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The 9th episode
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あの時、祥ちゃんは俺に言った。『死にたかった?』と。
てめぇが言えた口かよと俺は答えた。しかし祥ちゃんはそれから笑ったのだ。
「目覚めが悪いようだな」
「当たり前だ」
「魘されてたよ」
「そりゃぁ」
そうなのか。
「悪い夢でも見たかのようにね」
「…あんたのせいじゃないかな」
「まぁ、そうだろうね」
「てか、どうして…」
なんであんたがここにいるんだ。
「あー、あんた見てたらバカバカしくなって降参したよ。負けました。だから拾ったの」
「は?」
「置いとけるわけないだろ。あんたが3日間たっぷり寝ている間、俺がずっと看病してたの。だってあんた、家族いないんでしょ?」
何言ってんだ、こいつ。
「なんであんな無茶すんの」
「え、それあんたが言う?」
「うん。俺だから言う。バカじゃないの?
星川潤さん。あんた何者?探偵かなんか?警察庁にあんたの名前、なかったよ」
FBIだとは言えないしなぁ。なんせ秘密主義組織だし。なにより多分この人、そーゆーの…。
「まぁ探偵にしとこうか。こっち側の人間だとあんたのこと、差別しなきゃならなくなるから、俺の気持ち的に」
「…じゃぁそれでいいや。あんたは、どう…」
「俺?まぁ探偵さんになら話してもいっか。
大貫を殺したから二階級特進、機捜隊長になったよ」
「えぇぇぇぇ」
「うん。そーゆー組織だよ。
俺が機密データを持ってる、あいつはテロリストってのがデカいね」
「うわぁぁ、黒」
「もちろん彼は、無念の殉職パターンだよ」
「えー…」
ブラック過ぎる。ガチかよ。
「ホントにな、信じられんわ…」
そう言った祥ちゃんに少し翳が見えたから。
「あんたは死にたかった?」
と、試しに聞いてみた。
「いや。これっぽっちも死にたくなんてなかったよ。あんたを見たらね」
そう言ってまた、笑った。
「…俺も、死にたくないかも」
「じゃぁ、やっぱ、悪い夢でも見たんだな」
「…あんた、名前なんて言うの」
「あぁ。
山下祥真。不祥事の祥に真実の真」
「うわぁ、なにその自己紹介」
「楽しいでしょ?」
「…うん、そうかも」
「あんたはいいな。潤。潤いって字だね」
あぁ、それは。
「昔上司にも言われたんだ」
祥ちゃんとの出会いは、こんな、普通じゃない出会いだった。
「初めて会ったとき。あの時も、魘されてたよな」
「あれは、だってさ…」
痛かったんだもん。
そう言おうとして止めた。よくよく考えてみたらこんな嘘が通用する相手ではないから。
「てか、寝起きが悪いよな」
そう言って笑ってくれる。
「血圧が低いんですよ」
「知ってますよ。よく言うよ」
「…昔の夢を、見たんだよ」
幼い頃の、夢をね。
「昔の夢?」
「よく見る夢」
コーヒーを眺めていると、ふと祥ちゃんが覗き込んできて。にやっと笑ったから、一息吐けた。
俺の脳は今、忙しい。
「俺もよく見る。昔の夢。けどきっと、潤よりは…」
少し落ちた翳が気になる。
俺も、祥ちゃんも、互いに過去を知らない。
「…俺さ、まぁ、こんなんでしょ?ちょっとね、小さい頃からおかしかったんだ。いつも母親を怒らせて泣かせて、どうしようもないやつだった」
これが所謂、突破口かも。
「潤が?」
「そうだよ。でも母親も、どれだけ怒っても最後は泣いて謝るんだ。それは凄く、愛されてると感じていた。どんなに理不尽なことで怒られても殴られても、愛されてると、本気で思ってたんだ」
…狂ってる。幼くてもわかっていた。
だけど、何もやり方がわからなかった。知ろうとも、思わなかったんだ、多分。
「そんなに辛そうにしてても?」
「俺さ、中学のころのあだ名がさ、公衆便所だったわけ。意味わかる?
