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第三話
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「みっちゃん!早う行くで!」
「待ってぇな、ねぇちゃん」
姉貴が石段を駆け登って行く。左右には青やピンクや紫の紫陽花がずっと先まで続いていた。
それが綺麗で面白くてずっと見ていたいのに、姉貴はそんなことはお構い無しだ。
「早ぅ!」
「わかったわ!」
姉貴の幼い声がだんだん遠くなっていく。
次に聞こえた「早うせんかいな」は、母親の感情の籠らない淡々としたものだった。
「そんなん、拾ってきたあんたが悪いんや」
どしゃ降りの中、段ボールから離れられずにいる俺を見下すように母親は言う。昼間に見せた時は、「可愛いなぁ」と言っていたのに。
「早よせんとあんたも置いてくで」
ずぶ濡れになりながら、段ボールに背を向けて母親の元に戻った。母親はすたすたと一人で傘をさして先を歩く。
「あ、そうや。昼間会ったお母さんたちには、あの猫はおじいちゃん家で飼ってるって言うんやで?わかったな?」
幼い俺は俯いたまま黙って頷いて。
俯いたまま、父親の押し殺したような怒鳴り声がする。
「なんやて!?授業中帰ってきたやと!?」
「そんな、ちっと頭痛いくらいで何を大袈裟な」
「そんなんじゃな、将来良い職なんて就けへんわ、ボケ!何寝とんねんさっさと勉強せんかい!」
そう言ってベットから腕を引っ張って起こされ、机に向かわされ。
次には両親に成績表を見せている俺がいる。さっきより幼い。A+がほとんど。それを見た父親と母親は二人して、「よくやったなぁ」と、誉めて抱き締めてくれている。
「…っ!」
息が詰まるような感覚で目覚めた。全て、昔の夢だ。
ふと下を見ると、ちゃぶ台を少し退かして真里が寝ていた。クッションを枕にした以外、布団なども何もなく、雑魚寝状態だった。
起きてタオルケットを掛けてやる。
「ん…?」
「ごめん、起こしたか」
「いや…」
真里が起き上がろうとしたので、「いいよ」と言ったが、起きた。
「…何時?」
ケータイを見ると朝の5時近かった。
「5時近く」
起きてスポーツ飲料を飲む。
「飲む?」
「んー…うん」
ちゃぶ台に置いてやると真里は一気に飲み干した。
「そだ、熱下がった?」
「計ってないけど下がったんじゃないかな」
とか言っていたら真里から体温計を渡されたので仕方なく検温。36.4°。全然問題なし。
「うん、ない」
「ならいーや」
「そう言えばお前、バイトは?」
「ないよー」
タバコに火をつけると、真里は俺を見上げた。
「小夜がいるときは外?」
「小夜は気にしないって言うけどまぁ、あんま近付けないようにしてるかな。外だったり換気扇の下だったり窓の前だったり」
「ふーん」
ふと窓の方をみる。
外は薄暗いんだな。蝉も鳴き始めた。
「蝉鳴き始めたな」
「ん?」
「蝉は夜鳴かないんだよ」
「へー」
「…大人になってから知ることっていっぱいあるもんだよ」
「まぁ、そうだよね」
タバコを吸い終え、火を消してからスポーツ飲料をもう一口飲む。
「もう一眠りしたら?真里、あんま寝てないだろ」
「うん、そーするわ」
真里は欠伸をしながらまた寝転がった。しばらくしてから寝息が聞こえる。
それを確認してから、棚の薬箱を開け薬袋から銀ハルとソラナックスを取り出した。
ソラナックスには気付かなかったのかな、真里は。
これ飲んで一眠りしようかな。そう思った時。
ふと、後ろから手が伸びてきて。それにびくっとなって振り返ると、やっぱり真里がいた。
「…やっぱ…ないとダメなもんなの?」
その表情は、なんとも言えないものだった。
「そっちの薬、不安解消とかの薬でしょ?」
「…よくご存知で」
「調べた。ちょっとだけね」
居心地の悪さに薬箱から手を離す。
「…ごめん」
「いや、辛いならいい、飲んでもさ。医者から貰ってんだし。ただ乱用したらちょっとな…」
