきていた。
 さすがゲイル。部屋の外でゲイルが兄様たちを説得している声が聞こえる。
 これでさすがに兄様たちも学園に行くだろう。
 やがて部屋の前が静かになった。
 うん、今日も平和だ。
 部屋で好きな本を読んでのんびりしていると、ふと自分のお腹から音が聞こえた。
 窓の外を見ると太陽が真上にある。
 もうお昼かぁ、お腹空いた……いつもなら昼食に呼ばれるぐらいの時間なのに誰も来ない。部屋から出ればお屋敷が騒がしかった。
 何かあったのかな?
 なんだかバタバタしているメイドのリリアに、何があったのか聞いてみる。
 するとなんと私のお祖父様とお祖母様が私に会いにきたらしい。
 お名前はディーンお祖父様とスカーレットお祖母様。
 なんの連絡もない訪問だったから、使用人たちがバタバタしているみたい。
 それだけじゃない。困ったことに今、うちにはお父様もお母様もいない。いるのはジュール兄様と私だけ……つまり、対応できる大人がいない。
 私に関しては両親どちらかの許可がないとお祖父様たちと会うこともできないしね。
 また私のお腹がぐう、と鳴る。リリアが、私たちのご飯の準備をするために慌てて厨房に向かってくれた。
 忙しいところに申し訳ないけど、もしお祖父様とお祖母様にお会いするときお腹が鳴ったらよろしくないからね。
 リリアが厨房に行くのを見送って、とりあえず私はジュール兄様を探すことにした。
 ジュール兄様はうるさいのが苦手だけど、私と一緒なら大丈夫だからご挨拶ぐらいは一緒にできるはずだ。
 この時間だとジュール兄様は多分温室かな?
 でも屋敷がこんなにざわざわしていたらもっと静かな場所にいるかも。お父様の執務室のとなりに図書室があるからそこかもしれない。

「ジュールにいしゃまー?」

 てこてこと歩いて図書室に着いたから呼んでみる。すると大きな音がした。
 何かが落っこちる音と転ぶ音。音がしたからここにいると思うんだけど、と歩いていくと、お母様と同じピンク色の髪が見えた。ジュール兄様だ。
 近づくと、しゃがんだジュール兄様の周りに本が散乱している。
 落としちゃったのかな。

「フィルの声……したから……側に」

 んーと、多分私の声がしてこっちに来ようとしたら、床に置いた本につまずいたってことかな?
 あんまりおしゃべりが得意じゃないジュール兄様だけど、慣れれば大体理解できるので問題はない。

「けがしてないでしゅか?」
「うん」

 頷いたのを見て、私は現在の状況を伝えることを優先する。

「お、おじーしゃまと、おばーしゃまがきてて、おとーしゃまに、れんらくしたいんでしゅけど……」

 噛みまくりだけど、しょうがないよ、三歳児だもん。
 正直ジュール兄様とどっこいどっこいのわかりにくさだと思う。それでもジュール兄様は理解してくれたようだ。

「……連絡用の魔道具なら、執務室」

 そう言って手を差し出してくれた。よーし、行きますか!
 ジュール兄様と手を繋いでお父様の執務室に向かう。
 執務室のテーブルの上に魔道具があるのを見つけて、ジュール兄様が取ってくれた。
 連絡用の魔道具は通信相手が登録してあれば、相手を思い浮かべると勝手に繋がるってお父様が言っていた。
 さっそく私はソファに座って魔道具を持って、お父様を思い浮かべる。だけど何も反応がない。
 え、これ繋がってるの? え? どっち? まだ? まだなの?
 あたふたしていると兄様がぽんぽんと撫でてくれる。ちょっと落ち着いた。
 そのままじっと待っているとようやく魔道具から声が聞こえた。

『フィル?』
「おとーしゃま‼」

 繋がった! 使い方合ってた!
 魔道具越しにお父様の声がする。焦った声だ。

『どうしました? 体調を崩しましたか⁉』
「ちがうの! おきゃくしゃまでしゅ!」
『お客様……? 今日はそんな予定なかったはず』
「ディーンおじーしゃまとスカーレットおばーしゃまってリリアがいってました!」
『は? ……あんのクソ親父ッ‼』

 お父様は意外とお口が悪いようだ。ちょっとびっくりした。お父様もそのことに気が付いたのか、すぐに優しい声に変わる。

『フィル、今からすぐ戻ります。……それまでおもてなしをお願いしてもいいですか?』
「はい! やりましゅ!」
『ジュールもいましたね。フィルを助けてあげなさい。もしフィルが体調を崩すようなら引き離してくれ』
「うん……」

 そう言ってお父様は通信を切った。魔道具からはもう何も聞こえない。
 おもてなし。初めてのおつかいみたいでワクワクする。それにこれに成功したら少しは過保護が減るかもしれない。フリードリヒ家の娘としてしっかりおもてなししなきゃね! 最近はすることがなくて淑女教育を頑張って受けていたからそれも発揮したい。
 一人、やる気に満ちていると、ちょうどリリアがご飯の用意ができたと教えてくれた。お腹がまたぐううと音をたてる。
 うん、まずは腹ごしらえだね。
 ジュール兄様とご飯を急いで食べてから、お祖父様たちが待っているというお部屋に向かう。
 案内してくれたのは我が家の執事長アルバだ。うちの事はアルバに聞けば大抵の事は分かる。今回、初めてのご挨拶ということもあってついてきてくれた。
 私はお祖父様とお祖母様に初めて会うけど兄様は会ったことあるのかな。どんな人なんだろう。怖い人じゃないといいな、お父様の両親だし大丈夫だよね? というか挨拶って貴族の正式な感じ? それとも家族みたいに軽い感じ? どっち⁉
 ……悩んでても仕方ない、なるようになれ!
 ドアに向かって軽くノックして、深呼吸。それから覚悟を決めてドアを開いた。

