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※The 28th episode
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聞いた伊緒は「はい、」と立ち上がろうとするが「待て」と、伊緒を嗜める自分が酷く矛盾はしている。
「どこにいるかの検討がつかない」
張られていたとしたら、そして張っていた理由が伊緒を目的とした物だったら、伊緒が一人で帰宅したその時でもよかったはずだ。
ならば俺が目的なのか。それはこの1年、いや、7年前から振り返ればそれは当たり前だ。
俺を落とすためにしたアクションだとすれば、つまりは“昴の会を抜けた環”の存在が敵方に知れ渡っていた可能性がある、ということかもしれない。
冷や汗が出てくるような身体の急降下を実感。
怖い。
恐れていたことが起きてしまった。
そんな俺を見たせいか、伊緒は思い止まってくれたようで、コーヒーが入ったカップを前に置いてくれた。
「悪い、ありがとう」
礼を述べてコーヒーを一口飲む。身体にコーヒーが入っていくことまで意識が体感する。歯がカチカチと言うのは一息吐いて気付いた。
手まで震えている。
心配と、浮かない表情で伊緒は灰皿をベランダから取って来て然り気無く置いてくれた。
隣に座って伊緒も項垂れる。
有り難くタバコを一本取り出してこの部屋で吸うことにした。
今自分は極度に緊張している。だが敵陣に踏み込む直前を懐古する場合でもない。
「…何を、話した」
それしか、伊緒に掛けてやれる言葉が出ていかない。
伊緒は俯いて「環さんは…」と言う。
「流星さんとの新しい未来を、作りたかった、みたいで」
「…っは、」
「全てかどうかは話せなかったけど、覚えていたんです、流星さん…」
それはもしかして、
「覚えていた…?」
「多分、あの、団体での出来事、だと…」
なんだ、それは。
一気に感情が加速した。
「あっ…っ、」
急性胃炎時の嘔吐のように、頭までじわっとした感情が一気に込み上げ、口から何か、言葉が漏れては泣きそうになる自分がいた。
環。
君はずっとあの日の事を、
あの凄惨だった日の出来事を一人で抱えて生きていたのか。俺と、新しい未来を作りたかった、なんて、なんてそれは。
「っくぅ…っ、」
込み上げる。
どうしようもないこの感情は、今捨てて動き出さねばならないのに頭まで感情に支配されて痙攣している。
君は、君は、
でも、だからこそ。
「…、行こう…、」
まずは外に出なくちゃならない。立ち上がった自分の身体は×感情、あとは本能で銃だけを持ち家を出るその現象にもまだ理屈や理論が固まらず違和感しかない。立ち眩みに似た痺れに、だけど考えなければならない。
環、君は一体どこにいる。
どこへ消えてしまった。
目的は俺か君かはわからない、どちらにも要素がある。
「流星さん、」
昔踏み込んだあの教会か、それともホストクラブの跡地か、箕原海がいる場所なのか、それはどこだ、大学か。また別所なのか。後ろについて来た伊緒に振り向けば、一瞬怯んだ気がした。
どうにか少しの人情を、自分の頭の片隅から引っ張り出した青年の人らしい表情に、言葉を組み立てる。
「…覚えは、ないか場所に」
俯いて伊緒は答えない。歯を食い縛っているその姿に、気の毒なことをしたと、一気に何かが解れた気がした。
悔しいのか。
つまり、覚えなんて俺たちに皆目見つからないのだ、多分。
「…悪い、ごめん、」
そう俺が言えば漸く緊張を解して泣きはじめた伊緒に、ぎこちなく抱擁しては「ごめん」と出てくる。
「すみません…っ」と謝る伊緒に何を言うべきか、
「まだ、大丈夫だから」と、確証も何もないが口から言葉が漏れ出る。
本当にどうやって探したらいいか、環は恐らくそんなに突然だったなら、ケータイすらも持たずに出ただろう。漠然と頭が白くなっていく。
「…教会、」
教会。
それは元のあの、樹実を殺した場所なのだろうか。漸く伊緒の背中を擦るようにエレベーターまで移動する。
7階から降下していく頃に伊緒は、「そう言えば…」と弱々しく言った。
「御子貝は、去る際に、なんだか振り返っていました…」
「振り返った?」
「はい、あの…。
元来た道なのかは定かではないですが…うんと…」
1階に着く。エレベーターから降りれば「向かって右側、と言うべきでしょうか…」と言った。
それには納得した。なるほど。
伊緒がこの扉を出た状態から向かって右側ならば納得がいく。俺がこの扉に入った状態ならば俺の身体は向かい合った扉に対して左側となる。
潤曰く俺はどうやら危機管理の本能的に、右か左かで言えば左の方が甘いらしい。
だから左利きの潤は俺のスポッターとしては向いている。人間は利き手側の方が反応が早い。カンマの差ではあるが潤は俺より早く左側に対応出来る、というわけだ。
俺を狙っていたなら妥当だ。
俺は樹実の訓練で、過剰に右側へ癖のある訓練を受けた。樹実は気付いていなかったかもしれないが、右目の視力が極端に悪かった樹実は自分を守るため、異様に自分の右範囲への警戒心が強かった。
身体が覚え込んだ本能は仕方のない。癖のような無意識なものだ。
そしてその癖を知っているというのは、限られてくる。少なくても敵方は俺の弱点を知って挑んだわけだ。
「どこにいるかの検討がつかない」
張られていたとしたら、そして張っていた理由が伊緒を目的とした物だったら、伊緒が一人で帰宅したその時でもよかったはずだ。
ならば俺が目的なのか。それはこの1年、いや、7年前から振り返ればそれは当たり前だ。
俺を落とすためにしたアクションだとすれば、つまりは“昴の会を抜けた環”の存在が敵方に知れ渡っていた可能性がある、ということかもしれない。
冷や汗が出てくるような身体の急降下を実感。
怖い。
恐れていたことが起きてしまった。
そんな俺を見たせいか、伊緒は思い止まってくれたようで、コーヒーが入ったカップを前に置いてくれた。
「悪い、ありがとう」
礼を述べてコーヒーを一口飲む。身体にコーヒーが入っていくことまで意識が体感する。歯がカチカチと言うのは一息吐いて気付いた。
手まで震えている。
心配と、浮かない表情で伊緒は灰皿をベランダから取って来て然り気無く置いてくれた。
隣に座って伊緒も項垂れる。
有り難くタバコを一本取り出してこの部屋で吸うことにした。
今自分は極度に緊張している。だが敵陣に踏み込む直前を懐古する場合でもない。
「…何を、話した」
それしか、伊緒に掛けてやれる言葉が出ていかない。
伊緒は俯いて「環さんは…」と言う。
「流星さんとの新しい未来を、作りたかった、みたいで」
「…っは、」
「全てかどうかは話せなかったけど、覚えていたんです、流星さん…」
それはもしかして、
「覚えていた…?」
「多分、あの、団体での出来事、だと…」
なんだ、それは。
一気に感情が加速した。
「あっ…っ、」
急性胃炎時の嘔吐のように、頭までじわっとした感情が一気に込み上げ、口から何か、言葉が漏れては泣きそうになる自分がいた。
環。
君はずっとあの日の事を、
あの凄惨だった日の出来事を一人で抱えて生きていたのか。俺と、新しい未来を作りたかった、なんて、なんてそれは。
「っくぅ…っ、」
込み上げる。
どうしようもないこの感情は、今捨てて動き出さねばならないのに頭まで感情に支配されて痙攣している。
君は、君は、
でも、だからこそ。
「…、行こう…、」
まずは外に出なくちゃならない。立ち上がった自分の身体は×感情、あとは本能で銃だけを持ち家を出るその現象にもまだ理屈や理論が固まらず違和感しかない。立ち眩みに似た痺れに、だけど考えなければならない。
環、君は一体どこにいる。
どこへ消えてしまった。
目的は俺か君かはわからない、どちらにも要素がある。
「流星さん、」
昔踏み込んだあの教会か、それともホストクラブの跡地か、箕原海がいる場所なのか、それはどこだ、大学か。また別所なのか。後ろについて来た伊緒に振り向けば、一瞬怯んだ気がした。
どうにか少しの人情を、自分の頭の片隅から引っ張り出した青年の人らしい表情に、言葉を組み立てる。
「…覚えは、ないか場所に」
俯いて伊緒は答えない。歯を食い縛っているその姿に、気の毒なことをしたと、一気に何かが解れた気がした。
悔しいのか。
つまり、覚えなんて俺たちに皆目見つからないのだ、多分。
「…悪い、ごめん、」
そう俺が言えば漸く緊張を解して泣きはじめた伊緒に、ぎこちなく抱擁しては「ごめん」と出てくる。
「すみません…っ」と謝る伊緒に何を言うべきか、
「まだ、大丈夫だから」と、確証も何もないが口から言葉が漏れ出る。
本当にどうやって探したらいいか、環は恐らくそんなに突然だったなら、ケータイすらも持たずに出ただろう。漠然と頭が白くなっていく。
「…教会、」
教会。
それは元のあの、樹実を殺した場所なのだろうか。漸く伊緒の背中を擦るようにエレベーターまで移動する。
7階から降下していく頃に伊緒は、「そう言えば…」と弱々しく言った。
「御子貝は、去る際に、なんだか振り返っていました…」
「振り返った?」
「はい、あの…。
元来た道なのかは定かではないですが…うんと…」
1階に着く。エレベーターから降りれば「向かって右側、と言うべきでしょうか…」と言った。
それには納得した。なるほど。
伊緒がこの扉を出た状態から向かって右側ならば納得がいく。俺がこの扉に入った状態ならば俺の身体は向かい合った扉に対して左側となる。
潤曰く俺はどうやら危機管理の本能的に、右か左かで言えば左の方が甘いらしい。
だから左利きの潤は俺のスポッターとしては向いている。人間は利き手側の方が反応が早い。カンマの差ではあるが潤は俺より早く左側に対応出来る、というわけだ。
俺を狙っていたなら妥当だ。
俺は樹実の訓練で、過剰に右側へ癖のある訓練を受けた。樹実は気付いていなかったかもしれないが、右目の視力が極端に悪かった樹実は自分を守るため、異様に自分の右範囲への警戒心が強かった。
身体が覚え込んだ本能は仕方のない。癖のような無意識なものだ。
そしてその癖を知っているというのは、限られてくる。少なくても敵方は俺の弱点を知って挑んだわけだ。
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