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Act.5

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 「大丈夫かー」と言いつつケータイを渡せとサナトに合図するも聞かず、「嫌、ですっ」と、電話先だか俺だかにわからない返答をする。
 ケータイは返されないままだ。

「そんなの、よりおかしくなるっ、」

 相手は閉口した。そりゃそうだ。マスダという男もきっと「俺に言われても…」だろう。

「まぁ、そーだよな」

 わりと強めに「返せ」と掌を出せば、サナトは怯えたようにケータイを返してくる。返せば芋虫のように布団で丸まってしまった。

「もしもし変わりました五十嵐です。いま彼の雇用主をやっていまして住み込みで働かせていますが、状況をお聞かせ願えますでしょうか」
「五十嵐さん!」

 再びがばっと布団から出てははーはーしながら非難してくる。お前は少し状況をわかるべきだろう。

『…知らぬ間に雇用したのでしょうか』
「それはお宅に関係がないことですよね。ある程度身寄りがないと、そんな話は聞きましたし精神イッちゃってるのも見てればわかるんで。それも俺には関係がない。
 知ってますかね?人生リセットが組まれるらしいんですよね。もうわりとそれは過程として現状、上々なんじゃないかな。
 取り敢えずまずは連れて通院しますよ、1度。ようわからんのでそう病院へは伝えてください。こーゆーのは、本人しかわからないだろうし。ちなみに危険物は持ち込まれていない、まぁ俺ん家、刃物とかはありますけれど。いまはなんともないですから」
『…失礼ですが、その…どういった経緯でその青年を…、いや、関係はないので単なる疑問ですが』
「わかったら苦労しないっすよね。まぁ死にかけが家に逃げ込んできたらしゃーないなと言うくらいなものです。案外ちゃんとしてるんでそのまま使ってる、ような」

 明らかなる「こいつ、変なやつ」と言わんばかりの間がマスダにはあった。それも当たり前だ。俺も優しさがいきすぎて頭大丈夫かなと話していて気付いた。

 暴れそうな勢いだったサナトの感情もどうやら治まった、というかやはり「こいつ、変なやつ」と言いたげな空気がサナトにもあったがこいつには言われたくないし思われたくもないな。ぼんやりそう思った。

 それから各所の住所だけ聞いて電話を切ったが、切ってから段々と腹も立ってきた。もう、アホなんじゃないかと。

「こんの……ポンコツめ。なんで俺が結局営業してんだ全く」
「……え、」
「営業ってこーゆーのを言うのだよ幽霊ちゃん。おいこれ見つからなかったらマジなる幽霊じゃんか幽霊ちゃんよぉ、」
「……さながら今見つかっちゃったんでなんですかね、死体ちゃんくらいですかね?」
「知るか!ゾンビちゃんじゃねぇの?……良い案じゃねぇかゾンビTシャツ作るかこのバカ」
「……変な人…既視感ありまくってますね…」
「言われたくないわぁ!」

 お前がな!お前の方が遥かに変なやつなんですけどぉ、なんなんだ死体ちゃんってセンスねぇな、たくぅ。
 てか、

「死体も幽霊じゃんかバカぁ!俺これ犯罪にならんの?死体遺棄じゃねぇのマジで!」
「いやそこ?大丈夫じゃないですか実質まだ幽霊の方が近いし…。
 一応、わかったんで…………ホンっト嫌すぎて血反吐吐いちゃうかも、ですが、一緒にびょーいん、行きます、ハイ。ゾンビってなんなんですかね」
「オバケだよ!そこっ!?お前ってズレてね?前から思ってたけどっ!」
「…じゃぁ幽霊とオバケの違い、という事で…。なんかありがとうございます」

 なのに急に変なタイミングで感謝をするのだから「おぉ……お?」と反応に困る。

「……身体が最早拒否しちゃって、怖いん…ですが、幽霊なので、探しに行きます。ご迷惑ついでに」
「いや、まぁそれはいーよ俺も気になるから、なんか」
「あははは、」

 ……本当に大丈夫なんだろうかこいつの情緒とか色々。今更な気がするけど。だがまぁ、楽しそうに笑っているようだ。

「……変な人。大切なことなので、二回目ですが。
 あ、腕の絵、ちらっと見えました。見せてくださいよ」
「…出来そうだからいーけど、お前の腕だよ?」
「あははやっぱり。犯罪じゃないですか、盗撮みたい。というか死体遺棄っぽい」

 盗撮だけどね。
 とは言えず渋々出来かけを見せることにした。

 気まずくて取り敢えずじゃぁ、と出掛ける準備をするが、その間サナトはずっと表情も変えずに絵を眺め、腕を眺めているのだった。
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