心中 Rock'n Beat!!

二色燕𠀋

文字の大きさ
57 / 74
古屋、道中ありて

1

しおりを挟む
 大阪公演が無事に終わり、東京公演12月は、演者変更諸々あり、俺は再び竹垣勇咲太夫と組むことになった。

 俺の出演演目は編曲をした『天変斯止テンペスト嵐后晴あらしのちはれ』の大序である『第一 暴風雨』。
 勇咲とは天変斯止の中盤『第五 元の窟の中』と、昼の部に女殺油地獄おんなごろしあぶらのじごく河内屋内かわちやないの段』のをやることになった。

 穂咲兄さんとやっていた頃の演目とは、やはり少々演目の内容が違うものとなった。

 正直、勇咲と俺は前回の廿四孝にじゅうしこうで解散だろうと考えていたし、両者、出来がそんな感じだと捉えていた。
 プロなので、悪いと言うわけではないが、まぁ、一度なら刺激的という評価で許されるものだった。

 ところが。
 勇咲と俺の自己評価を越えてしまったようで、言うなれば「いままでの中で互いに一番良い」となり、今回も組むことになったようで。
 演者発表で勇咲は「いやぁ…」と、柄になく照れ臭そう、というか申し訳なさとか遠慮が入り交じったように、

「依田ちゃん…よろしく」

 と、俺に言いにくそうに言ったのだった。わりと快く「よろしく!」と返せば漸く笑って、

「離婚おめでとう」

 と握手をしたのだった。

 そう、つまりはそう言うことだ。
 きっと勇咲と俺はこれから先の芸道、80だとか90だとかまで組む、所謂夫婦になったわけだ。

 穂咲兄さんは穂咲兄さんで、再び雀三と組むのを受け入れたようだった。

 今年はとても自分の中で、こうした変化があった。exchange?多分これ。まさしく「天変てんぺんくて止み、嵐のちに晴れとなる」と言った具合だった。

 思い入れが深くなった35歳、年の最後の月、東京公演の終盤、毎年通り大阪の師匠の家に帰ろうかと、とある日に師匠の楽屋へ「今年は何日に帰りますか」と訪ねに行ったときだった。
 師匠は俺を見るなり何故だか背筋を伸ばし(職業柄歳のわりに姿勢は良いが、特に)、

「あはぁ、じゃ、雀次」

 凄く落ち着かない様子でぎこちなく自分の前へ俺を促す師匠の様は、浄瑠璃の人形みたいで笑ってしまった。

「な、なんや、こら、」
「師匠、人形みたいな動きですよそれ」
「い、いいから座れ、座れ!」

 なんだろ。
 凄く落ち着きがないなぁ。

 師匠と共にいた雀三は何かを察してか、「じゃぁ、穂咲兄さんとこにいますんで」と、よそよそしく楽屋を出て行ってしまった。
 なんだか雰囲気が違うなと、少し身を絞め、取り敢えず正座し師匠と対峙した。

 我が師匠、雀生は、70代のわりには真っ白だが髪もあり、と言うかこの職の老人はやはり気概があるせいか、若く見える。

「本日もお疲れ様でした。
 あの、今年は何日頃に大阪へ帰りますか師匠」
「あ、あはぁ、その事なんやけど雀次」
「はぁ、なんでしょうか」
「いやぁ~…」

 なんか。
 非常に言いにくそうに師匠は頭をポリポリと右手で掻いて、凄く俺を見つめてくる。

 えっ、なんやろ怖いわ。

「えっ、なんですか師匠」
「いやあ…そのぅ…。
 お前、亀田さんとはどや?」
「亀田さん?」

 一瞬ぴんと来なかったがあぁ、と思い当たり、思わずにやけてしまった。

「全く師匠ったらぁ。いつにしますぅ?やっぱ千秋楽がいいでっ」
「いやあのな、そうやなくて」
「はい?」

 え、なんやろ。
 俺はてっきり亀ちゃんのSMバーを押さえとけ命令だと思ったんだけど。

「いやぁ…。
 今年は色々あったし、あの、お前の父親とかな。せやからまぁ、うーん」
「え、なんですか?全然予測不能なんですけど、SMバーと関係ありますぅ?それ」
「いや、ない、ん?あるけど…」
「なんや師匠、はっきりしてくださいな」
「いやな…。
 お前、亀田さんとはどういった付き合いなんだい」

