Get So Hell? 3rd.

二色燕𠀋

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夢の日々

6

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 きっと、この思考は坂本から見れば、平和だ。それは夢のように。実態がないという形かもしれない。
 しかし朱鷺貴にとっては、最近直面していた自分の考えだった。坂本のそれと大差ないのかもしれない。

 そもそも、互いに何かを求めている議論ではないんだろうけど。

「…聖人いうんは言うことがちゃいますなぁ、物は言い様だ」

 嫌味ったらしく返っては来たが、不貞腐れた坂本は「なるほどなぁ、」とも言った。

「…わしかて、平和なこの国が大好きじゃ、せやから、考える」
「でしょうね。一つ何かを手放さないことは大切だと思う。それが光るものならば、道に帰ってくることも可能だ。
 そういえば、何故あんたは今、飯も食えず眠れもしない生活なんですかね」

 話を聞いていれば、その“先生”たるやは幕臣だとわかる。
 単調、安直に考えれば「幕府の危機」なんではないかと思うが。
 幕府は朝廷と仲も良く、表向きではこの国は一つに団結していると見えるようにしてあるらしい。
 日本の危機なのだとすれば米国と戦り合うという前提もわからなくはない。

「……まっことつまらん話じゃ。先の、政変で長州が傾いた。先生のところには、反幕の浪人が集まってるさかい、」
「…なるほど」

 確かに、大きな夢を見る坂本からしても…いや、こちらから見ても小さな話だ。

 たったそれだけで国が危ないというのか。綻びは小さいが、莫大だというのも掴めた気がする。

「勤王党もいまや逆境じゃ。
 いや、初めっからなんも持っちょらんかった、わしは前からそう思てる。ホンマにその通りやったといま、答え合わせをしてる気分ながよ」
「…トサキンが?」
「そうじゃ。
 当時は参勤交代でここに現れる程やったけんど、いまやお尋ね者と変わらん。あっこから出てった者もおる。そいつらにわしゃあ説いたが」
「まるで、横から掻っ攫う鷹のようやなぁ、坂本さん」

 翡翠がそう、露骨に皮肉を言った。

 …ここに訪れた頃の彼らはまだ、形が曖昧だった。
 世間は皆どうやら忙しない。彼らがここへ訪れたことは、つい最近だったように思えるというのに。
 
「…皆が皆聖人やないっちゅー話で」
「それは、押し付け合うてるとも言えまへんかねぇ?」

 なるほど、考えは確かに広がった。
 教わってきたことも、今漸く少しだけわかってきた気がする。

「足元は見なければ掬われるという話かな。悠長なことは、けして間延びではない、雑なのも良くないだろうよ」
「のんびり出来りゃあそうも言うとったけんども」
「あんさんも忙しいですな。
 確かに寺は長閑ですが、トキさんは結構気が短い方ですよ、坂本さん」
「そもそも俺は聖人じゃない、それにしちゃ怠惰な人間だ」

 坂本は再び「なるほどな」と、面白くない顔をした。
 藤宮鷹がこの男と共にいるかもしれないという疑惑の答え合わせにもなった。

「まずは、確かにな。しっかし、人間一人はちっさいもんじゃ」
「俺はそうは思わないけどね」

 しかし、自分一人では小さいものだ。この大男に言っても通じないのだろうが。

「わしかて、非道に生きられたら楽じゃ。武市さんのことも、気に掛からんわけじゃなかよ、同士やったんやから」

 まぁ、そうだろう。

 寺は、彼らにしてみれば暇でしょうがないだろう。試しに「じゃあ、どこで違えたんだ」と聞いてみた。

「俺には始めからあんたが、あの人たちと共にあったとは見えなかった」
「……始めっちゅーのはどこじゃ?坊さん」
「そうだな、近江かな」

 近江?と、坂本にとっては記憶も浅かったらしい、少し間を取り「あぁ、あれか」とつまらなそうに言った。

「じゃあ、始めっからわしゃあ変わっとらんよ」

 はっきりとそう言った。

「まあ、それは結構難しいことなんだよ、実は。形を保つことなんて。そもそも人には老いが来る。実は変容しているってことはよく」
「…なるほどにゃあ。あんさんとおると子供の頃を思い出すがや。あん頃はなーんもなかったなぁ。
 武市さんとどこで違えたかっちゅー話じゃけんど、言うなら20代の頃かもにゃあ。始めはただ、出世に喜んでやれてたかもしれん」

 これもそうか。始めから何も持っていない気になっているのか。

「今は違うのか」
「そうやね、良くも悪くも大人になったちゅーこっちゃな。あん人もわしも子供の時代があったんよ。
 いまでもわしにゃぁ、そう見える。親がどうして欲しいんか、気を引かせようとするんじゃ。長男は家から出んからなぁ、親以外の家族を知らんのやろ」

 なるほど。

「あんさん、次男なん?」
「ん?そうじゃけんど、あんさんは出稼ぎに出てるしな、きっと」
「意外と長男やで、わては」
「あぁ、そんじゃ大変やったな。あんさんは?」
「俺も意外に長男というか、下にいなかった。今は沢山いるけどな」
「…ありゃあ、そうなんか。大変なんは互様やね。家はどうしとるん?」

 …俗世の人たちは寺とは、距離の取り方も違う。

「家か。ないよ」
「まぁ、そりゃそっか。なんや、聞いてみたらわしが一番平和かもにゃあ。最近身に染みる。
 なあ坊さん、やれることをやったらええんちゃうかて思っとったとこながよ、長男じゃぴんとこんかもしれんが」
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