白い鴉の啼く夜に

二色燕𠀋

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春塵

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 入院生活は思いのほか長引いてしまった。

 脳挫傷で気を失ってさらに脳溢血。この血を排除したり検査したりがすごく面倒だった。

 しかも思ったより血が溜まったらしい。

 3ヶ月の入院生活。何もなくしかもこんな短期間で済んでしまうなんて驚異的な回復力だと医者も驚いていた。

「やっぱお前、なんか丈夫だよね」

 岸本は笑って言った。毎日のようにあれから見舞いに来てくれている。あまりに毎日来るもんだから、母親も岸本に日用品を頼むようになった。

「うるさいなぁ。てかお前はいつもよくやるよね」
「頼まれちゃ仕方ないだろ」
「いいのに」
「んなこと言ったって困るだろ」
「…お前お人好しなんじゃないの?お袋がサボってんだからほっとけよ、てか言えよ」
「一応毎日お前の様子は報告してるから」

 多分そーゆー問題じゃないのはこいつもわかってるだろうから言わないけどさ。

「まぁ明日には退院だから」
「…うん、よかったな」

 心なしか寂しそうだ。

「またそしたらランチだな」
「…あれから大丈夫そう?」

 今回の件は恐らく。
 被害妄想でも何でもなく、俺のせいで起こったことだろう。
 ただ、何故だかわからない。
 俺とあの3人はなんの繋がりもないと、思う。

「…あぁ、大丈夫だけど…。怒ってたよ」
「怒ってたって?」
「小日向さん。なんでもっと早く言ってくれなかったんですかって」

 その姿は容易に想像できた。あの子少し熱血系だよなぁ。

「姿が目に浮かぶようだよ。きっと本気で怒ってたんだろうね」
「うん」
「明日はじゃぁ謝りにいかないとね」
「…伝えとくよ」

 穏やかに岸本は笑う。こいつにとっては妹か何かなのかもしれないな、あの子は。

「お前もわりと楽しそうだね最近」

 岸本は澄を弟のように可愛がっていた。あれから、なんとなく岸本にも覇気が無いような気がしていたから。

「うん。
 最初は怒ってたよ。いきなり生徒会ぶん投げやがってとか、そのわりに日常は何も任せてくれないしなんなんだよって。突然全部を背負いやがって謎ばかり残すし。難易度高すぎるクロスワードかよって。
 どこかでお前のことを中途半端にわかってる気になってから余計に腹立って仕方なかった」
「え、いきなり悪口?」
「いきなり全てを遮断して拒絶して。
 でも多分ほっといたら本当に終わるんだろうなって。歩はそのままそれが正しいって思い込んで突き進んじゃうかもしれないなって。どうしようって後半焦ってたらあの子が現れた。きっかけが出来たなって。一安心してるんだよ今」
「…あっそう」

 こいつはどうしてこんなにいつでも。

「お前はいつもやっぱり、昔からリーダーシップはあったな」

 なんだかんだでいざってときまとめてくれたのは、りゅうちゃんだった。
 もうまとまらないかもしれないけど。

「…明日はちゃんと行くから」
「うん、待ってるから」

 その一言、ちょっと心強い。
 照れ臭いから言わないけど。

「てかさ、実は小日向さんとこのお兄さん?保護者?来てくれたんだ。礼くらいした方がいいよね、わざわざ来てくれたんだし」
「へぇ、よかったな。よほど感謝されることだったんだな」
「ね。あの子見てるといつも思うよ。
 どんな人生送っても、大切にされるって凄く重要なことだよね」
「…そうだな」
「あの子もなんとなく複雑っぽいし」

 屋上でした話。
 あの子の本音と俺の本音。過去の話。なんだかんだで初めて人に話した気がする。

「ただ…。
 真っ直ぐすぎるから曲がったお前には突き刺さる子だな」
「うん確かに」
「お前が傷付かない程度に上手く付き合って行って欲しいな」

 それはもうわりと遅い気がするけど。
 だって俺は最早自分のどこが傷付いてるかよくわからないから。

「…お前やけに俺に優しいな、不気味だよ」
「うん、俺も言っててちょっと寒気がしたわ。
 まぁ俺はもう行くよ」
「はいはい、気を付けて」

 岸本は最後に必ず軽くハグして帰る。これが一番生きていると感じるらしい。今回だけ少し長かった。

 それから俺は最後の病院食を、味わうことなく食って早めに就寝した。

 ここ3ヶ月でどれだけ変わっているのだろう。季節は春から初夏へ変わっている。

 そろそろ気付けば岸本も生徒会引退だろう。

 色々考えたけどすんなり寝れた。次の日、退院は登校時間に合わせて済ませた。

 そう言えば岸本に、あの子には自宅謹慎だったと嘘吐いとけと言ったが上手くいっただろうか。あの子の事だから間違いなく心配するだろう。

 ただ岸本は嘘が下手くそだ。

 朝、そんなことを考えながら登校したら、赤い車からちょうど小日向さんが出て来て。

 なるほど送り迎えか。

「元気そうだね」

 久しぶりに見たらいつもと変わらない感じで。驚いたような、安心したような顔をしていて。

「あ、浦賀先輩!」
「よ、久しぶり」
「大丈夫ですか!?聞きましたよ!」
「うん、まぁ治った。
 お兄さん?も一回来てくれて…。さっきのそうだよね?」
「はい…」
「いい人だね。
 後でちょっと礼がしたいなぁ、今日、帰りついてっていい?」
「はい、大丈夫ですよー。私図書室にいるんで」
「わかった、じゃぁまた昼ね」

 そう言って別れた。やっぱり、変わりなかった。

 この調子なら、もはや岸本の嘘がバレていても、別にいいやと思えた。
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