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古屋、道中ありて
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大阪公演が無事に終わり、東京公演12月は、演者変更諸々あり、俺は再び竹垣勇咲太夫と組むことになった。
俺の出演演目は編曲をした『天変斯止嵐后晴』の大序である『第一 暴風雨』。
勇咲とは天変斯止の中盤『第五 元の窟の中』と、昼の部に女殺油地獄『河内屋内の段』のをやることになった。
穂咲兄さんとやっていた頃の演目とは、やはり少々演目の内容が違うものとなった。
正直、勇咲と俺は前回の廿四孝で解散だろうと考えていたし、両者、出来がそんな感じだと捉えていた。
プロなので、悪いと言うわけではないが、まぁ、一度なら刺激的という評価で許されるものだった。
ところが。
勇咲と俺の自己評価を越えてしまったようで、言うなれば「いままでの中で互いに一番良い」となり、今回も組むことになったようで。
演者発表で勇咲は「いやぁ…」と、柄になく照れ臭そう、というか申し訳なさとか遠慮が入り交じったように、
「依田ちゃん…よろしく」
と、俺に言いにくそうに言ったのだった。わりと快く「よろしく!」と返せば漸く笑って、
「離婚おめでとう」
と握手をしたのだった。
そう、つまりはそう言うことだ。
きっと勇咲と俺はこれから先の芸道、80だとか90だとかまで組む、所謂夫婦になったわけだ。
穂咲兄さんは穂咲兄さんで、再び雀三と組むのを受け入れたようだった。
今年はとても自分の中で、こうした変化があった。exchange?多分これ。まさしく「天変斯くて止み、嵐后に晴れとなる」と言った具合だった。
思い入れが深くなった35歳、年の最後の月、東京公演の終盤、毎年通り大阪の師匠の家に帰ろうかと、とある日に師匠の楽屋へ「今年は何日に帰りますか」と訪ねに行ったときだった。
師匠は俺を見るなり何故だか背筋を伸ばし(職業柄歳のわりに姿勢は良いが、特に)、
「あはぁ、じゃ、雀次」
凄く落ち着かない様子でぎこちなく自分の前へ俺を促す師匠の様は、浄瑠璃の人形みたいで笑ってしまった。
「な、なんや、こら、」
「師匠、人形みたいな動きですよそれ」
「い、いいから座れ、座れ!」
なんだろ。
凄く落ち着きがないなぁ。
師匠と共にいた雀三は何かを察してか、「じゃぁ、穂咲兄さんとこにいますんで」と、よそよそしく楽屋を出て行ってしまった。
なんだか雰囲気が違うなと、少し身を絞め、取り敢えず正座し師匠と対峙した。
我が師匠、雀生は、70代のわりには真っ白だが髪もあり、と言うかこの職の老人はやはり気概があるせいか、若く見える。
「本日もお疲れ様でした。
あの、今年は何日頃に大阪へ帰りますか師匠」
「あ、あはぁ、その事なんやけど雀次」
「はぁ、なんでしょうか」
「いやぁ~…」
なんか。
非常に言いにくそうに師匠は頭をポリポリと右手で掻いて、凄く俺を見つめてくる。
えっ、なんやろ怖いわ。
「えっ、なんですか師匠」
「いやあ…そのぅ…。
お前、亀田さんとはどや?」
「亀田さん?」
一瞬ぴんと来なかったがあぁ、と思い当たり、思わずにやけてしまった。
「全く師匠ったらぁ。いつにしますぅ?やっぱ千秋楽がいいでっ」
「いやあのな、そうやなくて」
「はい?」
え、なんやろ。
俺はてっきり亀ちゃんのSMバーを押さえとけ命令だと思ったんだけど。
「いやぁ…。
今年は色々あったし、あの、お前の父親とかな。せやからまぁ、うーん」
「え、なんですか?全然予測不能なんですけど、SMバーと関係ありますぅ?それ」
「いや、ない、ん?あるけど…」
