ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

文字の大きさ
85 / 376
The 7th episode

3

しおりを挟む
 政宗はファイルを渡してきた。
 ざっと目を通す。

「…人体物理学と、医学研究…」
「そーゆー肩書きみたいだな。だがどうやら昨日付けで辞めてるようだな」
「…自己退社と言うことか?」
「ああ。
 谷栄一郎はなんだ?見たところ植物の生物学じゃねぇか?健全な学者っぽいぞ。まぁ一度だけ會澤組に金借りたみたいだが…なんで借りたんだ?とくに研究費に貧困しているようにも見えないがな」
「…ゼウスの取引先や出資先の中には?」
「正直調べるのには限度があった。これだけの大企業はな。全体的にはクリーンだよ。會澤組関連は見当たらないし…だが、帝都は確かにあったな」

 繋がってきた。

「あ、思い出したそれで。
ねぇねぇ、その社長の写真かなんかないの?
 今日なんかね、どっかの証券会社の社長がHestiaに来たよ。確か名前はタジマとか言ったかな」
「ほれ」

 政宗が潤にパソコンを見せると、「あ、こいつこいつ」と言う。

「鮫島か?」
「そうだね」
「まぁ出資者だからな。今日、片方の出資元が潰された訳だし。顔出しに来た…。
待った。潤、お前さ、顔バレた?」
「いやまぁちらっと見たくらいだよ」
「…潜入はやはり今日で打ち切りだな。
さて、その鮫島だが、何故かウチを知っている。なんなら警察内部の情報も知っている。
 今回のジャンキー死刑囚だが、脱獄だ。
俺たちこの件で相手が大体脱獄だよな。しかも物凄くタイミングがいい」
「…つまり、」
「警察内部に内通者がいる。恐らくそいつはエレボス関係者で、ゼウスにも荷担している。ゼウスは恐らく裏では警察関連の同行も探っている。それで、株で儲けてると。
 會澤組は潜入捜査の話が出たタイミングで切ったようだ。そのタイミングで谷栄一郎の存在が出てきたわけだ」
「取り敢えず今は、Artemis検挙ってことだよね」
「そうだな。ただ、踏み込めない。ジャンキーの件でやはり一度高田に連絡だな」
「Hestiaはどうする」
「芋ずる式しかないな。あとは明白にするために谷の身柄は押さえたい。あいつはいまの状況じゃ會澤の被害者だ」
「へい、そこは抜かりありやせんぜ、部長」

思ったよりも捜査範囲が広くなりそうだ。

「さぁて…まずはArtemisかな。こちらは一応ゼウスとも龍ヶ崎連合会とも関連がないことになってるし、自由に出来る」
「じゃぁ高田には俺が連絡しよう」
「どうにか霞ちゃんは回収したいな。あわよくばそのままArtemisに直行して欲しい」
「その連絡は俺が取りましょう」

 すかさず瞬がケータイを取り出し、電話を掛けた。

「最初は俺一人で行く。だが俺もHestiaの社長には顔が知れている。あとは高田の返答で変わってくるがまぁ…政宗には悪いが先に行く。許可の有無が出た頃にはもう終わってるかもしれないな」
「まぁそれも一興」
「潤と諒斗は一緒に待機。連絡入れますよ。連絡するまで来るなよ」
「さぁね」

まぁ、それも一興と言うやつか。

「霞に切り上げさせ、そのまま直行させました」
「よし。
 じゃぁ打ち合わせはこんなもんで。一応全員に聞いとこう、最後に言い残すことあるか」
「なんですかそれ」
「だっさ。ナンセンスすぎる」

 それを聞いて政宗が吹き出した。

…まったく、みんなして。
人が珍しく親切にしてやりゃぁこれかよ。

「なんか死ぬ要素ある?ねぇだろ?」
「まぁな。たださ、下手すりゃ部署がなくなるかも知れねぇしお先は薄暗いだろうが」
「あっそ。
 あ、ちなみに俺はね、毎回聞いてんだ。死んだら何葬がいい?俺水葬ね」

 そんな軽く潤が言うから。
 なんだか瞬や諒斗は呆れたような、それでいてもう少し含みがありそうな顔でお互いを見て笑った。

「…じゃ、俺普通に火葬でいいです。
最後に言い残すことかー…。童貞卒業したい!」

 思わず俺も潤も政宗も笑ってしまった。瞬だけは、呆れた顔で溜め息を吐いた。

「君らしいですが、こんな時くらいまともなこと言った方がいいと思います。
 僕はまぁ、実家の両親と同じ墓に入れればそれでいいです。
 そうだなぁ、最後に海外旅行でオーロラ見たいなぁ」
「何?みんな貪欲だね。俺なんてなんもないよ。政宗は?」
「あー、俺も家族と同じ墓でいいや。ちょっと遠いけど。
 最期にか…思い浮かばないな」

皆、それぞれあるようだ。

「さて、タバコ吸って行くか」

 インカムを政宗から投げて寄越される。

 車から出てタバコに火をつけた。

この国は平和だが。
この街は擦れている。

 遠くに聞こえるサイレンや喧騒、起こる出来事、行き交う人々。
皆それぞれが、擦れている。

 後ろで車のドアが開く音がした。潤と政宗だ。

 何気なく隣に立って二人もタバコに火をつけた。夜の濃さに、火の朱が目に染みた。

「流星」

 政宗がぼんやりと、きらびやかな街を眺めながら漏らすように俺の名前を呼ぶ。聞き逃しそうな、呟きのようなそれに、「なんですか」と返事をしてみる。

「お前は最期に言い残したいことあんの?」
「うーん…どうだろう。
 あ、Break a leg.かな」
「それは掛け声みたいなもんじゃないの?」
「ぐらいしかいつもなんか、最後に人に掛ける言葉ってなくないか?」
「まぁ、確かにね。でも言い残すことと違くない?」

そうなんだけど。

「なんだろうな」

なんもねぇな。
タバコの火が消える。
さて、行くか。

「じゃぁ、行ってくるわ」
「おー、行ってら」

 潤がダルそうに手を振った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

黄金の魔族姫

風和ふわ
恋愛
「エレナ・フィンスターニス! お前との婚約を今ここで破棄する! そして今から僕の婚約者はこの現聖女のレイナ・リュミエミルだ!」 「エレナ様、婚約者と神の寵愛をもらっちゃってごめんね? 譲ってくれて本当にありがとう!」  とある出来事をきっかけに聖女の恩恵を受けれなくなったエレナは「罪人の元聖女」として婚約者の王太子にも婚約破棄され、処刑された──はずだった!  ──え!? どうして魔王が私を助けてくれるの!? しかも娘になれだって!?  これは、婚約破棄された元聖女が人外魔王(※実はとっても優しい)の娘になって、チートな治癒魔法を極めたり、地味で落ちこぼれと馬鹿にされていたはずの王太子(※実は超絶美形)と恋に落ちたりして、周りに愛されながら幸せになっていくお話です。  ──え? 婚約破棄を取り消したい? もう一度やり直そう? もう想い人がいるので無理です!   ※拙作「皆さん、紹介します。こちら私を溺愛するパパの“魔王”です!」のリメイク版。 ※表紙は自作ではありません。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

初恋

藍沢咲良
青春
高校3年生。 制服が着られる最後の年に、私達は出会った。 思った通りにはなかなかできない。 もどかしいことばかり。 それでも、愛おしい日々。 ※素敵な表紙をポリン先生に描いて頂きました。ポリン先生の作品↓ https://www.comico.jp/articleList.nhn?titleNo=31039&f=a ※この作品は「小説家になろう」「エブリスタ」でも連載しています。 8/28公開分で完結となります。 最後まで御愛読頂けると嬉しいです。 ※エブリスタにてスター特典「初恋〜それから〜」「同窓会」を公開しております。「初恋」の続編です。

愛のかたち

凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。 ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は…… 情けない男の不器用な愛。

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

処理中です...