Get So Hell? 2nd!

二色燕𠀋

文字の大きさ
54 / 79
余波

4

しおりを挟む
「…これは俺なのか、」
「壮士殿はお忙しいと。客人故上げたのですが」

 なるほど端から面倒事と察したのかあの兄弟子は。

「…桂さんて…」
「ん?」
「いや…あの、蕨の折りに少々聞き覚えがある名でして」
「…ますます嫌だな。
 ジジイが不在なのは伝えたのか?」
「はい、そうしたら「弟子の方がいると聞いた」とおっしゃいましたので…」

 何か思案顔で坊主は眺める。
 寺の認識ではどうやら自分は武士への対応とでもなりつつあるようだ。

「…上げちまったんじゃもうどうしようもないじゃん…」

 折角暇が出来たというのに。
 「手前の堂です…」とそそくさと去る坊主の対応に溜め息が出た。

「皆トキさんに甘えておいでですなぁ…」
「まぁジジイの変わりと捉えて頂いたようでっ。クッソ人をなんだと思ってんだか」
「はばかりさんやねぇ…お茶のご用意を致しましょ…」

 そう言って翡翠もそそくさと台所の方へ向かう。
 紙を手にしながらまぁまずは客人だしと、朱鷺貴は出来るだけ面倒を顔に出さないようにしてふぅ、と堂の戸を開けた。

 広い堂の真ん中で、脱藩浪人、いや却って、そこらの金を持つ商家のように小綺麗な成りをした男がいた。

「お待たせ致ししました」
「いえいえこちらこそ火急にて申し訳ない。長州藩大組士、かつら小五郎こごろうと申す」

 丁寧に折り目正しく頭を下げるのに「いやぁ、あぁ…」とやりようがない思い。

「…えっと、高杉さんからの手紙ということですが」
「はい。高杉はつい先日旅立ったのですが、面白い男がいるということで参りました。しかし…」
「まぁはいそうですただの坊主です。
 高杉さんと久坂さん……?は正月に会ったのみで」
「そうでしたか…。まぁ、確かに剽軽な男だとお感じにはなられたでしょうが…江戸の遊学で会ったと」
「それもすれ違ったくらいで…」

 間が出来てしまった。
 翡翠が茶を持って来るまで持たないなと、「…もしや師匠の幹斎ではないかと…」だなどと、あまり言いたくもない事を言うしかない。

「…いや、まぁお名前は聞きましたのでそこについてもお伺いはしたいのですが、なるほどと…。雑談しても面白いだろうなどと言われまして」

 桂は少しだけ砕けたが、「いや、まぁ」とまた勝手に引き締まった。

「…どこまで行っても自分の感覚でやる男なので、言ってしまえば高杉が語る以上に我が藩は少々…殺気立っています。しかし、高杉と久坂が言うからにはと、少しだけお話をと気軽に立ち寄ってしまいました、お忙しいでしょうか」
「…さながら、見たところ貴方の方が忙しいと見える、それにしては俺に割かれる時間に見合うかと…」
「…まぁ、それはこちらから赴いたので気にしないでください」

 …いや、そうは言われても過大評価だ。
 何故こんな名もなき、ましてや坊主などを訪ねるのか。
 あのトサキンや、あっても藤嶋くらいしか自分に宛がない。それは自分ではない。

 この空気、耐えられそうにないと思い朱鷺貴は忙しない気持ちで戸を何度か眺めた。早く来ないものか。
 いや、用事というものを一度聞くしかないのだろうと「それで、ご用事というのは」と桂に振ったところで漸く翡翠が茶を持って現れた。

 一瞬ポカンとして見上げた桂に翡翠は「粗茶を」と、大した対応もしなかった。

「お話は盛り上がりやろうか。小姓の翡翠と申します」
「ははぁ、長州藩の」
「貴殿は、お尋ね者なんやろか」
「…はい!?」

 あまりに急にぶっ込んできた翡翠に、朱鷺貴の一瞬生まれた安心が崩れ去る。
 普通「お名前をお伺いしたことがございます」だとか、言い分は色々あるだろうにと横っ面を眺めれば当の翡翠は憎たらしいまでの作り笑いをしていた。

「いやはや、私共江戸へ修行に出たことがあるんやけど、蕨の色町であんさんの名前をお聞きしたんですよ。吉田さんいう方には会えましたか?」
「…吉田?どの吉田か…蕨…と…」
「やはり沢山おるんやね。なんと言いましたか…一月に久坂さんから本名をお聞きしたんやけど」
「まさかと思うが利麿ですか、」
「そないな名前やったかしら…遊郭の番頭に化けていた聞きまして」
「遊郭の…番頭…?」

 何故?という顔の桂に話がえらく拗れたな、恐らく翡翠のそれは確信犯だろうしそんなに根に持っていたかと「いやぁ翡翠…」と、窘めにもならず弱々しく朱鷺貴は呼ぶ。

「まぁまぁ道中やったし我々もあんまり関わりもない話でそれ程わかる話ではないんやけど、少々厄介やなぁと思て覚えております」
「…利麿が…。となると…一昨年辺りでしょうか」
「そうやねぇ、丁度そん頃」
「確かに…私はその時江戸と萩を行き来していました。その前の年に…私共の師匠が亡くなりまして…。高杉、久坂等は特に寵愛され、高杉はその始末も含め、江戸に遊学していたんですよ。私はそれ故藩と高杉を繋ぎ止める役柄でした」
「ほう…」

 いままでと違い若干表情や口調を変えた翡翠に一安心する。
 確かに…ここまで、雑談だ。

「しかし、なるほど。高杉が私をここへやった理由がよくわかった。私の所在を知る者は殆どいなかった、それはつまり秘密裏だったのですよ」

 まぁ…でしょうね。

「…吉田利麿とも交流はあれから持ちましたが…。特に、何も?」
「ええ。鼻に付く男やと思いましたけどね」
「まぁ、若さもありますからね…。同郷として、気休めながら詫びを入れます」

 この男どうやらえらく真面目な人柄のようだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

対米戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。 そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。 3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。 小説家になろうで、先行配信中!

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

処理中です...