水に澄む色

二色燕𠀋

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「おいおい死にそうな顔してんなよバカ。大丈夫に決まってんだろ」
「…は?」

 言った側で吉田や曽根原に構わず軽くキスしてくるリュージに「はぁ!?」と伊織が珍しく声を荒げた。

「バ…カはあんただよね?なに?」
「はっはっは。
 あー…曽根原さんと吉田さん、マジすんません。
 あれです。…ちょっと弦馴染んでねぇのもチューニングズレんのも嫌で弦変えしてなかったわりに興奮しました、死にたくなるくらいの初歩ミスで…思いっきりぶちぃっって二本。当たって俺も切れたらしい」
「えぇぇ奇跡じゃん。普通ねぇよ二本。それ得体が知れず怖いわ」
「1の次3」
「うわぁショボ…なのに逆にパンク感煽ってるわぁ、なんか」
「最後の曲でマジよかったっす」
「え、竜二くん大丈夫なの?」
「はいなんかすんません。こんなとこで待たせちゃって。大袈裟な掠り傷だったみたいです」
「ふっ…、はははちょっと待ってウケるんだけどマジもう……無理堪えらんなかった…ふはははは!」

 臆する事なく腹を抱えた曽根原に安心した吉田は「そうか…」としか言えない。
 伊織は心配そうに包帯の上から手を撫でた。

「点滴から栄養超貰ったみたいで。つかまぁ帰りますか。伊織もいるし。伊織、ごめん。怖かったな、待たせたよ」
「……うん、歩けてないじゃん」
「歩ける歩けた」
「…流石に怒る」
「…めんどくせぇな結婚すっか」
「…は?」

 一同、止まった。

「…え?」
「いやめんどくせぇ病院。親父の連絡先とかなんとか。俺逆だったらやりきれねぇ。だから」
「………待ってこのノリ?」
「あといつ言えっつーの。紙切れだろ?ここのも全部合わせて書類書くわ全く。手ぇ包帯だけど。
 第一お前のいまのブス顔見たらせつねーわ」

 伊織が黙ってしまったのを見計らい、「あ、そうそう」と曽根原が言った。

「ゲンジがあのあと挨拶に寄ったらしくてさ、ギター預かってるってさ。ちゃーんときれーにしてくれたってよ。
 元気なら飲み行かへん?お前の歓迎会したかったんだけど。クエン酸って酒飲んでいーの?」

 後ろで黙ってた看護師が「だめです」と言うのとリュージの「いいっすね」が被った。

「歓迎会っすか、ははは、超マジ嬉しい。伊織やったぞ。ポンコツだったがメンバーポ…」

 かの言う伊織は手を握りながら静かに泣いているので「なっ!」と、吉田を見たら吉田も泣いている。リュージが黙る番だった。

「…君って、ホントに、全く、」
「え吉田さんが泣く意味」
「お前マジで伊織ちゃん幸せにしなかったら、怒る、刺しに行く」
「えぇぇ、大人なのに不謹慎だな。今更だけど未練ありますよね吉田さん」
「まだあるよそりゃぁ!その子どんだけだと思ってんだよでもいいよマジ婚活するし!」
「…そうしてください俺もそれは祈ります」
「じゃ、お祝いしよっか!吉田さんも一緒に。どーせ明日休みだろうから」
「え、意味わかんないけどもうヤケだし慣れたんで行きます、場はカオスだねっ!」
「すんませんが会計してきますんでお先にどうぞ」

 リュージが促せばはいはい~と曽根原が吉田の背中を押して連れて行く。
 
 立ち上がらずリュージの胸を借りていた伊織は背に手をまわし「バカ」と呟く。

「ごめん、悪かったって。でも…よかったかなぁ…ライブ」
「うん。かっこよかった」
「だろ。
 …さっき、ぼーっとしてたんだけど、なんかぐっとね、お前に…なんかぁ、凄く会いたくなって切なかったよ伊織ぃ、」

 はっとしてリュージの顔を見ればリュージは笑っていたが涙が出ていた。

「…初めて見た…」

 伊織の涙が引っ込んだ。
 伊織のその跡を包帯で拭ったリュージは「なんだよ見んなよ、」と照れているようだ。顔も赤らんで酒臭いし、確かに血気盛んらしい。

「…終わったらたまにはホテル行かね?俺いま血ぃ有り余ってんだわ、ねぇ伊織、」
「…うん、わかった気が乗ったら…」
「よし、じゃー帰るぞ、いや帰らないぞ!」

 それから二人は、至極淡々とした看護師に退院の書類を書いて渡した。

 二人が病院を出て、「好きだよ」とどちらから言ったのかも、どちらからキスをしたのかも、どちらから抱き締めたのかも、見ている人は誰もいない。

 カメラの立ち位置は誰もいない、 夢のようなその幻がキラキラして混じり合い、溶かしあって、ひとつになるとき。

 人は腹の中に何を飼っているか、わからないけど。
 眩暈のように甘くなって。

 それは透明な、二人だけの世界。自然現象なのかも知れなくて。
 だけど、だから。
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