水面の蜻蛉

二色燕𠀋

文字の大きさ
上 下
34 / 35
手記

1

しおりを挟む
月 日

大変お久しぶりでございます。お元気でしょうか。
この日記のページを書いた日は、よく晴れた日です。

青空とは濁りなく綺麗。

夫の指輪をそろそろ捨てようかと、考えることが増えたので、貴方に記します。

夫だった御波雨祢の意識は、今だ混濁しているようです。
たまに那由多くんの話を聞かせるのが、私の最近の日課になりました。

自殺は失敗に終わり。
飛び立つように、姿をくらました那由多くんを思うことも少なくなりました。昔の私と同じ髪型をした夫の親戚。彼は確かに、私と夫に何かを残したのだろうと考えました。

私は泊まり先のカプセルホテルからここへ来て。
死にかけた夫と暮らすことになりました。

最後まで、やはり亡くした翼は見つからなかったのが現状でした。

彼が夫を愛し、
夫が彼を愛したかどうかは未だに知ることが出来ません。

それでいいと、私は感じて、本日貴方の元へこの手紙とも言えぬ手記と共に指輪を送ることに致しました。

一寸先は、
なんだったのでしょう。
ただ私は醜い愛情ながら、呼吸を繰り返し見るに堪えない夫に対し、どこか、ざまあみろと言いたい事があります。そんな日に、この日記を書くことにしています。

彼がどこへ行ったのか、何を見つけたのか、何がゴールだったのかは知る由がないのです。誰一人、貴方以外には羽音に耳を傾けませんでしたから。

また水辺にいるか、なんなのか。
蜻蛉とはそういうものだと、精神科の先生は悲しそうに言っていました。不完全変態現象。あれはヤゴが蛹と言う過程でなく、成虫に成り誰も知らない世界へ飛んでいくのだと。雌は、雄と交尾を終えれば栄養として雄を捕食し、卵を生むものだと教わりました。種族はそうして栄えるようです。

いまや私たちの少しを知る者は貴方以外にいないと、そう思って急ながら送りました、お許しください。

さて、貴方のお子様は元気でしょうか。私はそれが気がかりでなりません。

あの、夫が発見された帰りに貴方がそんな事を話していたなと、思い出しました。勘違いならすみません。

私達は貴方が言ったように、どこかズレがあり、おそらくは餓えていて、難しかったのです。

気が狂ったような現象だったと、今なら笑いすら起きます。神は、私たちをずっと、たくさん見ていたのだと悟りました。


最近お寒いですね。また、いつか、髪を切ってくださいね。


御波百合枝
改め
風折百合枝 より
冬の日を迎えて。
しおりを挟む

処理中です...