水流の義士

二色燕𠀋

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水流の義士

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 巳の歳2月に入り、青森から新政府軍が4艘攻め入るとの情報が入りました。

 これには不運が重なり惨敗、新撰組から野村利三郎のむらりざぶろう氏、我々が乗船した船の船長を務めた甲賀源五こうがげんご氏が戦死しました。
 あの御方は陸軍奉行並ながら検分役として乗船いたしました。

 そもそも甲賀氏が、宮古湾にある新政府の軍艦を奪おうと提案したところ、榎本氏に許可を頂き、いわば斬り込み隊として海戦に向かうのですが、他2艘、悪天候続きで一艘が故障、もう一艘が到着しないという事態。

 しかし期はいましかないと、我々が乗る「回天」のみで初めは進軍致しました。
 故障している「高雄」でも進軍。
 本来ならば大型である回天で先行を打ち、高雄が応戦する、これが作戦でした。
 わざわざ米国国旗を掲げ、火を落としていた新政府の軍艦に近付き乗り移る。

 しかし回天の構造上、砲撃の的になりやすかった。
 応戦する筈の高雄も使えず、最終的に船長、甲賀氏は腕を撃たれようが指揮をしておりましたが、頭部を撃ち抜かれ殉死。不利と判断し、海軍奉行の荒井郁之助あらいいくのすけ氏が撤退を判断。

 乗り込んでいた野村氏等数名は撤退に間に合わず殉死致しました。あれは…本当に過酷な戦いでした。
 あの御方も酷く死を悼んでおられた。

「甲賀は船が上手かった」
「野村、逝ったか…」

 と。野村氏は近藤局長が出頭する際に共に付き添った隊士でした。捕縛され死ぬはずだったのを近藤局長が助命嘆願した男だった。そりゃ、惜しいのです。
 あの時のあの御方の滲み入る思いは、言葉は、私にも深く胸に刺さりました。悔しい、よりも、虚しい、そんな風にあの背中と拳を捉えました。

 宮古湾海戦は敗戦となりましたが、間もなくして新政府軍が上陸し我々には二股口ふたまたぐち攻防が待ち構えていました。

 二股口では圧勝でした。あれはひとえに隊長、土方歳三あっての物だったと言わざるを得ません。
 なんせ、松前、木古内きこない矢不来やふらいと撤退するなか、我々土方軍は連勝でした。弁天台場の島田氏へ、まあキツかったのですが後半は援軍を送る事も出来た。

 最初は不意打ちの笛の音に少々我らの隊も動揺がありましたが、隊長は至って冷静でしたよ。
 酒を1杯だけ振る舞い、「大丈夫だろ」と笑っていらっしゃいました。

「あんまり酔うなよ」

 とね。
 確かに我々は新政府軍700に対し300でした。本当に気が抜けない、動揺も仕方がない。
 しかしあちらが数ならこちらは根気です。

 あの御方は思えば最初から最後まで、一切引き返すことを許さなかった。何があっても進む。確かに、榎本氏やその他からすれば少々、厄介だったのかもしれませんね。

 そもそも我々土方軍は皆何故だか、信じて疑わず、逃げるだとかいう思想に至る者がいませんでした。不思議なもので、行けてしまったんですよあの頃。
 敗戦続きで榎本政府、旧幕府軍なんて函館占拠の一瞬以外、皆葬式のような雰囲気だったというのに。

 ただ一度だけ、ですが。
 私や安富のいる席であの御方は言ったことがあります。

「己以外、無くなってしまったようだ」

 と。

「何を突き進むか、漸く解った気がするな。己を折る事ほどの恐怖には、俺は勝てないらしい」

 そう言ってから何事もなく、「沖田はどうしたかな」と昔の仲間を懐かしんでいらっしゃいました。

 私が思い出したのはあの御方が書いた軍中法度ぐんちゅうはっとの「士道に背くまじき事」でした。彼は、そう。そればかりだったのですよ、きっと。

 しかし笑えはしない。それがあの御方、土方歳三の魂だと私は…それを見てずっと、やってきたのですから。

 二股口に話を戻せば、作戦、もそうですが何より根気でした。鉄砲係を交代してゆき常に砲撃の体制。あちらも、2つと旧幕府軍を落とせばその分こちらに援軍はやってくる。それが体力勝負でした。こちらは300ですからね。

 勝ち進み相手方に諦めが見えつつある頃、松前が落ちかけてしまい、我々はやむなく二股口から撤退を余儀なくされました。
 松前はいわば我々の退路だったのです。そこが落ちる前の判断でした。

 五稜郭に帰還するも、隊の落胆はありました。しかしあの御方は、悔しがるも一緒。次に備えようと、私達に投げ掛けました。妙に優しくも、次には恐らく最後の戦と、悟っていたのかもしれません。

五稜郭一本木関門攻防戦。

 この戦があの御方の…最期の戦であり、我々が降伏した戦となります。
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