5 / 23
夜陰に潜む
5
しおりを挟む
…先生はああは言ったけども。
僕は自分が酷くちっぽけに感じた。
枕の血は真っ白に消えた。
「よかったわね」と中川さんは言ってくれたけど、僕はなんだか不思議な気持ちで夜、その枕に顔を埋めることになった。
…“浮”と言う字。
僕は勝手に意味深さを感じている。あの、浮かぶような昨夜の景色が思い起こされてはまだ血の臭いがするような気がして、どうしてもちらちらと障子の先を見ようとしてしまう。
全てが見透かされた気がして、本当のところ落ち着かなかった。
半紙というものは裏から見ても黒いけれど、間違いは墨の染み具合で案外わかりやすいものだ。
例えば、墨が足りないと重ねて書き足した時、裏を見ればハッキリと濃さが違う。どこから書き足したのかというのすら一目瞭然になるのだ。
どこもかしこもそんなパッチワークだと言う気がするそれは、なるほど、「書など嫌いだった」と言うのは、そうなのかもしれない。
しかし先生は自分でこうも言った、「余程の変わり者ですら飛び込もうとは出来ないだろう」と。
……そんな雑音を心で唱えるがやはり我慢も出来ず気になる。
「ちょっとだけ」という、誰も見もしない理性故に、僕は静かにこっそりと少しだけ障子を開け、僕の部屋よりも奥まったゆずさんの部屋の方を見るもはっきりとは見れない。
庭には今夜も月の光が差し込んでいる。そんな静けさにふと、川が月を映している。
首が少しもたげるようなその部屋の作りは、丁度池が見やすいのだと気が着いた。
…至って不自然だが。
だとしたら、昨晩に僕が池の側の木陰に隠れ息を荒げたそれも、万が一にゆずさんに見透かされていたのかもしれないと今更急にそわそわ、ドキドキし始める。
反射な生理現象にまた熱を孕み、それはみるみる焼けるように熱くなって、僕は、だけども障子を閉めないままに布団へ籠りあの潤んだ瞳を頭のなかで思い浮かべた。
ハッキリとしているがどこか、自然で、ぼんやりともしていたように思う。
僕の部屋から池は真っ直ぐに見える。
あの、着物の下に隠された、白く滑らかな中に浮かんでいた赤くぼんやりした痕。
目を瞑れば暗闇の中にあの艶ばかりが浮かんでくる。
先生も顔を埋めたのだ。
利き手で包み込み、ゆるゆると底から蠢く血潮のような感情に僕も呑まれそうになる。
息も苦しい酸欠状態に痺れるような白い光が、まるで蛍のように沸き上がってきた。
…あの影は。
あの影はしなやかで、一定に揺れていた。その影は暗く見えたけれどその先は、一体。
滑らかで、絹のようかもしれない、だけど全ては想像し得ない、それ故あの表情が唯一月明かりのようにハッキリと浮かんでくる。火照ってぼんやりしたあの艶めき。
僕はそれを見下ろして生唾を嚥下するのだ。
あの、整った表情が少しだけ崩れるように…額に薄く汗が浮かび薄い眉を少し潜め…その薄唇が少しだけ開かれ「旦那様」と、聞き取りにくい声で言われたなら………。
しなやかで、僕より低体温そうな手触りを感じそうになったとき、掌に熱い滑りの感触を得て正気に戻った。
現実は、冷たい月明かりの池。
僕はそれに空虚…いや、痺れてじわじわ…じんじんと痛む胸の鼓動に息が上がりかけていた。
…途端、全てに謝りたくなった。
誰も見もしていないでありきたりな自然、日常なのに、後悔へ落ち込むのは急速だった。
ただ、ひとつ浮かんでくるのは「ごめんなさい」で結局開け放たれたまま部屋なんて見れやしない。渇く前にティッシュを探して手を拭う。
…虚しい。
それしか浮かばない。僕は最低で矮小で汚い人間だ。
だけど。
一度沸き起こった暗い解放感に、すきま風が入ってくる。
僕は静かにこっそりと、障子を閉めた。
それが妙に生々しく、ひとりでは出来ない、あの…浮かび上がる景色が見たいと貧相な欲望が沸いてきて、まだ滑りが取り去れないと、結局こっそりと台所まで行って手を洗う以外に方法がなかった。
それからすぐにダルさで疲れた僕はいつ寝たのかわからなかったが、ゆずさんを組敷いていた。
夢の中の彼は腕で顔を隠し聞き取りにくく「酷い子」と僕をなじる、僕は彼の着物を少し開けてその滑らかな胸に口を付け、あの位置に赤い痕を付けたのだが、次の瞬間にはいつもよりも柔らかな表情で汗を僅かに滲ませる先生の顔と天井、汗が首筋に滴る姿を見ては、それ以上もなく朝日に目が覚めてしまった。
また鼻血が枕に付着していた。頭が寒かった。
その冷え具合は単調に「まだ鼻血でよかった」と、痛いほどに切ない下半身が治まるのをただただぼんやりと、障子の向こうを眺めて待つしかなくなっている。
僕を起こしに来た中川さんが「あら、圭太ちゃん!?」と驚く頃には、いつもの僕に戻れていた。それが、酷く虚しいと感じるほどに。
僕は自分が酷くちっぽけに感じた。
枕の血は真っ白に消えた。
「よかったわね」と中川さんは言ってくれたけど、僕はなんだか不思議な気持ちで夜、その枕に顔を埋めることになった。
…“浮”と言う字。
僕は勝手に意味深さを感じている。あの、浮かぶような昨夜の景色が思い起こされてはまだ血の臭いがするような気がして、どうしてもちらちらと障子の先を見ようとしてしまう。