バレちゃったんだよね。両親とそーゆーことしてんの。もう最低だった。でも最高だった。なんでもいいからみんな来るんだもん。そのうちもう、それがないと、なんかダメになってきちゃってさ。どんどん自分が擦れてって、もう何やってんだかわかんないけど、誰かの言うこと聞いていれば、そうすれば、それがまず愛情だと。
多分あれは精神崩壊だったんだと思う」
思い返してみても。
吐くような、日常だった。
「潤、」
「でもさ、夢ならいいや。明日には、起きれば、終わるんだから」
何度見ようと、起きてしまえばいい。
「まぁ、そうだな。でもさ、潤はそこまで強くないよ」
その真っ直ぐな瞳ではっきりと言われてしまっては。
心臓を捕まれたかのような焦燥、冷やっとした。
「でもきっと俺も強くない」
「…だから…、ごめん、こんな話、ホント、」
「なんで?
俺、潤の話聞いてんの、好きだよ」
あっけらかんとした顔で言われて。
その笑顔が何だか。
その笑顔に、どこか底冷えする自分がいることが、どうしようもなくなってしまって。
「…祥ちゃん」
「…なに?」
「ちょっと怖い」
「そうか、そうだろうな」
なんか…。
「えぇ…?」
「想像出来ないけど、多分困惑すんのかなって。今言ってみてちょっと後悔してるかも、俺」
なんか、そんなはっきり正直に淡々と言われちゃうと…。
「あ、よかった」
「え?」
「やっと笑ったから」
そりゃぁ笑うよ。
混じりっ気なさすぎて。
「うん…祥ちゃん、やっぱ面白い」
「え?結構、真剣だぜ?俺今潤になんて言ってやろうかなとかさ」
「いいよぅ、なんか、かっこいいよ」
なんでこんなに落ち着くんだろ。
てめぇが言えた口かよと俺は答えた。しかし祥ちゃんはそれから笑ったのだ。
「目覚めが悪いようだな」
「当たり前だ」
「魘されてたよ」
「そりゃぁ」
そうなのか。
「悪い夢でも見たかのようにね」
「…あんたのせいじゃないかな」
「まぁ、そうだろうね」
「てか、どうして…」
なんであんたがここにいるんだ。
「あー、あんた見てたらバカバカしくなって降参したよ。負けました。だから拾ったの」
「は?」
「置いとけるわけないだろ。あんたが3日間たっぷり寝ている間、俺がずっと看病してたの。だってあんた、家族いないんでしょ?」
何言ってんだ、こいつ。
「なんであんな無茶すんの」
「え、それあんたが言う?」
「うん。俺だから言う。バカじゃないの?
星川潤さん。あんた何者?探偵かなんか?警察庁にあんたの名前、なかったよ」
FBIだとは言えないしなぁ。なんせ秘密主義組織だし。なにより多分この人、そーゆーの…。
「まぁ探偵にしとこうか。こっち側の人間だとあんたのこと、差別しなきゃならなくなるから、俺の気持ち的に」
「…じゃぁそれでいいや。あんたは、どう…」
「俺?まぁ探偵さんになら話してもいっか。
大貫を殺したから二階級特進、機捜隊長になったよ」
「えぇぇぇぇ」
「うん。そーゆー組織だよ。
俺が機密データを持ってる、あいつはテロリストってのがデカいね」
「うわぁぁ、黒」
「もちろん彼は、無念の殉職パターンだよ」
「えー…」
ブラック過ぎる。ガチかよ。
「ホントにな、信じられんわ…」
そう言った祥ちゃんに少し翳が見えたから。
「あんたは死にたかった?」
と、試しに聞いてみた。
「いや。これっぽっちも死にたくなんてなかったよ。あんたを見たらね」
そう言ってまた、笑った。
「…俺も、死にたくないかも」
「じゃぁ、やっぱ、悪い夢でも見たんだな」
「…あんた、名前なんて言うの」
「あぁ。
山下祥真。不祥事の祥に真実の真」
「うわぁ、なにその自己紹介」
「楽しいでしょ?」
「…うん、そうかも」
「あんたはいいな。潤。潤いって字だね」
あぁ、それは。
「昔上司にも言われたんだ」
祥ちゃんとの出会いは、こんな、普通じゃない出会いだった。
「初めて会ったとき。あの時も、魘されてたよな」
「あれは、だってさ…」
痛かったんだもん。
そう言おうとして止めた。よくよく考えてみたらこんな嘘が通用する相手ではないから。
「てか、寝起きが悪いよな」
そう言って笑ってくれる。
「血圧が低いんですよ」
「知ってますよ。よく言うよ」
「…昔の夢を、見たんだよ」
幼い頃の、夢をね。
「昔の夢?」
「よく見る夢」
コーヒーを眺めていると、ふと祥ちゃんが覗き込んできて。にやっと笑ったから、一息吐けた。
俺の脳は今、忙しい。
「俺もよく見る。昔の夢。けどきっと、潤よりは…」
少し落ちた翳が気になる。
俺も、祥ちゃんも、互いに過去を知らない。
「…俺さ、まぁ、こんなんでしょ?ちょっとね、小さい頃からおかしかったんだ。いつも母親を怒らせて泣かせて、どうしようもないやつだった」
これが所謂、突破口かも。
「潤が?」
「そうだよ。でも母親も、どれだけ怒っても最後は泣いて謝るんだ。それは凄く、愛されてると感じていた。どんなに理不尽なことで怒られても殴られても、愛されてると、本気で思ってたんだ」
…狂ってる。幼くてもわかっていた。
だけど、何もやり方がわからなかった。知ろうとも、思わなかったんだ、多分。
「そんなに辛そうにしてても?」
「俺さ、中学のころのあだ名がさ、公衆便所だったわけ。意味わかる?
バレちゃったんだよね。両親とそーゆーことしてんの。もう最低だった。でも最高だった。なんでもいいからみんな来るんだもん。そのうちもう、それがないと、なんかダメになってきちゃってさ。どんどん自分が擦れてって、もう何やってんだかわかんないけど、誰かの言うこと聞いていれば、そうすれば、それがまず愛情だと。
多分あれは精神崩壊だったんだと思う」
思い返してみても。
吐くような、日常だった。
「潤、」
「でもさ、夢ならいいや。明日には、起きれば、終わるんだから」
何度見ようと、起きてしまえばいい。
「まぁ、そうだな。でもさ、潤はそこまで強くないよ」
その真っ直ぐな瞳ではっきりと言われてしまっては。
心臓を捕まれたかのような焦燥、冷やっとした。
「でもきっと俺も強くない」
「…だから…、ごめん、こんな話、ホント、」
「なんで?
俺、潤の話聞いてんの、好きだよ」
あっけらかんとした顔で言われて。
その笑顔が何だか。
その笑顔に、どこか底冷えする自分がいることが、どうしようもなくなってしまって。
「…祥ちゃん」
「…なに?」
「ちょっと怖い」
「そうか、そうだろうな」
なんか…。
「えぇ…?」
「想像出来ないけど、多分困惑すんのかなって。今言ってみてちょっと後悔してるかも、俺」
なんか、そんなはっきり正直に淡々と言われちゃうと…。
「あ、よかった」
「え?」
「やっと笑ったから」
そりゃぁ笑うよ。
混じりっ気なさすぎて。
「うん…祥ちゃん、やっぱ面白い」
「え?結構、真剣だぜ?俺今潤になんて言ってやろうかなとかさ」
「いいよぅ、なんか、かっこいいよ」
なんでこんなに落ち着くんだろ。
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