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神様
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和泉の国、奉行所。
七日ぶりに見た日差しは、白州に眩しく反射している。
漸くこの日が来たのかと、しかし少年はどこかそれもどうでもよかった。
繋がれる両手の縄と、昨夜手込めにした役人の背中。
陽の目に出る瞬間に聞こえる話し声。
「流石に7日もすりゃぁ静かになるか」
「ここ2日は特にな」
「しかし見事だ、どのような手で?」
「調教したんだよ。ねぶって、黙るまでな」
けっけけと右辺りから耳に付くその声は確かに、何日前だかに頭から床に押さえつけ、それから間を割ってきた男だ。
随分と重役のようだな、上座か。
この男の姦りはえらく変質だった。最期に思い出すのはそんなことかと自分に嫌気が差すのを少年は堪える。
おかげで少年は懇ろという手段を取得した。自分を縄で縛り厳粛な面持ちのこの介錯人だって、昨夜誘えばイチコロだった。藁の上で気持ち悪いほど盛りやがって。
長襦袢で足元が覚束ない。
目的の為には手段を選ばない。これは所謂自分が8つの時から身に染み込むほどに植え付けられた生き方である。
結果、仇を前に出来るのかと思えばあながちヤクザというのも自分には妥当な人生だった。
短いながら、はたまた元服もしないままこの世が終わるとは思いもしなかった。
しかし本来ならとうに死んでいるはずだった。ここまで来たことが奇跡に近い。
…それほど生きていたかったか?
どこでこうなったんだろうか。
己に問えばそれに虚しさが募るのだ。
わからない。
少年は8つの時からこうして死ぬ気で生きているのだから。
白州に座り仇から言い渡される条文は「死罪、被告人を只今より斬首の刑、晒し首とする」。
狙う瞬間は首を前に出すときだ。懇ろにしたこいつのおかげで先程、隙を見て小刀を袖に拵えた。介錯人をひよらせ、あとは突進すればいい。
「どれ罪人、顔を上げい」
睨み付けるように仇を見上げれば「くっくっく」と、何やら楽しそうに上座から降りてくる役所人。多分、地位が高い男に少し困惑した。
これは天運だ。
仇の男は少年の顎をくいと上げ見つめてくる。
皮肉な男の笑みに恨みや高揚が高鳴る。
「お主、名を何と申す」
「はぁ…?」
「生意気だな、」
引っ張るようにめり込む男の右手。介錯人も「ご冗談が過ぎますよ代官」と嗜める。
「いやはや、役者のようだと聞いてな。お主もどうせ…ははっ、楽しんだ口だろう?
ならば、最期くらい顔を拝み名を聞いておこうかと」
その手が離れた瞬間、少年は代官に唾を吐いた。
「…蛍冴や。和泉の町人の、」
「ふん、童が。ヤクザ者だろうが。
すぐ始めろ、胸糞悪い」
煩わしそうに代官は手を裾で拭い、少年に背を向ける。
「ほれ、」
介錯人が少年を立ち上がらせ、歩かせたのが再びの運。
蛍冴、と名乗った少年は一度地面に膝を付き転けたように見せ、袖口に隠した暗器の刀で手元の縄を切る。
「なっ、」
介錯人が唖然としたのも束の間、少年はその背に向け苦無を投げた。
見事に、代官の背骨の少し左にズレた位置に刺さる。左手で投げたからである。
立ち止まった代官はゆっくり振り向き様にそれを確認し、一言「何、」と呟けば、
「貴様このっ、」
介錯人がガバッと蛍冴の後頭部をひっ掴み組み、伏せる。
目の前の仇は苦無を抜こうとするが、元来右利き。少しの難航を見せ漸く抜けたが血が一筋吹き出し「なに、」と、唖然として膝をついていた。
「貴様が6年前に惨殺したあの、町人の生き残りや、覚えてへんのか糞野郎がぁ!」
叫ぶ罪人に介錯人の手に力が入る。
耳元で、鯉口を切る音がした。
これでええ。これも天命だと、密かに蛍冴が瞼を閉じたときだった。
「ふっ、ははは!」
真後ろ、傍聴あたりから笑い声と「藤嶋様、」と窘める声。
「いい様だなぁ、お代官様よ」
「貴様、藤嶋っ、」
「てめえの酒癖はこれでおさらば。
蛍冴と言ったか。知り合いから聞き試しに傍聴に来たんだが」
誰だ。
砂利を歩いて来る音がする。
恐らく声の主は制するのも聞かず、竹の門を開け侵入したのだろう…目の前に草履が見え、影が落ちる。
藤嶋と呼ばれた男は、少年の前にしゃがみこんだ。
男は左の笑窪をぎこちなくひきつらせ、少し癖のある、鼻立ちがすっきりした…切れ長の目。色男の分類だった。
この男はこちら側の、裏を生きる男だと、雰囲気で悟った。
「貴様の手練れか藤嶋っ、」
「いんや初見だ。そもそも俺はあんたのように、藤宮とは繋がりもない」
「なっ、」
「傍聴の皆様。
私京代官が代理、藤嶋宮治がこの罪人を買い取ります。彼はまだ齢14と聞き及ぶ。
あろうことかヤクザものに手を噛まれたアホ所司代には引導を渡そうかと考えます」
そう大声をあげたかと思えば、その男は「おら退けよ役立たず」と、蛍冴を組伏せていた介錯人を素手で殴り飛ばし、そのままその手を差し出してきた。
手には目立つ、中指から手首までの切り傷の痕があった。
「こちらでの藤宮一真の所業は聞き及ぶ。
藤宮と俺は犬猿だ。そして俺は今から隠居し、新しいライフを満喫しようと思う。恨みもない、優雅な。
どうだ腕を買おう。お前、着いてくるか」
「あたらしい、らいふ?」
「生活だ」
その視線は容赦なく少年に刺さった。
七日ぶりに見た日差しは、白州に眩しく反射している。
漸くこの日が来たのかと、しかし少年はどこかそれもどうでもよかった。
繋がれる両手の縄と、昨夜手込めにした役人の背中。
陽の目に出る瞬間に聞こえる話し声。
「流石に7日もすりゃぁ静かになるか」
「ここ2日は特にな」
「しかし見事だ、どのような手で?」
「調教したんだよ。ねぶって、黙るまでな」
けっけけと右辺りから耳に付くその声は確かに、何日前だかに頭から床に押さえつけ、それから間を割ってきた男だ。
随分と重役のようだな、上座か。
この男の姦りはえらく変質だった。最期に思い出すのはそんなことかと自分に嫌気が差すのを少年は堪える。
おかげで少年は懇ろという手段を取得した。自分を縄で縛り厳粛な面持ちのこの介錯人だって、昨夜誘えばイチコロだった。藁の上で気持ち悪いほど盛りやがって。
長襦袢で足元が覚束ない。
目的の為には手段を選ばない。これは所謂自分が8つの時から身に染み込むほどに植え付けられた生き方である。
結果、仇を前に出来るのかと思えばあながちヤクザというのも自分には妥当な人生だった。
短いながら、はたまた元服もしないままこの世が終わるとは思いもしなかった。
しかし本来ならとうに死んでいるはずだった。ここまで来たことが奇跡に近い。
…それほど生きていたかったか?
