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菖蒲の盛りに
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尊皇攘夷と幕府が掲げるからには、天皇が攘夷思想を持っているのではないのか?
桂が前に語った長州の進言は、天皇が攘夷をしたいのならば、筋が通るわけで…。
それとも幕府の独断…いや、幕府は開港をした。それは結局、誰の意思なんだ?
見えない。
だが、どこから見えなかったのかと言えば…黒船、井伊直弼の調印問題から…つまり、端から見えてなどいないのかと改めて確認する。
もしや天皇は攘夷思想を持っていないのか?端から、こちらがそう誤解していたのみで。
確かに、自分等と変わらない“神職”であるならば、来るもの拒まず去るもの追わず、だな。そういう根本も例えば、“公武合体”にあったと、して…。
…あの守銭奴番頭のそれはつまり、脅しだ。
「…業の深い話だな」
特定の“物”を対象にすると人は…こうも狂っていくのか。
だが。
「彼らが一度意見を聞こうと言うからには、それは個人の暴走ということなのかな…」
「わかりませんが、まあそう捉えるかと」
「…破壊というのは確かに恐ろしいものだが…そもそも…本格的に誰がどうなのか、異物が入り込むとわからなくなってくるな…。
そもそも尊皇攘夷だって破壊を恐れた末の思考じゃなかったのか」
「というか……ああ、そうか思い出した。三代も前から将軍は異国が好かんで…そもそも始まりを言えばそうか、徳川家康が鎖国を始めたのか」
「そうだな」
「ん~…まぁ、坊主事やないから言いますが、あの気狂いの気持ち、わてには一生わかれへんような気がする…」
「もうとっくにアレは見失っているんだ。でも…」
「せやから時勢は荒れとるんやろかね」
これがもしも今、日本全土の話ならば。寺の問題など、本当に小さい話だ。
「…もう少しねばるか…。案外、難しくてな、寺閉めも」
「あら、そうなん?」
「ああ。
神様なんて誰でもいいのにな、檀家は皆。神職の方が少しうるさくて…いや、まぁ気を遣ってくれているんだろうが」
「…その思考については、アレと違うて止めようとは」
「俺は遺族のためと思っている、遺族は大体が快く返してくれているが…俺も大概勝手なんだ、そもそも。押し付けられる方はたまったもんじゃない。あちらはそれだけ考えてくれているんだよ」
「…ホンマは」
わかっているだろう。そんなに考えている人間はあまりいない。
きっと、その朱鷺貴の声が届く人間も…芯では少ない。貴方は、考えすぎる。
「…トキさんは、見失わないと信じていますよ。
他人は自分からの逃げやなんて、なのにトキさんは…器用やないんやから」
「…でも、やらねばならないこともあるよ。
人の死からまわりから…とにかく最期を最初から見ると…ダメなんだ、これだけは」
そうか。
「…やはりわては傷付きます。沢山見てきて、」
「傷付く心があるのも不器用だ。お前に殺し屋は一切向いていなかったんだよ。少なくとも、今は」
本当は、会ったときからそう思っていた。
あの時、この青年が自害しようとした理由は果たして、「しくじったから殺されるのだし」という諦めだったのか、疑問だ。
いずれにしても、そうしなければ耐えられなかったのだろう。
が、それは言わないでおいた。それこそ夢かもしれないし、ならば押し付けと勝手な妄言になるのだから。
人は、神仏よりも情けなく脆い。実態がないという実態があるだなんて、そもそも意味がわからないし。
存在はあるのだ、ちゃんと。神よ、寝惚けてないで早く現実を見ろ。地に立て。事実はここにある。
お前らを越える気も更々ない。なら地獄へ落としてみるがいい。
嬉しそうに夕飯を持ち「わしが釣ったアジじゃアジ。おんしらに食わせとうて」と、4人分の膳を…腕やら手やらと器用に運んできた坂本を見上げる翡翠と、次に目が合う朱鷺貴は、また揃って溜め息を吐いてしまった。
「ありゃ?」
「…まぁ、いいんですけど、」
「嫌味かいなあんさん」
疑問顔の坂本は朱鷺貴を見、「なぁ、藤嶋は今朝からこんなんじゃけんど、いつもなんか?」と、本気で疑問そうだ。
「…あんた、空気は吸う派だよねぇ。
たまにですよ、こいつは。たまにあんたに会うと確率が上がります」
「あぁそうやね、名前を間違えるような人に会うとついつい。まぁええんやけど藤宮も好かへんし、」
「仕方ない、いや、有り難く頂き…聞いちゃうとダメなんだよなぁ…いちいちささくれるというか」
「あぁそうやね。焼き魚、逸物に染みたことないんか、あんさんは…」
あれ?とキョトンとする坂本はどかっと座り「好かんかった?」と聞くのを最中に朱鷺貴は数珠を握り「南無大師遍昭金剛」と心の中で読んだ。
あまり融解も出来ないまま夕飯に口を付ける最中、坂本は空気を読んだかは知らないがいつもよりは喋らず思案顔。
そんな時に「衣服まで、忝ない」と桂が部屋に戻ってきた。
作務衣だが、まるで見違えた。
そうなると坂本は慌ただしく矢継ぎ早に、「奥借りてええか?」と、桂と自分の膳を持ち、返事を聞く雰囲気でもなかった。
「どーぞ」
二人は部屋を出て行く。幹斎の部屋だった場所だろう。
桂が前に語った長州の進言は、天皇が攘夷をしたいのならば、筋が通るわけで…。
それとも幕府の独断…いや、幕府は開港をした。それは結局、誰の意思なんだ?
見えない。
だが、どこから見えなかったのかと言えば…黒船、井伊直弼の調印問題から…つまり、端から見えてなどいないのかと改めて確認する。
もしや天皇は攘夷思想を持っていないのか?端から、こちらがそう誤解していたのみで。
確かに、自分等と変わらない“神職”であるならば、来るもの拒まず去るもの追わず、だな。そういう根本も例えば、“公武合体”にあったと、して…。
…あの守銭奴番頭のそれはつまり、脅しだ。
「…業の深い話だな」
特定の“物”を対象にすると人は…こうも狂っていくのか。
だが。
「彼らが一度意見を聞こうと言うからには、それは個人の暴走ということなのかな…」
「わかりませんが、まあそう捉えるかと」
「…破壊というのは確かに恐ろしいものだが…そもそも…本格的に誰がどうなのか、異物が入り込むとわからなくなってくるな…。
そもそも尊皇攘夷だって破壊を恐れた末の思考じゃなかったのか」
「というか……ああ、そうか思い出した。三代も前から将軍は異国が好かんで…そもそも始まりを言えばそうか、徳川家康が鎖国を始めたのか」
「そうだな」
「ん~…まぁ、坊主事やないから言いますが、あの気狂いの気持ち、わてには一生わかれへんような気がする…」
「もうとっくにアレは見失っているんだ。でも…」
「せやから時勢は荒れとるんやろかね」
これがもしも今、日本全土の話ならば。寺の問題など、本当に小さい話だ。
「…もう少しねばるか…。案外、難しくてな、寺閉めも」
「あら、そうなん?」
「ああ。
神様なんて誰でもいいのにな、檀家は皆。神職の方が少しうるさくて…いや、まぁ気を遣ってくれているんだろうが」
「…その思考については、アレと違うて止めようとは」
「俺は遺族のためと思っている、遺族は大体が快く返してくれているが…俺も大概勝手なんだ、そもそも。押し付けられる方はたまったもんじゃない。あちらはそれだけ考えてくれているんだよ」
「…ホンマは」
わかっているだろう。そんなに考えている人間はあまりいない。
きっと、その朱鷺貴の声が届く人間も…芯では少ない。貴方は、考えすぎる。
「…トキさんは、見失わないと信じていますよ。
他人は自分からの逃げやなんて、なのにトキさんは…器用やないんやから」
「…でも、やらねばならないこともあるよ。
人の死からまわりから…とにかく最期を最初から見ると…ダメなんだ、これだけは」
そうか。
「…やはりわては傷付きます。沢山見てきて、」
「傷付く心があるのも不器用だ。お前に殺し屋は一切向いていなかったんだよ。少なくとも、今は」
本当は、会ったときからそう思っていた。
あの時、この青年が自害しようとした理由は果たして、「しくじったから殺されるのだし」という諦めだったのか、疑問だ。
いずれにしても、そうしなければ耐えられなかったのだろう。
が、それは言わないでおいた。それこそ夢かもしれないし、ならば押し付けと勝手な妄言になるのだから。
人は、神仏よりも情けなく脆い。実態がないという実態があるだなんて、そもそも意味がわからないし。
存在はあるのだ、ちゃんと。神よ、寝惚けてないで早く現実を見ろ。地に立て。事実はここにある。
お前らを越える気も更々ない。なら地獄へ落としてみるがいい。
嬉しそうに夕飯を持ち「わしが釣ったアジじゃアジ。おんしらに食わせとうて」と、4人分の膳を…腕やら手やらと器用に運んできた坂本を見上げる翡翠と、次に目が合う朱鷺貴は、また揃って溜め息を吐いてしまった。
「ありゃ?」
「…まぁ、いいんですけど、」
「嫌味かいなあんさん」
疑問顔の坂本は朱鷺貴を見、「なぁ、藤嶋は今朝からこんなんじゃけんど、いつもなんか?」と、本気で疑問そうだ。
「…あんた、空気は吸う派だよねぇ。
たまにですよ、こいつは。たまにあんたに会うと確率が上がります」
「あぁそうやね、名前を間違えるような人に会うとついつい。まぁええんやけど藤宮も好かへんし、」
「仕方ない、いや、有り難く頂き…聞いちゃうとダメなんだよなぁ…いちいちささくれるというか」
「あぁそうやね。焼き魚、逸物に染みたことないんか、あんさんは…」
あれ?とキョトンとする坂本はどかっと座り「好かんかった?」と聞くのを最中に朱鷺貴は数珠を握り「南無大師遍昭金剛」と心の中で読んだ。
あまり融解も出来ないまま夕飯に口を付ける最中、坂本は空気を読んだかは知らないがいつもよりは喋らず思案顔。
そんな時に「衣服まで、忝ない」と桂が部屋に戻ってきた。
作務衣だが、まるで見違えた。
そうなると坂本は慌ただしく矢継ぎ早に、「奥借りてええか?」と、桂と自分の膳を持ち、返事を聞く雰囲気でもなかった。
「どーぞ」
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