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Act.1
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サナトが風呂に入っている間、俺は掃除機を片手に抱き、ちゃぶ台の下から仕事用のノートパソコンを引っ張り出した。
パソコンを弄りながら掃除機のスイッチを入れ、片手でテキトーに掛けながら画面を見るが、掃除機は結局邪魔になって一度テキトーに置いた。
モデル募集、アシスタント募集でメール一覧の『面接』に分類した募集のメールを片っ端から見ていけば確かに、『神月佐奈斗』の名前があった。
一年も前のメールだった。
そりゃぁ、覚えてないわ。ここ一年でどれだけ面接をしたか。
驚いた。
なんとなく俺はホームページの募集要項で掲載している写真を、昔何度か仕事をしたモデルの子、モデル雑誌のような写真を載せている。案の定応募で送られてくる写真はそういった類いの写真だが。
サナトの添付写真はモデルっぽさより下品ではない、心が清らかになるような写真だった。
どこか森林の、日の光に薄く開けられた瞼と、あのふわっとした髪が風に靡く姿。
白い七分の、丸首にリボンのポイントがあるシャツとボタンのふわふわラインに色を合わせた黒いチェックの膝丈スカートに赤いハイヒール。
……まず言うなら、どう見ても女だ。
なるほど確かにこの清楚で物憂げな表情、返信するわ。
しかしやはり、写真自体はその辺のファッションモデル並みにしか見えない。強烈に印象に残る感じではないのだ。
なら先程の俺に巻き起こったあれはなんなのか。やはり生身の人間に会うとこうも違うのか。
下品さはないがこの写真。つまりあいつはモデル業をやっていたのか。
よく見れば性別欄は男性になっていた。
何故だ。何故女装をしている。
しかしどうにも、乗り気じゃなさそうな写真だな。そこがよかったんだろうか。俺、よくこれを採ったな。余程なんでもよかったのか。
考えながら取り敢えずノートパソコンは閉じ、また掃除機を再開する。
いや、しかし確かにその辺のモデルより遥かにタイプだな。だからかな。いや、でも男と知っていれば多分返信しなかったか?
うーん多分、したな。よりしたな。だってあの滴り落ちる哀愁。俺は何故覚えていなかったんだろうか。
だが考えているうちにやはり疑問に感じた。
何故女装してるんだ。女と偽ってモデルやってんのか?確かにスタイルよくあの写真では見えた。名前をインターネット検索したら出てくるのだろうかと考えたら、
自分は、というか何を考えてるんだと自己嫌悪に近いものを見出だした。
しかし俺の妄想は止まらない。あの儚い熱情。何を見出だすのか。堪らない。
そうしているうちにふわっと、風呂上がりの臭いがしてそちらを見れば、勝手に引っ張り出したんだろうタオルで髪を拭きながらサナトが現れた。
「…どうしたんですか、人を幽霊みたいに」
「いや、」
閉じたパソコンになんとなく俺が目を移せば、サナトも見て「あぁ、」と言った。
「漸く応募、見たんですか」
「ん、あの…」
「はい」
「…バッチリ女の子だったんだけど」
掃除機を止める。
サナトは眉を寄せ、非常に疑問顔で「いや違いますけど」と返した。
「あの写真、お前が送ったんじゃないのか」
「…覚えてないんですよ」
「え?」
「ここ半年くらいしか、僕には記憶がなくて」
「…は?」
「ただ、宛先わからないメールがあって、一番なんだかそれっぽいというか、業務的なメールに、ここの住所があったので来たんです」
「…え、なにそれ」
最早掃除はやめた。
ソファもないのでベットに、多分こいつは嫌がるだろうなとは思いながらも促せば、やはり少し、軽蔑が入り交じった顔をされた。
そしてサナトはガラスちゃぶ台の前に座る。
「…どんな写真なんですか?」
「え?」
「いや、多分証明写真とかでは、“完璧に女”だなんて言わないかなぁと。
貴方のとこに来る前、軽くホームページを見ましたし」
「…はぁ、」
「おかしいと思いますよね」
淡々と語っている。湿った髪に重さを感じる。
「まぁ、そうだな」
「一番メールの中でまともそうだったのにあんなのに出くわすし」
「まぁ、それはごめん…」
「いやまぁ、実はなんとも思ってないのでいいんですが」
「…わからんなぁ、」
非常にわからない。誰なんだこいつは。
まぁそれは、言うことを全て鵜呑みにするなら、こいつだってそうなんだろうけど。
「…どうやってここまで来たの」
「電車とか」
「いやそうじゃなくて」
「記憶にあるのは病院だけなので」
「は?」
「多分ですけど、僕一回死んでるんですよ。なんだかはわからないけど」
「なにそれ」
「そんな感じの病棟にいたので」
えっ。
よくわからないんですけど。
「…雇えないならそれはそれでいいです」
「いや雇うけど、言っちゃったし。
ただその…家族とか」
「多分いません。
なんだか身を案じるようなメールばかり来てたみたいなんですが、電話帳、なくて」
「あー、なるほど。それで仕事っぽいメールだったここに来てみたのね」
確かに。日付と場所しか多分、募集に対しては送っていないだろうからな。
「そういうことです。
気持ち悪いメールにすがるより、どうにかなるかなと」
「気持ち悪いメール?てゆうかじゃぁ、前にいたところって」
「なんか、気持ち悪くて大体消しました。
そうです、病院です」
なるほどな。
「本当に覚えてないの?」
「そうです」
「はぁ…」
「で、雇うなら仕事の話、しませんか?」
「あ、そうね」
仕事と聞いて、俺の脳裏にあの応募写真がちらついた。
彼はそう、やはりモデルになってもらう方が、こちらとしてもミステリアスで正直そそる。だが俺は。
「…取り敢えず普通にしてて、しばらく。俺は君を描こうと思う」
本来の俺ならこの儚さ、綺麗さ、清潔で心休まる、そう、森林のような感覚は、もう少し、例えばベットに寝ている姿とか、危うさを描きたいところだが…。
「じゃぁまずベッドを洗濯しませんか。貴方も風呂に入ったらいかがでしょう」
そう言われると…。
「洗って乾燥機に掛けたらただここに寝て。それ描くから」
「わかりました。イメージですね」
取り敢えずサナトとの仕事を取り付けたところで、俺はサナトに言われるまま、風呂に入ろうと立ち上がった。
パソコンを弄りながら掃除機のスイッチを入れ、片手でテキトーに掛けながら画面を見るが、掃除機は結局邪魔になって一度テキトーに置いた。
モデル募集、アシスタント募集でメール一覧の『面接』に分類した募集のメールを片っ端から見ていけば確かに、『神月佐奈斗』の名前があった。
一年も前のメールだった。
そりゃぁ、覚えてないわ。ここ一年でどれだけ面接をしたか。
驚いた。
なんとなく俺はホームページの募集要項で掲載している写真を、昔何度か仕事をしたモデルの子、モデル雑誌のような写真を載せている。案の定応募で送られてくる写真はそういった類いの写真だが。
サナトの添付写真はモデルっぽさより下品ではない、心が清らかになるような写真だった。
どこか森林の、日の光に薄く開けられた瞼と、あのふわっとした髪が風に靡く姿。
白い七分の、丸首にリボンのポイントがあるシャツとボタンのふわふわラインに色を合わせた黒いチェックの膝丈スカートに赤いハイヒール。
……まず言うなら、どう見ても女だ。
なるほど確かにこの清楚で物憂げな表情、返信するわ。
しかしやはり、写真自体はその辺のファッションモデル並みにしか見えない。強烈に印象に残る感じではないのだ。
なら先程の俺に巻き起こったあれはなんなのか。やはり生身の人間に会うとこうも違うのか。
下品さはないがこの写真。つまりあいつはモデル業をやっていたのか。
よく見れば性別欄は男性になっていた。
何故だ。何故女装をしている。
しかしどうにも、乗り気じゃなさそうな写真だな。そこがよかったんだろうか。俺、よくこれを採ったな。余程なんでもよかったのか。
考えながら取り敢えずノートパソコンは閉じ、また掃除機を再開する。
いや、しかし確かにその辺のモデルより遥かにタイプだな。だからかな。いや、でも男と知っていれば多分返信しなかったか?
うーん多分、したな。よりしたな。だってあの滴り落ちる哀愁。俺は何故覚えていなかったんだろうか。
だが考えているうちにやはり疑問に感じた。
何故女装してるんだ。女と偽ってモデルやってんのか?確かにスタイルよくあの写真では見えた。名前をインターネット検索したら出てくるのだろうかと考えたら、
自分は、というか何を考えてるんだと自己嫌悪に近いものを見出だした。
しかし俺の妄想は止まらない。あの儚い熱情。何を見出だすのか。堪らない。
そうしているうちにふわっと、風呂上がりの臭いがしてそちらを見れば、勝手に引っ張り出したんだろうタオルで髪を拭きながらサナトが現れた。
「…どうしたんですか、人を幽霊みたいに」
「いや、」
閉じたパソコンになんとなく俺が目を移せば、サナトも見て「あぁ、」と言った。
「漸く応募、見たんですか」
「ん、あの…」
「はい」
「…バッチリ女の子だったんだけど」
掃除機を止める。
サナトは眉を寄せ、非常に疑問顔で「いや違いますけど」と返した。
「あの写真、お前が送ったんじゃないのか」
「…覚えてないんですよ」
「え?」
「ここ半年くらいしか、僕には記憶がなくて」
「…は?」
「ただ、宛先わからないメールがあって、一番なんだかそれっぽいというか、業務的なメールに、ここの住所があったので来たんです」
「…え、なにそれ」
最早掃除はやめた。
ソファもないのでベットに、多分こいつは嫌がるだろうなとは思いながらも促せば、やはり少し、軽蔑が入り交じった顔をされた。
そしてサナトはガラスちゃぶ台の前に座る。
「…どんな写真なんですか?」
「え?」
「いや、多分証明写真とかでは、“完璧に女”だなんて言わないかなぁと。
貴方のとこに来る前、軽くホームページを見ましたし」
「…はぁ、」
「おかしいと思いますよね」
淡々と語っている。湿った髪に重さを感じる。
「まぁ、そうだな」
「一番メールの中でまともそうだったのにあんなのに出くわすし」
「まぁ、それはごめん…」
「いやまぁ、実はなんとも思ってないのでいいんですが」
「…わからんなぁ、」
非常にわからない。誰なんだこいつは。
まぁそれは、言うことを全て鵜呑みにするなら、こいつだってそうなんだろうけど。
「…どうやってここまで来たの」
「電車とか」
「いやそうじゃなくて」
「記憶にあるのは病院だけなので」
「は?」
「多分ですけど、僕一回死んでるんですよ。なんだかはわからないけど」
「なにそれ」
「そんな感じの病棟にいたので」
えっ。
よくわからないんですけど。
「…雇えないならそれはそれでいいです」
「いや雇うけど、言っちゃったし。
ただその…家族とか」
「多分いません。
なんだか身を案じるようなメールばかり来てたみたいなんですが、電話帳、なくて」
「あー、なるほど。それで仕事っぽいメールだったここに来てみたのね」
確かに。日付と場所しか多分、募集に対しては送っていないだろうからな。
「そういうことです。
気持ち悪いメールにすがるより、どうにかなるかなと」
「気持ち悪いメール?てゆうかじゃぁ、前にいたところって」
「なんか、気持ち悪くて大体消しました。
そうです、病院です」
なるほどな。
「本当に覚えてないの?」
「そうです」
「はぁ…」
「で、雇うなら仕事の話、しませんか?」
「あ、そうね」
仕事と聞いて、俺の脳裏にあの応募写真がちらついた。
彼はそう、やはりモデルになってもらう方が、こちらとしてもミステリアスで正直そそる。だが俺は。
「…取り敢えず普通にしてて、しばらく。俺は君を描こうと思う」
本来の俺ならこの儚さ、綺麗さ、清潔で心休まる、そう、森林のような感覚は、もう少し、例えばベットに寝ている姿とか、危うさを描きたいところだが…。
「じゃぁまずベッドを洗濯しませんか。貴方も風呂に入ったらいかがでしょう」
そう言われると…。
「洗って乾燥機に掛けたらただここに寝て。それ描くから」
「わかりました。イメージですね」
取り敢えずサナトとの仕事を取り付けたところで、俺はサナトに言われるまま、風呂に入ろうと立ち上がった。
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