ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

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The 2nd episode

8

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 丁度病院に入った頃に、けたたましい音を立てて雨が降り始めた。

「タイミングよかったな」

 後ろで、シャツの裾をちょんちょんと引っ張られた。

 環はなんとなく切なそう。不機嫌そうに、それからすたすたと先に歩いて行ってしまった。

 どうやら、嘘がバレたようだ。

「環?」

 ついていく。先に病室に入ってしまったので、少し受付の人と話してから戻ることにした。

 受付に行くと、「あら、おかえりなさい」と、小湊さんが笑顔で迎えてくれた。

「どうでした?雨降ってきちゃいましたね」
「そうなんですよ。タイミングよく濡れずに済みましたけど」
「朝まで晴れてたんですけどねー…」
「俺もそう思ったんだけど…ちょっと残念」
「そうだ壽美田さん」
「はい?」
「次は…いついらっしゃるんですか?」

 なんだか小湊さんが神妙な顔つきで声を潜めている。

「しばらくは、日本にいる予定?なんで…来れるときは来ようかな。今は荒川と部署も一緒なんで、まぁイメージはあれくらいの頻度かなぁ」 
「その…もしも、もしもですよ?青葉さんが、退院なさったときは…どうします?」
「へ?」

 予想外の一言に、思わず妙な声がでちゃったけど。

「その…あの先生、貴方のこと、旦那さんかなにかと勘違いしてまして…」
「え?マジ?」
「引き取れる状況なんじゃない?ってさっき言われまして」

 まぁ、端から見れば確かにそうなんだろうけど。

「…そっか。まぁ…小湊さんは昔からいるから、知ってますよね。
別に引き取っても…構わないんだけど…」

 俺が死ななければ。

「まぁ…」
「でも…俺に何かあってもまぁ、頼る宛てはいるからなぁ…あとは本人次第だけど」

 これでよくなるなら、ひとりでも生きていけるなら。

「考えてはおきます、前向きに。俺も、一人の部屋は少し…広くて」
「そう、ですか。でも、無理はしないでくださいね」

 二、三回、手を軽く振って病室に戻った。

 環は着替えは済んでいた。そっぽ向くように窓の外の雨を眺めている。

「本降りだな」

 窓際に俺が立つと、なんとなく環の視線が冷たい。
 あぁ、なんか怒ってるんだ。

「ごめんな。天気予報よく見てなかった」

 首を振る。そして、紙に何かを書き始めた。書き終えた頃に見てみると、
“流星さんは、さっき空が蒼いと言いました。でも、白かったはずなんです”と書いていた。

「あぁ…」

 なるほどな。

「だって、夢くらい観たかったんだもん」

 そう言うと、環は、不思議そうな顔をした。

「朝は蒼かった。だからデートに誘ったんだ。最後まで蒼空で居たかったんだもん。だめかな?
 確かに…嘘吐いたけど。白なんて言いたくないじゃん」

 今度は驚いた顔をして、俯いてしまった。

「でも、嘘吐かない方がよかったな。だって、俺たち見たの、きっと同じ色だもんな」

 布団を掴む手が震えている。そんなに怒るとは思わなかった。

「ごめん」

 俯いたままだ。一体何を考えているんだろう。
 環は、それから小さく頷いた。

「環、あのさ。
君の声ね、手術したら、治るんだって」

 俺がそう告げると、漸く顔をあげてくれるけど顔が少し赤くなっている。

「もうあれから結構経ってるだろう?人間って凄いよな。結構治ってるみたいでさ。ただ、傷を直そうとして喉の壁がね、少し広がってるから、それを少し薄くすれば、喋れるんだって」

 雨が、病室に響く。

「どう?受ける?」

 環は、考えているような顔をしている。

「治ったら、退院も出来る。そしたら…俺の家来ない?一人じゃ、広くてさ。こんな雨の音も、たまに俺一人じゃ耐えられなくなるんだ」

 俺の目をはっきり見てから、深く、頷いてくれた。
 なんだか妙に安心してしまった。

「はぁ~!なんか、安心した。よかった。
たださ、俺も不安定だから、ずっとは居れないかもしれない、そしたら…」

 そしたら…。

 雨が強くなった。
 環は悟ったようにただただ頷いて、寂しそうに微笑んだ。

「そんな顔すんなよ」

 決意が揺らいでしまうから。

 口元を手で押さえる仕草がなんとなく魅入るような、そんな儚さがそこにはあった。
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