46 / 74
泉水に映る東雲
5
しおりを挟む
「ふ、精々頑張れよ弟弟子」と穂咲兄さんが言い、雀三と去る背中を勇咲は睨み付けながらも見送り、漸く無言で俺の前で胡座をかいた。
勇咲が何かを言いたそうに、ヤキモキして頭を乱雑で気まずそうに掻く姿に、
「…なんか言われたでしょ、師匠に」
俺が少し折れた。そうするしかやり場がなかった。
三味線を眺め、拭いて。さてどうしようかなと思ったときに「聞いたよ」と勇咲が力なく言った。
手が、止まってしまった。
「…月代太夫の、話を」
やはりな。
「…そう、」
「依田ちゃん、」
「最期だったんだ。
俺、勇咲くんみたいに出てっちゃってさ。
いつでも優しくてさ。ホントは切羽詰まってたのもわかってたんだけど。だからヘラヘラしてるようにしか受け取れなかった。受け入れられなかったんだ、あの人を」
「…うん、」
「違う門の師匠にも、良いと思えば交渉する。相手にされなくても語りを聞いている。俺、そんなあの人、どこか軽蔑やら反抗やらも多分あったんだよ」
語り出せば言葉は詰まるがどんどん出ていく。
「…よほど尊敬してたんだな」
「だからまさか、…まさかあの日、ぶっ倒れてそのまま終わりだなんて思わなかったんだよ」
やべ。
鼻が痛いや。
「別に依田ちゃんのせいじゃないじゃん」
「そうかもしれないけどなんで、なんで変化に気付けなかったかなとか、どうしてもっと芸を、許してあげなかったんだろうって、後悔しかないんだ」
「まだ若いんだよ依田ちゃんは」
「けど、」
「かっけぇなぁ、月さん」
勇咲くんは漸く笑って言う。
「肺炎とか隠してもさ、自分より未熟な相方に答えようとして、挙げ句ここで死ぬとか、男としてかっけぇなぁ。俺じゃ勝てねぇよ、まだ」
「…勇咲くん?」
「それでよくね?ダメかい依田ちゃん」
「へ?」
「あんた、変態でちょっとずれてるけど真剣なんだな。正直あんたの芸に、あまり人間味というか自己がねぇな、天才ってそんなんなのかなって、家元じゃない身としては思ってた。
けど違ったね。ヘッタクソじゃん、それ」
優しい笑顔で語る勇咲くんは、でもどこか燃えているようで。
「多分誰も、あんたの中で追い付こうと藻掻いてる月さんには届かないよ、あんたですら。でもまぁ、いいんじゃね?
芸道の鬼を受け入れるかと漸く、若輩ながら思ったわ。俄然燃えたってやつ?
いつか越えてやる。いまはわからんがいつか、死ぬまでには。お互いそうでしょ?雀次兄さん」
「はぁ…うん」
「心に持ってろ月代太夫を。だが俺は俺で…。
研修7生の意地、見せたるよ」
そうか。
受け入れなかったのはどうやら、俺だったらしい。
どんな芸も受け入れて忘れた気でいた。しかし俺の中のどこかで月さんは生きていて。
いま漸く、自分の芸や自分を、掴んだらしい。俺があれからやっていたのはどうやら、妄想に近い物だったようだ。
だがこれも拘りだ。まだまだ長い芸道、捨てる度胸がないが、受け入れるのに一歩、近付いたかもしれない。
「まだまだだねぇ…勇咲太夫、」
あっ。
「そうだね雀次兄さん。泣くなよまったく」
不覚だった。
月さん、
やっぱりだから、俺もいつだってまだ笑顔でやりたいよ、文楽を。
愛したいよ、何もかもを。あの頃の俺はでも楽しかったんだって、言えるように。
「じゃ、決意表明したところで、自由にやらしてもらうから」
「…うん」
「合わなかったらまた喧嘩ね」
「…はい、」
それから二人でひたすらに。
自由に、最早稽古とは言えないけど。
本気で練習した。疲れるほどに、腕折れるくらいに。
勇咲が何かを言いたそうに、ヤキモキして頭を乱雑で気まずそうに掻く姿に、
「…なんか言われたでしょ、師匠に」
俺が少し折れた。そうするしかやり場がなかった。
三味線を眺め、拭いて。さてどうしようかなと思ったときに「聞いたよ」と勇咲が力なく言った。
手が、止まってしまった。
「…月代太夫の、話を」
やはりな。
「…そう、」
「依田ちゃん、」
「最期だったんだ。
俺、勇咲くんみたいに出てっちゃってさ。
いつでも優しくてさ。ホントは切羽詰まってたのもわかってたんだけど。だからヘラヘラしてるようにしか受け取れなかった。受け入れられなかったんだ、あの人を」
「…うん、」
「違う門の師匠にも、良いと思えば交渉する。相手にされなくても語りを聞いている。俺、そんなあの人、どこか軽蔑やら反抗やらも多分あったんだよ」
語り出せば言葉は詰まるがどんどん出ていく。
「…よほど尊敬してたんだな」
「だからまさか、…まさかあの日、ぶっ倒れてそのまま終わりだなんて思わなかったんだよ」
