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卯月と紅葉
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「ちょっ、亀ちゃぁん…」
「あんだってゆぅのよクソ野郎ぅぅぅぅ!」
フラれた。
「はいはい、わかったって亀ちゃん」
「うぁぁぁぁん」
「ちょっとツキコ。あんたいつまで飲んでんのよ。もう店の鍵閉めたいんだけど」
泥酔している。
バイト先のカウンターで。バイト着の黒皮のメチャクチャタイトな、ヘソ出しに短かすぎるスカート姿で突っ伏して。
ママさんは壁にだるく寄りかかりながら煙草を吸い、呆れ顔であたしと、介護人依田と、何故かまだいる伊坂さんを、壁に凭れてタバコを吸いながら見つめていた。
ちなみにししょーは、いつの間にやらどちらかが呼びつけたジャクソンくんが責任を持って引き取った。
会計は全て、ししょーが済ませてくれたらしい。あたしたちのタクシー代まで置いて。
「全くほら、いつまで泣いてんのさツキコ!」
「うへぇ、だって、だってぇ、」
「どうしたの亀ちゃんいきなり」
「うるせぇよてめえのせいだわこの、クソ野郎ぉぉぅ!うぅぅ、なんで、なんでぇぇぇ…」
「あのねぇ、」
依田が隣の席から離れた。恐らく事の顛末をママさんから聞くのだろう。
要らぬ誤解、いや誤解じゃないが。そのせいであたしの恋が終わったことを。
「大変だねぇ、卯月ちゃん」
熱い手が、背中に触れた。
というか背中になんか、羽織的なものが掛けられていたことに今更気付いた。
色は緑っぽい。店の照明でよくわからんがこれ、多分依田の羽織だろう。依田臭いし。
「紅葉からいろいろ聞いたよ、」
あ、一瞬忘れてた。
そういやぁ伊坂さんが隣にいるじゃないか。
そういえば三味線と太夫が夫婦、太夫が夫、三味線は妻の役割なんだとなんとなく前の営業トークで聞いたのを今思い出した。
「あぁ、はぁ」
「俺もまぁ、なんとなく紅葉の話を聞いたよ。まぁ、似たようなものだなと、思ってね」
「えぇっ、マジすか」という依田の驚愕をBGMに、依田とママさんの方を見つめながら、伊坂さんはバーカウンター下あたりであたしの太股を撫でてきた。
「失恋というのは恐ろしいよね。心中しちゃうくらいに」
目が野獣ってますぜ、艶の紳士様。
あれか、あたしの格好が良くないのか。
しかし次には嘘臭い紳士笑顔をあたしに見せつける。
それから伸ばされるスカートの中から、下着へ。
ははぁ、お前そーゆーことか、このスケベ野郎。だがあたしはなぁ、商売上そーゆータガを外すの得意なんだ。いいぞ、弄るがいいさただなぁ。
「…あんた、依田のこと好きなの?」
「は?」
ビンゴだ。
イヤらしい手を止める伊坂さんは私を見つめて黙り混む。
あたしはその紳士笑顔に対し、至極意地悪い笑顔を見せつけてやった。
「おらいいよ突っ込めや。なぁ、依田のこと、好きなんでしょ?」
「…なんなの、あんた」
「別にぃ?核心突いちゃった?悪いねぇ、職業病かしら?」
「…嫌な女だな君は」
「あんたほどじゃねぇよっ、…残念だが感じてもこれは排泄だ、お宅ら野郎と大差ない」
「へっ、ははっ、」
声を殺すように伊坂さんは笑った。
依田がこちらに振り向くと同時にあたしから手を引っこ抜いたが、紳士笑顔から一変しゲスい睨みを利かしてきた。
「抱いてやろうかお嬢ちゃん」
その一言に。
「初音」
依田は舞台上での、不機嫌なような仏頂面で伊坂さんを睨んだ。
「すみませんでしたね夜分遅くまで付き合わせてしまいまして。兄さん、お家はどちらで?タクシー代、お出ししますよ。『独立行政法人 依田紅葉』の名前で領収書切っといてください。というかいくらかかりますか?なんならいまお渡し致します」
「…1万かな」
「かしこまりました。
ルーシーさん、その…亀ちゃんがすみません。今日はご迷惑をお掛けしました。師匠にもよく言っておきます本当にすみませんでした。あの、俺こんなときどのようにお礼をしたらいいか…」
「…ツキコをちゃんと家まで送ってやんなさい。また来てくれたらそれでいいわよ」
「…ははは、じゃぁ今度は弟弟子も。
すみません、では、帰ります。ありがとう、ごちそうさまでした。
亀ちゃん、帰るよ。おいで。立てる?おんぶする?」
「はぁ、
えっと、着替えていい?あと羽織サンキュ」
「あぁはい。いいよ羽織くらい。
それ私服じゃないんだね亀ちゃん」
場が凍った。
ママさんが思わず笑い、「あぁまぁ似たようなの着てたねあんた」と言う。
いや全然違いますけど。
「ツキコが着替えてる間にあんたらはあんたらで仲直りしなさいな。ほれツキコ。ゆっくり着替えてきなさい」
そう言われてしまっては、「はぁい、すみません…」と従うしかない。
様々な「およしなさいよ」だの「首締められたい?」だの、「左手折られたいかマジで」だの不穏当すぎる会話が聞こえたが、更衣室を出た頃にはママさんが二人の真ん中でタバコを吸い、ある程度二人とも乱れた髪だったが、
「お帰り亀ちゃん」