「しないよ。死んじまうもん」
また人の顔見てるなー。
「あぁそう。わかってるならよし。でも…」
「ん?」
「治るといいね。ちょっと難しいけどさ」
そう言って真里は微笑んだ。なんか、本気で心配させてるらしいな。
「なんかごめんな。心配させてる。
ちょっと嫌な夢見てな。寝たいけど寝るの嫌だからぐっすり寝ちゃえって思っただけ」
「どんな夢?」
そう言えば、何の夢見たっけな。
「あれ?」
「忘れちゃった?」
「…これだからな~。夢って嫌いなんだよ」
って真剣にこっちは言ってるのに、真里は気にするでもなく、失礼にも笑い出した。
「…なんだよ」
「いや~ごめんごめん。面白いなって」
「なんだよ…」
「でも忘れられてよかったじゃん」
「うん、まぁ…」
それでもなかなか抜けられないのは。
わからないかもしれないけど依存なんだなと今更ながら気付いた。充分に依存している。いつからか。それは遡ると余計に不安になる。
またふと薬箱を見てしまう。
あぁ、ホントにダメだな。
「光也さん、ちょっとごめん」
「ん?」
ふと、真里が俺を抱き締めた。
「んん?」
だけどすぐに離した。なんだろう。
「ごめん、ちょっとね、光也さんのなんとも言えない顔見てたらこうせずにいられなくなった」
「…うん」
「あははっ、ポカーンとしてら。大丈夫、昨日も言ったけど取って食ったりしないから」
「うん…?」
なんかよく状況が飲み込めないぞ。
いや、昨日のことは覚えてる。なんか真里の以外な事実も知ったけど、今のって何の意味でだろう。
「光也さん」
「はい…?」
「あんたは今は、一人じゃないから。だから背負わなくていいから。はい、俺が言いたいことはそれだけね。
寝れる?寝るまで子守唄歌ってやろうか?」
「そこまでガキじゃねぇよ!」
ちょっと調子に乗ってる真里をほっといて俺はまた寝るためにベットに戻った。
なんか少しだけ、すっとした気がする。
「おやすみ」
「ん」
目を閉じた瞬間の暗闇に言葉が滑り込む。自然な会話、自然な現象。それが色を持つみたいで、なんだか不思議な新鮮さを持っているようだなと感じた。
「待ってぇな、ねぇちゃん」
姉貴が石段を駆け登って行く。左右には青やピンクや紫の紫陽花がずっと先まで続いていた。
それが綺麗で面白くてずっと見ていたいのに、姉貴はそんなことはお構い無しだ。
「早ぅ!」
「わかったわ!」
姉貴の幼い声がだんだん遠くなっていく。
次に聞こえた「早うせんかいな」は、母親の感情の籠らない淡々としたものだった。
「そんなん、拾ってきたあんたが悪いんや」
どしゃ降りの中、段ボールから離れられずにいる俺を見下すように母親は言う。昼間に見せた時は、「可愛いなぁ」と言っていたのに。
「早よせんとあんたも置いてくで」
ずぶ濡れになりながら、段ボールに背を向けて母親の元に戻った。母親はすたすたと一人で傘をさして先を歩く。
「あ、そうや。昼間会ったお母さんたちには、あの猫はおじいちゃん家で飼ってるって言うんやで?わかったな?」
幼い俺は俯いたまま黙って頷いて。
俯いたまま、父親の押し殺したような怒鳴り声がする。
「なんやて!?授業中帰ってきたやと!?」
「そんな、ちっと頭痛いくらいで何を大袈裟な」
「そんなんじゃな、将来良い職なんて就けへんわ、ボケ!何寝とんねんさっさと勉強せんかい!」
そう言ってベットから腕を引っ張って起こされ、机に向かわされ。
次には両親に成績表を見せている俺がいる。さっきより幼い。A+がほとんど。それを見た父親と母親は二人して、「よくやったなぁ」と、誉めて抱き締めてくれている。
「…っ!」
息が詰まるような感覚で目覚めた。全て、昔の夢だ。
ふと下を見ると、ちゃぶ台を少し退かして真里が寝ていた。クッションを枕にした以外、布団なども何もなく、雑魚寝状態だった。
起きてタオルケットを掛けてやる。
「ん…?」
「ごめん、起こしたか」
「いや…」
真里が起き上がろうとしたので、「いいよ」と言ったが、起きた。
「…何時?」
ケータイを見ると朝の5時近かった。
「5時近く」
