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天狗の奇跡
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素浪人が翡翠を睨み、
「根岸、なんだあの童は」
「え、いや、」
「お前は激派を潰しに行くつもりか、この能無しが」
にやりと笑った素浪人は真っ正面から翡翠を眺めた。
こちらは闘志ある煌々とした狩人の目だが、
「まぁ、俺ぁ尊皇攘夷だし、幕府なんてどうでもいいけどな。精々潰し合ってろよ」
「は、はぁ!?あんただって」
「うるせぇな無能め」
根岸の肩を蹴り飛ばす。
下衆野郎だった。
「同感ですねぇ小賢しい」
翡翠は苦無を抜いて素浪人を薄ら笑いで見つめた。
「わてらは生きていければどうだっていいですわぁ」
「えっ、」
「せやないの?根岸さん」
「え、えー…」
「何せこっちとら宿無しで生きてきてますさかい。宿と食いもんがありぁ、何が政治でもどーだってよかねぇ。あと女があれば上等や」
こちらも私利私欲の大分な下衆野郎だったようだ。
「お前は平和ボケして思想すらないらしいな小童が」
「ははぁ~、頭の良い方が考えることはイマイチわかりませんなぁ。結局その為に動くんと違うようですなぁ~」
「日本男児としてお前は終わってるな」
「まぁ男娼とヤクザと坊主を跨いでますさかいに。正直どーでもいいでーす」
さらっと言っちゃうあたり本当に自尊心がない。
後ろで眺めている朱鷺貴はその簡素な翡翠に感心した。お前って欲望に忠実。
けれどそれを言える捨て身な日本人はどれ程なんだろうか。根岸もあの素浪人も、
俺ですら何か、心に旗を立てねば自我を保てないのではなかろうか。「坊主」という、自我を。
旗を立て色を塗る、それが生きた軌跡だからかもしれない。それが、つまらぬ色だとしても、お前はいつでも白旗だな。
それが翡翠の自我な気がした。それだけで、悲しく、恐怖に身震いをする思いだ。
あの従者がどちらかを殺す前に、俺は止めに入れるか、入らなければならないのか。
「お前のようなクソガキが日本を堕落させたんだよ」
「それは買い被りすぎやない?買ってくれてほんまおおきに」
『お前のような乞食があたいらを値切らせるんじゃねぇよ』
あの大見世の一言が頭を掠める。
誰が立ててやって大見世まで上げてやったと思ってんだと、自我は揺らいでしまう。
そんな小さなことで変わるのなら。
素浪人が根岸を忘れて自分に刀を向け構える。
そんなことで誰かの存在が揺らぐのなら、自分は一生罵倒されてもいい。そもそも自分が何者なのか、真っ更でわからないじゃないか。
「安い買い物でしょう、あんさん」
国がどうだなんて、そもそも己は最下層でしかねぇんだよ。
「待った」
不穏さに朱鷺貴は待ったを掛けた。
漸く素浪人と根岸に存在が認識されたが、翡翠は自分を見もしない。
「なんだお前」
「見てわかる通り坊主だが」
「根岸、お前はこんな浪人を集めて俺を殺すつもりか」
「いやだから、」
「その農民は関係のない人ですよ」
まだ翡翠は武器をしまわない。
「…たまたま療養していただけだが根岸、お前はそれでそいつに将軍を殺して貰おうとしたわけか」
「えっ」
「一宿一飯の礼を延べよう、お前はほんまにアホちゃうか」
背中に掛かる一言に、翡翠は振り向けずにいた。
何故自分を止めるのだろうか。
「根岸、なんだあの童は」
「え、いや、」
「お前は激派を潰しに行くつもりか、この能無しが」
にやりと笑った素浪人は真っ正面から翡翠を眺めた。
こちらは闘志ある煌々とした狩人の目だが、
「まぁ、俺ぁ尊皇攘夷だし、幕府なんてどうでもいいけどな。精々潰し合ってろよ」
「は、はぁ!?あんただって」
「うるせぇな無能め」
根岸の肩を蹴り飛ばす。
下衆野郎だった。
「同感ですねぇ小賢しい」
翡翠は苦無を抜いて素浪人を薄ら笑いで見つめた。
「わてらは生きていければどうだっていいですわぁ」
「えっ、」
「せやないの?根岸さん」
「え、えー…」
「何せこっちとら宿無しで生きてきてますさかい。宿と食いもんがありぁ、何が政治でもどーだってよかねぇ。あと女があれば上等や」
こちらも私利私欲の大分な下衆野郎だったようだ。
「お前は平和ボケして思想すらないらしいな小童が」
「ははぁ~、頭の良い方が考えることはイマイチわかりませんなぁ。結局その為に動くんと違うようですなぁ~」
「日本男児としてお前は終わってるな」
「まぁ男娼とヤクザと坊主を跨いでますさかいに。正直どーでもいいでーす」
さらっと言っちゃうあたり本当に自尊心がない。
後ろで眺めている朱鷺貴はその簡素な翡翠に感心した。お前って欲望に忠実。
けれどそれを言える捨て身な日本人はどれ程なんだろうか。根岸もあの素浪人も、
俺ですら何か、心に旗を立てねば自我を保てないのではなかろうか。「坊主」という、自我を。
旗を立て色を塗る、それが生きた軌跡だからかもしれない。それが、つまらぬ色だとしても、お前はいつでも白旗だな。
それが翡翠の自我な気がした。それだけで、悲しく、恐怖に身震いをする思いだ。
あの従者がどちらかを殺す前に、俺は止めに入れるか、入らなければならないのか。
「お前のようなクソガキが日本を堕落させたんだよ」
「それは買い被りすぎやない?買ってくれてほんまおおきに」
『お前のような乞食があたいらを値切らせるんじゃねぇよ』
あの大見世の一言が頭を掠める。
誰が立ててやって大見世まで上げてやったと思ってんだと、自我は揺らいでしまう。
そんな小さなことで変わるのなら。
素浪人が根岸を忘れて自分に刀を向け構える。
そんなことで誰かの存在が揺らぐのなら、自分は一生罵倒されてもいい。そもそも自分が何者なのか、真っ更でわからないじゃないか。
「安い買い物でしょう、あんさん」
国がどうだなんて、そもそも己は最下層でしかねぇんだよ。
「待った」
不穏さに朱鷺貴は待ったを掛けた。
漸く素浪人と根岸に存在が認識されたが、翡翠は自分を見もしない。
「なんだお前」
「見てわかる通り坊主だが」
「根岸、お前はこんな浪人を集めて俺を殺すつもりか」
「いやだから、」
「その農民は関係のない人ですよ」
まだ翡翠は武器をしまわない。
「…たまたま療養していただけだが根岸、お前はそれでそいつに将軍を殺して貰おうとしたわけか」
「えっ」
「一宿一飯の礼を延べよう、お前はほんまにアホちゃうか」
背中に掛かる一言に、翡翠は振り向けずにいた。
何故自分を止めるのだろうか。
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