HalcyoN

二色燕𠀋

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海洋

8

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「……あの人は、2年くらい前に来た。今の母さんの彼氏。
 前の彼氏、DV酷くて。俺、母さんと一緒に眠るんだ。キモいでしょ」
「…いいや」
「もっとキモいこと言うけどさ、ある日、起きたら、後ろで寝てるのが母さんじゃなかったの…ビックリした。
 それで、それでね、あの人俺に「可愛いね」って、それから…」

 …これがまだ、女の子から聞く話ならな、と少し思ってしまった。

 男は妊娠をすることがない。その点で女の子の方が物理的な問題が生じ大事だと認識されるのかもしれないが、彼の場合は芯である尊厳や人格や、そんなものを容易くへし折られてしまったのだと感じた。

 致命傷ではないのかもしれないが、基本的人権の尊重と言う面では…大小ではないけれど、その中途半端さは直で、そして複雑に心を深く傷付けたと思う。

 どちらであろうと凌辱なんて暴力だ。傷付き方が違うとしても、同じくらいに重く痛いはずだ。

 きっと、地面を踏み締められなかったのだろうと、あの日しゃがみ込んだ彼の姿が思い浮かぶ。

「……お母さんには内緒だよって言っても、あの男は母さんとのを、見せつけるようで。母さんも俺なんて、俺なんて気にしてる訳じゃない。
 …頭が可笑しくなりそうで、それでもう…死にたくなっちゃうの。でもそんなの死んだら約束、守ってない、バレるでしょ、バレたらもっと母さんは壊れてしまうかもしれないって、そんで、」
「春雪くん。
 それは約束じゃない。わかってるだろ?」
「…ぅん、」
「俺とした約束だって、約束じゃないよ。押し付けだ。敢えて言っておくよ。君は、破ってここに来た。だから俺は悩むことにする、勝手に、一緒にね」
「お、俺、どうなるの、これから、ねぇ、母さんを……助けること、出来たのかなっ、俺は、」

 どうしようもなく、俺は春雪くんの頭を撫でようとして…やめたけれど、拳が固まる。君は、お母さんを守りたかったんだねと、まだ歯を食い縛る。

「…ハッキリ言うと、君の話だ。多分施設か里親かの話で、つまり母親やあの男から離れ…でも、まずは治療だろうと思う。本当は高梨のメンタルクリニック、行ってないんだろ?」
「…え、」
「知り合いでな。たまたま合致した瞬間二人で震えた。複雑すぎて」
「……あんたって」

 ぱっと、涙ながらに笑った彼は「正直な人だね」と言った。

「…よく言われる」
「…でも、そっか、なんか……相手がズバッと突き刺すように言ってくるのって、なんかリスカなんてもんじゃないね…腑に落ちるというか…スッキリするな…」
「…良い意味?」
「うん…多分」
「…ここからは俺の事案じゃなくなるし多分手出し出来ない。児童相談所案件だ、ここは警察の介入すら全く許されない場所でな」
「…そっか」
「現刻をもって…交番では手放さねばならない案件、なんだが…。
 君はチャレンジをしてくれた、その酷なチャレンジを強いたのは俺だ。だから…君が決めてくれて良いんだが…俺なりにひとつ案を思い付いた」
「……何?」
「通るかは全くわからない。君、親戚にお金持ちいる?」
「親戚多分いない…」
「あそう…うんじゃぁ行けそうな気はしてきた。一緒に児相へ行き俺が里親申請をと」
「……へ?」
「大人の勝手で君は首を絞められてきたからな。更に絞めるかもしれないが、児相なんて18まででポイだ。少しの間だって良いし…まず、少し先だけでもいい、見てみないか?人生」
「西賀さん」
「ん?」
「いいよ。西賀さんが良いなら。でもね、」
「面倒は…ここまで来たら引き受けようと思うよ。幸い俺の収入は悪くないし安定もしている…もしも警察より上の地位の奴が名乗りをあげるとちょっと無理かもしれないが、まぁ、これが全力だ」
「…そっか。
 でも、どうして俺を」
「…星、少しだけ調べてみたよ。例えば、それで人生が広がったから、かな」
「…星?」
「うん。凄いな、オリオン座にもあるんだな、流れ星」

 少しだけ明るく…照れたように伏し目になった春雪くんは「うん、」と言った。

「そういう、当たり前なようで、当たり前じゃないことに興味を持つ君に、興味を持った」
「…俺、キモくない?」
「何が?」
「だって」
「大丈夫だよ。星と同じだ」

 彼は漸く自然な笑みを浮かべ「星かぁ、俺」と言った。

「そんなに綺麗なものじゃないけどさ」
「いや、綺麗だよ」

 あれ。

「…そういうことに、気付ける情緒が。君は…」

 取り繕ったけれど、やっぱり「お母さんを守ろうとした」と言葉が出て行く。

「…なんか…」

 いま漸く顔を崩して笑い、「最低な誕生日で、死にたかったけど、」と続ける。

「いまなんか、最高かもしれないよ、駐在さん」
「…それなら、よかった」
「でも…守れなかったね」

 そう彼は、切なそうに言った。多分、本当は随分前から君はわかっていたのだろう。

 その日、彼には休憩所を貸した。

「凄いですね西賀さん…お疲れ様です」
「いや、ここまできたら…アドレナリンだな。仕事の延長戦でなんか最早、私情だ」
「明日、その足で?」

 それには答えなかったが夜勤明けに休憩所を覗くと、どうやら彼はきちんと眠れていたようだった。

 多分、俺は大人としてあまり良いことをしていない。

 これがなんという名前なのか、どんなものなのかと考えたが、畏まらず後に気付いた。

 俺は多分、単純に一目惚れだったのではないかと。元々、まともな感情で正義の味方など、やっていなかったのだから。
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