起きてスポーツ飲料を飲む。
「飲む?」
「んー…うん」
ちゃぶ台に置いてやると真里は一気に飲み干した。
「そだ、熱下がった?」
「計ってないけど下がったんじゃないかな」
とか言っていたら真里から体温計を渡されたので仕方なく検温。36.4°。全然問題なし。
「うん、ない」
「ならいーや」
「そう言えばお前、バイトは?」
「ないよー」
タバコに火をつけると、真里は俺を見上げた。
「小夜がいるときは外?」
「小夜は気にしないって言うけどまぁ、あんま近付けないようにしてるかな。外だったり換気扇の下だったり窓の前だったり」
「ふーん」
ふと窓の方をみる。
外は薄暗いんだな。蝉も鳴き始めた。
「蝉鳴き始めたな」
「ん?」
「蝉は夜鳴かないんだよ」
「へー」
「…大人になってから知ることっていっぱいあるもんだよ」
「まぁ、そうだよね」
タバコを吸い終え、火を消してからスポーツ飲料をもう一口飲む。
「もう一眠りしたら?真里、あんま寝てないだろ」
「うん、そーするわ」
真里は欠伸をしながらまた寝転がった。しばらくしてから寝息が聞こえる。
それを確認してから、棚の薬箱を開け薬袋から銀ハルとソラナックスを取り出した。
ソラナックスには気付かなかったのかな、真里は。
これ飲んで一眠りしようかな。そう思った時。
ふと、後ろから手が伸びてきて。それにびくっとなって振り返ると、やっぱり真里がいた。
「…やっぱ…ないとダメなもんなの?」
その表情は、なんとも言えないものだった。
「そっちの薬、不安解消とかの薬でしょ?」
「…よくご存知で」
「調べた。ちょっとだけね」
居心地の悪さに薬箱から手を離す。
「…ごめん」
「いや、辛いならいい、飲んでもさ。医者から貰ってんだし。ただ乱用したらちょっとな…」
「しないよ。死んじまうもん」
また人の顔見てるなー。
「あぁそう。わかってるならよし。でも…」
「ん?」
「治るといいね。ちょっと難しいけどさ」
そう言って真里は微笑んだ。なんか、本気で心配させてるらしいな。
「なんかごめんな。心配させてる。
ちょっと嫌な夢見てな。寝たいけど寝るの嫌だからぐっすり寝ちゃえって思っただけ」
「どんな夢?」
そう言えば、何の夢見たっけな。
「あれ?」
「忘れちゃった?」
「…これだからな~。夢って嫌いなんだよ」
って真剣にこっちは言ってるのに、真里は気にするでもなく、失礼にも笑い出した。
「…なんだよ」
「いや~ごめんごめん。面白いなって」
「なんだよ…」
「でも忘れられてよかったじゃん」
「うん、まぁ…」
それでもなかなか抜けられないのは。
わからないかもしれないけど依存なんだなと今更ながら気付いた。充分に依存している。いつからか。それは遡ると余計に不安になる。
またふと薬箱を見てしまう。
あぁ、ホントにダメだな。
「光也さん、ちょっとごめん」
「ん?」
ふと、真里が俺を抱き締めた。
「んん?」
だけどすぐに離した。なんだろう。
「ごめん、ちょっとね、光也さんのなんとも言えない顔見てたらこうせずにいられなくなった」
「…うん」
「あははっ、ポカーンとしてら。大丈夫、昨日も言ったけど取って食ったりしないから」
「うん…?」
なんかよく状況が飲み込めないぞ。
いや、昨日のことは覚えてる。なんか真里の以外な事実も知ったけど、今のって何の意味でだろう。
「光也さん」
「はい…?」
「あんたは今は、一人じゃないから。だから背負わなくていいから。はい、俺が言いたいことはそれだけね。
寝れる?寝るまで子守唄歌ってやろうか?」
「そこまでガキじゃねぇよ!」
ちょっと調子に乗ってる真里をほっといて俺はまた寝るためにベットに戻った。
なんか少しだけ、すっとした気がする。
「おやすみ」
「ん」
目を閉じた瞬間の暗闇に言葉が滑り込む。自然な会話、自然な現象。それが色を持つみたいで、なんだか不思議な新鮮さを持っているようだなと感じた。
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