ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

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The 11st episode

3

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 慧さんの情報と伊緒を待つ間、横溝暁子についてを調べた。
 経歴が全く見えてこないがどうやら、FBIに在籍していたらしい。

 ではなぜあの場にいたのか。考えられる可能性はたくさんある。だが最早この女は、漁ったところで恐らく何も出てこないだろう。これは、潤ですら正体を知っていたのかどうか。
 そしてこの女は果たして何を持ち逃げしたのだろうか。機密データなんてありすぎて皆目見当がつかない。それと潤と長官はどう、繋がりがある?そもそもこの女、一体何を追っていたと言うんだ。

これは長官を洗わなければ何も始まらないのか?
暁子はなぜFBIの機密データを持ち逃げし、警視庁長官を潤に調べさせたんだ?

 そこにはきっと関連性がある。そして警視庁への怪しさが加速しているなか、なぜか警察庁の調査は今のところ俺が知る限り、入っていない。

 俺たちを含め、全てはFBIと警察庁の間で行われている。そこで今微妙な立ち位置の“厚労省”に仮ながら籍を置く俺たちは一体なんなんだ。なんの意味がある。

わからない。

 だが高田はどうも、警視庁の一斉検挙を狙っていたはずだ。なら、暁子が長官を潰そうとするのは合理的だが、どうにも気が早い。
 そしてそれだけで暁子が暗殺されるとも考えにくい。そして、その可能性に暁子自身が気付かなかった筈もない。

 何かもっと、密接なものが警視庁とFBIにはあるはずだ。それは恐らく、俺も捜査している“エレボス”なのだろう。今までの全てを考えるとそう考えるのが普通だ。その件で暁子が暗殺されたと考えた方が自然の摂理に逆らわない。

 でも、ならば高田は信用出来ないことになる。むしろ今誰を信用すべきか、ここも迷宮に入りそうだ。

樹実。

これはあんたが残した最大の謎だ。

あんたらは何を追った。
何を残した。
何を言いたかった。

どういう意味で、あんたがやったことがクーデターだったんだ。

まだ、まだ俺には…。

「…、流星さん」

 思考にダイレクトに滑り込んだ小さな声。いつの間にか目の前に伊緒がいて、前の席に座った。

「…表情が怖すぎます」
「あぁ、悪い…」

考えても追い付かない。
まだ、まだ捜査が足りない。
問題も山積みだ。

「で、潤さんは?」

 そして今は潤だ。何より、潤が今はいないのだ。

「…いま、慧さんに調べてもらってる。
お前、ここまで来る間、なんもなかったか」
「あぁ…ないと言えばないですが…。流星さん、勝算は?」
「物によるな。正直。
 なぁ伊緒」
「はい」
「今更過去を抉じ開けてもいいか?」
「そうですね、はい、どうぞ。俺に話せることでしたら」
「お前が拾われたのは7年前だったな」
「そうですね」
「…どんなかたちで、何を見てきた。今更聞くのも…」
「まったく…」

 伊緒は溜め息混じりに、でも、仄かに笑って答えた。

「むしろいつでも答える気でしたよ部長。俺はもう、吹っ切りましたから。だって…いつまでも縛られてたら貴方たちとはやれないでしょ。そこに置いたのは紛れもなくあんたで選んだのは俺だ。今更逃げません」
「…そうか、うん」
「貴方は貴方の道を、ここまで来たら突っ走ってください。じゃないと…誰も幸せになりません」

そうか。

「うん、そうする」

 少し、わかったような気がする。多分まだ、気がするだけだけど。

「…俺は7年前、11歳で、それなりに人生に絶望してました。
 母がとある宗教に気付けばハマりこみ、父はアル中で、所謂家庭崩壊を起こしていました。
 二人とも働いておらず、貧乏生活の中、宗教にハマりこんだだけならまだよかった。もう悲惨でしたよ。あいつらは人ではない。
 白昼堂々俺の前でセックスしてるわ、借金取りは押し掛けるわ、そんな中でハマった宗教で、一瞬裕福になったかと思いきや、どうやら母がおかしい。父はそれに気付いて最早暴力ばかり。借金は前よりかさんで。最終的に俺は、その宗教施設に売られました。
 行ってみれば宗教施設は崩壊寸前。母みたいなヤツしかおらず、しかし金は入るようになった。
 勧誘して信者を増やせばいい。それ以外は…教祖の元で“お清め”と言って、しかし名ばかり。要するに弄ばれてくればいい。
 そのうちそれが信者の間で広まっていって、まぁなんて言うんです?宗教の名を借りた慰め合いですよ。卑猥な。
 しかし俺は幼いし、崇拝していた。それが普通だと思っていた。
 だって例えば、神様の像って真っ裸でしょ?だからそんなもんなんだと、本気で思っていました、ある日まで。
 ある日のことでした。丁度12歳になる日でしたね。
 儀式だと、とある男に言われました。そして、家を、それどころか宗教の、一派を奪われました。
 僕の宗教には何派かあったんですけどね。
 彼は言いました。「これからは俺が神だ」と。
 俺は、納得したんです。だって、俺が崇拝していた宗教がインチキ臭いのは、子供ながらにわかっていたから。というか、俺は幸せではなかったから。
 それを全部あの人はぶっ壊してくれたんだって。
 確かに神でした。何をされても。犯されても銃を持たされてもそれだけは、俺を動かさない崇拝でした。
 でも…。
 怖かった。
 あの宗教は確かにクズの集まりだったでも、人は殺さなかった。
 あの人は人を殺した。利用した。それだけはどこかで怖かった。極めつけは昔逃げた信者を目の前に差し出されたときでした。目の前で…目の前で首を落とせと言うのです。俺は出来なかった。あの人は、あの人は…!」

 パニック状態のように伊緒は顔を両手で覆い隠した。よほど凄惨な現場だったのだろう。

「伊緒、大丈夫だ、ごめん」
「いえ、俺は…ダメなんです…!こんなことで、びびっていては、ダメなんです…!」
「うん、わかったから」
「結局俺は幸せではなかった。状況は変わらなかった。人々が泣き叫ぶのを見てただ、そこにいて感情を殺す意外になにも…!」

 震える伊緒の頭を撫でる。見上げる顔には恐怖が張り付いていた。

「確かに全てを壊したんだろうな。お前の日常ですらも」
「それでも構わなかった。俺は…幸せではなかったから」
「そうか…」

 変革が起きた。そこに飛び込んでみた先は、より凄惨だった。

「伊緒」
「…はい」
「お前はそれでも今がある。どんなかたちでも続きは勝ち取った。俺と共に来た自我だけは持っている自覚がある」
「そうですね」
「だから、どうするかは君次第だ。俺は選択肢を与えない。自分で見つけてくれ。レールも敷かないことにする。酷なことだと思うなら恨んでも構わない。それも君の道だ」
「…はい。
 流星さん、気まぐれで構いません。気が向いたら俺も、あんたの話のひとつやふたつ、聞いてみたい」

 思ったよりもこいつはどうやら。

「気が向いたらな」

 微笑んで、だけど俺を見る目はどこか、情というかそんなものが滲み出ているような気がした。
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