「なんや師匠、はっきりしてくださいな」
「いやな…。
お前、亀田さんとはどういった付き合いなんだい」
おっ、師匠何故か動揺してる。変な口調だ。
「どういったって、相も変わらず同居人ですけど」
「うん、いやそれなんやけど…。
お前らいつその、結婚するんやと、お前の義理の母、えっと…鵜助の母、鵜助の母の方からちくっと言われてな葬儀で」
「はぁ?」
凄く気まずそうだな師匠。鵜助の母を二回言うくらいに。
確かに、俺は後の依田家本妻を母と、呼ぶことなく過ごしたのだが。なんせ父の愛人だ。愛人が本妻となった14歳、家を追い出され師匠の家に引き取られるまで、その女の存在を知らなかったわけだが。
「…なんて」
「いや、息子はそろそろ結婚し跡継ぎ候補はいないのかと」
「はぁ?」
再び出てしまった「はぁ?」。流石に師匠に失礼なのだが。
「それ、鵜助の話ちゃいますの?」
「いや、まぁせやかて一応お前が長男なわけやし、依田家の」
「そうですけど、会ったのなんて家を出た日だけやけどっ、」
「いや知っとるがな」
「なんであの女がそないに俺に言うて」
「いや、儂かてそれは葬儀で言ったわ。だがな、わかるか紅葉、あの女世間知らずやないか」
思わず本名になってる楽屋で。そんなに動揺してるのか師匠。
「いやまぁそうですけど」
「早い話が家に入って自分の面倒見ろ言うことやろ、長男が」
「いや、えぇ~…」
なんたることだあの女。
しかしどうしよ、顔すら出てけぇへんわ。
「そんで一応、まぁ、父親として師匠としてだな、ついポロっと亀田さんの話をしてしまったんよ」
「えっ、」
「いやSMとは言っとらん」
「待って師匠、色々な誤解がありますよそれ」
「せやから聞いとんねん!お前らどう言った関係なんだと!」
マジかぁ…。
まさか亀ちゃんが同性愛者とか俺がバイセクシャルとか言えなくね?違う誤解がねぇか?
「うーん、いやぁ、師匠が思ってるであろう関係じゃないんですけど…」
まぁ、じゃぁなんだって話だよな。
俺の出演演目は編曲をした『天変斯止嵐后晴』の大序である『第一 暴風雨』。
勇咲とは天変斯止の中盤『第五 元の窟の中』と、昼の部に女殺油地獄『河内屋内の段』のをやることになった。
穂咲兄さんとやっていた頃の演目とは、やはり少々演目の内容が違うものとなった。
正直、勇咲と俺は前回の廿四孝で解散だろうと考えていたし、両者、出来がそんな感じだと捉えていた。
プロなので、悪いと言うわけではないが、まぁ、一度なら刺激的という評価で許されるものだった。
ところが。
勇咲と俺の自己評価を越えてしまったようで、言うなれば「いままでの中で互いに一番良い」となり、今回も組むことになったようで。
演者発表で勇咲は「いやぁ…」と、柄になく照れ臭そう、というか申し訳なさとか遠慮が入り交じったように、
「依田ちゃん…よろしく」
と、俺に言いにくそうに言ったのだった。わりと快く「よろしく!」と返せば漸く笑って、
「離婚おめでとう」
と握手をしたのだった。
そう、つまりはそう言うことだ。
きっと勇咲と俺はこれから先の芸道、80だとか90だとかまで組む、所謂夫婦になったわけだ。
穂咲兄さんは穂咲兄さんで、再び雀三と組むのを受け入れたようだった。
今年はとても自分の中で、こうした変化があった。exchange?多分これ。まさしく「天変斯くて止み、嵐后に晴れとなる」と言った具合だった。
思い入れが深くなった35歳、年の最後の月、東京公演の終盤、毎年通り大阪の師匠の家に帰ろうかと、とある日に師匠の楽屋へ「今年は何日に帰りますか」と訪ねに行ったときだった。
師匠は俺を見るなり何故だか背筋を伸ばし(職業柄歳のわりに姿勢は良いが、特に)、
「あはぁ、じゃ、雀次」
凄く落ち着かない様子でぎこちなく自分の前へ俺を促す師匠の様は、浄瑠璃の人形みたいで笑ってしまった。
「な、なんや、こら、」
「師匠、人形みたいな動きですよそれ」
「い、いいから座れ、座れ!」
なんだろ。
凄く落ち着きがないなぁ。
師匠と共にいた雀三は何かを察してか、「じゃぁ、穂咲兄さんとこにいますんで」と、よそよそしく楽屋を出て行ってしまった。
なんだか雰囲気が違うなと、少し身を絞め、取り敢えず正座し師匠と対峙した。
我が師匠、雀生は、70代のわりには真っ白だが髪もあり、と言うかこの職の老人はやはり気概があるせいか、若く見える。
「本日もお疲れ様でした。
あの、今年は何日頃に大阪へ帰りますか師匠」
「あ、あはぁ、その事なんやけど雀次」
「はぁ、なんでしょうか」
「いやぁ~…」
なんか。
非常に言いにくそうに師匠は頭をポリポリと右手で掻いて、凄く俺を見つめてくる。
えっ、なんやろ怖いわ。
「えっ、なんですか師匠」
「いやあ…そのぅ…。
お前、亀田さんとはどや?」
「亀田さん?」
一瞬ぴんと来なかったがあぁ、と思い当たり、思わずにやけてしまった。
「全く師匠ったらぁ。いつにしますぅ?やっぱ千秋楽がいいでっ」
「いやあのな、そうやなくて」
「はい?」
え、なんやろ。
俺はてっきり亀ちゃんのSMバーを押さえとけ命令だと思ったんだけど。
「いやぁ…。
今年は色々あったし、あの、お前の父親とかな。せやからまぁ、うーん」
「え、なんですか?全然予測不能なんですけど、SMバーと関係ありますぅ?それ」
「いや、ない、ん?あるけど…」
「なんや師匠、はっきりしてくださいな」
「いやな…。
お前、亀田さんとはどういった付き合いなんだい」
おっ、師匠何故か動揺してる。変な口調だ。
「どういったって、相も変わらず同居人ですけど」
「うん、いやそれなんやけど…。
お前らいつその、結婚するんやと、お前の義理の母、えっと…鵜助の母、鵜助の母の方からちくっと言われてな葬儀で」
「はぁ?」
凄く気まずそうだな師匠。鵜助の母を二回言うくらいに。
確かに、俺は後の依田家本妻を母と、呼ぶことなく過ごしたのだが。なんせ父の愛人だ。愛人が本妻となった14歳、家を追い出され師匠の家に引き取られるまで、その女の存在を知らなかったわけだが。
「…なんて」
「いや、息子はそろそろ結婚し跡継ぎ候補はいないのかと」
「はぁ?」
再び出てしまった「はぁ?」。流石に師匠に失礼なのだが。
「それ、鵜助の話ちゃいますの?」
「いや、まぁせやかて一応お前が長男なわけやし、依田家の」
「そうですけど、会ったのなんて家を出た日だけやけどっ、」
「いや知っとるがな」
「なんであの女がそないに俺に言うて」
「いや、儂かてそれは葬儀で言ったわ。だがな、わかるか紅葉、あの女世間知らずやないか」
思わず本名になってる楽屋で。そんなに動揺してるのか師匠。
「いやまぁそうですけど」
「早い話が家に入って自分の面倒見ろ言うことやろ、長男が」
「いや、えぇ~…」
なんたることだあの女。
しかしどうしよ、顔すら出てけぇへんわ。
「そんで一応、まぁ、父親として師匠としてだな、ついポロっと亀田さんの話をしてしまったんよ」
「えっ、」
「いやSMとは言っとらん」
「待って師匠、色々な誤解がありますよそれ」
「せやから聞いとんねん!お前らどう言った関係なんだと!」
マジかぁ…。
まさか亀ちゃんが同性愛者とか俺がバイセクシャルとか言えなくね?違う誤解がねぇか?
「うーん、いやぁ、師匠が思ってるであろう関係じゃないんですけど…」
まぁ、じゃぁなんだって話だよな。
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