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卯月と紅葉
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「なっ、」
開けて唖然とした。
「あっ、」
二人。穂咲兄さんと依田。
依田、穂咲兄さんのオミアシをすりすりしている。穂咲兄さん台本片手に少し涙目。
…ナニをしているの、お前ら。
「あ、亀ちゃん」
顔を上げて依田は言い、穂咲兄さん気まずそうに正座をして背筋を伸ばした。
「な、なにしてるん?」
ししょーも思わず唖然。
あたしは勝手ながら昨日の依田の色々な話がフラッシュバックした。
取り敢えず中に入ればししょー、動揺しすぎて震えた手で襖を閉め、凄くゆっくりと正座し、弟子達に向かい合った。
「いや、雀生師匠、これはですね、色々訳がありまして」
「まぁ…そのなんだ…。
儂かてわかるやろ、穂咲。こんな姉ちゃん連れてきて所謂そのなんだ、アブノーマルやとは最近自覚しておった次第ではあるんやけど」
「えいや雀生師匠、ですから、」
「だが黙っといてくれ!頼む!こんなんこいつの、雀次の父親にバレたら『やはり三味線なんぞ』と殺されてしまうわというか雀次ぃぃ!お前、なにしてんねん!」
「え?稽古でっせ」
「は?はぁ?」
「いや、ねぇ、兄さん」
「いやぶん投げんなよ雀次。お前の師匠ヤバいやん」
「やっぱヤバいか、儂はヤバいか」
「あぁぁ、面倒だなぁ…」
これは面白そうだ。見学しよう。
なのに。
「あ、で亀ちゃんどうしたの?よく来れたね。ししょーのおかげ?」
「巻き込むんじゃねぇよバカ野郎!
英語のテキス…参考書をあたしがてめぇに買い与えにわざわざここまで来てやったんだわバーカ!」
そう言い切れば、何故かししょーの熱視線に穂咲兄さんの笑いを堪えた「あぁ嬉やお嬢様ぁあ」やらが沸く。
茶化すように、というか思わずという感じに三味線を弾いてしまったのだろう依田に変態性を感じた。
「え、もしかして雀次、君さぁ、想い人ってこの子?」
「えっ、」
ししょー心の底からの「えっ、」腹に響く低音。
「違いますよ兄さん堪忍してくださんせぇ。彼女はししょーの」
「雀次ぃ!」
「…彼女は俺の同居人ですぅ。訳あってお世話しとります。ね、亀ちゃん」
「そーです。あたしにも選ぶ権利ありですぅ。
そいつの想い人のために英語の」
「亀ちゃん堪忍して」
「…あんたらは何を?え、依田、お前本気でヤバいのか」
「そうなんですよ亀ちゃん」
急に亀ちゃん呼びになった穂咲兄さんは、にやっと笑って右手で左の裾を掴み、おいでおいで手招き。
仕方なく穂咲兄さんの真横に座れば、ししょーの睨む視線。
依田が、「はーいししょーには俺からせつめー」と、ししょーの肩を掴んで強引に話してるのが見える。
「実はね、」
耳元で内緒話のように手を当ててくる兄さん。
声通りすぎて大丈夫だろうかと思ったがその手で手元の台本を指差し、「ここ」と言ってくる。
意外に低い声だな、あんた。
「ここの濡れ場がイマイチ俺の中で決まらないなぁと雀次に言ったら、ほな!って。
雀次もどうやら最近決まらないらしくて、これはもう足すりすりするしかないでしょってさ。あいつ変態だよね」
「ふっ、」
笑っちまった。
「なにそれ!」
「だよな。笑っちゃって稽古どころじゃないけどあいつ至って真面目。『いや兄さん想い人を想い描いてください』ってさぁ!ムリだっつうの!
でもなんかあいつおかしいなと思ったからそっから恋愛相談。今片想い中らしいねあいつ」
「あぁ、なるほどね」
「だから言ってやったわ!
