76 / 79
空を出た鳥
5
しおりを挟む
腕を組みまるで震えるようなこの男には、最早時の盛運がないと藤嶋は悟る。
ある意味自分が撒いた種も、要因には混じっていた。
「呼び立てたのはそれだけですか?」
「……何が欲しい」
「は?」
「……貴殿の狂言が本当だとしたら貴殿は私の兄となる、だが、」
「えぇ、混乱しますね。
俄か信じ難いでしょうし、ここに金がないのも知っている。何も要りませんよ、別に。そんなに悪質な冗談をかましに来たわけではないが…強いて言うなら面を拝みに来たのみです」
「…いや、」
「ちなみに、それ故私は鷹司家にとっても亡霊、貴方のような扱いを受けることになるでしょう、まぁ、過ごしたのもほんの僅かばかりですし。あとは貴方の認識に誤差はありません、私は貴方の父を殺し生き長らえている」
鼻で笑うような藤嶋に怒りより恐怖ばかりが勝る。
「は?」
「貴方の知りたい腹はそこかと検討していましたが。私が鷹司に長州を差し向け王位奪還をと…そこまで嫌われてしまえば立つ瀬もありませんね。
まぁ、それほど潰したいのであれば簡単な舞台の構図は自らお出来になっているではありませんか。
誰かを贔屓し誰かを蔑めば自ずと蠱毒の如く潰し合う。だから薩摩を抱え長州を突き放すという腹だったのではありませんか?」
「…何、」
「貴方がそうなされば世は勝手に動く。理論は幕府と同じでしょう。江戸幕府には穢多非人制度がある」
「………」
「それではもうよろしいでしょうか。
あぁ、そうそう。男娼の話ですが焼き魚はご法度なんですよ。滋養強壮はありますけどね。では」
「……ならば復讐なのか、」
最後に吐かれたそれにぴたっと、つい藤嶋は止まる。
振り向けば情けも余裕もない、そんな表情で見る孝明につい、「いえ、」とだけ漏れた。
「…可愛いらしい人」
自分にも人の徳は、あったのかもしれない。
ここには二度と来ることがないだろう。
門には人影があった。
待てすら出来ない売女のような男に品を感じず、藤嶋は意地悪にもシカトをして去ろうとするが、やはり「おい、」と待てはない。
「なんだ」
「…お前今本当に孝明天皇とお会いしていたのか、」
「誰と寝たかという話はご法度、聞く方も品がないと、芸者に嫌われるぞ」
「…ふざけてる場合か、」
「お前誰に向かって口利いてんだ?」
冷えた口調に実美は間を持ち、唖然とした。
「………」
「俺は神の子だぞ?」
「あっ………なた、は、やはり、」
時間もあったしどうやら、行き着いたのかもしれない。
この男は弟を愚弟にするほどの人物だ。恐らく核心を掴まれただろう。
ただただ笑えそうだった。
ふいっと去ろうとする藤嶋に「ご無礼を、」と息を切らしているのも鬱陶しい。
「…だが、俄かには信じ難く…」
「正直な男は嫌いじゃないよ」
「…和宮様につきましては、孝明天皇様も気を病んでいた。これは私共の失態でありまして、それ故に」
「お前聞いてなかったんか?」
門の側で問い詰めるかのように実美の真横を、まるで蹴る。一瞬固まった実美は刀すら思い及ばなかったようだ。
「神の子だって」
確かに、それなら攻撃に及ばれるというのは予想外だろうと、やはり自然と笑えてくるようで、ついつい悪い気紛れに胸ぐらまで掴み上げてしまった。
「異母妹売った程度じゃ腹立たねぇよ知らねぇし。ただの、一介の犬畜生が調子に乗んなよ。お前の役目はアマテラスオオミカミを守ることだろ。
だが、…ふっはは!俺は神でも死神だよ。俺と寝ても死ぬだけだね、」
胸ぐらを離して満足した。
向けられた挑戦的な目にも更に、満足した。
「まぁ、尼寺はご法度だな。意味わかるか?」
「…なんのつもりなんだ、」
「…はは、復讐?復刻?ならそれでいいよめんどくせぇ。勝手にしろ」
犬に興味なんてねぇよ。
「……わからん、心底」
「なぁ。
神が何者かお前は知ってるか?」
「……は?」
「神は全て人の子だよ。
精々頑張れ三条実美。鷹司にもよろしくな」
死神。
本当に少しの見誤りだったと気付けば腰が抜けるようだった。
……しかし、不幸か安泰か目的の一途にはいた。だが末恐ろしい、この藤嶋宮治という男が。
一歩間違えば自分が潰されるかもしれない…これは、前途が見えなければ噛み付いてはならない相手だった。
潰されたものは根性がなければ立ち上がれない。逆境から次々と、下を踏み固めてここまで来た気概は確かに買う。ここなら、いくら潰しても沈みはしないものだ。
と考えて久しぶりに自分も感情が動いたと知る。だが忘八、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌を忘れ。
ならば何も恐れずに済むことだ。
出来れば、二本の交わらなければ良い事変。確か、それは30年以上も前の日で、「殺される…、」と察した女は自分のと、もう一つだけ寺に篭を寄越したのだ。
「…殺されてしまう…っ、」
それから会うことはなかった。
ある意味自分が撒いた種も、要因には混じっていた。
「呼び立てたのはそれだけですか?」
「……何が欲しい」
「は?」
「……貴殿の狂言が本当だとしたら貴殿は私の兄となる、だが、」
「えぇ、混乱しますね。