 おっ、師匠何故か動揺してる。変な口調だ。

「どういったって、相も変わらず同居人ですけど」
「うん、いやそれなんやけど…。
 お前らいつその、結婚するんやと、お前の義理の母、えっと…鵜助の母、鵜助の母の方からちくっと言われてな葬儀で」
「はぁ?」

 凄く気まずそうだな師匠。鵜助の母を二回言うくらいに。
 確かに、俺は後の依田家本妻を母と、呼ぶことなく過ごしたのだが。なんせ父の愛人だ。愛人が本妻となった14歳、家を追い出され師匠の家に引き取られるまで、そのひとの存在を知らなかったわけだが。

「…なんて」
「いや、息子はそろそろ結婚し跡継ぎ候補はいないのかと」
「はぁ?」

 再び出てしまった「はぁ?」。流石に師匠に失礼なのだが。

「それ、鵜助の話ちゃいますの?」
「いや、まぁせやかて一応お前が長男なわけやし、依田家の」
「そうですけど、会ったのなんて家を出た日だけやけどっ、」
「いや知っとるがな」
「なんであの女がそないに俺に言うて」
「いや、儂かてそれは葬儀で言ったわ。だがな、わかるか紅葉、あの女世間知らずやないか」

 思わず本名になってる楽屋で。そんなに動揺してるのか師匠。

「いやまぁそうですけど」
「早い話が家に入って自分の面倒見ろ言うことやろ、長男が」
「いや、えぇ~…」

 なんたることだあの女。
 しかしどうしよ、顔すら出てけぇへんわ。

「そんで一応、まぁ、父親として師匠としてだな、ついポロっと亀田さんの話をしてしまったんよ」
「えっ、」
「いやSMとは言っとらん」
「待って師匠、色々な誤解がありますよそれ」
「せやから聞いとんねん!お前らどう言った関係なんだと!」

 マジかぁ…。
 まさか亀ちゃんが同性愛者とか俺がバイセクシャルとか言えなくね?違う誤解がねぇか?

「うーん、いやぁ、師匠が思ってるであろう関係じゃないんですけど…」

 まぁ、じゃぁなんだって話だよな。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

平凡志望なのにスキル【一日一回ガチャ】がSSS級アイテムばかり排出するせいで、学園最強のクール美少女に勘違いされて溺愛される日々が始まった

久遠翠
ファンタジー
平凡こそが至高。そう信じて生きる高校生・神谷湊に発現したスキルは【1日1回ガチャ】。出てくるのは地味なアイテムばかり…と思いきや、時々混じるSSS級の神アイテムが、彼の平凡な日常を木っ端微塵に破壊していく! ひょんなことから、クラス一の美少女で高嶺の花・月島凛の窮地を救ってしまった湊。正体を隠したはずが、ガチャで手に入れたトンデモアイテムのせいで、次々とボロが出てしまう。 「あなた、一体何者なの…?」 クールな彼女からの疑いと興味は、やがて熱烈なアプローチへと変わり…!? 平凡を愛する男と、彼を最強だと勘違いしたクール美少女、そして秘密を抱えた世話焼き幼馴染が織りなす、勘違い満載の学園ダンジョン・ラブコメ、ここに開幕!

視える僕らのシェアハウス

橘しづき
ホラー
 安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。    電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。    ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。 『月乃庭 管理人 竜崎奏多』      不思議なルームシェアが、始まる。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

処理中です...