『想い人想い描いて弾いてみろよ』って。したら君たちが来たわけさ」
「へぇ、」
「ちなみに君、好きな人は?」
「は?」
「いやぁ、どうせなら聞いとこうと」
ちらっと穂咲兄さんと目が合った。
あらっ。
「あいつは教えてくんないからさぁ、恋愛シーン、全く参考にならなかった」
「はぁ。
私ぶっちゃけレズビアンなんでよくわかりませーん」
あんた、獣の目をしていらっしゃるので。ちょっと先手を打ってやろうか。
しかし何故か。
ちょっと穂咲兄さん、息を吐いた。
「ふうん」
一言言って依田を見て。
「三味線と太夫って、所謂夫婦と言われるわけよ。
あんたと紅葉、似てるねぇ、そんなんに」
しかしそれは少し慈悲深いような目付きなので。
あぁ、単純にあんたわりと良い人なんかもね。じゃ、また先手で。
「いや、あいつもゲイだから」
ゲイじゃないけどね。
その一言に兄さん、驚いた表情であたしを一瞬見、「ふ、ははは!」と何故だか笑いだした。
「君ら楽しーね。よし。
雀次、俺出来そーよ。足すりすりしなくていーから、雀生師匠もいらっしゃるし、一回合わせよ。強烈な濡れ場」
「えっ。どうしたの兄さん」
「いいから早くして。今日の音はでも最高だった。お初きっと喜んだよ『あぁ嬉や』よ、マジ。はい、早く早く」
「『早う殺して』的な?」
「いいから早くしろよ変態!俺は気が短いんだよ」
「はいはいわかりましたよ更年期障害!」
それから何故だか。
英語テキストを渡すまでに実に3回も「アゝ嬉や」を見せられた。
流石に飽きた。だって実のところ文楽よくわかんないし。
ただなんとなく『艶の穂咲太夫』と『芸道の鬼雀次』はわかった。
この二人半端ないコントラストだ。
確かに兄さんのお初(ヒロイン)、ヤバい。
そして依田、本気で鬼。
「兄さんそこの間もう一回やりましょ。今のはズレた。俺がズレたかあんたがズレたか」
「待って明日も声が」
「俺も明日腱鞘炎なんではい、」
とか言って無表情で二人、淫乱稽古をやり続けていた。
開けて唖然とした。
「あっ、」
二人。穂咲兄さんと依田。
依田、穂咲兄さんのオミアシをすりすりしている。穂咲兄さん台本片手に少し涙目。
…ナニをしているの、お前ら。
「あ、亀ちゃん」
顔を上げて依田は言い、穂咲兄さん気まずそうに正座をして背筋を伸ばした。
「な、なにしてるん?」
ししょーも思わず唖然。
あたしは勝手ながら昨日の依田の色々な話がフラッシュバックした。
取り敢えず中に入ればししょー、動揺しすぎて震えた手で襖を閉め、凄くゆっくりと正座し、弟子達に向かい合った。
「いや、雀生師匠、これはですね、色々訳がありまして」
「まぁ…そのなんだ…。
儂かてわかるやろ、穂咲。こんな姉ちゃん連れてきて所謂そのなんだ、アブノーマルやとは最近自覚しておった次第ではあるんやけど」
「えいや雀生師匠、ですから、」
「だが黙っといてくれ!頼む!こんなんこいつの、雀次の父親にバレたら『やはり三味線なんぞ』と殺されてしまうわというか雀次ぃぃ!お前、なにしてんねん!」
「え?稽古でっせ」
「は?はぁ?」
「いや、ねぇ、兄さん」
「いやぶん投げんなよ雀次。お前の師匠ヤバいやん」
「やっぱヤバいか、儂はヤバいか」
「あぁぁ、面倒だなぁ…」
これは面白そうだ。見学しよう。
なのに。
「あ、で亀ちゃんどうしたの?よく来れたね。ししょーのおかげ?」
「巻き込むんじゃねぇよバカ野郎!
英語のテキス…参考書をあたしがてめぇに買い与えにわざわざここまで来てやったんだわバーカ!」
そう言い切れば、何故かししょーの熱視線に穂咲兄さんの笑いを堪えた「あぁ嬉やお嬢様ぁあ」やらが沸く。
茶化すように、というか思わずという感じに三味線を弾いてしまったのだろう依田に変態性を感じた。
「え、もしかして雀次、君さぁ、想い人ってこの子?」
「えっ、」
ししょー心の底からの「えっ、」腹に響く低音。
「違いますよ兄さん堪忍してくださんせぇ。彼女はししょーの」
「雀次ぃ!」
「…彼女は俺の同居人ですぅ。訳あってお世話しとります。ね、亀ちゃん」
「そーです。あたしにも選ぶ権利ありですぅ。
そいつの想い人のために英語の」
「亀ちゃん堪忍して」
「…あんたらは何を?え、依田、お前本気でヤバいのか」
「そうなんですよ亀ちゃん」
急に亀ちゃん呼びになった穂咲兄さんは、にやっと笑って右手で左の裾を掴み、おいでおいで手招き。
仕方なく穂咲兄さんの真横に座れば、ししょーの睨む視線。
依田が、「はーいししょーには俺からせつめー」と、ししょーの肩を掴んで強引に話してるのが見える。
「実はね、」
耳元で内緒話のように手を当ててくる兄さん。
声通りすぎて大丈夫だろうかと思ったがその手で手元の台本を指差し、「ここ」と言ってくる。
意外に低い声だな、あんた。
「ここの濡れ場がイマイチ俺の中で決まらないなぁと雀次に言ったら、ほな!って。
雀次もどうやら最近決まらないらしくて、これはもう足すりすりするしかないでしょってさ。あいつ変態だよね」
「ふっ、」
笑っちまった。
「なにそれ!」
「だよな。笑っちゃって稽古どころじゃないけどあいつ至って真面目。『いや兄さん想い人を想い描いてください』ってさぁ!ムリだっつうの!
でもなんかあいつおかしいなと思ったからそっから恋愛相談。今片想い中らしいねあいつ」
「あぁ、なるほどね」
「だから言ってやったわ!
『想い人想い描いて弾いてみろよ』って。したら君たちが来たわけさ」
「へぇ、」
「ちなみに君、好きな人は?」
「は?」
「いやぁ、どうせなら聞いとこうと」
ちらっと穂咲兄さんと目が合った。
あらっ。
「あいつは教えてくんないからさぁ、恋愛シーン、全く参考にならなかった」
「はぁ。
私ぶっちゃけレズビアンなんでよくわかりませーん」
あんた、獣の目をしていらっしゃるので。ちょっと先手を打ってやろうか。
しかし何故か。
ちょっと穂咲兄さん、息を吐いた。
「ふうん」
一言言って依田を見て。
「三味線と太夫って、所謂夫婦と言われるわけよ。
あんたと紅葉、似てるねぇ、そんなんに」
しかしそれは少し慈悲深いような目付きなので。
あぁ、単純にあんたわりと良い人なんかもね。じゃ、また先手で。
「いや、あいつもゲイだから」
ゲイじゃないけどね。
その一言に兄さん、驚いた表情であたしを一瞬見、「ふ、ははは!」と何故だか笑いだした。
「君ら楽しーね。よし。
雀次、俺出来そーよ。足すりすりしなくていーから、雀生師匠もいらっしゃるし、一回合わせよ。強烈な濡れ場」
「えっ。どうしたの兄さん」
「いいから早くして。今日の音はでも最高だった。お初きっと喜んだよ『あぁ嬉や』よ、マジ。はい、早く早く」
「『早う殺して』的な?」
「いいから早くしろよ変態!俺は気が短いんだよ」
「はいはいわかりましたよ更年期障害!」
それから何故だか。
英語テキストを渡すまでに実に3回も「アゝ嬉や」を見せられた。
流石に飽きた。だって実のところ文楽よくわかんないし。
ただなんとなく『艶の穂咲太夫』と『芸道の鬼雀次』はわかった。
この二人半端ないコントラストだ。
確かに兄さんのお初(ヒロイン)、ヤバい。
そして依田、本気で鬼。
「兄さんそこの間もう一回やりましょ。今のはズレた。俺がズレたかあんたがズレたか」
「待って明日も声が」
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とか言って無表情で二人、淫乱稽古をやり続けていた。
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