やべ。
鼻が痛いや。
「別に依田ちゃんのせいじゃないじゃん」
「そうかもしれないけどなんで、なんで変化に気付けなかったかなとか、どうしてもっと芸を、許してあげなかったんだろうって、後悔しかないんだ」
「まだ若いんだよ依田ちゃんは」
「けど、」
「かっけぇなぁ、月さん」
勇咲くんは漸く笑って言う。
「肺炎とか隠してもさ、自分より未熟な相方に答えようとして、挙げ句ここで死ぬとか、男としてかっけぇなぁ。俺じゃ勝てねぇよ、まだ」
「…勇咲くん?」
「それでよくね?ダメかい依田ちゃん」
「へ?」
「あんた、変態でちょっとずれてるけど真剣なんだな。正直あんたの芸に、あまり人間味というか自己がねぇな、天才ってそんなんなのかなって、家元じゃない身としては思ってた。
けど違ったね。ヘッタクソじゃん、それ」
優しい笑顔で語る勇咲くんは、でもどこか燃えているようで。
「多分誰も、あんたの中で追い付こうと藻掻いてる月さんには届かないよ、あんたですら。でもまぁ、いいんじゃね?
芸道の鬼を受け入れるかと漸く、若輩ながら思ったわ。俄然燃えたってやつ?
いつか越えてやる。いまはわからんがいつか、死ぬまでには。お互いそうでしょ?雀次兄さん」
「はぁ…うん」
「心に持ってろ月代太夫を。だが俺は俺で…。
研修7生の意地、見せたるよ」
そうか。
受け入れなかったのはどうやら、俺だったらしい。
どんな芸も受け入れて忘れた気でいた。しかし俺の中のどこかで月さんは生きていて。
いま漸く、自分の芸や自分を、掴んだらしい。俺があれからやっていたのはどうやら、妄想に近い物だったようだ。
だがこれも拘りだ。まだまだ長い芸道、捨てる度胸がないが、受け入れるのに一歩、近付いたかもしれない。
「まだまだだねぇ…勇咲太夫、」
あっ。
「そうだね雀次兄さん。泣くなよまったく」
不覚だった。
月さん、
やっぱりだから、俺もいつだってまだ笑顔でやりたいよ、文楽を。
愛したいよ、何もかもを。あの頃の俺はでも楽しかったんだって、言えるように。
「じゃ、決意表明したところで、自由にやらしてもらうから」
「…うん」
「合わなかったらまた喧嘩ね」
「…はい、」
それから二人でひたすらに。
自由に、最早稽古とは言えないけど。
本気で練習した。疲れるほどに、腕折れるくらいに。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
お隣さんはヤのつくご職業
古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。
残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。
元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。
……え、ちゃんとしたもん食え?
ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!!
ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ
建築基準法と物理法則なんて知りません
登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。
2020/5/26 完結
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
恋は襟を正してから-鬼上司の不器用な愛-
プリオネ
恋愛
せっかくホワイト企業に転職したのに、配属先は「漆黒」と噂される第一営業所だった芦尾梨子。待ち受けていたのは、大勢の前で怒鳴りつけてくるような鬼上司、獄谷衿。だが梨子には、前職で培ったパワハラ耐性と、ある"処世術"があった。2つの武器を手に、梨子は彼の厳しい指導にもたくましく食らいついていった。
ある日、梨子は獄谷に叱責された直後に彼自身のミスに気付く。助け舟を出すも、まさかのダブルミスで恥の上塗りをさせてしまう。責任を感じる梨子だったが、獄谷は意外な反応を見せた。そしてそれを境に、彼の態度が柔らかくなり始める。その不器用すぎるアプローチに、梨子も次第に惹かれていくのであった──。
恋心を隠してるけど全部滲み出ちゃってる系鬼上司と、全部気付いてるけど部下として接する新入社員が織りなす、じれじれオフィスラブ。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる