stay away

二色燕𠀋

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「桜みたいだな」
「そう」
「…取っちゃって良いの?」
「大丈夫たくさんあるから。摘まなきゃいけない、どっちかって言うと」
「…そうなんだ」

 掌にある脱け殻はちょっと固い。
 ばあちゃんに「あったよー!でもかたーい!」と報告した。

 一緒に振り向いた石丸くんに、ばあちゃんは「しみるだに!あったけぇけど早ぅ来るだ!」と手招きをした。

 俺は石丸くんの腕を掴み、そのまま自宅へ連れ帰った。

「…えっと。あ、慧鼻血出ちゃって」
「あやぁ!またかに!」
「うん出ちゃった」
「男ん子は大変だんなぁ」

 石丸くんはそれじゃ、という雰囲気だったが、こっちが「ほら固い」「あー本当だこりゃぶちゃろ、それともいるか?」とやり取りをしていてタイミングを逃したらしい。

 そのまま「さてさてお上がり」と脱け殻を眺めたままばあちゃんが居間に向かうので、乗じて石丸くんを案内した。

 石丸くんは少し萎縮してしまったようだが、「いま夕飯作るだ、待っとって~」と言うのに「いや、」と遠慮するのを制するように、ばあちゃんは小皿に乗せたセミの脱け殻と急須をちゃぶ台に置いた。

「…は!?」
「ははは、」
「夕飯まで待ってな~」

 ばあちゃんが構わず台所に立ったので、石丸くんは俺に小声で「マジで?」と聞いてきた。

「うん、びっくりするよね」
「えっと…」
「おやつ」

 本当は俺もそんなに…なのだが、慣れたものだ。一個をつまめばやっぱり塩の味しかしない。

「………うまいの?」
「抜けたてはカラッと揚がるんだけどね~。今日の朝丁度いた。塩の味だよ」
「まぁ、掛かってるもんなぁ、塩」
「イナゴよりは良いと思うよ」
「イナゴ!?」
「神奈川も海あるもんね。福島にもイナゴはなかった。あれはもう少しこう…足とかが…一回我慢して食べたけど流石にダメだった。こっちは軽いから大丈夫」
「…マジか…」

 奇妙な顔で石丸くんは脱け殻とにらめっこを始めた。
 それが面白くてついつい「っははは!」と笑ってしまった。

 ばあちゃんが「ど~しただ?」と声を掛けてくるが「いや…」と石丸くんは濁す。

「…っ珍しいんだよ、この時期特に、ヒグラシ、」
「マジかー…」
「いやまぁ睨まずにいこ、一回」
「…うぅ、わかったそうだな目を見るからいけないんだな」

 石丸くんは目を瞑りぱくっといき「あれ!?」となっている。

「いやマジか、マジで塩じゃん、」

 凄くお腹痛い。ヤバイ、腹筋とか横隔膜とかが攣りそう、ギターより酷いかも。

「え、待って、そんなウケる!?鼻血出るぞまた」
「っはぁは、はぁ、うっ、」
「楽しそうだら~」

 夕飯が出てきた。なんとニラ玉。
 ギャップにびっくりしている石丸くんの反応も含めて、俺は暫く夕飯に箸をつけられなかった。

「さとちゃん楽しそうだなぁ、ばあちゃんびっくりだ」
「え、そうなんすか」
「そうそう。さとちゃん、また鼻血出るだんに。早ぅお食べな」

 結局石丸くんはその日、俺の部屋に泊まった。

 確かに“血気盛ん”という言葉があるもんな…と考えると、毎日するらしい石丸くん、それと比べると自分はやはり少しおかしいのかもしれないが、それを薬の性欲減退要素のせいにしていた…。

 本当はやっぱり、あれからなんだか、性的なことがどうしても…あまり出来なかったのだ。

「ねぇねぇ、聞きたいんだけどさ」

 寝転がり、少し照れている石丸くんに疑問をぶつけると「ん?」と、普通そうな声色だが、握った手からあまり目も離さない。
 少し手を動かしながら「大丈夫そう?」と聞く石丸くんに驚いた、人にされると力加減や…そういうものに感情を感じるものなんだと知った。

 ふぅ、と息が出そうで…少し痺れる。

 どれくらいがいいんだろうかと、少し弱めにしてみて、「俺って、どうだった?」と、言葉が足りなくなってゆく。

「…んん?」
「…石丸くんの、頭の中で…」
「…どう、とは?」

 言葉は稚拙にもなってゆく…身体も頭も痺れるからなんだろうか。

 石丸くんが「…ちょっとだけ、強くして貰ってもいい?」と言ったので、どれくらいかなぁと少し力を入れると、あっちも強くして「…どう?」と聞いてくるので真似をした。
 「あ、うん、うん…」となるのも同じタイミング、たったそれだけで意思の疎通を感じたけれど。
 ぎゅっと背を抱き締めてきた石丸くんの耳元で「下か…上か…」と、理性は残っていた。

「…下か、上?」
「んん。あの…頭の中では…」
「……うーん…」

 「イキたい」と言ったのでなんとなくそのまま早めてあげれば、石丸くんはすぐにイッてしまった。
 「慧も…」と言われたが、「…まだ」と言えば、少しだけ力を弱めてくれたり。

「…いつも…抱いてる」
「…なるほど」

 かっと早め、力を入れられ背が震えた。

 この一線、これがプチンと切れると確かに「死ぬ…」と思うから、「逝く」という表現、間違ってないな…とぼんやりすれば、あっさり…石丸くんの手に俺の精子が付いているのを見て、驚いた。

 凄く簡単だったことに、いままでの倫理観はなんだったんだと少し…気持ちが軽くなった。

「…嫌かなって思ってたけど」
「大丈夫そうだね」
「…じゃあさ…あ、勉強した。次、さ…」
「勉強?」
「その…やり方を…」
「あぁ…お清めか」

 そう言うと、石丸くんは少し切なそうに「そっか…」と言う。

 そしていつの間にか寝ていたらしい。

 夢を見た。石丸くんが自分を見下ろし所謂…している夢を。

 多分、溜まっていたのだ。何か、良くないものが、腹の底に、ずっと。
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