蜉蝣

二色燕𠀋

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雨雫

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「…俺はね。
 多分、なんとなく…絵は、得意だった。というより、俺、ここに来ても、正直本とかより、絵本を与えられてて。出会うのはもう少し後だったから、なんて言うか暇だったんだ。そうすると絵を描くだろ?多分それなんだ」
「そんな小さい頃から…」
「そう。
 そのうちなんとなく、蛍の小説読んで、なんかその頃には、文読んだり漫画読んだりテレビ見たりすると、思い付いたらスケッチブックみたいな感覚だったんだよな。だからかなあ」
「そうだったんだ…」

 なんだかんだで、蛍は初めて聞いたような気がする。そういった、空太の気持ちを。
 気付いたら当たり前に空太は「こんな感じ」と、勝手に自分の小説のイメージを描いていた。そうか、でもそれって。
 小説を書くときと凄く似ている、そんな気がした。

「なんか…。
 舞台みたいだ。音響も、そう。演技や台本を見て場面を観て音を考える。カットインかフェードインかを決める。スピーカーを決める。なんか…だから、この味なのかな、ちょっと素人が偉そうなことを言うのですが。
 だから存在が凄く、近くなる。
 多分俺には、貴方達二人に入っていけない舞台がある。きっと」

 でもそれって。

「それってなんだか、結局やっぱり、各々固体なんだな。なるほどね。分かりあえるけどただの、インスピレーション。結局信じるのは己の感性か。
 俺思うよ翠くん。君と先輩、多分、うまくまわってる。君は、近くに行こうとしすぎて、他者を許容しすぎてしまっているんだ」

 俺が言えた口でもないけどね、蛍はそう言ってふと、手元の作文用紙を手繰り寄せるように一枚取りだし、何かを書いて翠に渡した。

「君は凄く、やっぱり…」

 それ以上、蛍は語らなかった。
 見えた作文用紙の真ん中あたりの一言で、そうか蛍は今、語れなかったのかと空太は思った。

“青い春の紅い純情は、瘡蓋かさぶたのような疾患しっかんである”

 “ありし日”の、どこかの文を思い出したようだ。

 結局自分は、上柴楓と涛川なみかわほたるは声で何かを、気持ちを語れないのだと痛感する。それを少年に叩きつけられて痛くも、自分は800円で勝手に処女作を自分が経営する本屋で幼馴染みに売られてしまった売れない小説家なんだと思い知った。

 しかしそれでも。

「ありがとうございました」

 こうして感謝をされてしまうようだ。
 なんて、取り殺されそうな事情なのだろうか。

 あの本は。
 あの小説を何故書いたのか。何を書いたのか。空太はもちろん知っている。だから今、黙って目の前の事情を眺めている。

 自分の作家人生を眺めてきた男は今、何を思い、そして何故ふいに少しの心情を語ったのか。

 この少年、なかなか侮れないな。
 他者の介入とインスピレーション、これは新鮮だ。だが、春の天気のようにうつろう。少しばかりの予測不能で若さの勢いはある意味、大人にないこうした電気ショックのようなものを与えるのかと、蛍はまざまざと見た気がした。

 つまりは、少年に対し恐怖すら、覚えたのだ。蛍には。
 店先の雨音が雑音の音響効果を及ぼすくらいに。視界が眩むようで眩まない、現実をそこに見てしまって小さく、息を整えた。

 何を怯えているのだろう。

「…雨、止まないな」

 ふと空太がぼやいた。ぼんやりと店先を見つめている。

「学校、何時からなんだ?」
「え、はい…。
 16時です。今日は…。そろそろ、おいとまですかね」
「そか。
 蛍、仕事ってそう言えば何?」
「あ、あぁ。
 明日、あのラノベ作家と…」
「あぁ、それか。打合せしようか。
 さて、俺も仕事しようかなぁ。休憩に丁度よかったよ、翠。ありがとな」
「いえ。俺も…よかったです」

 少年は顔をあげて蛍を見て、少し俯いてから照れ臭そうに言う。
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