「やっぱ変わらないですね、ママさんの言うとおり」
と、二人とも自然な笑顔に戻っていた。
「あんだってゆぅのよクソ野郎ぅぅぅぅ!」
フラれた。
「はいはい、わかったって亀ちゃん」
「うぁぁぁぁん」
「ちょっとツキコ。あんたいつまで飲んでんのよ。もう店の鍵閉めたいんだけど」
泥酔している。
バイト先のカウンターで。バイト着の黒皮のメチャクチャタイトな、ヘソ出しに短かすぎるスカート姿で突っ伏して。
ママさんは壁にだるく寄りかかりながら煙草を吸い、呆れ顔であたしと、介護人依田と、何故かまだいる伊坂さんを、壁に凭れてタバコを吸いながら見つめていた。
ちなみにししょーは、いつの間にやらどちらかが呼びつけたジャクソンくんが責任を持って引き取った。
会計は全て、ししょーが済ませてくれたらしい。あたしたちのタクシー代まで置いて。
「全くほら、いつまで泣いてんのさツキコ!」
「うへぇ、だって、だってぇ、」
「どうしたの亀ちゃんいきなり」
「うるせぇよてめえのせいだわこの、クソ野郎ぉぉぅ!うぅぅ、なんで、なんでぇぇぇ…」
「あのねぇ、」
依田が隣の席から離れた。恐らく事の顛末をママさんから聞くのだろう。
要らぬ誤解、いや誤解じゃないが。そのせいであたしの恋が終わったことを。
「大変だねぇ、卯月ちゃん」
熱い手が、背中に触れた。
というか背中になんか、羽織的なものが掛けられていたことに今更気付いた。
色は緑っぽい。店の照明でよくわからんがこれ、多分依田の羽織だろう。依田臭いし。
「紅葉からいろいろ聞いたよ、」
あ、一瞬忘れてた。
そういやぁ伊坂さんが隣にいるじゃないか。
そういえば三味線と太夫が夫婦、太夫が夫、三味線は妻の役割なんだとなんとなく前の営業トークで聞いたのを今思い出した。
「あぁ、はぁ」
「俺もまぁ、なんとなく紅葉の話を聞いたよ。まぁ、似たようなものだなと、思ってね」
「えぇっ、マジすか」という依田の驚愕をBGMに、依田とママさんの方を見つめながら、伊坂さんはバーカウンター下あたりであたしの太股を撫でてきた。
「失恋というのは恐ろしいよね。心中しちゃうくらいに」
目が野獣ってますぜ、艶の紳士様。
あれか、あたしの格好が良くないのか。
しかし次には嘘臭い紳士笑顔をあたしに見せつける。
それから伸ばされるスカートの中から、下着へ。
ははぁ、お前そーゆーことか、このスケベ野郎。だがあたしはなぁ、商売上そーゆータガを外すの得意なんだ。いいぞ、弄るがいいさただなぁ。
「…あんた、依田のこと好きなの?」
「は?」
ビンゴだ。
イヤらしい手を止める伊坂さんは私を見つめて黙り混む。
あたしはその紳士笑顔に対し、至極意地悪い笑顔を見せつけてやった。
「おらいいよ突っ込めや。なぁ、依田のこと、好きなんでしょ?」
「…なんなの、あんた」
「別にぃ?核心突いちゃった?悪いねぇ、職業病かしら?」
「…嫌な女だな君は」
「あんたほどじゃねぇよっ、…残念だが感じてもこれは排泄だ、お宅ら野郎と大差ない」
「へっ、ははっ、」
声を殺すように伊坂さんは笑った。
依田がこちらに振り向くと同時にあたしから手を引っこ抜いたが、紳士笑顔から一変しゲスい睨みを利かしてきた。
「抱いてやろうかお嬢ちゃん」
その一言に。
「初音」
依田は舞台上での、不機嫌なような仏頂面で伊坂さんを睨んだ。
「すみませんでしたね夜分遅くまで付き合わせてしまいまして。兄さん、お家はどちらで?タクシー代、お出ししますよ。『独立行政法人 依田紅葉』の名前で領収書切っといてください。というかいくらかかりますか?なんならいまお渡し致します」
「…1万かな」
「かしこまりました。
ルーシーさん、その…亀ちゃんがすみません。今日はご迷惑をお掛けしました。師匠にもよく言っておきます本当にすみませんでした。あの、俺こんなときどのようにお礼をしたらいいか…」
「…ツキコをちゃんと家まで送ってやんなさい。また来てくれたらそれでいいわよ」
「…ははは、じゃぁ今度は弟弟子も。
すみません、では、帰ります。ありがとう、ごちそうさまでした。
亀ちゃん、帰るよ。おいで。立てる?おんぶする?」
「はぁ、
えっと、着替えていい?あと羽織サンキュ」
「あぁはい。いいよ羽織くらい。
それ私服じゃないんだね亀ちゃん」
場が凍った。
ママさんが思わず笑い、「あぁまぁ似たようなの着てたねあんた」と言う。
いや全然違いますけど。
「ツキコが着替えてる間にあんたらはあんたらで仲直りしなさいな。ほれツキコ。ゆっくり着替えてきなさい」
そう言われてしまっては、「はぁい、すみません…」と従うしかない。
様々な「およしなさいよ」だの「首締められたい?」だの、「左手折られたいかマジで」だの不穏当すぎる会話が聞こえたが、更衣室を出た頃にはママさんが二人の真ん中でタバコを吸い、ある程度二人とも乱れた髪だったが、
「お帰り亀ちゃん」
「やっぱ変わらないですね、ママさんの言うとおり」
と、二人とも自然な笑顔に戻っていた。
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