7 / 10
水流の義士
6
しおりを挟む
巳の歳2月に入り、青森から新政府軍が4艘攻め入るとの情報が入りました。
これには不運が重なり惨敗、新撰組から野村利三郎氏、我々が乗船した船の船長を務めた甲賀源五氏が戦死しました。
あの御方は陸軍奉行並ながら検分役として乗船いたしました。
そもそも甲賀氏が、宮古湾にある新政府の軍艦を奪おうと提案したところ、榎本氏に許可を頂き、いわば斬り込み隊として海戦に向かうのですが、他2艘、悪天候続きで一艘が故障、もう一艘が到着しないという事態。
しかし期はいましかないと、我々が乗る「回天」のみで初めは進軍致しました。
故障している「高雄」でも進軍。
本来ならば大型である回天で先行を打ち、高雄が応戦する、これが作戦でした。
わざわざ米国国旗を掲げ、火を落としていた新政府の軍艦に近付き乗り移る。
しかし回天の構造上、砲撃の的になりやすかった。
応戦する筈の高雄も使えず、最終的に船長、甲賀氏は腕を撃たれようが指揮をしておりましたが、頭部を撃ち抜かれ殉死。不利と判断し、海軍奉行の荒井郁之助氏が撤退を判断。
乗り込んでいた野村氏等数名は撤退に間に合わず殉死致しました。あれは…本当に過酷な戦いでした。
あの御方も酷く死を悼んでおられた。
「甲賀は船が上手かった」
「野村、逝ったか…」
と。野村氏は近藤局長が出頭する際に共に付き添った隊士でした。捕縛され死ぬはずだったのを近藤局長が助命嘆願した男だった。そりゃ、惜しいのです。
あの時のあの御方の滲み入る思いは、言葉は、私にも深く胸に刺さりました。悔しい、よりも、虚しい、そんな風にあの背中と拳を捉えました。
宮古湾海戦は敗戦となりましたが、間もなくして新政府軍が上陸し我々には二股口攻防が待ち構えていました。
二股口では圧勝でした。あれはひとえに隊長、土方歳三あっての物だったと言わざるを得ません。
なんせ、松前、木古内、矢不来と撤退するなか、我々土方軍は連勝でした。弁天台場の島田氏へ、まあキツかったのですが後半は援軍を送る事も出来た。
最初は不意打ちの笛の音に少々我らの隊も動揺がありましたが、隊長は至って冷静でしたよ。
酒を1杯だけ振る舞い、「大丈夫だろ」と笑っていらっしゃいました。
「あんまり酔うなよ」
とね。
確かに我々は新政府軍700に対し300でした。本当に気が抜けない、動揺も仕方がない。
しかしあちらが数ならこちらは根気です。
あの御方は思えば最初から最後まで、一切引き返すことを許さなかった。何があっても進む。確かに、榎本氏やその他からすれば少々、厄介だったのかもしれませんね。
そもそも我々土方軍は皆何故だか、信じて疑わず、逃げるだとかいう思想に至る者がいませんでした。不思議なもので、行けてしまったんですよあの頃。
敗戦続きで榎本政府、旧幕府軍なんて函館占拠の一瞬以外、皆葬式のような雰囲気だったというのに。
ただ一度だけ、ですが。
私や安富のいる席であの御方は言ったことがあります。
「己以外、無くなってしまったようだ」
と。
「何を突き進むか、漸く解った気がするな。己を折る事ほどの恐怖には、俺は勝てないらしい」
そう言ってから何事もなく、「沖田はどうしたかな」と昔の仲間を懐かしんでいらっしゃいました。
私が思い出したのはあの御方が書いた軍中法度の「士道に背くまじき事」でした。彼は、そう。そればかりだったのですよ、きっと。
しかし笑えはしない。それがあの御方、土方歳三の魂だと私は…それを見てずっと、やってきたのですから。
二股口に話を戻せば、作戦、もそうですが何より根気でした。鉄砲係を交代してゆき常に砲撃の体制。あちらも、2つと旧幕府軍を落とせばその分こちらに援軍はやってくる。それが体力勝負でした。こちらは300ですからね。
勝ち進み相手方に諦めが見えつつある頃、松前が落ちかけてしまい、我々はやむなく二股口から撤退を余儀なくされました。
松前はいわば我々の退路だったのです。そこが落ちる前の判断でした。
五稜郭に帰還するも、隊の落胆はありました。しかしあの御方は、悔しがるも一緒。次に備えようと、私達に投げ掛けました。妙に優しくも、次には恐らく最後の戦と、悟っていたのかもしれません。
五稜郭一本木関門攻防戦。
この戦があの御方の…最期の戦であり、我々が降伏した戦となります。
これには不運が重なり惨敗、新撰組から野村利三郎氏、我々が乗船した船の船長を務めた甲賀源五氏が戦死しました。
あの御方は陸軍奉行並ながら検分役として乗船いたしました。
そもそも甲賀氏が、宮古湾にある新政府の軍艦を奪おうと提案したところ、榎本氏に許可を頂き、いわば斬り込み隊として海戦に向かうのですが、他2艘、悪天候続きで一艘が故障、もう一艘が到着しないという事態。
しかし期はいましかないと、我々が乗る「回天」のみで初めは進軍致しました。
故障している「高雄」でも進軍。
本来ならば大型である回天で先行を打ち、高雄が応戦する、これが作戦でした。
わざわざ米国国旗を掲げ、火を落としていた新政府の軍艦に近付き乗り移る。
しかし回天の構造上、砲撃の的になりやすかった。
応戦する筈の高雄も使えず、最終的に船長、甲賀氏は腕を撃たれようが指揮をしておりましたが、頭部を撃ち抜かれ殉死。不利と判断し、海軍奉行の荒井郁之助氏が撤退を判断。
乗り込んでいた野村氏等数名は撤退に間に合わず殉死致しました。あれは…本当に過酷な戦いでした。
あの御方も酷く死を悼んでおられた。
「甲賀は船が上手かった」
「野村、逝ったか…」
と。野村氏は近藤局長が出頭する際に共に付き添った隊士でした。捕縛され死ぬはずだったのを近藤局長が助命嘆願した男だった。そりゃ、惜しいのです。
あの時のあの御方の滲み入る思いは、言葉は、私にも深く胸に刺さりました。悔しい、よりも、虚しい、そんな風にあの背中と拳を捉えました。
宮古湾海戦は敗戦となりましたが、間もなくして新政府軍が上陸し我々には二股口攻防が待ち構えていました。
二股口では圧勝でした。あれはひとえに隊長、土方歳三あっての物だったと言わざるを得ません。
なんせ、松前、木古内、矢不来と撤退するなか、我々土方軍は連勝でした。弁天台場の島田氏へ、まあキツかったのですが後半は援軍を送る事も出来た。
最初は不意打ちの笛の音に少々我らの隊も動揺がありましたが、隊長は至って冷静でしたよ。
酒を1杯だけ振る舞い、「大丈夫だろ」と笑っていらっしゃいました。
「あんまり酔うなよ」
とね。
確かに我々は新政府軍700に対し300でした。本当に気が抜けない、動揺も仕方がない。
しかしあちらが数ならこちらは根気です。
あの御方は思えば最初から最後まで、一切引き返すことを許さなかった。何があっても進む。確かに、榎本氏やその他からすれば少々、厄介だったのかもしれませんね。
そもそも我々土方軍は皆何故だか、信じて疑わず、逃げるだとかいう思想に至る者がいませんでした。不思議なもので、行けてしまったんですよあの頃。
敗戦続きで榎本政府、旧幕府軍なんて函館占拠の一瞬以外、皆葬式のような雰囲気だったというのに。
ただ一度だけ、ですが。
私や安富のいる席であの御方は言ったことがあります。
「己以外、無くなってしまったようだ」
と。
「何を突き進むか、漸く解った気がするな。己を折る事ほどの恐怖には、俺は勝てないらしい」
そう言ってから何事もなく、「沖田はどうしたかな」と昔の仲間を懐かしんでいらっしゃいました。
私が思い出したのはあの御方が書いた軍中法度の「士道に背くまじき事」でした。彼は、そう。そればかりだったのですよ、きっと。
しかし笑えはしない。それがあの御方、土方歳三の魂だと私は…それを見てずっと、やってきたのですから。
二股口に話を戻せば、作戦、もそうですが何より根気でした。鉄砲係を交代してゆき常に砲撃の体制。あちらも、2つと旧幕府軍を落とせばその分こちらに援軍はやってくる。それが体力勝負でした。こちらは300ですからね。
勝ち進み相手方に諦めが見えつつある頃、松前が落ちかけてしまい、我々はやむなく二股口から撤退を余儀なくされました。
松前はいわば我々の退路だったのです。そこが落ちる前の判断でした。
五稜郭に帰還するも、隊の落胆はありました。しかしあの御方は、悔しがるも一緒。次に備えようと、私達に投げ掛けました。妙に優しくも、次には恐らく最後の戦と、悟っていたのかもしれません。
五稜郭一本木関門攻防戦。
この戦があの御方の…最期の戦であり、我々が降伏した戦となります。
0
あなたにおすすめの小説
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
無用庵隠居清左衛門
蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。
第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。
松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。
幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。
この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。
そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。
清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。
俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。
清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。
ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。
清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、
無視したのであった。
そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。
「おぬし、本当にそれで良いのだな」
「拙者、一向に構いません」
「分かった。好きにするがよい」
こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。
if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる