ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

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The 2nd episode

2

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 階の一番端の病室。“青葉あおばたまき”の名前。

 前回はナースステーションから病室が近かった。それだけ不安定だったのに。

 ドアをノックして開ける。環はスケッチブックから顔を上げ、微笑んだ。

 太陽にキラキラと光る彼女の長い黒髪と笑顔に、こちらも自然と顔が綻んでしまう。

 スケッチブックを閉じて小さく手を振っている。喉の包帯が白い。

「元気そうだな」

 声を掛けると何度か頷いてくれる。ベットの隣に座って顔色を見て見ても、前来たときより環の顔色は良い気がする。

 前来たときは…。

 呼吸不全で苦しそうだった。顔が真っ赤で、今度こそダメなんじゃないかって思った。

「環、」

 その頬に触れ、体温を確かめる。俺よりも環の体温は少し冷たい。けれどもちゃんと、生きている。包帯の上から触れても、静脈が脈を打っているのがわかる。

 環の手が、俺の手に重なった。穏やかな表情だ。

「よくなったみたいだな。よかったよ」

 膝辺りに置かれたスケッチブックに手を伸ばす。「見ても良い?」と言うと、環は深く頷いて、ページを開いてくれた。

 恐らくさっきまで描いていたものだろう。飛行機の絵が描き途中だった。

「飛行機?」

 環が頷く。そして、俺を指差した。

「あぁ、俺がアメリカ行ってたから?」

 環はそれに頷いた。

「アメリカはねぇ、広かったよ」

 あんまり語ることはないけど…。

「なんでも大きいし高い。あ、建物がね。日本なんかよりもずっと高い。
 食事も量が多くてね。ハンバーガーなんてさ、両手サイズなんだよ。俺でも食いきれないよ。
 あとはねぇ、あっちの人はみんな大人っぽい。俺凄くバカにされちゃうの。俺がさ、普通の背の高さなんだよ。イメージはね、皆西郷隆盛っていうかさ…」

 俺がする話を凄く楽しそうに聞いて相槌を打ってくれている。大した話は毎回しないのに。キラキラした目で聞いてくれる。だから、いつも下らない話を、たくさんしてしまう。たくさん、聞かせたくなる。

「俺がいなかった間の絵、見せてよ」

 そう言うと環は頷いて、絵を10枚くらい見せてくれた。

 今回は、花の絵が多かった。最初はふきとうから、次は雪だるま。次は大木。桜と紫陽花と…。

「外に出れたの?」

 環は嬉しそうに頷いた。

「よかったじゃん!どうだった!?」

 それから見せてくれた猫や雀。環が見てきたものが分かる。

 この、声なき会話が俺は堪らなく好きだ。見る絵がすべて新鮮で、見るものすべてが美しい。

「そう言えばさ、俺、しばらくは日本にいることになったよ。政宗とも仕事をすることになったよ」

 環は俺の手を握る。

「うん。だから、これからは俺もここに来れるよ。
あ、潤もね、一緒なんだ、部署がさ」

 心なしか環の表情は疑問符で。もしかして…。

「あの、ちょっと女顔の背が高い…うーん、鼻も高いどっちかっていうとアイドル顔の」

 曖昧な表情で申し訳なさそうに環は笑った。首筋の、包帯に触れている。

 そうか。

「…俺の同期でさ。黙ってればモテそうなのに、一度喋ればもう何?性格破綻というかはちゃめちゃなやつでさぁ…」

 然り気無くもないけど話題をすり替える。この前の引っ越しの話をしたら、楽しそうに聞いてくれた。

「もう俺なんかさ、まとめられるかなぁ、みんなキャラクターが濃すぎてどうしよう」

 きっと声が出たなら爆笑してるんだろうな。それくらい環が楽しそうだ。

「潤とユミルはちょっとキツいわ…政宗がまとめてくれるかと期待したらさ…。てか酷くねぇ?人の手伝いもしないで勝手に射撃練習行ってくるね!とか言ったら…もうね、怒ったよね3人まとめて」

 盛り上がったところでドアがノックされた。返事をすると、年配の女性看護士が血圧計やら何やらを持ってきた。

「なんだか楽しそうですねぇ」
「いや…つい盛り上がっちゃって」
「青葉さん、楽しそうですね」

 そう看護士が声を掛けると、環は頷いた。

「楽しそうなのにすみませんね、ちょっと検診しますよ」

 血圧と採血と検温をする。血圧を図っている最中に看護士が、「あらっ」と言ったので、「え、どうしたんですか?」と、慌てて血圧を見てみる。

 最近来ていなかったけど、多分いつもより高いんじゃないかな。

 ヤケに看護士がちらちら俺を見てくる。なんだろう、マズいのかな。

「え?ヤバい?」
「いえ…血圧少し高いですね、青葉さん。脈も早いかな」
「うっそ。え、大丈夫なんですか?」

 看護士と環は顔を見合わせた。環は俯いてしまった。

 俺が看護士を見ると、看護士は何だか柔らかい笑みを浮かべて「大丈夫でしょう。今だけだから」と言った。何かを言いたそうに環が看護士を見上げると、看護士は笑う。

「すみません、終わりましたよ。お邪魔しました」
「はぁ…」
「では、ごゆっくり」

 なんだか人が良さそうな看護士さんだったなぁ。
 看護士さんが去った後も、環は俯いていた。

「どうした?やっぱ、具合よくない?」

 そう俺が聞くと環が勢いよく首を横に振るから。

「ほらほら痛めるよ。熱もなかったんだよな?」

 それには頷いた。
 顔を上げたとき、ちょっとぎこちなく微笑んだから、多分何か言いたいんだろうと思って、その場にあった紙とペンを渡す。
 そこに、“大丈夫よ”と、流れるような字で一言書いて環は微笑むのだ。

「…そうか」

 まぁ、確かに元気そうではある。考えすぎだろうか。

「…このまま体調よかったらさ、今度、どっか行こっか」

 そういうのもたまには良いだろう。
 だが環は、俺の提案には驚いた顔をしていた。

「まだハードル高そうかな…?」

 少し、切なそうな顔をしている。

「いつだって良いんだ。気分を変えたくなったら」

 今度は曖昧に笑って頷いてくれた。

「そしたら、そうだなぁ…」

 あまり色が少ないところ。

「プラネタリウムなんてどうだろう?平日の昼間とかなら、人もいないし、静かなんじゃないかな」

 環は、何度も深く頷いてくれた。

「それまでに、よくなるといいな」

 考えると楽しみなんだ。
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