drop【途中完結】

二色燕𠀋

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「それで?いままでどうしてたんだ?その口ぶりだと昔の仲間たち・・・・・・とは一緒じゃないんだね」
「学者様のように頭が良いと、わざわざ噛み砕いて直接言わなくて良いから手間が省けるね」
「まぁな」

 ヤブ医者の反応にクロエは大変愉快な気持ちになった。だがあまりいきすぎると同じくラリってしまうなと、睨み返しておく。

 ふいに真顔、冷徹な目をしたミルカは台から降り、側に腰掛け前髪を乱暴に掴んできた。片手には注射器を持っている。

 「顔はやめとくよ」と断りながら壁に後頭部を叩きつけられる。
 いざ打たれようという瞬間にその注射器を奪い、こちらは加減をしないからねという気概で左ストレートをかました。

 歯くらい飛んだか、未だ若干痺れて感触が曖昧だったが。
 よろけてはいた。

 相手もしかし軍人だ、自分が腰元のスチェッキンを抜くあたりでは睨み付けてきているが、平然だ。

 クロエはミルカに銃を向けベッドから降りた。

「そういえば昔から思ってたんだけど、俺シェイクスピアって嫌いなんだよね」

  しかし若干力が弱い。トリガーに指は掛かるが引けるか微妙だ。

「ふぅん……、じゃぁやっぱり間違えたかな。呼吸も荒そうだし」
「ヤブ医者でも頭はいいよね、あんた。医者でも軍人でもない道を選んだ方が良かったんじゃない?」
「そうかな、お前は素直なだけが取り柄だったんだけどな」

 ミルカが後ろ手で台の引き出しを漁っている。
 
 スチェッキンを向けながらCzに変えてみる。それはそれで手の震えが目立ち銃身が合わないようだ。

「手土産にどうやって生き返ったのか教えろよ」
「ヤブ医者様には確かにわからないかもね。世界は広い。何もマッドサイエンティストはヨーロッパだけにいるわけじゃないんだよ」

 朔太郎はなんにせよ三階にいるようだ。そしてここには幾らかの軍人がいるはずだ。
 恐らく防犯か、もしくは潜伏している、というくらいの少人数。入ったときに感じた。

 微妙だ、いま体調は万全じゃない。しかし振り切らなければならない状況。集中しても結局微かに震えが止まらない。

 引き出しから拳銃を見つけ出したミルカは、それを眺めて溜め息を吐く。

 長さで物をいう銃は下品だ。分が悪い。

「君は嫌いかもしれないけど、“Si vis pacem,Para bellum”。平和を欲するなら戦争に備えよてのがパラベラムの由来でね。日本でも大戦で重宝されたと聞く。
 こんなアホみたいな銃、使い慣れてないし病人に出来るだけ撃ちたくないけど」
「モスクワ休戦協定って俺の頭が正しければ、あんたが俺に降参するのが筋だと思うけど」
「あくまでファッキンナチズムか、悲しいことに和解出来そうにないな」

 どこまでも腹の立つ男。

 ドアまでじりじりと来たが、開けるタイミングに緊張感が走る。
 耐性もないのだし銃身を吹っ飛ばせば良いだろうが、暴発も視野に入れねばならない。厄介なのが的の小ささだ。いまの自分に出来るかどうか。

 と、考えているうちにごく自然、そんな気配すら見せなかったくせに発砲音がした。
 ドアのすぐ側の壁に結構大きい穴が空いた、反動でミルカがよろける。

 そうか、こいつどこまでいってもヤブだなと、身構えた自分がバカらしくなった。
 出来た隙でクロエは薄いドアを蹴り飛ばし、医務室から逃亡した。

 朔太郎の足音は左へ向かったはずだ、その三階、そこに何があるかはわからないがそういえば朔太郎が潜入を始めた初日、武器庫があると聞いた。

 何か、薬品でも持ち帰ればよかっただろうか。いや、あんな状況で朔太郎も別に自分へ望みもしなかっただろうし、それならあの合図もしてこなかっただろう。

 医務室の左は何かの部屋、処置室だろうか。突き当たりはどうやら外の非常階段だな、中の階段………の側、なるほどそこか武器庫というのは、ということはこの階段が武装隊に使われそうだ、距離的にとても三階までは間に合わないだろうがこの作りの外、非常階段の一階というものは大抵逃亡しにくい作りになっているだろう、武装・警戒をしているような場所では。

 頭で瞬時に組み立てる。

 バタバタ騒がしくなった。
 武装隊だろうか、いや、普通の、護衛を強化された医者たちかもしれないが、なんにせよ自分の面は割れてしまった、というか顔見知りだった、今後この病院の捜索に自分は立ち入れないけど、どうなんだろうか。

 三階も気になったところだが、見た感じだと三階の上は屋上だったな。そんなことを考えながら、クロエは側の武器庫の扉を蹴破った。
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