全てが見透かされた気がして、本当のところ落ち着かなかった。
半紙というものは裏から見ても黒いけれど、間違いは墨の染み具合で案外わかりやすいものだ。
例えば、墨が足りないと重ねて書き足した時、裏を見ればハッキリと濃さが違う。どこから書き足したのかというのすら一目瞭然になるのだ。
どこもかしこもそんなパッチワークだと言う気がするそれは、なるほど、「書など嫌いだった」と言うのは、そうなのかもしれない。
しかし先生は自分でこうも言った、「余程の変わり者ですら飛び込もうとは出来ないだろう」と。
……そんな雑音を心で唱えるがやはり我慢も出来ず気になる。
「ちょっとだけ」という、誰も見もしない理性故に、僕は静かにこっそりと少しだけ障子を開け、僕の部屋よりも奥まったゆずさんの部屋の方を見るもはっきりとは見れない。
庭には今夜も月の光が差し込んでいる。そんな静けさにふと、川が月を映している。
首が少しもたげるようなその部屋の作りは、丁度池が見やすいのだと気が着いた。
…至って不自然だが。
だとしたら、昨晩に僕が池の側の木陰に隠れ息を荒げたそれも、万が一にゆずさんに見透かされていたのかもしれないと今更急にそわそわ、ドキドキし始める。
反射な生理現象にまた熱を孕み、それはみるみる焼けるように熱くなって、僕は、だけども障子を閉めないままに布団へ籠りあの潤んだ瞳を頭のなかで思い浮かべた。
ハッキリとしているがどこか、自然で、ぼんやりともしていたように思う。
僕の部屋から池は真っ直ぐに見える。
あの、着物の下に隠された、白く滑らかな中に浮かんでいた赤くぼんやりした痕。
目を瞑れば暗闇の中にあの艶ばかりが浮かんでくる。
先生も顔を埋めたのだ。
利き手で包み込み、ゆるゆると底から蠢く血潮のような感情に僕も呑まれそうになる。
息も苦しい酸欠状態に痺れるような白い光が、まるで蛍のように沸き上がってきた。
…あの影は。
あの影はしなやかで、一定に揺れていた。その影は暗く見えたけれどその先は、一体。
滑らかで、絹のようかもしれない、だけど全ては想像し得ない、それ故あの表情が唯一月明かりのようにハッキリと浮かんでくる。火照ってぼんやりしたあの艶めき。
僕はそれを見下ろして生唾を嚥下するのだ。
あの、整った表情が少しだけ崩れるように…額に薄く汗が浮かび薄い眉を少し潜め…その薄唇が少しだけ開かれ「旦那様」と、聞き取りにくい声で言われたなら………。
しなやかで、僕より低体温そうな手触りを感じそうになったとき、掌に熱い滑りの感触を得て正気に戻った。
現実は、冷たい月明かりの池。
僕はそれに空虚…いや、痺れてじわじわ…じんじんと痛む胸の鼓動に息が上がりかけていた。
…途端、全てに謝りたくなった。
誰も見もしていないでありきたりな自然、日常なのに、後悔へ落ち込むのは急速だった。
ただ、ひとつ浮かんでくるのは「ごめんなさい」で結局開け放たれたまま部屋なんて見れやしない。渇く前にティッシュを探して手を拭う。
…虚しい。
それしか浮かばない。僕は最低で矮小で汚い人間だ。
だけど。
一度沸き起こった暗い解放感に、すきま風が入ってくる。
僕は静かにこっそりと、障子を閉めた。
それが妙に生々しく、ひとりでは出来ない、あの…浮かび上がる景色が見たいと貧相な欲望が沸いてきて、まだ滑りが取り去れないと、結局こっそりと台所まで行って手を洗う以外に方法がなかった。
それからすぐにダルさで疲れた僕はいつ寝たのかわからなかったが、ゆずさんを組敷いていた。
夢の中の彼は腕で顔を隠し聞き取りにくく「酷い子」と僕をなじる、僕は彼の着物を少し開けてその滑らかな胸に口を付け、あの位置に赤い痕を付けたのだが、次の瞬間にはいつもよりも柔らかな表情で汗を僅かに滲ませる先生の顔と天井、汗が首筋に滴る姿を見ては、それ以上もなく朝日に目が覚めてしまった。
また鼻血が枕に付着していた。頭が寒かった。
その冷え具合は単調に「まだ鼻血でよかった」と、痛いほどに切ない下半身が治まるのをただただぼんやりと、障子の向こうを眺めて待つしかなくなっている。
僕を起こしに来た中川さんが「あら、圭太ちゃん!?」と驚く頃には、いつもの僕に戻れていた。それが、酷く虚しいと感じるほどに。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
大人になったオフェーリア。
ぽんぽこ狸
恋愛
婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。
生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。
けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。
それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。
その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。
その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる