7 / 64
月夜
7
しおりを挟む
その空太の瞳は急に挑戦的で、スケッチブックを静かに閉じたかと思えば、今度は荒々しさをどこか感じるような粗野さ。
空太は脱ぎ捨てていたジャケットのポケットからハイライトのソフトパックを取り出し、ひょいっと一本自然な動作で上下し、引き抜いて咥える。
空太が何を紡ごうとしているのか、蛍にはわかったような気はする。
「最近どうした?」
やはりきたか。
しかしそれだけ相手が挑戦的であればこちらもそれなりで返すしかないのである。
「どうって」
「いや、」
だがこの男は、
いざって時に蛍の心に踏み込んでこない。
相手の苛つきはなんとなく、肘をついてその先で、筋ばった長い中指と薬指が気怠く嗜好品を挟み、ぼんやりはっきりと蛍を見つめるので蛍にはひしひしと伝わってくる。
正直、この部屋ではあまりタバコを排して欲しくない。だが、ここまで空太が不機嫌なのであれば、それを言うのもセンスがない。自分も執筆時にはまぁ、嗜む程度に吸っているし致し方ない。妥協を要するらしい。
ぼんやりと、蛍の視界の端で陶器の汗が目につき、一口酒を煽る。最早水に成り下がっていた。
ただ、まぁ。
やはりそれでも、その指と紫煙はなんとなく好きだと、蛍はぼんやりと眺めた。それこそ、こんなひりついた二人の距離にぼんやりする程度に。
「蛍、」
呼ばれて、自分は今もしや飲みすぎているのかもしれないと現実を見た気がした。
「うん、ああ最近ね」
「出版社にも顔出してねぇし」
「だって月刊一本だし」
「野山さんが心配してたよ。連絡入れても音信不通だし、あの人生きてんのかなって」
「…は?」
違うだろう。
「野山さんはそんなこと言わないだろう」
今度は蛍の方が偉く挑戦的だ。残りの水を煽って込み上げる。やはりアルコールは飛んでいない。
「いや、野山さんに言われて」
「まぁいい。ネット注文はこなしているけど。まぁ仕事の進み具合なんてこのくらいだよ」
「…参ったな」
実際のところは。
担当から、顔を見てこいと言われただけだ。それが相手に露見するのは空太にとって、いささか気掛かりなのだ。
「お前は俺からどんな言葉が欲しい」
「別に」
どうやら蛍は不貞腐れたようだ。これではこの話はお終いである。
空太からすれば。
彼が、上柴楓が空太に求める芸術の言葉がわからないのだ。だが、それは下手な言い分でしかないのは勿論、自分が一番きっとわかっていて、だからそれを塗りつぶすことが出来る。
その言葉を踏み出せばお互いがお互い、その先がいつも想像が出来ないのだ。
つまりは、自分達に少し勇気がある性格であったら。もやもやはしないだろうが、それで果たしていいのか甚だ疑問なのである。
ただ一言、こんな瞬間ですら、「会いたかった」「俺がお前を心配していた」だなんて、互いに言われる義理も言う筋合いもないのかもしれないと、言えば相手がどんな気持ちになるのか、少し、怖さも手伝っている。
互いに少しは素直ではない。
今回は正直、蛍は空太を試した。空太がこうしてここに顔を出すとわかっていながら。
蛍のそれがわからないから、空太はまったく違う言葉を紡いでしまうのだ。
「茄子は…?」
「…灰汁抜きしてる。けど、そろそろかな」
そこでこの議論は恐らく終了。またいつも通り、詮ない終幕。ハイライトの煙は、二人の間に綺麗に昇っている。
空太は脱ぎ捨てていたジャケットのポケットからハイライトのソフトパックを取り出し、ひょいっと一本自然な動作で上下し、引き抜いて咥える。
空太が何を紡ごうとしているのか、蛍にはわかったような気はする。
「最近どうした?」
やはりきたか。
しかしそれだけ相手が挑戦的であればこちらもそれなりで返すしかないのである。
「どうって」
「いや、」
だがこの男は、
いざって時に蛍の心に踏み込んでこない。
相手の苛つきはなんとなく、肘をついてその先で、筋ばった長い中指と薬指が気怠く嗜好品を挟み、ぼんやりはっきりと蛍を見つめるので蛍にはひしひしと伝わってくる。
正直、この部屋ではあまりタバコを排して欲しくない。だが、ここまで空太が不機嫌なのであれば、それを言うのもセンスがない。自分も執筆時にはまぁ、嗜む程度に吸っているし致し方ない。妥協を要するらしい。
ぼんやりと、蛍の視界の端で陶器の汗が目につき、一口酒を煽る。最早水に成り下がっていた。
ただ、まぁ。
やはりそれでも、その指と紫煙はなんとなく好きだと、蛍はぼんやりと眺めた。それこそ、こんなひりついた二人の距離にぼんやりする程度に。
「蛍、」
呼ばれて、自分は今もしや飲みすぎているのかもしれないと現実を見た気がした。
「うん、ああ最近ね」
「出版社にも顔出してねぇし」
「だって月刊一本だし」
「野山さんが心配してたよ。連絡入れても音信不通だし、あの人生きてんのかなって」
「…は?」
違うだろう。
「野山さんはそんなこと言わないだろう」
今度は蛍の方が偉く挑戦的だ。残りの水を煽って込み上げる。やはりアルコールは飛んでいない。
「いや、野山さんに言われて」
「まぁいい。ネット注文はこなしているけど。まぁ仕事の進み具合なんてこのくらいだよ」
「…参ったな」
実際のところは。
担当から、顔を見てこいと言われただけだ。それが相手に露見するのは空太にとって、いささか気掛かりなのだ。
「お前は俺からどんな言葉が欲しい」
「別に」
どうやら蛍は不貞腐れたようだ。これではこの話はお終いである。
空太からすれば。
彼が、上柴楓が空太に求める芸術の言葉がわからないのだ。だが、それは下手な言い分でしかないのは勿論、自分が一番きっとわかっていて、だからそれを塗りつぶすことが出来る。
その言葉を踏み出せばお互いがお互い、その先がいつも想像が出来ないのだ。
つまりは、自分達に少し勇気がある性格であったら。もやもやはしないだろうが、それで果たしていいのか甚だ疑問なのである。
ただ一言、こんな瞬間ですら、「会いたかった」「俺がお前を心配していた」だなんて、互いに言われる義理も言う筋合いもないのかもしれないと、言えば相手がどんな気持ちになるのか、少し、怖さも手伝っている。
互いに少しは素直ではない。
今回は正直、蛍は空太を試した。空太がこうしてここに顔を出すとわかっていながら。
蛍のそれがわからないから、空太はまったく違う言葉を紡いでしまうのだ。
「茄子は…?」
「…灰汁抜きしてる。けど、そろそろかな」
そこでこの議論は恐らく終了。またいつも通り、詮ない終幕。ハイライトの煙は、二人の間に綺麗に昇っている。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
フッてくれてありがとう
nanahi
恋愛
「子どもができたんだ」
ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。
「誰の」
私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。
でも私は知っている。
大学生時代の元カノだ。
「じゃあ。元気で」
彼からは謝罪の一言さえなかった。
下を向き、私はひたすら涙を流した。
それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。
過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
『影の夫人とガラスの花嫁』
柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、
結婚初日から気づいていた。
夫は優しい。
礼儀正しく、決して冷たくはない。
けれど──どこか遠い。
夜会で向けられる微笑みの奥には、
亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。
社交界は囁く。
「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」
「後妻は所詮、影の夫人よ」
その言葉に胸が痛む。
けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。
──これは政略婚。
愛を求めてはいけない、と。
そんなある日、彼女はカルロスの書斎で
“あり得ない手紙”を見つけてしまう。
『愛しいカルロスへ。
私は必ずあなたのもとへ戻るわ。
エリザベラ』
……前妻は、本当に死んだのだろうか?
噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。
揺れ動く心のまま、シャルロットは
“ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。
しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、
カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。
「影なんて、最初からいない。
見ていたのは……ずっと君だけだった」
消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫──
すべての謎が解けたとき、
影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。
切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。
愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる