14 / 86
第二話
1
しおりを挟む
まるでコンクリートが歪んでいるかのように見える。
初夏の中、俺は一人その坂を自転車で降りていく。生温い風がまとわり着くような暑さだ。
どうして関東はこう、じめっとしてるかなぁ。
蜃気楼が平衡感覚を狂わせる。変な感覚だ。
ふとケータイが尻ポケットで振動した。仕方なく、自転車から降りて確認すると、バイト先からだった。
あれ、今あがったんだけどな。
「はい、もしもし志摩で」
『もしもしぃ?しまちゃぁん?店長の村山でーす!』
「…はい」
『あのねぇ、今日少し入れなぁい?私いまからぁ、病院行ってくるー』
すげーハイテンションで『病院』という単語を言われてしまっても、なんの説得力もない。
「はぁ…大丈夫ですか?
俺ちなみに今入ってましたけど」
『大丈夫ー残業代!』
「…はい。今から行けばいいですか?」
帰りに少し余裕があったのでアイスを買ったというのが運の尽きか、家に到着している状態にすればよかった。
「15時に間に合うように取り敢えず行くんで」
そう言って一方的に電話を打ち切った。あと40分。
家まで急いで帰ってチャリ2分。バイト先まで片道5分あれば余裕かな。病院ってことは、3時間くらいやればいいだろう。
「ただいま」
「おかえりなさい」
帰ると、小夜は漢字スキルをやっていた。一生懸命やっているので、ちょっとからかいたくなって、アイスを首元に当てた。
「ひやっ!」
「はっはっは、頑張ってるな」
「曲がっちゃった…」
それを見て消ゴムで消している。ちょっと拗ねてしまった。
「ごめん、つい。
ほら、ピノ買ってきたよ」
そう言うとようやく顔をあげてくれた。ホームランバーをくわえながら頭を撫でる。最近は頭を撫でても怖がらなくなった。
「俺ちょっとまたバイト入っちゃったからもうちょっとしたら行くな。お留守番よろしく」
小夜は頷いた。ピノを渡すと「ありがと」と言い、くるくると、箱を回すように開けた。最初はそれ、開けられなかったのに。進歩だ。
巻かれてた透明のポリエステルを預かり、ホームランバーのゴミと共に捨てた。
「さて、行ってくるわ」
ふと、Tシャツの裾をちょんちょんと引っ張られた。振り返ると、小夜がピノを一個差し出していた。
しゃがんでそれを受け取り、食べる。棒は返して頭を撫でた。
「ありがと。頑張ってくるわ」
「いってらっしゃい」
再び家を出た。もうちょっと家にいてやりたかったけど。
小夜は思ったよりも強いヤツだ。本当は寂しいだろうに、一緒に住み始めてからそれを言うことはない。それが少し心苦しくもあるが同時に、ならば頑張らなければとも思う。
現に、経済的に少し厳しい。一人でいた頃は、気持ち余るくらいの稼ぎだったが、それもほんのわずかではあって。それが今やマイナスになりつつある。なんとかやりくりしてマイナスにはならない、マイナスにしてはならないが、このままいけば確実にマイナスになる。貯金もそろそろ危機。これは掛け持ちをしなければならないだろう。
しかしそうすると、小夜とあまりいれなくなってしまう。
こんな時に悔やまれるのが自分のいままでの人生だ。
なんでもっと前に就職しなかったかな。今のバイト先の社員の話を蹴っちゃったかな、とか。だがそこを考えても、もう遅い。
職を探そうにもなかなか時間も余裕もない。今はこの状況をどうにか打開しなければならない。
現実はなかなか厳しい。金と言うのは使うヤツにしか優しくない。
あー、考えたら沈んできた。ダメだダメだ。
取り敢えず今は残業代。そう考えよう。
初夏の中、俺は一人その坂を自転車で降りていく。生温い風がまとわり着くような暑さだ。
どうして関東はこう、じめっとしてるかなぁ。
蜃気楼が平衡感覚を狂わせる。変な感覚だ。
ふとケータイが尻ポケットで振動した。仕方なく、自転車から降りて確認すると、バイト先からだった。
あれ、今あがったんだけどな。
「はい、もしもし志摩で」
『もしもしぃ?しまちゃぁん?店長の村山でーす!』
「…はい」
『あのねぇ、今日少し入れなぁい?私いまからぁ、病院行ってくるー』
すげーハイテンションで『病院』という単語を言われてしまっても、なんの説得力もない。
「はぁ…大丈夫ですか?
俺ちなみに今入ってましたけど」
『大丈夫ー残業代!』
「…はい。今から行けばいいですか?」
帰りに少し余裕があったのでアイスを買ったというのが運の尽きか、家に到着している状態にすればよかった。
「15時に間に合うように取り敢えず行くんで」
そう言って一方的に電話を打ち切った。あと40分。
家まで急いで帰ってチャリ2分。バイト先まで片道5分あれば余裕かな。病院ってことは、3時間くらいやればいいだろう。
「ただいま」
「おかえりなさい」
帰ると、小夜は漢字スキルをやっていた。一生懸命やっているので、ちょっとからかいたくなって、アイスを首元に当てた。
「ひやっ!」
「はっはっは、頑張ってるな」
「曲がっちゃった…」
それを見て消ゴムで消している。ちょっと拗ねてしまった。
「ごめん、つい。
ほら、ピノ買ってきたよ」
そう言うとようやく顔をあげてくれた。ホームランバーをくわえながら頭を撫でる。最近は頭を撫でても怖がらなくなった。
「俺ちょっとまたバイト入っちゃったからもうちょっとしたら行くな。お留守番よろしく」
小夜は頷いた。ピノを渡すと「ありがと」と言い、くるくると、箱を回すように開けた。最初はそれ、開けられなかったのに。進歩だ。
巻かれてた透明のポリエステルを預かり、ホームランバーのゴミと共に捨てた。
「さて、行ってくるわ」
ふと、Tシャツの裾をちょんちょんと引っ張られた。振り返ると、小夜がピノを一個差し出していた。
しゃがんでそれを受け取り、食べる。棒は返して頭を撫でた。
「ありがと。頑張ってくるわ」
「いってらっしゃい」
再び家を出た。もうちょっと家にいてやりたかったけど。
小夜は思ったよりも強いヤツだ。本当は寂しいだろうに、一緒に住み始めてからそれを言うことはない。それが少し心苦しくもあるが同時に、ならば頑張らなければとも思う。
現に、経済的に少し厳しい。一人でいた頃は、気持ち余るくらいの稼ぎだったが、それもほんのわずかではあって。それが今やマイナスになりつつある。なんとかやりくりしてマイナスにはならない、マイナスにしてはならないが、このままいけば確実にマイナスになる。貯金もそろそろ危機。これは掛け持ちをしなければならないだろう。
しかしそうすると、小夜とあまりいれなくなってしまう。
こんな時に悔やまれるのが自分のいままでの人生だ。
なんでもっと前に就職しなかったかな。今のバイト先の社員の話を蹴っちゃったかな、とか。だがそこを考えても、もう遅い。
職を探そうにもなかなか時間も余裕もない。今はこの状況をどうにか打開しなければならない。
現実はなかなか厳しい。金と言うのは使うヤツにしか優しくない。
あー、考えたら沈んできた。ダメだダメだ。
取り敢えず今は残業代。そう考えよう。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる