水面の蜻蛉

二色燕𠀋

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水面

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 朝起きれば、つい2時間ほど前まで交わっていた愛しい君が隣にいない事に気が付いた。

 気が付いたら俺は昨晩から、那由多とセックスをしていたのだ。気持ちを告げたかどうかすら、曖昧になったままに。

 俺はそう、昔から那由多が好きだった。愛しかった。ただただ、それしかなかったと思えるがそれも曖昧だ。

 夢心地のような、微睡みの彼方へ沈むような快楽の中、甘ったるさとは違う何かで何度も那由多は俺に「愛して欲しい」とよがった。

 昨夜から今朝に掛けてのそれを、ダルさで思い出せば、倦怠のせいか耳遠く、絞り出すような切なさだったように感じて。

 ふいに気付いた季節の、室内には不自然で凍えそうな寒さと風通りに、急速な不安を催した。

「…なゆた…?」

 嫌な予感がして。
 しかしふと真横をみれば、まだ暖かいような気がしたので、無我夢中で脱ぎっぱなしのボトムと下着を身につければ、開け放たれた真隣のリビングにある窓が目に入る。レースカーテンがはためいていた。

 はっとすれば床に何滴か、場所を示すような精液。恐ろしくも、向かわずにはいられなくなって。

「なゆた、なゆた」

 求めるようにベランダを覗く。
…いない。

 息が止まるようにぎこちなく辺りを見ようと、たまたま室外器のある左側を見れば。

「…っは、」

 那由多は室外器の上に座り、壁に凭れて目を閉じていた。

「…ゅた?」

 声が震えて出ない。
 しかしあっさりその薄目は開き、「あぁ、おはよう雨祢」と唇が告げた。

 途端に息を吸うことを思い出し、ひとしきり吸ってから「…なにしてんだよ、」と、予想以上の叱咤に似た声を上げた自分がいた。

 一瞬ぴくっと驚いた那由多に、「あぁ、もぅ…」安心したが自分もベランダに出てみて横から那由多を抱き締めた。冷たくて、より感情が込み上げる。

 よかったと、どうして不安だったのか、わからないけど。

「冷たいじゃないか、那由多」
「…そう、」
「…風呂の準備を、」
「雨祢、」

 そのまま那由多は俺の首の裏に腕を回し耳元で「何を怯えているの」と言った。

 確かに、俺。
 なに最悪パターンなんて考えたんだ。

 ふと、目に入る艶かしい、右足に。少し感情を殺してみて、「寒いから、入ろう?」と促した。

 するりと那由多の腕は逃げ、俯いたその首筋に漸く。

 寒い中、那由多は下着と、俺のシャツ一枚でしばらく外にいたのだと異常性を感じた。

「どうしたの…急に」
「朝日が、綺麗な気がしたから」
「こんな格好で君は…身体を壊す」
「関係ないじゃん」

 ヒヤッとした一言だった。
 しかし振り向こうとすれば少し笑い、俯いて子供のように那由多は俺の手を掴んだ。

「…シャワー浴びるから待ってて」
「…あぁ」

 それだけ返事をすればとふいに振り払われ、那由多はスタスタと風呂場に向かう。覗く足を見て、漸く俺はやっちまったなと自責した。

「悪かった、その…」

 背中に声をかければ那由多はぴたっと立ち止まり、振り向いて。

 笑顔で言う、「悪かったって?」と。

「いや…」

 昨晩何度もヤってしまって。
 とは言えない。しかし言葉に端が出てしまったからには綺麗なまま、思い出さないようにしたい。

「無理してないか?」
「雨祢は?」

雨祢は?
なにそれ。

 しかし俺が「は?」と言う間もなく那由多は歩いて風呂場に消えた。

 なんだか痕跡以外、何もなかったかのような普段の立ち振舞いだ。

…考えすぎだろうか。
俺は何に対して不安なのだろうか。

 もう一度気を入れ換えてベットに寝転べばなんとなく、頭の奥が痺れるのを押さえ込む。子供の頃のように、一人で。

 何故かわからないが幸せには違いない、しかし寂漠に襲われる。

 つまりはどこか満ち足りなかったのか、そうでなかったのかわからないのだ。まぁ、射精の後のこれは人に与えられた自己と他者への防衛だ。これに食い殺されることはないはずだ。

 シャワーの音にふと過る、水色の壁に、俺は考えた。

 何故俺は那由多を愛するのか。
 俺は那由多以外を芯から求めたことはあったのだろうか。

 多分、ない。
 自分の事ですら、こんなにも、ない。

だからか。
世界は満ち足りない。
 俺はどうしてこの部屋の壁を青にしたのだろうと目を閉じる。

せめて白い壁なら。
同じ色を見てやれたような気がしている。

 この燃え尽きた燃え滓のような倦怠はおそらく、幼い頃のあの。
 部屋から一歩も出たくないと思ったそれよりは暖かいはずだ。

 自然と自分の腹の傷に指を這わせていて思い出す。

 熱かった、あの木の枝はもう、パチパチと散ったんだ。
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