どこでこうなったんだろうか。
己に問えばそれに虚しさが募るのだ。
わからない。
少年は8つの時からこうして死ぬ気で生きているのだから。
白州に座り仇から言い渡される条文は「死罪、被告人を只今より斬首の刑、晒し首とする」。
狙う瞬間は首を前に出すときだ。懇ろにしたこいつのおかげで先程、隙を見て小刀を袖に拵えた。介錯人をひよらせ、あとは突進すればいい。
「どれ罪人、顔を上げい」
睨み付けるように仇を見上げれば「くっくっく」と、何やら楽しそうに上座から降りてくる役所人。多分、地位が高い男に少し困惑した。
これは天運だ。
仇の男は少年の顎をくいと上げ見つめてくる。
皮肉な男の笑みに恨みや高揚が高鳴る。
「お主、名を何と申す」
「はぁ…?」
「生意気だな、」
引っ張るようにめり込む男の右手。介錯人も「ご冗談が過ぎますよ代官」と嗜める。
「いやはや、役者のようだと聞いてな。お主もどうせ…ははっ、楽しんだ口だろう?
ならば、最期くらい顔を拝み名を聞いておこうかと」
その手が離れた瞬間、少年は代官に唾を吐いた。
「…蛍冴や。和泉の町人の、」
「ふん、童が。ヤクザ者だろうが。
すぐ始めろ、胸糞悪い」
煩わしそうに代官は手を裾で拭い、少年に背を向ける。
「ほれ、」
介錯人が少年を立ち上がらせ、歩かせたのが再びの運。
蛍冴、と名乗った少年は一度地面に膝を付き転けたように見せ、袖口に隠した暗器の刀で手元の縄を切る。
「なっ、」
介錯人が唖然としたのも束の間、少年はその背に向け苦無を投げた。
見事に、代官の背骨の少し左にズレた位置に刺さる。左手で投げたからである。
立ち止まった代官はゆっくり振り向き様にそれを確認し、一言「何、」と呟けば、
「貴様このっ、」
介錯人がガバッと蛍冴の後頭部をひっ掴み組み、伏せる。
目の前の仇は苦無を抜こうとするが、元来右利き。少しの難航を見せ漸く抜けたが血が一筋吹き出し「なに、」と、唖然として膝をついていた。
「貴様が6年前に惨殺したあの、町人の生き残りや、覚えてへんのか糞野郎がぁ!」
叫ぶ罪人に介錯人の手に力が入る。
耳元で、鯉口を切る音がした。
これでええ。これも天命だと、密かに蛍冴が瞼を閉じたときだった。
「ふっ、ははは!」
真後ろ、傍聴あたりから笑い声と「藤嶋様、」と窘める声。
「いい様だなぁ、お代官様よ」
「貴様、藤嶋っ、」
「てめえの酒癖はこれでおさらば。
蛍冴と言ったか。知り合いから聞き試しに傍聴に来たんだが」
誰だ。
砂利を歩いて来る音がする。
恐らく声の主は制するのも聞かず、竹の門を開け侵入したのだろう…目の前に草履が見え、影が落ちる。
藤嶋と呼ばれた男は、少年の前にしゃがみこんだ。
男は左の笑窪をぎこちなくひきつらせ、少し癖のある、鼻立ちがすっきりした…切れ長の目。色男の分類だった。
この男はこちら側の、裏を生きる男だと、雰囲気で悟った。
「貴様の手練れか藤嶋っ、」
「いんや初見だ。そもそも俺はあんたのように、藤宮とは繋がりもない」
「なっ、」
「傍聴の皆様。
私京代官が代理、藤嶋宮治がこの罪人を買い取ります。彼はまだ齢14と聞き及ぶ。
あろうことかヤクザものに手を噛まれたアホ所司代には引導を渡そうかと考えます」
そう大声をあげたかと思えば、その男は「おら退けよ役立たず」と、蛍冴を組伏せていた介錯人を素手で殴り飛ばし、そのままその手を差し出してきた。
手には目立つ、中指から手首までの切り傷の痕があった。
「こちらでの藤宮一真の所業は聞き及ぶ。
藤宮と俺は犬猿だ。そして俺は今から隠居し、新しいライフを満喫しようと思う。恨みもない、優雅な。
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