「しつれいしまっ……す?」

 え、お祖父様とお祖母様何をしてるの? ドアを開けるとそこにはお祖父様と思われる人が土下座をし、お祖母様と思われる人が仁王立ちしている光景があった。
 二人ともどこかお父様に似ている。

「もう! だから言ったじゃないですか!」
「す、すまん、レティ……」
「約束もなしにカインの屋敷に来るだなんて! 迷惑になることを考えなさいな!」
「だが、ま、孫娘が生まれたと聞いてな?」
「それでも急な訪問はいけません! 屋敷の者も困っていたでしょう⁉」

 お祖父様が押し負けている。そうか、この急な訪問はディーンお祖父様のせいだったのか。なんか、お母様たちを見ているみたい。うちのお父様もお母様に弱いのだ。
 というか、会いたがってた孫はここにいるよ! というか私の魔力は漏れてるはずだから気づいてもおかしくないんだけどな。ここに割って入れるほど私の心は強くない。
 ちらっと助けを求めてジュール兄様を見ると、兄様はじーっとお祖父様たちを見ていたけれど、部屋の窓際に置かれた植物に興味が移ったようで、そちらを見ている。兄様実は鋼メンタル?

「フィル様」

 おろおろしているとアルバが声をかけてきた。

「こうなられたスカーレット様は長いですのでお話を待つ必要はございません。話しかけても大丈夫ですよ」
「ほんと?」
「はい」

 アルバの言うことなら信用できる。よし、頑張るよ。おもてなししなきゃだもんね!
 私は未だ言い争っている二人の前に進むと、三歳児なりに声を張り上げた。

「お、おじーしゃま! おばーしゃま! ふぃ、フィエルテ・フリードリヒでしゅ! ようこそおいでくだしゃいましたっ!」

 何とか言い切った!
 ちゃんと教わったカーテシーもできたし、大丈夫なはず。
 ちらっとアルバを見るとニコニコ拍手してるしね! 大丈夫だよね!
 しかし反応が目の前の二人から返ってこない。何か間違えただろうか、と見上げるとスカーレットお祖母様が私をグイッと抱き上げた。

「まぁ、まぁまぁまぁ! なんて可愛らしいのっ! あなた! 見てくださいな! 天使のように愛らしい……きっと聖女様のように美しい子になるわ!」
「おぉ、これは確かに妖精のようだ! 両親にもよく似ておる」

 天使、聖女、妖精。
 うちの家族は私のことをめすぎでは⁉ なんでみんなこんなにでろでろなの! 私、まさか魅了魔法みたいなの使える感じ⁉ そんなのいらない! められるのは嬉しいけどめられすぎるのは怖いよ!
 リリアがお茶の用意をしてくれたから、すぐにおもてなしに移りたいのにお祖父様とお祖母様が手を放してくれない。
 このままだとおもてなしできずにお父様が帰ってきてしまう。初めて任された仕事を失敗するなんて嫌だ。
 そう思いながらも目の前の二人は止まらない。ジュール兄様も声をかけられないみたいだし……そう思っているとついに部屋の中に新しい声が響いた。

「私の可愛い娘に何をしてるんですか」
「おお! カインか」

 間にあわなかった……。おもてなし頑張るって言ったのに。できると思ったのに。
 ちゃんと任せられたお仕事ができたら少しは過保護じゃなくなると思って、心配しなくてもいいよって言えると思ったのに。
 なんだか、泣けてきた。これは、だめだ。涙がこぼれないように耐える。

「フィル」

 柔らかなお母様の声。なんで? 帰ってくるのはお父様だけじゃなかったの?

「おいで?」
「ふぇ、おかーしゃまぁ! ごめんなさい! おもてなし、できなくて……」

 お祖母様の手からお母様に移って大号泣してしまった。

「アルバからカーテシーが綺麗だったって聞いたわ、頑張ったわね」
「ひっく、でも、おもてなし……」

 お茶を出して、お菓子も……なんて、昔は普通にできていたのに。悔しさがまさってしまう。

「父さんの暴走に母さんが説教してたんだから。フィルは悪くありませんよ」
「よく頑張ったわ。お母様たちすごく嬉しいわよ?」

 ぽろぽろと涙がこぼれる。お母様もお父様もそう優しく言ってくれる。おかしいなぁ、前世の年齢的にこんなことで泣いたりしないはずなのに、本当に身体の年齢に引っ張られているみたいだ。

「フィエルテ……ごめんなさいね? 私たちのせいであなたを泣かせてしまって」
「すまなかった、愛らしいお前を見て少々舞い上がりすぎた」

 お祖母様とお祖父様が謝ってくれる。
 そもそも私が勝手に泣いたんだし、謝る必要なんてないんだけど。私は涙をぬぐって二人に改めてお辞儀をした。

「フィル、おじーしゃまとおばーしゃまのことしゅきでしゅ。……ないちゃってごめんなさい」
「いいのよ! 悪いのはディーンだもの!」
「れ、レティ……」


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