俄か信じ難いでしょうし、ここに金がないのも知っている。何も要りませんよ、別に。そんなに悪質な冗談をかましに来たわけではないが…強いて言うなら面を拝みに来たのみです」
「…いや、」
「ちなみに、それ故私は鷹司家にとっても亡霊、貴方のような扱いを受けることになるでしょう、まぁ、過ごしたのもほんの僅かばかりですし。あとは貴方の認識に誤差はありません、私は貴方の父を殺し生き長らえている」
鼻で笑うような藤嶋に怒りより恐怖ばかりが勝る。
「は?」
「貴方の知りたい腹はそこかと検討していましたが。私が鷹司に長州を差し向け王位奪還をと…そこまで嫌われてしまえば立つ瀬もありませんね。
まぁ、それほど潰したいのであれば簡単な舞台の構図は自らお出来になっているではありませんか。
誰かを贔屓し誰かを蔑めば自ずと蠱毒の如く潰し合う。だから薩摩を抱え長州を突き放すという腹だったのではありませんか?」
「…何、」
「貴方がそうなされば世は勝手に動く。理論は幕府と同じでしょう。江戸幕府には穢多非人制度がある」
「………」
「それではもうよろしいでしょうか。
あぁ、そうそう。男娼の話ですが焼き魚はご法度なんですよ。滋養強壮はありますけどね。では」
「……ならば復讐なのか、」
最後に吐かれたそれにぴたっと、つい藤嶋は止まる。
振り向けば情けも余裕もない、そんな表情で見る孝明につい、「いえ、」とだけ漏れた。
「…可愛いらしい人」
自分にも人の徳は、あったのかもしれない。
ここには二度と来ることがないだろう。
門には人影があった。
待てすら出来ない売女のような男に品を感じず、藤嶋は意地悪にもシカトをして去ろうとするが、やはり「おい、」と待てはない。
「なんだ」
「…お前今本当に孝明天皇とお会いしていたのか、」
「誰と寝たかという話はご法度、聞く方も品がないと、芸者に嫌われるぞ」
「…ふざけてる場合か、」
「お前誰に向かって口利いてんだ?」
冷えた口調に実美は間を持ち、唖然とした。
「………」
「俺は神の子だぞ?」
「あっ………なた、は、やはり、」
時間もあったしどうやら、行き着いたのかもしれない。
この男は弟を愚弟にするほどの人物だ。恐らく核心を掴まれただろう。
ただただ笑えそうだった。
ふいっと去ろうとする藤嶋に「ご無礼を、」と息を切らしているのも鬱陶しい。
「…だが、俄かには信じ難く…」
「正直な男は嫌いじゃないよ」
「…和宮様につきましては、孝明天皇様も気を病んでいた。これは私共の失態でありまして、それ故に」
「お前聞いてなかったんか?」
門の側で問い詰めるかのように実美の真横を、まるで蹴る。一瞬固まった実美は刀すら思い及ばなかったようだ。
「神の子だって」
確かに、それなら攻撃に及ばれるというのは予想外だろうと、やはり自然と笑えてくるようで、ついつい悪い気紛れに胸ぐらまで掴み上げてしまった。
「異母妹売った程度じゃ腹立たねぇよ知らねぇし。ただの、一介の犬畜生が調子に乗んなよ。お前の役目はアマテラスオオミカミを守ることだろ。
だが、…ふっはは!俺は神でも死神だよ。俺と寝ても死ぬだけだね、」
胸ぐらを離して満足した。
向けられた挑戦的な目にも更に、満足した。
「まぁ、尼寺はご法度だな。意味わかるか?」
「…なんのつもりなんだ、」
「…はは、復讐?復刻?ならそれでいいよめんどくせぇ。勝手にしろ」
犬に興味なんてねぇよ。
「……わからん、心底」
「なぁ。
神が何者かお前は知ってるか?」
「……は?」
「神は全て人の子だよ。
精々頑張れ三条実美。鷹司にもよろしくな」
死神。
本当に少しの見誤りだったと気付けば腰が抜けるようだった。
……しかし、不幸か安泰か目的の一途にはいた。だが末恐ろしい、この藤嶋宮治という男が。
一歩間違えば自分が潰されるかもしれない…これは、前途が見えなければ噛み付いてはならない相手だった。
潰されたものは根性がなければ立ち上がれない。逆境から次々と、下を踏み固めてここまで来た気概は確かに買う。ここなら、いくら潰しても沈みはしないものだ。
と考えて久しぶりに自分も感情が動いたと知る。だが忘八、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌を忘れ。
ならば何も恐れずに済むことだ。
出来れば、二本の交わらなければ良い事変。確か、それは30年以上も前の日で、「殺される…、」と察した女は自分のと、もう一つだけ寺に篭を寄越したのだ。
「…殺されてしまう…っ、」
それから会うことはなかった。
0
あなたにおすすめの小説
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
対米戦、準備せよ!
湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。
そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。
3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。
小説家になろうで、先行配信中!
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる