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Epilogue

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「あんさぁ、流星」

 ふと。
 潤はソファの背に凭れてぼんやりと言った。

「…あれから一年経ったけどさぁ、踏ん切りついた?」
「ん?何、どの件だよ主語」
「高田さん…だな、どれかと言えば」
「え?別に。踏ん切りも何もない関係だな」
「…あっそ。俺はわりとついてねぇからさ、仕事済んだらマジ初墓参りいかね?」
「誰の」
「どれかと言えば全員」
「あっそ。二人で別れて行けば半日か?」
「案外冷てぇな。じゃぁ二日かけようよ」

 まぁ。
  俺ら、結局大して変わってない。

「明日朝から探偵依頼あるから無理だな。お前よりスケジュール管理してる俺が言うけどね、お前本気でだらしない」
「…てめぇいつから俺にそんな口利けんだおい。解雇するぞバカ野郎」
「国籍曖昧だからケリーんとこ行くしかねぇなそれ」
「うわっ」

 潤が本気で嫌そうに言い、気まずそうにぎこちなくタバコを咥えた。

「…やめろよお前な、あれから何度あの変態の所に赴いたと思ってんだよ」
「仕事だろ、仕方ないよね所詮スパイ容疑だもん」
「…マジであいつ神父とは思えないくらいの性欲。でも愛情あり的な」
「聞きたくねぇけど。いいからズボン穿けよ伊緒は早めに来るぞ。あと五分かな」
「…真面目すぎて取っつきにくいんだよ」
「はいはい」

 仕方無さそうに潤はズボンを穿いた。

 その直後にチャイムが鳴る。野生の勘ジャスト。流石犬だけあるな俺。伊緒は予想よりも5分早かったようだ。

 「うわっキモっ」と言う潤は無視し、インターホンの映像を眺めて伊緒を確認し通話ボタンを押す。

「はーいホシカワたんてー事務所でーす。いらっしゃーい」

 伊緒の成長期は見て取れた。背は高くなり少し、逞しい。

 A型らしく少し肩の力を入れ、ネクタイを締める潤に「仕事だ引きこもり」と告げる。

 「はいよ、単細胞」と言って息を吐く。
 慣れた景色はずっと側にあった。

 そう。
 多分これから暫くは変わらない。

 密かに散らばしていた潤の、調査報告書も実は然り気無くしまっておいた。
 全部で9年。いつか終わるのを待っているのかいないのか。

 弾は静かに捨てられた。
 あの背中が何を語ったのか、俺はいまなら少しわかった気がする。

 それは過去があり、自我があり、全てを捨てても捨てきれなかった物だったとして。
 一生抱えていくものなのかもしれないけど。

 世界は、それでもただ丸く回転している。
 生ゴミみたいなノスタルジック。だけど忘れない。
 それに抗うのは誰か。

 いつか。
 いつかこの黒い宇宙の下で。
 息を吸って吐いて、そうやって再び、扉を開けた。
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